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無難に生きるのが俺のモットーです。  作者: よにー
序章 異世界来訪編
2/52

プロローグ 後編 

遅くなりました。

プロローグの続きです。

よろしくお願いいたします!



 突然だが、うちは三人家族だ。構成としては俺、父、祖父となっている。


 父さんは雑誌の編集長をしていて忙しく、いつも家にいない。しかし、父さんとの関係が悪いわけじゃない。連絡だって頻繁に取るし帰ってきた日は家事もちゃんと手伝ってくれる。休みの日くらいはゆっくりしてもいいのに。


 爺ちゃんは母方の祖父で、家で道場を営んでいる。二刀一心流という剣術の師範代だ。俺もよく小さい頃から剣を学んでいる。俺の成長のためだとずっと言い聞かされてきたけど俺にはよくわからない。


 そしてこれを聞いた人はきっと気になることができていることだろう。


 母親はどうしたと。


 何も不思議なことじゃない。もうすでにこの世にはいないだけだ。


 聞くところによると、母さんは俺を産んだ数日後に亡くなったらしい。父さん曰く、とても明るくて優しいひとだったらしい。爺ちゃん曰く、何事に対しても楽観的で責任感がなさそうなひとだったらしい。でも本当にそういう人だったのかは知る由もない。


 唯一、俺が直接母さんの人柄を確認できるのがうちの仏壇に飾ってある母さんの写真だ。母さんは赤ん坊だった俺を抱いて嬉しそうに笑っている。しかもピースまでしていた。


 俺は母さんがどういう人か知らないけれど、この写真を見る限りきっと二人のいうことは本当なんだろうなと思った。


 閑話休題。




―———————————————————————




「確か、鬼束くんの家って道場やっているんでしたよね?」


 学校からの帰り、住宅街の道中で俺の後ろを歩く烏丸は話題を振ってきた。


「ああ。爺ちゃんがやってる剣術の道場だな」


 烏丸の言う通り、俺の家は祖父が剣術道場営んでいる。剣の師としては有名は人らしくよく雑誌の一面を飾っていた。でも門下生を見かけたことないんだよなぁ……。出張サービスとかやってるのかしらん?


「へぇ、剣道ではないんですか?」


 烏丸は俺との距離を詰めて隣を歩き始めた。その瞬間ふわりと石鹸の香りが鼻をくすぐる。やだこの子ったら近いわよ!


「あー。それ、爺ちゃんに聞いたことあるんだけど違うんだってさ。」

「そうなんですか?」

「うちの剣は競技ではない、実戦向きだってちょっと怒ってたな」

「ふふっ。誇りを持っているんですね」


 俺が爺ちゃんを真似(まね)してぷりぷり怒った風に言うと烏丸は、くすくすと口もとに手の甲をあてて楽しそうに笑った。俺、爺ちゃんの真似は上手くないはずなんだけどなんか受けた。ちょっと嬉しい。


 俺と烏丸の何気ない会話。だが、この会話がないと俺はとてつもなく居心地が悪くなってしまう。


 現在俺を含めた烏丸、剛力、臼見の四人は、俺の安住の地である自宅へ向かっている。学校から家までは徒歩で通っているためそれほどの距離じゃない、十分もすれば着く道のりだ。


 しかし学校から出てここに至るまでの短い間すら、後ろの男二人は烏丸を挟んで(しき)りに話しかけて、烏丸はずっと相槌を打ったりして話を躱していた。


 よっぽどのマシンガントークを受けたのか彼女の顔に疲れが見える。お前らどんだけ気を引きたいんだよ。その積極性をもっと別のところに生かしたらいいのに。例えば授業中とか。成績良くなるぞ。


 奴らによるサンドイッチ伯爵も真っ青な挟撃に疲弊したからか、さっきのように烏丸は俺に救難信号を兼ねて話しかけている。じゃないと精神が持たないんだろうな。


 仕方あるまい、今からここをキャンプ地とする! 俺は難民キャンプと化したのだ。来るもの拒まず、去る者追わず。悩め迷える子羊の皆様、鬼束ドライブスルーは今日も元気に開業中です。


 そんな子羊さんこと烏丸は後からついてくる男二人の存在を忘れようとしているのか、俺ばかりに話しかけてきて一切あいつらの話を聞こうとしない。あの烏丸さんや、そろそろ後ろの二人にも気を遣ってやってください。あなたが逃げたことですっごく不機嫌そうな顔でこちらを見てます。そしてさっきから俺に向ける視線が鋭すぎて命の危険を感じてます。鬼束ドライブスルー廃業の危機。


