02 【終末のカウントダウン、あるいは最悪の共闘】
地鳴りのような歓声が、巨大な円形闘技場の石壁を震わせていた。
魔法国家アルディアスと、武闘都市バルザース。
二つの大国の境界線に位置する、不戦地帯『中央大闘技場グラン・アリーナ』。そこを埋め尽くす観衆の熱気は、すでに沸点を超えている。
三年に一度開催される、国家間の一大決戦。
戦争という大量殺戮の代わりに、両国から選ばれた三人の代表者が命を賭して戦う勝ち抜き戦だ。勝者には、向こう三年間の絶対的な政治権力が与えられる。敗北した国を待つのは、国家の傾くような重税と屈辱。文字通り、両国の未来を賭けた殺し合い。
すでに互いの先鋒、次鋒は地に伏し、残されたのは両国の「大将」のみ。
結界に守られた舞台の中央で、二人の少年少女が対峙していた。
「――お前が、武闘都市の『大将』か」
凛とした声を響かせたのは、魔法国家アルディアスの代表、アンリだった。
燃えるような赤髪をなびかせ、その瞳には底知れない魔力が宿っている。
魔法の神アルスティナスを信仰し、魔法の優劣が身分を決める「魔法至上主義」のアルディアスにおいて、魔力を持たぬ者は奴隷へと落とされる。その過酷な頂点に君臨する彼女は、弱冠十五歳にして『稀代の天才魔法士』と称される怪物だった。炎、水、風、土、光――五属性すべての完璧な操作技術と、敵を文字通り「無」に帰す圧倒的な魔力量。それがアルディアスの絶対のエース、アンリの強さだ。
「ああ。そっちこそ、随分と大層な魔力を振りまいてくれるじゃねえか」
不敵に笑い、肩に無骨な鉄剣を担いだのは、武闘都市バルザースの代表、バルカ。
黒い髪を短く刈り込んだ、鋭い眼光の少年。
武術の神バルドレカスを信仰し、純粋な力がすべてを決める「弱肉強食」の都市。勁力と呼ばれる気功の一種を操り、肉体を強化して戦うのがバルザースの戦士だが、バルカが宿す勁力は、その辺の一般人と大差ないものだった。勁力を持たぬ奴隷以下の存在として蔑まれてもおかしくない才能。
だが、彼は代表の座にいる。勁力の多寡など関係ない。常軌を逸した戦闘センス、そして極限まで磨き上げられた剣技――ただそれだけを武器に、並み居る猛者をねじ伏せてここまで上り詰めた、もう一人の怪物だった。
「これまでのアルディアスの敗北の歴史は、私がここで終わらせる」
「悪りぃな。俺の街の連中にこれ以上、お前らの美味い飯を食わせるための重税を払わせるわけにはいかねえんだよ。勝つのは俺たちだ」
審判の合図とともに、二人の身体が同時に動いた。
「『赤蓮、穿て』――!」
アンリの詠唱は一瞬。彼女の背後に展開された無数の魔法陣から、高熱の炎弾が豪雨のように撃ち出される。それだけではない。炎弾の隙間を縫うように、真空の刃がバルカの退路を断つように殺到した。二属性の同時、かつ完璧な精密操作。
「チッ、相変わらず容赦ねえな!」
バルカは怯むどころか、獰猛な笑みを浮かべて地を蹴った。
常人なら一瞬で灰になる弾幕の中を、彼はあり得ない角度で肉体を捻り、最小限の動きで躱していく。躱しきれない真空の刃に対しては、手に持った鉄剣をミリ単位の精度で払い、その軌道を逸らした。
勁力による肉体強化が未熟であるはずの彼が、なぜ魔法の速度に追いつけるのか。それは、アンリの視線、魔力の揺らぎ、空気の振動から「次の一手」を完全に予知しているからに他ならない。
「ならば、これでどう!」
アンリが地を叩くと、バルカの足元から巨大な土の棘が突き出す。と同時に、頭上から激流の水塊が圧殺せんと降り注ぐ。地と水の複合。
「甘い!」
バルカは土の棘を足場に跳躍し、水塊の僅かな密度が薄い部分を、一閃の元に切り裂いた。水飛沫が舞う中、バルカの身体はすでにアンリの眼前へと迫っている。
鉄剣が、アンリの首筋めがけて鋭く突き出される。
「『光殻』」
アンリの目の前に、強固な光の障壁が展開される。金属が擦れ合うような甲高い音が響き、バルカの剣が弾かれた。だが、バルカは弾かれた反動を利用して身を翻し、さらに鋭い第二撃、第三撃を障壁の『全く同じ一点』へと叩き込む。
パキィン、と光の障壁に亀裂が入った。
「なっ……!?」
「もらったァ!」
アンリの顔に初めて驚愕が走る。天才的な魔力操作による障壁を、純粋な剣技の連撃だけで破壊するなど、彼女の常識にはなかった。
しかし、アンリもまた、ただ守られるだけの温室の天才ではない。
「舐めるな、武闘の徒! ――『五元収束・虚無』!」
アンリを中心に、爆発的な輝きが放たれた。炎、水、風、土、光。五つの属性の魔力が、彼女の手元の一点に凝縮されていく。周囲の空間が、その圧倒的なエネルギーの密度に耐えかねて歪み、バリバリと空間が軋む音を立てる。すべてを無に帰す、彼女の最大最強の一撃。
対するバルカは、眼前に迫る破滅の光を前にして、極限まで意識を研ぎ澄ませていた。
一般人並みの勁力を、一本の剣の『刃渡り数ミリ』に集中させる。肉体強化ではなく、ただ剣の鋭利さを、この世のあらゆる物質を断ち切る「概念」へと昇華させるための全集中。
研ぎ澄まされた彼の剣技に、斬れぬものなど存在しない。
「おおおおおおお!」
「消え去りなさい!」
すべてを呑み込む五色の破滅光と、すべてを断ち切る一筋の剣閃。
互いの命を、国の運命を賭けた最大の一撃が、激突する――その、刹那だった。
ピキリ、と。
世界から、すべての音が消え失せた。
「……え?」
「なんだ……これ?」
激突するはずだった魔力と勁力が、まるで見えない壁に阻まれたかのように、空中で完全に静止している。それどころか、周囲の観客の歓声も、風の音も、跳ね上がった砂埃さえも、すべてが時間の止まった絵画のように固定されていた。
動けるのは、アンリとバルカの意識だけ。
真っ白に染まった精神の世界の中で、二人の脳裏に、直接「それ」が響いた。
それは、人間の声ではなかった。
地響きのようであり、天上の旋律のようでもあり、ただ圧倒的な絶対性を持った『大いなる意志』の響き。
『――天啓を授ける――』
二人の魂に、冷酷な予言が刻み込まれる。
『――今から三年後、天が墜ちる――』
「天が、墜ちる……?」
「どういう、ことだ……!?」
言葉の意味を深く考えるより先に、二人の本能が、直感的にその真実を理解させられていた。
それは比喩ではない。この世界そのものが、三年後に完全に崩壊し、滅亡するという絶対の未来。
そして同時に、二人の胸に凄まじい焦燥感が湧き上がる。
国家の権力? 三年間の税率? 魔法と武術の優劣?
