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フィンネルの紅剣  作者: 楠楊つばき
Episode 2 開戦の足音
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09.引き金

 とある一報がもたらされた。

 レム王国の王都ヴェインは逸早くその一報で国政を掻き乱されることとなる。


 ――帝国の第三王子死亡。犯行は王国の手によるものである。


 王国と帝国は数年前まで戦争をしていた。帝国の反感を買っていたとしても、おかしくはない。

 

     *    *   *


 商業街・ワタリに滞在していた"フィンネルの紅剣"と颯瑪さつばにもこの情報は届いた。

 前者は難しい顔をして、後者は興味なしと剣を磨いていた。


「帝国の第三王子死亡……でかい情報が来たものだ。しかも死体が見つかっていないのにさ、王国に罪をなすりつけるとは証拠でもあるのかね」


 ネーセルは記事を読みながら独り言をこぼす。簡素な食事なのは彼女の習慣だ。片手にはサンドウィッチ、もう片手には新聞。気になる記事を見つけるたびに食事の手は止まった。


「死体が見つかっていないのに死亡と決めつける国があるのか」

「その台詞は死体まで燃やすかたが言ってはいけないと思います」


 紅剣の質問に答えたラグリの発言は正論だった。焼死ならば、人を判別できる要素がなくなっている可能性がある。検死後、身元などを確認せずに処理されている危険性もある。


「錬金術師としては戦争になったらそれなりに仕事が増えるんだけどさ、良い気分ではないねぇ」


 ネーセルは武器を錬成している。専門と比べれば質は落ちるが、彼女の研究と工夫の成果で他のものと引けを取らない出来栄えだ。


「……王都から使者が来たら――」


 ネーセルの言葉は突如鳴ったドアベルによって中断された。

 中に入ってきたのは鎧を着た騎士だった。傷だらけの鎧と血まみれの手足を目にし、その場にいた誰もが状況を理解した。


「帝国が攻めてきています。早く……逃げ……」

「話さないでください。治療します」


 騎士にかけよったラグリは目を閉じ、呟いた。すると騎士の傷はだんだん癒えていく。ただそれはあくまでも一時的な手段。流れる血は止まらない。ラグリの力ですぐに治ったのは、かすり傷や打撲だけだったのだ。


「お前、王国の騎士か。相手の規模はわかるか?」

「その……赤い髪に赤い装束……"フィンネルの紅剣"っ!? 貴様が軍を去らなければ、こんな風にはならなかった! 王都が攻められたら誰が王をお守りするだ!」

「止血しています。落ち着いてください!」


 騎士は紅剣を見て頭に血が上っていた。ラグリに落ち着けと言われ平常心を保とうとするも、視線は治療してくれているラグリではなく紅剣に向いている。

 その射抜くような視線を受け、紅剣は真逆の感情を抱いた。


「ラグリ、騎士は己の死を覚悟しているはずだ。……ああ、あたしは"フィンネルの紅剣"。あたしが抜けたら軍は随分と弱腰になったな。お前はフィンネルから何も学ばなかったのか?」

「貴様こそ親離れしたらどうだ!」

「フィンネルはあたしの元契約者だ。一緒にいて悪い理由があるのか? フィンネルをお前のような――自身の役目を忘れるようなアホと一緒にされるのも頭に来る。お前はなぜここに来た? それを言えないほど馬鹿ではないだろう」

「……敵は、流通を押さえた後、こちらに向かっている。ネーセル様と……ラグリ様に協力を仰ぐために参りました……」

「一般人に協力を仰ぐとは。それでも騎士の端くれか?」

「兵士の数が足りなくなったのは誰のせいだと思っている!?」


 騎士が紅剣を睨み付けた。それから手を出そうとしたが、ラグリに腕をつかまれた。

 ラグリは目を伏せて、頭を横に振る。


「――万籟ばんらい、行くぞ」


 一言声をかけ、紅剣は颯瑪に歩み寄った。


「僕? 僕は王国を助ける義理なんてないよ」

「あたしとの協力作業だ。この力、お前に貸してやる」

「君と……わかった。やるよ」


 紅剣は颯瑪の剣に宿った。刀身が赤く(きら)めく。

 ネーセルとラグリもあらかじめの準備はしていたようだ。

 

「ラグリ、店番もねて一人残しておいてよ」

「かしこまりました」


 ラグリは水の力を使い、人の大きさもある物体をつくりだした。その物体は青から肌色へと変わり、やがてラグリと酷似こくじした人物がそこにいた。よく見るとラグリよりも色素が薄い。


