第22話 再びセンと
ひと月経つと、一応の金具を行き渡るようになる。
「ロク、鉄の金具を持って、海に行こうと思う。」
「塩と交換するのか?」
「それもあるが、知り合いにも会いに行きたい。」
「うん、そうか。だったら、これも持って行って、交換してくれ」
渡してきたのは、干し肉だった。
鹿やイノシシを捕って来て、余った肉を干したものだ。
この時代、貨幣と言う物がない。皆物々交換の時代だった。ロクとすれば、鉄だけでなく、できるたけ多くの物と交換したいのだろう。
一つの物ばかりと交換していくと、在庫も尽きるし、交換するものがなくなってしまう。ロクはそんなことは避けたかった。
そして約2日かけて、鉄製品と干し肉をハルとアルの背に積んでセンの住む海岸に着いた。
ハルとアルというのは鉄の採掘場から、奪って来た馬の名前だ。
走る、歩くからとった。ちなみに番であり、近い将来、仔馬が期待できる。
その着いた海だったが、様子が一変していた。海が遠くになり、砂浜が広くなっていたのだ。
その浜に、何人もの男たちが居て、網を直し、綱を洗うなどしている。
見知った顔もあれば、初めての顔もいる。
その中に懐かしい顔を道蹴る。
「セン!」
すると、こっちを見た顔はちょっと怪訝な顔。そしてすぐ、顔が崩れた。
「ケン?ケンか!久しぶりだな。よく来た!」もう、抱き着かんばかり。相変わらす、熱い男だ。
「セン、面白い物が出来たからお前に使って欲しくて持ってきた。」と言って、向こうで草を食んでいる馬を差す。
「なんだ、ありゃぁ!」やはり、馬を見るのは初めてなのだろう、びっくりしている。
「馬だ。大きくて荷物を一杯運べる。それでいて大人しい、役にたつぞ。」
「うま?」大きな興味を示す。流石のセンだ。初めての馬にも怖気づかない。大変な関心ぶりで、すぐ馬に近づいていく。
「驚かさないようにゆっくり近づいてくれ。びっくりすると暴れることもある」
「そ、そうか。」少し、ためらうようにそっと、馬に触れる。
「意外と大人しいな。」そうやって、しばらく馬を撫でまわす。
「なかなか可愛いじゃねぇか。それにしても、一杯を持ってきたんじゃねぇか」馬の背に乗った荷物を見て言う。
「ああ、センにいいものを持ってきたぞ」そう言って、荷物の中から銛を差し出す。
「これは?」
「大きな魚を突く道具だ。」
「お、これはいいじゃねぇか」早速、手に持って握り具合を確認する。
「すぐ、試したいところだが、まずお前の歓迎だ。」
そう言って男たちの方を向く。男たちは遠慮していたのか、馬を怖れたのか、少し遠巻きに二人を見ていた。中には顔なじみもいる。
「みんな、ケンが来た。もう仕事を止めて、ケンを歓迎する」
それに「ぅを―!」と喜んで応じてくれた。
「あれから、ここも大分変ったぞ」集落に行く途中で説明をして来る。
その言葉通り、この一帯は一年で大きく変わっていた。
まず、海岸線が大きく後退し、集落近くに大きな空き地が出来ていたのだ。
「どうしたんだよ。海が退いているじゃないか!」
「そうだろう。お前らが去った後、地震があってな、海が大きく退いたんだ。そして出来た空き地に小屋を作ったのさ」
言われる通りなら、自然の大きな驚異のなせる業だ。
確かに半年より前に大きな地震があったのを覚えている。でもまさかこんなにも激変しているとは思わなかった。
集落は一変し、いくつもの新しい小屋もある。
「みんな、ケンが帰って来たぞ!」
「うわぁ、ケンさんだ」「ケンさん、ようこそ!」それに応えて女性陣の嬉しい声が返る。
ケンを迎えるための準備がすぐに始まって、大きな焚火が燃え上がる。それを集落の全員が囲んだ。
「みんな、ケンが帰って来た。初めての者もいるから紹介するが、ケンは俺たちに網の作り方を教えてくれた恩人だ。今日は盛大に歓迎しよう」
そんな紹介のされ方をされたら、大いに照れるが、集落の人たちは笑顔で更に言って来る。
「「ケンさん。お帰りなさい!」」
(ここの人たちは俺を忘れていなかった)もう泣きたい気分だ。
焚火の中心には大きな鍋が置かれ、魚や野菜が一杯入っている。
「ケンさん、この鍋は、すぐ煮えるな」大きな鍋を突きながら、顔なじみの男が親し気に話しかけて来る。
鍋はケンが持ってきた鉄製の鍋だ。今までは土を捏ねて作った土器ばかり。分厚くて、火の通りが遅い。その上、強度がなくて、上部の口の広がった構造は作りにくい。口が細く丸い壺の形にしないと壊れやすいのだ。傍の一人しか、壺から物をとりだせない。
それに比べ、鉄だとどのような形にもできる。誰もが周りから箸で突ける大鍋になる。そして早く煮えた。
「この包丁も便利よ」これも去年ケンに色々良くしてくれた女が、自慢気に言う。「この包丁で魚をさばくと、切れ味が抜群なの。」
それはそうだろう。ケンもどうやったら、刃の切れ味がよくなるか、熱入れや研ぎ方をいろいろ工夫してきたのだ。その自信の一つを女に渡したのだ。
「もう、黒曜石なんか使えないわよ!」そう言って、女は包丁を高く上げる。
「おい、おい。あぶねぇじゃねぇか」隣にいた男が大袈裟に避けるふりをした。
「あ、ごめん」女は一瞬きょとんとなり、慌てて包丁を置いた。その仕草が余りにおかしい。
「「わははは」」焚火を囲んで笑いが一斉に起きた。
*****縄文豆知識③*****
縄文時代の物流ルートは相当広かったことが知られている。例えば新潟県の糸魚川産のヒスイが、日本最大の集落跡と言われる三内丸山遺跡で見つかっている。当然船を使って往来したのだろうが、小さな丸木舟で、日本海の荒波を乗り越えてきたことになる。伊豆諸島の神津島から採れた黒曜石は関東一帯に広まっていた。なお生産地が判明しているのは、出土した品物の成分が原産地と一致していることによる。




