18 白延
後漢の世は、もはや名ばかりの王朝であった。漢室の威は地に落ち、群雄は割拠して覇を競い、各地に戦の火が絶えることはない。淘汰はすでに始まっていた。強者は生き、弱者は去る。やがて中原に残ったのは、南の曹操と北の袁紹という二人の覇者である。
曹操はまず関中を鍾繇の手腕によって鎮め、背後を固めると、呂布を討ち、袁術を圧し、張繡をして帰順せしめ、兗・豫・司隷・徐にわたる広域を掌握した。一方、袁紹は河北を平定し、冀・青・并・幽の四州を支配下に収める。こうして中原は、南北二強が相対する構図となった。いずれ決戦は避けられぬ情勢となり、その時は刻一刻と迫っていた。
転機となったのは、劉備の動きである。
建安四年、徐州にあった劉備が曹操に反旗を翻し、袁紹に使者を送り同盟を乞うた。曹操は于禁に延津の守りを任せ、劉備征伐へと向かう。このとき、袁紹の幕下では田豊が今こそ曹操の背を衝くべきと進言したが、袁紹はこれを容れなかった。さらに延津への攻撃も于禁に撃退され、機を逸する。劉備は袁譚のもとに逃れ、袁紹の陣営へ。妻子と家臣・関羽は曹操の手に落ち、関羽は客将として迎えられた。これによって、曹操と袁紹という二大勢力の対立は、いよいよ決定的なものとなった。
やがて袁紹は大軍を擁して南下の構えを見せる。中原を分ける黄河、その東にある白馬の地が戦局の焦点となった。白馬は渡河の要衝であり、ここを奪われれば中原は開かれる。府中には報が続々と集まり、幾人もの伝令が出入りしていた。地図の前には曹操と諸将が並び立ち、戦略の焦点が一つの地点へと絞られていく。帷幕の内は張りつめ、諸将は地図を囲んでそれぞれの見立てを口にしていた。黄河沿いの地形や敵軍の配置について意見が交わされ、議論は次第に熱を帯びていく。その中で、荀攸が一歩進み出て延津の一点を指し示した。
「敵は白馬に兵を集めておりますが、包囲はまだ固まりきっておりませぬ。延津から兵を渡せば、郭図らと顔良を分断できます」
曹操は顎に手を当て、しばし地図を見つめたのち、楽進に視線を向ける。
「文則の隊と合流し、延津より渡河せよ。敵の目を引け」
楽進は深くうなずき、席を下がった。幕内に戦を前にしたざわめきが広がり、それぞれが戦局の先を思い描き、声を潜めて策を交わす。
その最中、列の前へと踏み出す影があった。長い髯を胸に垂らし、堂々と進み出たのは関羽である。
「この戦、先鋒はこの関雲長にお任せ願いたい」
揺るがぬ声である。一時的に曹操のもとへ身を寄せる降将でありながら、自ら進んで先鋒を願い出たその姿に、幕内の空気がぴんと張る。曹操は彼を見据えてうなずいた。
「よいだろう。雲長殿の武勇、この機に用いずしていつ用いる」
張遼もまた一歩進み出て言った。
「拙も共に参りましょう」
「任せよう」
曹操はわずかに目を細め、短く応じた。
この白馬・延津の戦いにおいて、戦局を決したのは荀攸の策であった。
建安五年四月、于禁・楽進の軍は白馬から数里離れた延津から渡河し、顔良と郭図・淳于瓊を分断した。曹操は張遼と関羽を先鋒に抜擢し、白馬を急襲して顔良を討ち取り、包囲を一挙に破る。袁紹は文醜に騎兵を付して追撃とさせ、劉備もその列に在ったが、荀攸は輜重隊を囮に用いる策を進言。文醜軍はこれに誘われて隊列を乱し、その隙を突かれて討ち取られた。
こうして白馬・延津の連戦は曹操軍の快勝に終わり、荀攸の知略と曹操軍の機動力が、数に勝る袁紹軍を揺さぶる結果となった。
