第57話 一難去ってまた一難!?
ライラの兄の一件が落ち着いたかと思ったら、今度はリズとコレットにもそれぞれ問題が起こった。
双方とも一応片は付いたのだけれど、それなりに厄介だったと思う。
まず、全てが順風満帆に行くかと思われていたリズの結婚だったけれど、グレンデル伯の実直さがかえって仇になる事件が起きた。
大事な一人娘をいただくのだからと、グレンデル伯はわざわざ事情の説明と挨拶のためにリズの実家に出向いて、猛烈な反対に遭い――リズを奪われてしまったのだ。いや、取り返された、と言うべきだろうか。
無事に生存確認が出来た娘が、ウェアウルフと結婚したいだなんて親が許すはずないからと、リズは自分の安否などを実家に一切知らせないまま嫁ぐつもりだった。しかしグレンデル伯はきちんと彼女の元気な姿を見せて、その上で理解してもらおうという考えだった。
結果として――リズはそのまま、実家に軟禁されてしまった。
無論、ウェアウルフという種族柄、グレンデル伯は実力行使に出ることも出来ただろう。だけど極めて穏やかな性格の彼は決して野蛮な解決策を取ろうとはせず、「家族水入らずでゆっくり話し合う時間を」と、一度は退がった。ショックを受けるリズに、気持ちを落ち着かせる言葉や前向きな台詞をありったけ言い残して。
そして翌日から毎日、グレンデル伯はリズの御両親の元へと説得に通ったというのだから、その粘り強さに皆、舌を巻かざるを得なかった。
一週間も経つ頃にはさすがに彼の誠実さが伝わり、またリズがそれまで泣き暮らしていたこともあって、御両親も折れ、二人はめでたく結婚を認めてもらえることになったのだけれど。
「ここまで来て駄目になっちゃうかと思ったわ」と、お城に戻って来ることが出来たリズはほっと胸を撫で下ろす。
「大変だったけど、最終的に御両親に祝福してもらえることになって、何の障害もなくなったんだから良かったじゃない」
そう言ってマディがにこやかにハグで迎えると、
「そうよ、うちなんて完全に決着が付いたとは言い難いんだから」
コレットが溜め息を零しながら、リズの手から荷物を引き取る。
「巻き込んじゃってごめんね……」
「ううん、遅かれ早かれ、いつかはこうなっていたわよ」
しゅんとして顔を曇らせるリズの肩を、気にしないで、と言う風にコレットがぽんと軽く叩く。
気丈に振る舞っているけれど、精神的には恐らくどっと疲れが出ているはずだった。何せ彼女は、リズがここに帰還したまさにその時――城門のところで自分の家族と対峙する羽目になっていたのだから。
リズの一件により、小さなネーレルの村一帯に『生贄の娘達の無事』は知れ渡ることとなり、当然それはコレットの御家族の耳にも届いたのだけれど。
その頃実家がどうなっていたかと言うと、生業である機織りの仕事はもともとコレットの腕を頼りに営んでいたため、彼女の不在により相当苦しくなって来ていた。
そこで彼らは、コレットの無事を聞きつけるや否や、御両親から妹達から総出で、彼女を奪還しようと紅夜城に遠路はるばる押しかけて来たのだ。リズの乗った馬車の轍を辿るための馬車を借りてまで!
コレットの家の事情を知らない執事さんが、一度は彼らを客人として城内に招き入れようとしたのだけれど、たまたま繕い終わった玄関ホールのカーテンを取りつけに来ていたコレットがそれを見つけ、物凄い剣幕で撥ね付けた。
しかし人数が人数なので、家族のほうは強気に出た。そして絶対に帰らないと断言するコレットを、寄って集って責め立て始めたのだ。
結局、いち早く騒ぎに気付いたヴァネッサさんがコレットに加勢し、炎の魔術でやんわりと脅しをかけて、どうにか追い返したのだけれど。
恐れをなして逃げ帰っただけで納得した訳ではないだろうし、ほとぼりが冷めた頃にまたやって来そうだと、コレットは頭を抱える。
「そうなったらそうなったで、何度でも追い返しますわ」
「本当に済みません、ヴァネッサさん、大事な時期なのに……」
「身体には何の負担も掛かっておりませんから、御心配なく」
ヴァネッサさんは本当に何とも思っていない様子でにっこりと微笑んだ。妊婦さんだというのに、これほど頼もしい守護神が他にいるだろうか。
「ね、お仕事の区切りがいいならお茶にしない?リズに教わった焼き菓子を何種類か作ってみたの」
マディの声掛けに、皆の表情もぱっと明るくなる。
「いいですか?ヴァネッサさんも一緒に」
「ええ、構いませんよ」
そう返事をした執事さんは、コレットの家族に上手く対応が出来なかったことを悔やんでいるらしく、少々元気がない。個人的には、彼一人の力でどうにかなる相手じゃなかったと思うんだけどね。
「まあ、私もご一緒して宜しいんですか?」
「是非!魔術で消費したエネルギーを、甘い物で補ってください」
「あら……ありがとうございます」
嬉しそうに口元をほころばせるヴァネッサさんに、私達も自然と頬が緩む。
「先に行って、ティールームの準備をしておきますね」とライラが階段に向かおうとしたので、「私もやるわ」と足を踏み出した、その時。
玄関ホール全体に、重いドアノッカーの音が響き渡った。
一瞬ぎくりとしたけれど、ノッカーを使ったということは城門を通過することが出来た、つまりウィランバル家に縁の深い人物である可能性が高い。
「おかしいですね、今日は特にお客様がいらっしゃる予定はなかったはずですが……」
執事さんが小首を傾げながら、大きな玄関扉につかつかと近付いていく。
そして、外の様子を窺うや否や、慌てて内鍵を開け、金属製の取っ手を掴むと勢い良く内側に引いた。
開かれた扉の向こう側に佇んでいたのは、何と――ジークハルト様、ステラ様ご夫妻。
「急にごめんなさいね、ふと思い立って、遊びに来ちゃったの」
そう言って童女のようにあどけなく笑ったステラ様は、私の姿を認めるなり、「まあミオさん、メイド服も似合うのねえ」と駆け寄って来た。晩餐会の夜とは違い、バッスルのない小花柄のドレスをお召しで、それがまた彼女の美しい金髪によく似合っている。
「ようこそいらっしゃいました、ステラ様」と私が微笑み返すと、「やだ、『ステラ様』なんて他人行儀!お義母さんって呼んでくれていいのに」と上目遣いに迫られた。つくづく自由奔放な御方だ。
これはもうひと仕事し終えるまで、ティータイムはお預けね――そう思った私達は、互いに目配せし合い。
先代御夫婦をしっかりおもてなしするべく、一同、精一杯心を砕くことになったのだった。




