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第39話 とんでもない交換条件

「伴侶が亡くなった場合などには有り得る話ですけれど、ディアス様は御存命ですし……ゼーレ様は後妻ではなく愛人と言い切っていらっしゃいますから、『お下がり』ですわよね」


 明らかに挑戦的な口調でヴァネッサさんが続ける。

 一瞬だけこちらに目配せして眉を寄せた表情が、「失礼なことを言ってごめんなさい」という合図に見えたので、私は「気にしないで」という返事のつもりで大きな瞬きを二回した。


「使用人風情が、伯爵の妻を『お下がり』呼ばわりしていいの?」

「ミオさんをディアス様の奥様とお認めになるんですね?」


 ノイエッタ嬢の指摘の痛いところをヴァネッサさんが突き返す。私を単なるメイドの一人と見なしていれば出て来ないはずの台詞を切り返されて、ノイエッタ嬢はぐっと口をつぐんだ。


「――僕は認めない」


 その時、オーギュスト公が今までで一番低く、冷淡な声音でそう告げた。

 愛人に、という『魔王』の要望を撥ねつけることが出来たとしても、『公爵に』一緒になることを認めてもらえなければ、私達は結局公式な夫婦として存在することは出来ないのだろうか。

 一抹の不安が胸を過ぎり、私は伯爵により一層強くしがみつく。


 すると。


「……と言いたいところだけど、力づくでミオを連れて帰ろうとしたら、君は黙っちゃいないよね?」


 オーギュスト公は、伯爵ではなくヴァネッサさんのほうに視線を向けた。

 伯爵の剛力も、『魔王』の前には脅威ではないのかも知れない。となると、やはり障害となるのは同じ魔族からの反発で、中でもヴァネッサさんには公爵も一目置いているということなのだろう。恐らく能力はこの紅夜城の中ではトップだし、実績もある。


わたくしの主はディアス様ですから、ディアス様がお望みにならない限りは、戦鬼オーガの端くれとしてそれなりの抵抗はさせていただきますわ」


 公爵に対して一歩も退くことなくヴァネッサさんが答えた。

 空気中に静かに火花が散っているようで、目には何も見えないのにちりちりと肌が灼けつくような感覚がする。異変を感じた他のゲストたちの視線がこちらに集まるも、一触即発という雰囲気を気取ったのか誰も近付いて来ようとはしない。


 そうして強く張り詰めた緊張状態が数秒続いた後、オーギュスト公が突然、ふっと力を抜いて苦笑した。


「なら、無理だね。僕はもう多分、全力の君には勝てないもん」


 彼のその発言に、思わず伯爵と顔を見合わせる。言われたヴァネッサさん本人も少し驚いていたようだった。焦ったノイエッタ嬢が「御謙遜を」とオーギュスト公の腕を取るも、彼は首を横に振りながら小さな溜め息を吐く。


「本当だよ。何年生きてると思ってるの。もうピークの時ほどの力は残ってないんだ」

「それでも充分お強いですけれどね」


 ディアトリスさんが即座にフォローを入れたけれど、それは公爵にとって、ほとんど効果がないようだった。彼は唇を尖らせ、壁を背にして寄りかかると、腕を組んでむすっとした顔を見せる。


「あーあ、こんなこと知られたくなかったんだけどな。とんだ恥かいちゃったよ」


 そう言ってホールの床を凝視するオーギュスト公にどんな言葉を掛けたらいいのか分からず、私はただ黙って彼を見つめるしかなかった。するとヴァネッサさんが、「恐れながらゼーレ様」と一歩前に歩み出る。


わたくしは今この場に参りますまで、ミオさんが異世界の方だとは存じ上げませんでした。なぜなら、彼女はこの世界におけるヒウムと何ら変わりがなかったからです」

「……そうなの?」


 彼女の話にオーギュスト公が反応し、ちらりとこちらに視線を寄越したので、「はい、私自身もそう思っています」と答えた。

 文化や習慣の違いこそあれど、身体的や能力的な違いというのはいまだに見つからない。女神の加護が適用されて言葉の壁が何とかなるなら、ヒウムが私のいた世界に来てもやっていけるような気がした。


「ですから、お相手は、この世界で――ヒウムからお探しになっても宜しいのでは?」


 ヴァネッサさんの提案に、公爵が「うーん」と考え込む。


 私も、わざわざ膨大な魔力(推測ではあるけれど)を消費してまで異世界のゲートを開いた挙句、見つかるのが私みたいな普通の人間なら、この世界に数多いる素敵なヒウム達から選んだほうが手っ取り早いんじゃないかと思う。

 しかしオーギュスト公は「別世界、っていうのがやっぱり捨て難いんだよなあ」などとぶつぶつ呟いていて、何やらこだわりがあるようだった。そもそも夜伽の相手を探すためだけに特別な労力を割ける人だし、単純なヒウム探しでは手応えがなくてつまらないのかも知れない。


「それじゃ、こういうのはどうかな?」


 やがて彼は壁から背を離すと、すっかり気を取り直した風で私達の前にしゃきっと立ちはだかった。菫色の瞳は自信に満ちた光を取り戻していて、それが何だかあまり良くない予感を私の胸に運んでくる。


 そしてそれは、的中した。


「ミオと一緒に集めた生贄のヒウムがいるはずだよね。その中から一人を譲ってくれるか――もしくは君達二人の間に娘が生まれたら、その子をくれるか」


 オーギュスト公が両手を広げ、愉しそうな微笑みを浮かべる。

 その二者択一の内容はあまりに強烈で、私は言葉を失った。


 リズ・コレット・ライラのうち誰か、或いはまだ見ぬ未来の娘を差し出せという話。


 前者は自分と引き換えに大切な仲間を売るも同然だし、後者はもし本当に私が女の子を産んだ場合、その子に生まれながらにしてとんでもない重荷を背負わせてしまうことになる。


 何とか上手く断る方法は無いものかと懸命に思考を巡らせるも、良い案が浮かんでくる前に、オーギュスト公が退路を断った。


「これだけ恥をかかされたんだ。君達のことを認める代わりに、これくらいの条件は飲んでもらうよ」


 腰に手を当てて小首を傾げる彼の面差しが、勝ち逃げは許さないよと言っている。

 ディアトリスさんは半ば呆れ気味、ノイエッタ嬢が展開について行けず呆然とする横で――伯爵、ヴァネッサさん、私の三人は、どう対応するのが最善か、視線を交わし合って悩んだのだった。

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