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一件落着

 そのまま二人は、花火をぼうっと眺めていた。爆発音に混じって、背後からぱちぱちと控えめな拍手が聞こえた。


「驚きました」


 振り向けば、そこに立っていたのは遠藤だ。打ち上げ花火は絶え間なく明滅し、周囲の人間を照らしたり陰を落としたりしているが、遠藤の顔は夜の闇の中でもはっきりと見えた。


「遠藤さん……あのアルパカは……俺を……からかったんですか?」


 びしょ濡れになった大吉がスニーカーをひっくり返しながらこわごわと尋ねると、遠藤はゆっくりと首を振った。


「まさか、からかうなんてとんでもない。本当に危ないところでしたよ」


 遠藤はそう言ってゆっくりとエプロンのポケットに手を差し入れ、そこから白い日記帳のようなものを取り出した。


「うわぁ!」


 大吉の喉から情けない声が漏れた。それはまさしく例の「こわいほん」に他ならなかったから。


「驚くべきことに……」


 遠藤は大吉が恐怖に引きつっているのを気にした様子もなく、平然とパラパラとページをめくって二人にずい、と見せつけた。


「さ、笹、見るな!」

「見るなって言われても……特になんも、ヤな感じは消えたけど」

「だからそれが駄目なんだってー!」


 必死に止めるのも聞かず、今度は笹が大吉の代わりに本を覗き込む番だった。大吉はぎゅっと目をつぶり、耳をふさいだ。アルパカが消えたところで、次の呪いにかかってしまえば何の意味も無い。


「おい」


 笹がちょんちょんと、大吉の肩をつついたので、大吉は嫌々ながらも目を開けるしかなかった。


「大丈夫。白紙だ」

「白紙ぃ?」


 遠藤が相変わらずの無表情で見せつけているのは、まるで自由帳のように何もないページだった。


「ページが……破れてる?」

「いえ」

「別のページ?」

「いえ。アルパカの話は、先ほどまでは確かにここにありました」


 遠藤は静かに本を閉じ、無造作にポケットにしまった。


「記述そのものが消滅したのです。つまり——アルパカの呪いはもう存在しません」


「どういうことですか?」


 思わず詰め寄る大吉の手を、遠藤はひらりと交わした。


「さあ。普段はこの本に関わりを持とうとしない竜神様が、気まぐれに呪いのアルパカを消滅させた。それだけです」

「そ、それは笹のおかげですか?」


 大吉は遠藤に問いかけたが、先に笹が否定した。


「その程度で守ってもらえるなら、この世界にあやかしによる被害なんて存在しねえよ」

「はい、笹さんの言う通り。神というものは、きめ細かく人間の面倒をみてはくれません。基本的にはね」


 大吉の目にはその時初めて、遠藤が少しだけ微笑んだ、ような気がした。


「なにはともあれ、あなたは『オアタリサマ』に選ばれた」

「……さっきも言われましたけれど、なんですか、それ」

「今年竜神様に当てられた人間のことをそう呼ぶのです」

「……俺が?」


「ええ。ですからあなたは守られたのです」


 笹が脱力したようにため息をついた。


「最初からさ……その本をまるごと龍神様にでも預ければよかったんじゃないのか?」

「神様が人間の怨念が詰まった記録に毎度目を通すとお思いですか?」


 遠藤の口調はあくまで穏やかだったが、その言葉の奥には冷えた諦念のようなものがあった。


「まあ、それはそう……んで……あんたは、人間か?」

「もちろん」


 笹は独り言のように「どうだか……」とつぶやいて、大吉もそれには大いに同感だったが、やぶへびなので黙っておいた。


「私はただ、この本を管理する存在にすぎません」

「遠藤さんには呪いをどうにかすることはできない。呪いは僕の自業自得。では、なぜ竜神様は縁もゆかりもない俺を……」


「それは、あなた方のほうが心あたりがあるのでは?」


 遠藤の言葉に、笹と大吉は顔を見合わせた。言葉にはせずとも、同じことを思い返しているのが顔を見れば分かる。


 ──山椒魚?


「まさかね」

「まさかな」


 そんな善行一つで竜神の加護が得られたら苦労しねえよ、と笹はもう一度言った。


「何はともあれ、あなたは命拾いをした。……これを、どうぞ」


 遠藤がポケットからそっと取り出したのは——。


「え……なんですかこれ」


 差し出されたのは名刺ほどの小さな紙だった。


「護符か?」


 笹の疑問に遠藤は首を横に振った。


「……ポイントカードです。先日、ご購入の時に渡し忘れたので」


 遠藤は大真面目な顔で言った。


「……はあ!?」


 大吉と笹は思わず、大声をあげてしまった。


「ぜひまたご来店ください。購入千円につき一ポイント、二十ポイントたまると五百円割引いたします。怪異を消滅させられたら──そうですね、三ポイントぐらいおつけしましょうかね?」


「しょっぼっ!」


 怪異を消滅させても実質百円以下の価値か、と大吉はこっそり計算したが、笹とは違って口には出さなかった。


「チリもつもれば山となると言いますし。では、またのご来店をお待ちしております」


 遠藤は静かに背を向け、そのまま花火大会の喧騒の中へと溶け込んでいった。


 取り残された大吉の手には、ポイントカードが残っている。たしかに、二十マスの枠のうち六つに丸い人魂のようなはんこが押してある。


「……もうこりごりだよ……」


 這々の体で車に戻った大吉はため息混じりに車のダッシュボードを開け、奥の隙間にあの薄いカードを押し込んだ。


 ――もう絶対に行くものか。


 そうは思いながらも、捨てるのは気持ち悪かった。


■■


「もう、絶対に行くなよ!」


 と、県境を過ぎたあたりで笹が言った。


 とても現地に一泊する気にはなれず、二人は夜の峠道を戻っていた。


 車内には大音量で陽気なアイドルソングが流れ、すれ違うバイクや車が視線を向けてくるほどだ。


 アルパカは、出なかった。


「本当に消えたのかな」

「あの遠藤サンが言うんなら、そうなんだろ」


 大吉が言うには、帰りの道では一台も車とすれ違わなかった。今日の行きもそうだ──きっとあの時、大吉は異界に迷いこんでいたのだろうと笹は思っているが、口にはしなかった。


「そのポイントカード、捨てろよ。てか燃やしてやるからウチに置いてけ」

「うん。でも、大丈夫かな?」

「さすがにただのポイントカードだと思うぞ」

「そっか。じゃあ燃やす必要ないんじゃない?」

「けじめだろ、けじめ……」


 大吉は笹と談笑しながら彼を自宅まで送り届け、そうしてほぼ一週間ぶりに、穏やかな眠りについた。


 アルパカの呪いは、これで間違いなく解消されたのだった。


■■■


 そして数日後。

 笹のスマートフォンが震えた。画面には「吉野大吉」の文字。平日の昼下がり。特に連絡が来るような用事もなかったはずだが、と思いながらも笹は応対した。

「……なあ」


 大吉の声は小さくこわばっていた。


「俺、また……あの本屋に──」


お読みいただきありがとうございました。一旦完結しますが、なんかノリで書けそうな気もするのでそのうち連作にしたいなと思っています。

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