「よろしくお願いします」

「はい、ラグリ様」


 ラグリ2は腰を折り一礼した。


「……騎士様、不憫なことがあったらラグリ(ツー)に遠慮なく申してください」


 そうして四人は外に出た。


    


 外に出た直後、ネーセルがラグリに耳打ちした。


「ラグリ2に伝えたかい?」

「抜かりなく。私は想像できませんでしたが……」

「人はいつ手を返すかわからない。信用しすぎるのは危険さ」


 騒ぎを知らせるために来た騎士を一人にするわけにはいかなかった。工房の中に入られてしまったため、何かを盗られるかもしれない。情報が漏れているかもしれない。紅剣が工房にいるということも明るみに出てしまう。


「ネーセルさん、ラグリさん、早く片付けましょうよ」

颯瑪さつばくーん、作戦は君が思っている以上に大切なんだよー。君は暴れたいんだろうけどさ、こちらは被害を出したくなくてね」

「マスター、私が矛となり盾となります。ご命令を」

「……恐らく物流の混乱が目的だ。居住区は狙っていないとみなせ。あとはいつも通りで~」


 ネーセルの提案に颯瑪さつばとラグリは頷く。

 ラグリは手の中に水で形成された槍を生み出した。槍をしっかり握り、ネーセルのそばによる。

 紅剣は剣の中で鳴りを潜めていた。このチームで戦うのは初めてのため、特に口を出さない。

 



 騒ぎは狙い通り商業区で起きていた。住民は家の中で避難しているようだ。騎士が工房に来る間にも幾つか小競り合いがあったのだろう、血だまりの先には死体があった。鎧を身に着けていないので、自警団か平民だろう。


 先陣を切る颯瑪は後ろを振り返らない。五感を最大限に活用し、騒ぎの中心人物を探す。

 ラグリとネーセルは颯瑪が取り残した部分を狙う。


 帝国が攻めてきたわりに、蛮族や盗賊がほとんどだった。正式な訓練を受けていないものを打ち破るのは容易い。颯瑪はどんどん先に行く。


「……見つけた」


 普段なら人で賑わっている街がズタズタにされていた。逃げ遅れた人も少なくはない。出店を守ろうと必死に抵抗している商人がいた。出店で扱っていた商品を隠す時間はなかったのだろう。食物や雑貨が棚の上でぐちゃぐちゃに散乱していた。


 体格の良い男たちが食べ物を食い散らかし、袋の中に高級そうな品物を詰めていた。

 そんな光景を目にした颯瑪の手に力がこもった。

 

「痛いっ、はなして!」


 垂れ幕の影に隠れていた子どもが男に見つかった。逃げようと走り出したが、別のところにいた者に捕まってしまった。腕をつかまれ、子どもは顔を歪ませて痛いと叫び続けた。


「……お前ら、あたしの前で蛮行ばんこうをしたことを呪え。い改めろ」


 赤い影がうまれた。それは男二人を一瞬で灰にした。

 尋問する気も起きず、紅剣は人の形をとってゆらゆら揺らめく。


 解放された子どもはわんわんと泣き崩れていた。


 颯瑪は荒らされた街を目にし、何もできなかった。雑念が付きまとっている。

 大将の首を採ればいいだけなのに、足がすくみあがった。


 遅れてきたラグリが泣きわめく子どもを抱きしめた。何が起きたの? とは声をかけず、無心のまま強く優しく抱きしめた。


「工房から商店街までそう距離は離れていないのに、仕事が速すぎる。……はかられたか、内部に潜り込まれていたのか」

「ネーセルさん。普通なら警鐘が鳴りますよね?」

「おー、颯瑪さつば君のくせに着眼点がいい。自警団はどうしたのだろうかね」

「はぐらかさないでください。僕は真剣ですよ」

「さっつばくーんなら……なりふり構わず全員仕留めると予想していたがね」

「……嫌な予感がします。風が囁いてきます」


 颯瑪は目をつぶった。

 先程まで無風だったが、だんだん風が吹き始める。


「おいっ、颯瑪か!?」

「ロッケルさん? 無事だったんですか」

「呑気にいる場合じゃねぇんだ。そちらにいる女の方はネーセル様ですかい?」

「はい。ロッケルさん、一体何があって……」


万籟ばんらい、こっちに来い!」

 凄い形相の紅剣が叫んでいた。

 事の重大さを察し、颯瑪、ラグリ、ネーセルが紅剣の後を追う。




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