四十四、おばあの事情
「水樹、よく帰って来たね」
その日の夜、女子たちは私の部屋に集まっていた。
みんなは私が無事でいたことを、とても喜んでくれた。
「水樹が買い物に行くと出掛けた日、若旦那の家へ飛び込んで正解だったよ」
里がそう言った。
「ありがとう。里が知らせてくれなかったら・・私は死んでた・・」
「いやだ~水樹ちゃん、そんな悲しいこと言わないで・・」
志歩は泣きそうになっていた。
「水樹、もう二度とバカなことしちゃダメだよ」
初枝が言った。
私は初枝には、糸田が手を出すと言ったことを、とてもじゃないが口にできなかった。
「それで、それで・・若旦那とどこへ行ったの?」
房子が興味津々で訊いた。
「旅館とお寺よ」
「いやだ~水樹ちゃん、旅館って・・」
志歩は、ついさっきまで泣きそうになっていたのに、頬を赤く染めていた。
「志歩、勘違いしないでね。城田さんとはなにもないから」
「え・・そうなの・・?」
「うん。城田さん、ずっとなにもしなかったの」
「へぇ~・・接吻も?」
げ・・接吻って・・
なんか、生々しい言い方だわ・・
「なかったわよ」
「なーんだ。そうだったの」
志歩は当てが外れて、がっかりしていた。
「でも・・若旦那さん、水樹のこと好きだったんだね」
美智乃がそう言った。
「うん・・」
「よかったじゃない。これで両想いってことよね」
「まあ、そうね」
私は当然ながら、手放しには喜べなかった。
城田さんが家でどんな風に責められているのか、城田家では私たちを認めてくれるのか、そして・・剛三が今後どう出るのかが、気掛かりでならなかった。
「なあ、水樹」
里が私を呼んだ。
「なに」
「今後はさ、一人で悩むんじゃないよ」
「うん、ありがとう」
「私らなんて、まあ何の力にもなれないだろうけど、こうして話くらいはできるんだからさ」
「そうよ~、水樹ちゃん、私たちも頼ってね」
志歩もそう言った。
「あのっ・・」
私は具体的なことは言えないとしても、身の回りに気をつけた方がいいことを、やっぱりみんなに言うべきだと思った。
「なんだよ」
里が答えた。
「例えば、外へ出る時は一人じゃない方がいいと思うの」
みんなは黙って聞いていた。
「そして夜の外出も控えた方がいいと思うの」
「ああ・・確かに変な男につけ回されたりしたからね」
初枝がそう言った。
「うん。それで今後は、もっと気をつけた方がいいと思うの」
「わかった。水樹の言う通りだ。みんな気をつけような」
里がそう言った。
それから私たちは、しばらく他愛もない話をしていた。
みんなにも迷惑かけたのに、こうして私を迎えてくれた。
そのことを思うと、今後は絶対に勝手な行動をしてはいけないと、心に誓った。
そして次の日から私は仕事に復帰した。
私がいない間は、おばあが代わりにやっていたらしい。
夕方になり、おばあが受付にきた。
「水樹」
「はい」
「明日でいいから、私と来とくれ」
「どこへですか」
「明日になれば言うよ」
そう言っておばあは、すぐに奥へ戻った。
なんだろう・・
まさか・・糸田の家へ行くとか・・?
私は不安に思いながらも、おばあがなんらかの動きをしてくれるのではないかと、期待感を抱いた。
そして翌日になり、私はおばあに連れられ店を出た。
すると店の前には人力車が待っていた。
「水樹、あんたに着物をくれた旅館へ案内しな」
「え・・」
あ・・
そうか!
おばあは、あの着物を見て泣いていた。
そうか、旅館へ行くんだ。
私は車夫に場所を告げた。
人力車に乗っている間、おばあは一言も口を利かなかった。
流れる景色を見ながら、なにかに思いふけっているように感じた。
やがて旅館の前に到着した。
おばあは、今にも潰れそうな佇まいを見て、少し複雑な表情を浮かべた。
「ごめんください」
おばあはそう言って、玄関の扉を開けた。
すると以前と同じように、松五郎と志津が上り口に座っていた。
「いらっしゃいまし」
松五郎がそう言った。
「お泊りですかい」
続けてそうも言った。
おばあは二人をじっと見つめたまま、黙っていた。
「あの・・」
そこで私が入ると、松五郎と志津は「おやおや」と言って驚いていた。
「先日は、大変お世話になりました」
私はそう言って頭を下げた。
「もう、お帰りになったのですねぇ」
志津がそう言った。
「はい。お寺でしばらく居させてもらったんですが、二人で戻ることを決めました」
「そうでしたか。それはなによりでしたねぇ。それで・・こちらは、お身内の方ですか」
志津がおばあを見て訊いた。
「志津・・私だよ・・」
おばあがそう言った。
「え・・どちらさまでしょうかねぇ・・」
「悦代だよ・・」
「え・・まさか・・えっちゃん・・?」
「ああ・・そうだよ・・」
おばあは、すでに涙を流していた。
それにしても・・おばあの名前、悦代っていうんだ・・
この二人はどういう関係なんだろう・・
松五郎も唖然としていた。
「志津・・私はなんてことを・・本当にごめんよ・・」
「えっちゃん・・」
「ううっ・・ううう・・」
「そんなところで立ってないで、こっちへ上がって、えっちゃん」
志津の話しぶりは、まるで女子学生のようになっていた。
「う・・うん、うん・・」
「さ、お嬢さんもおあがんなさい」
そして私たちは、客間に通された。
「えっちゃん、よくここがわかったね」
「うん・・この水樹は、うちの子なんだよ」
「そうだったの。それはそれは・・」
「この子がね、志津からもらった小紋を見た時には・・私は本当に安堵したんだよ」
「そうなの。店の子だったのね」
「志津・・よく生きててくれたね・・」
「あはは。えっちゃん、大袈裟なんだから」
「お茶を淹れて来たよ」
そこに松五郎が入ってきた。
「志津・・結婚もしてたんだね」
「うん。いい人に巡り合ってね」
「あの、初めまして。わたくし水連亭を営んでおります、井坂悦代と申します」
「いや、どうも。ご丁寧に・・」
「この度は、うちの水樹がお世話なり、お礼を申します」
おばあはそう言って、手をついて頭を下げた。
「なにを仰いますやら。こちらこそお嬢さんには、よくしていただいたんですよ」
「そうですか・・」
「じゃ、積もる話もあるでしょうから、わしはここで失礼しますね」
そう言って松五郎は、部屋を出て行った。




