第40話 厳しい試練は、続くもの
「ああ、ちなみに娘をくれると約束して、男しか生まれなかった場合――その息子のところに生まれた娘を貰うよ」
まるでたった今思いついたことであるかのようにオーギュスト公が付け加える。
「それが駄目なら、その次。女が生まれるまで待つよ。ふふ、長生きの特権だね。君たちにとってはある種の呪いみたいなもんだろうけどね」
笑いながら話す彼の台詞が冗談に聞こえなかった私の鼓膜に、『呪い』という単語が重くこびり付く。それは奇しくも正しい表現だった。ウィランバル家に娘が生まれるまで続く呪縛。公爵との結びつきが、これまで以上に強くなる――悪い意味で。
「それが嫌なら、生贄を譲ってくれればいい。あそこにいる娘達だろう?悪くないよね」
伯爵の話を聞くためにホールに呼ばれ、窓際に並んでこちらを不安気に窺っているリズ達に、オーギュスト公が品定めするような視線を向ける。
彼の望みがあくまで愛人という事実から、それは私に向けられるより遥かに不快だった。あの娘達をそんな目で見て欲しくない。
だからつまり、この二択は実質、私一人に突きつけているものなのだ。
嫌な言い方をすれば、伯爵にとってリズ達はどんなに優秀な人材でもあくまで生贄で、己の血を分けた子孫とは比べ物にならないはず。
でも、私にとっては元々同じ条件だった仲間達で、そこから私は抜け駆けしたようなもので。その上で公爵に彼女達の誰かを差し出すなどという所業は、一生涯に亘って恨まれ続けても決しておかしくはない非道だろう。
それならばと自己犠牲の精神で、伯爵をどうにか説得して、娘を、孫を、献上出来るか?と公爵は迫っている。とてもこの場で即答できるような内容じゃなかった。それは承知の上なのだろう、彼が「返事は今日じゃなくていいよ」と手をひらひらさせる。
「これから婚約発表でもするつもりだったんでしょ?さっきから、君のとこの心配症の執事が死にそうな顔してるからさ、さっさと始めなよ」
言われて辺りを見回してみると、私達からそう遠くない、けれども話の詳細まではよく聞こえないだろう場所に、顔面蒼白で突っ立っている執事さんの姿があった。
遠巻きに事の成り行きを見守りながらも、気が気でなかったのだろう。この家を取り仕切る立場なのだから会話に入ってくれば良かったのにと思ったけれど、オーギュスト公が彼をヒウムだと知っているのなら確かに参加は難しいかも知れない。
「御温情に感謝いたします。返答は追って、必ず」
伯爵がそう言って丁寧に腰を折ったので、私も彼に倣って頭を下げる。
「楽しみにしてるよ」と悪戯な笑みを浮かべた公爵が、場を離れて他の人との歓談の輪に加わるのを、またそれにディアトリスさんが頭の痛そうな顔をして付いて行くのを見届けてから、私と伯爵はホール全体を見渡せる場所へと移動した。
ゲストも何となく雰囲気を察したようで、お喋りが段々と落ち着いて行き、挨拶を聞こうとする体勢が整い始める。
「皆様、本日は当家の晩餐の場にお集まりいただきまして、誠にありがとうございました。そろそろお開きとさせていただきたく存じますが、その前に私から御報告がございます」
ホール内がほとんど静けさで満ちたのを確認してから、伯爵が話し始めた。
いつも穏やかなトーンの彼が声を張る瞬間というのは貴重で、隣にいる私の背筋も自然と伸びる。
私は今の今まで、本当にこの時まで、単なる婚約発表だと思っていた。
だけど伯爵の報告には、重大なプラスアルファがあったのだ。
「彼女はミオ。見てのとおり、魔族ではありません。私はこのたび、彼女を妻として迎えることにいたしました」
紹介されてぼうっと立っているのも変なので、ドレスのスカートをまた軽く摘まんでお辞儀をする。しかし拍手が疎らにしか起こらなかったので、あまり好意的に受け入れてもらえていないのかと不安になり、顔を上げた。
そのタイミングで、伯爵から次の台詞が放たれる。
「このことに伴い、私は今後一切の吸血行為を止めることを決意いたしました」
その声は、やけにはっきりとホールに響いて聞こえた。
全く予想だにしていなかった内容のせいか、その意味が自分の中に浸透するまでにやや時間がかかり。
『一切の吸血行為を止める』イコール『今後生贄を集めるのを止める』ということだと理解した私は、思わず目を見開いた。
上げた顔の延長線上にいた、ホール最後方のリズ・コレット・ライラが、遠目でも分かるくらい驚いた表情をしているのが見えた。それもそのはず、彼女達にとっては言葉そのままの通りの意味で、『血を吸われない』、つまり命が助かるということなのだから。
その横でヴァネッサさん始め、紅夜城のスタッフの皆がにこにこと微笑んでいる。私達の近くに控えている執事さんは心底ほっとした顔をしており、そこで私は、この計画が生贄メイド組だけに内緒にされていたことにようやく気付いた。
きっと、今後について皆で話し合ったあの後から、伯爵も執事さんも交えて秘密裏に事が進められていたのだ。ヴァネッサさんが中心となって動いてくれたのだろうと直感した。
私に打ち明けられなかったのは恐らく、他の三人より圧倒的に多い情報量の差を、これ以上広げないために気を遣ってくれたんだと思う。一人だけ『何もかも全部分かってました』だと周りの心証が良くないから。
それを裏打ちするように伯爵が「今日まで明かせなくて済まない」と囁いたので、私は抱きついて叫びたい気持ちを抑えながら首を横に振った。
公爵の愛人の件はひとまず置いておいて、三人は少なくとも記憶を消されずに済むだろう。大勢のゲストの前で発表したということは、外部に漏れても構わないということなのだから。彼女達がお城に残るとしても、去るとしても――ここで過ごした思い出の日々は、消されない。
「それでは今後、お食事はどうなさるおつもりですの?」
「ヒウムとの共生は、以前から視野に入れていたのかね」
ゲストから矢継ぎ早に質問が飛んで来る。
それらに一つ一つ丁寧に答えるつもりだったのだろう、伯爵が徐に襟元を正した時、事は起こった。
「まあ、皆様お待ちになって。まだ肝心なことが伯爵から発表されていませんわ」
不意に、私達に背を向けて、前に躍り出た影があった。先程までのオーギュスト公とのやり取りの中で、接近してきた挙句除け者気味だったノイエッタ嬢だ。
これまでのウィランバル家の晩餐会に出席した経験のあるゲスト達は、トラブルメーカーの匂いにうんざりした表情を浮かべている。しかしそんな周りの様子を気にすることなく、彼女は甲高く大きな声で、最悪の爆弾を投下した。
「ね、今日こそ、貴方が本当はヴァンパイアではないと公表なさるんでしょう?――偽りだらけの、ウィランバル伯」
さすがに、この時ばかりは私も、社交用スマイルを保つことが出来なかった。




