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カフヒーで始まった恋  作者: たらふく
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四十三、おばあの涙




水連亭に到着すると、玄関を掃いていた男の子たちが、唖然として私を見ていた。


「お姉ちゃん・・」


そう声をかけて来たのは五助だった。


「五助くん・・手習いを休んでごめんね」

「そんなことはいいよ」

「お掃除してるんだね。偉いね」

「お姉ちゃん・・僕、お姉ちゃんを応援してるからね」

「五助くん・・」


こんな子供も、私と城田さんのことは知ってるんだ・・


「ありがとう」


「ほらほら、サボってんじゃ」


そこにおばあが出てきた。

おばあはそこまで言いかけて、私を見て言葉を詰まらせた。


「水樹・・」


おばあは絞り出すような低い声で、そう言った。


「女将さん・・すみませんでした」


私は力なく、頭を下げた。


「ここじゃなんだ。奥へ来な」


おばあが言った。


「女将さん、私もご一緒しますが、よろしいですね」


江梨子がそう言った。


「またあんたが一枚噛んでんのかい」

「ええ、噛んでますとも」


江梨子は今回のことは、一切関わっていないのに、私を一人にさせないために方便を言った。


「そうかい。じゃ、あんたも来な」


奥へ入る際、幸恵が私を見て「水樹・・」と言ったが、私は黙って頭を下げるだけだった。

女子たちは、おそらく客間を掃除しているのであろう、姿は見えなかった。


やがて私たちは、おばあの部屋へ通された。


「水樹、一体、どういうつもりだい」


火鉢の前に座ったおばあは、激高しなかった。

それだけに、私は逆に恐ろしかった。


「勝手なことをしてしまい、申し訳ありませんでした」


私は手をついて頭を畳につけた。


「どういうつもりかって、訊いてんだ」

「その・・糸田の若旦那に脅かされて・・それで・・」

「脅かされた?」

「私・・糸田のお家へ直談判に行ったんです・・」

「ああ、知ってるよ」

「その時・・馴染みにならないと、初枝に手を出すと脅かされたんです・・」

「お前さ、直談判をするって、どういうことかわかってんのかい。しかも糸田の若旦那に」

「わかっています・・。でも、これまでの糸田さんの店に対する嫌がらせが、私は我慢できなかったんです。それは私が馴染みにならないからだということも、仰ってました」

「それで・・城田の若旦那をたぶらかして、逃げたってわけかい」

「そんな・・たぶらかしてなんていません」

「お前は二重に罪を犯してんだ。それをわかってんのかい」


「女将さん」


そこで江梨子が口を開いた。


「ああ、そうだよ、あんただ。こんなとんでもないことを入れ知恵したのはあんたかい」

「いや、入れ知恵はしてませんけどね。私は言いたいことがあるんですよ」

「なんだい」

「前にも申しましたけどね、いい加減、遊郭みたいなこと、お止めなさいな」

「ふんっ。商売に口出しすんじゃないよっ」

「今後も続けるというなら、第二第三の水樹が現れますよ」

「知ったことかいっ」

「実際、本業をおろそかにするような結果になってるじゃありませんか」

「なんだと!」

「そのせいで、糸田の相次く嫌がらせ。店は客足が遠のいた。でも、客足を戻したのは、他でもない、この水樹じゃありませんか」

「・・・」

「女将さん、あんたあのままじゃ、店はつぶれてたかも知れませんて」

「・・・」

「実際、あんたも水樹を認めているんでしょう」

「ふんっ・・」


おばあは、そっぽを向いた。


「この店にとっちゃ水樹は必要な人間だ。その水樹が逃げたからって、あんたに咎める資格はありゃしませんよ」

「言わせておけば・・なんだってんだい!」

「女将さん」

「なんだいっ」

「水樹をどうするおつもりですか」

「どうするもこうするもないさっ」

「もし・・また糸田の相手をさせるってんなら、今度こそ私はあんたを許さないからね」

「芸者の分際で、偉そうに!」

「ここまで言ってもわからないのかい!あんただって女だろう!水樹の気持ちがわからないはずはないだろう」


「水樹・・」


おばあは私が横に置いた、たとう紙を見て、そう言った。


「はい・・」

「それ、なんだい」

「これは・・旅館の女将さんが、着替えも必要だと仰り、私に下さったんです」

「ふーん」

「とても素敵な着物です」


私は、たとう紙を開いて、着物を取り出して見せた。

するとおばあの顔色が変わった。


「お前・・それ、どこの旅館だい・・」

「横浜港の近くです」

「横浜港・・そうか・・」

「女将さん、この小紋がどうかしたんですか」


江梨子が訊いた。


「あ・・あんたたちには関係ないさ・・」


なに・・このおばあの狼狽えようは・・

この着物が、どうしたっていうの・・


「その旅館・・女将が一人でやってるのかい」


おばあが訊いた。


「いえ、旦那さんとお二人でした」

「そ・・そうかい・・」


そして、あろうことか、おばあは涙を流したのだ。


「あんたたち・・見なかったことにしとくれ」


おばあはそう言って、涙を拭った。

さすがの江梨子も、おばあの様子に戸惑っていた。


「もういい、出て行きな」


おばあは私たちに背を向けた。

私と江梨子は顔を見合わせて、どうしようかと迷っていた。


「それと水樹、しっかりと働くんだよ」


おばあがそう言った。


「はい・・」


そして私と江梨子は、部屋を後にした。


「女将さん・・その着物に見覚えがあるんだね」


江梨子が言った。


「そうみたいですね・・」

「おそらく・・若いころ、なにかあったんだろうよ」

「えぇ・・旅館の女将さんも「私の若い時のだから」と仰ってました」

「まあ・・あれだけ物分かりが悪くて頑固な気性は、おそらくその辺に原因があるんだろうね」

「そうですね・・」


私は、なんという偶然かと驚いていた。

ほんとなら、「わがまま言うんじゃない。糸田の馴染みになりなっ」って、ゴリ押しされるところを、さっきのおばあは・・一旦引き下がったよね・・

そして「しっかり働きな」と。


私はおばあの言いぶりに、糸田から解放される光が見えた気がした。

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