白馬・延津での敗報を受けた袁紹は、進軍の歩を早めた。しかし本軍の勢いは衰えておらず、大軍を率いて官渡へと押し寄せる。曹操は拠を官渡に定め、諸将を糾して迎撃の構えを固めた。砦の外郭はすでに成り、物見や土塁には日ごとに手が入る。矢倉の縄は張り直され、城下の資材は夜のうちに運び込まれた。
やがて両軍は官渡に対陣した。袁紹は東西に長大な陣を布き、旗は地平線へと続く。鼓の音が幾重にも重なり、陣幕が幾筋にも連なって、まるで川の流れが止まったかのように見えた。砦上に立つ曹操はその布陣を一望し、背後の将たちに声を抑えて指示を与える。
「正面の打ち合いは避けよ。高所を押さえ、視を奪う」
于禁が前に出て頭を垂れた。
「土山と櫓を急ぎ築かせます。射手は交代制に」
曹操は短くうなずく。
「よし。地の利で持ちこたえ、隙を待つ」
袁紹軍はまず砦の外に土を積み、ほどなく砦と並ぶ高さに至らせ、その頂に櫓を立てた。高みから無数の矢が降り注ぎ、砦の内側で盾を掲げる兵の腕は痺れる。視界が奪われるたび、曹操軍は内側にも土山を築き、射台を増し、遮蔽を重ねて応じた。
矢戦は朝に始まり、日が傾くまで途切れぬ。射ては伏せ、伏せてはまた射る。弦の音が一日じゅう空に鳴り、地に伏す矢は雨後の葦のように林立した。
攻め手は地上ばかりではない。袁紹軍は土山の根から坑を穿ち、地下道を砦の下へと忍ばせた。遠くで杭を打つような音が揺れ、坑木が軋む気配が伝わる。曹操軍はこれを察すると、砦内に塹壕を掘って迎えの坑を設け、湿った土を掻き出して通路を崩した。交差する地図が几の上に広げられ、迎撃の位置は白線で指し示される。工兵らは交代で鍬を取り、敵の掘進を鈍らせる。
その日の午後、袁紹軍の櫓から火矢が放たれた。乾いた風に乗って火は伸び、砦内の物見台に燃え移る。張り詰めた陣の一角にどよめきが走った。
「水を運べ。上へ。矢番は崩すな」
于禁が矢雨の中を歩み、短い言葉で要所を繋いでいく。桶が渡され、濡れた布が被せられ、燃え上がる縄が次々と叩き落とされた。混乱は長く続かず、射台はほどなく息を吹き返す。于禁は矢倉の影で煙を払い、周囲を見やると、ただ一言告げた。
「持て」
曹操軍は反撃に転ずるべき時と見て、発石車の組立を急いだ。木枠が組まれ、太縄が張られ、巨石が抱えられて据えられる。合図とともに腕がしなり、石は唸りを上げて宙を走った。櫓の脇が砕け、土山の縁が削がれ、袁紹軍の陣に土煙が立つ。二の矢、三の矢が続き、敵の高台は一角を崩して黙した。袁紹軍は射手を引き、土山の補修に人を回す。曹操軍はその隙に射台を前へ押し出し、射程を詰めた。
しかし決め手には欠けた。敵は兵の層が厚く、崩れては詰め、削がれては足す。地上では矢が交わり、地下では鍬の音が応じる。攻防は日を重ねるほどに手順を覚え、互いの工が一段ずつ積み上がっていく。砦の上から見渡せば、袁紹軍の旗は相変わらず果てを曖昧にするほど並んでいる。曹操はその海のような旗列をしばし眺め、視線を近くの土塁に戻した。いま守るべきは眼前の一線であり、次に打つべきは、まだ地図の上にしかない一手である。
日が傾くと、双方とも矢を控え、工が残りの仕事を確かめた。破れた楯は縄で締め直され、射台の脚は楔で固められる。坑口には湿り気を含んだ土が新たに盛られ、見張りが交代に立った。
官渡の戦いは、この日を境に、持久の様相を帯び始めた。