――そんなくだらないことで争っている暇など、今のこの世界には、一秒たりとも残されていない。
ドクン、と心臓が大きく脈打った。
次の瞬間、世界に「音」が戻る。
しかし、それは先ほどまでの歓声ではなかった。
バリリンッ!!!
闘技場の中央、アンリとバルカのちょうど中間の空間が、まるで巨大なガラスが割れるような凄まじい音を立てて裂けたのだ。
激突するはずだった二人のエネルギーは、その空間の裂け目に完全に吸い込まれ、霧散する。
「な、何が起きたの!?」
「おい、空間が割れてやがるぞ……!」
二人が武器を構え直した瞬間、その裂け目から、どろりとした漆黒の霧が溢れ出してきた。
そして――。
「ギチギチギチギチギチギチ!!!」
耳を劈くような不快な駆動音とともに、霧の中から「それ」が姿を現した。
それは、二人がこれまでの人生で一度も見たことがない、異形の存在だった。
全身が黒い外骨格に覆われ、無数の赤い単眼が不気味に明滅している。カマキリのような巨大な鎌を持ちながら、下半身は蜘蛛のように蠢く、禍々しい蜘蛛型の魔獣。それが一匹ではない。空間の裂け目から、十、二十、五十――と、まるですすり泣くように這い出てくる。
「魔物……!? 結界で守られたこの闘技場に、どうやって!」
「いや、こいつら普通の魔物じゃねえ! 気配がおかしすぎる!」
バルカの野生的な勘が警告を鳴らす。
異形の魔物たちは、舞台の周囲にいる観客たち――魔法国家の貴族や、武闘都市の戦士たちに向かって、一斉に跳躍した。
「ギャアアアアア!? 何だこいつらは!」
「魔法が……私の魔法が効かない!? 嘘だろ、身体が溶け――」
「うわあああ! 助けてくれ!」
安全な席から見物していたはずの観衆が、一瞬にして凄惨な地獄絵図へと叩き落とされる。
武闘都市の頑強な戦士の肉体が魔物の鎌に容易く両断され、魔法国家の放った上級魔法が、魔物の外骨格に触れた瞬間に煙のように掻き消えていく。結界は内側から完全に破壊され、闘技場全体が混沌の坩堝と化していた。
「ギチィッ!!!」
空間の裂け目から、一際巨大な、家屋ほどもある個体が這い出てくる。その無数の赤い目が、舞台中央に残されたアンリとバルカを捉えた。
「来るぞ、魔法女!」
「わかっているわ、武闘の塊!」
さっきまで殺し合っていたはずの二人は、言葉を交わすまでもなく、自然と背中を合わせていた。
脳裏に焼き付いた【三年後、天が墜ちる】という天啓。そして目の前の、世界の理を無視した異形の襲来。これがその前兆であることは、疑いようもない。
「私の魔法が通じるか、試させてもらうわ!」
「俺の剣で切り開く! 遅れるなよ、天才サマ!」
魔法国家の至宝と、武闘都市の異端。
交わるはずのなかった二人の怪物の剣と魔法が、世界の破滅を止めるため、今、最悪の戦場で交錯する――。
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【新規設定・名称のまとめ】
本編執筆にあたり、指示文に記載のない以下の設定・名称を独自に構築しました。
中央大闘技場グラン・アリーナ: 魔法国家アルディアスと武闘都市バルザースのちょうど中間に位置する、古代の遺物とされる巨大な円形闘技場。周囲は強力な結界で守られており、通常は外部からの侵入や内部からの魔力漏洩を防ぐ構造になっている。
双国決戦: 三年に一度、この闘技場で行われる両国の代表戦の正式名称。
アニヒレイト(五元収束・虚無): アンリが使用した、炎・水・風・土・光の五属性すべてを一点に超高密度で圧縮・結合させることで、対象の物質構造そのものを崩壊させる最高峰の複合魔導。
空間の裂け目から現れた異形の魔物: 通常の世界に生息する魔獣とは一線を画す存在。魔法を霧散させる性質を持ち、既存の戦闘常識が通用しない「世界の外側」から来たような不気味な生態を持つ。