「あ、それと鬼束く――「んだそれ? 今時、剣術なんてクソの役にも立たねぇのに何で道場なんかやってんだ」


 烏丸が何かを言い出しかけた途端、「この瞬間を待っていたんだぁ!」と叫ばんばかりに剛力が背後から俺たちの間にググッと割り込んでわざとらしく俺の肩にあたってきた。お前は宇宙海賊に拾われたパイロットか。あと、口悪いな。


 剛力よ、そんな強引に入らなくてもいいのでは。俺は別に君を除け者にしている訳じゃないぞ。ちゃんとタイミングを見計らって入らないとほら、烏丸が横目で睨んでいるぞ気づけ。あと剛力、口悪いな。


このままでは烏丸のストレスが溜まるばかりなので助け舟を出す。


「それはうちの剣術が相手に勝つというより――「んなことよりまだ着かねぇのかよ?」


 俺が懇切丁寧に説明しようとするが「聞いてねぇよ」と言いたげに剛力はキッと眼を俺に飛ばす。助け舟、あえなく沈没!


 えー……。なら聞くなよ……。あといちいち人が喋ってるときに被せてくるな。ほら、烏丸めっちゃ睨んでるぞ。怖い。……烏丸さんさっきから睨んでばっかりじゃない? しわ増えるよ? 


 俺が剛力の相手に困っていると、剛力の背後からヌルッと影が現れる。


「せっかちな男は嫌われるぞ。もう少し落ち着きを持ったらどうだ。脳筋」


 臼見が俺も忘れるなよ? みたいにスススッ烏丸と剛力の間に入り距離を空けさせる。臼見のやつ、音もなく割って入りやがった。アサシンか? こいつ。


「はぁ? こんなもんせっかちでもなんでもねぇだろ!」


 烏丸を独占できないことに怒っているのか、臼見のことが気に入らないのか剛力はまたもや喧嘩腰に臼見を怒鳴りつける。あ、両方か。


「お前はそのキレやすい性格を何とかしたらどうだい? 見なよ、烏丸さんが怯えているだろう?」


 臼見は大げさに首を振ってやれやれと言いたげな顔をする。なんだそのアメリカンな反応。今時テレビショッピングでも見ないぞ。


 当の烏丸の方を見ると静かに笑っていた。一点の曇りのない笑顔だ。これはあれだ、怯えるどころか今にも怒りが爆発しそうになっているんですが?


 臼見の仕草に剛力はカチンときたのか臼見に詰め寄り、顔を近づけて言い放った。


「そのスカした態度がいちいち気に入らねぇんだよ! こういうときだけ紳士ぶるな!」

「お前たちは女子の扱い方が全くなってないからな。俺がこうして紫苑を守っているんだよ」

「うるせぇ! てめぇはヤりたいだけだろ! お前が一番女の敵だ! 紫苑に近づくんじゃねぇ!」


 お。剛力。その意見は大賛成だ。今はお前を推したい。

 だが、これ以上長く続けばまた収拾がつかなくなるから止めなければならない。さて、ひと肌脱いでやりますか。みんな不安よな。紅桔、動きます。


「おい、その辺にしておかないと」

「大体てめぇはな! そんなに紫苑のことが好きなら他の女とつるむのはやめたらどうなんだ! アァ?!」

「この際だからはっきり言ってやろう! 紫苑はお前みたいな単細胞はタイプじゃないんだよ! もう少し彼女の好みに合わせて自分磨きをしたらどうだ!」

「……あのぅ」


 ギャーギャーワーワーと喚き合う二人を俺が制止しようとするが全く相手にされず、俺は徐々に叱られた仔犬みたく縮こまっていく。クゥーン……。


 臼見は気づいているが、お前と話すことは無いと完全に無視を決め込んでいて、剛力に至っては臼見しか眼中にないのか俺の方すら見ない。俺は完全に蚊帳の外だった。……さて、服着るか!


 二人の口論はだんだんヒートアップしていき、今にも取っ組み合いが始まりそうな勢いだ。また二大巨頭のダメダメスポーツマンによる罵倒合戦が始まるのか。もういい加減にしてくれ、帰らすぞ。ほら、烏丸さんの怒りのオーラがだんだん黒く……。黒く?


 ずっと黙ってニコニコしていた烏丸はついにしびれを切らした。


「すみません、喧嘩するくらいなら帰ったらどうですか?」


 ……ひえっ!! 今一瞬烏丸さんの後ろで見えちゃいけない何か黒くて蠢いたものがいたよ! 怖い、怖いよ!


 ものすごく低くドスの効きまくった声で剛力と臼見を牽制し、二人を見据える。剛力と臼見はビクッと固まり一瞬静寂が場を包んだ。もう完全に瞳の中がアビスだよ! 感情こもってなかったよ! 外界の神でも降りてるんですか!?


 この声を聴いた二人は「あっ、はい」ととっつかみかけていた手を下ろして何事もなかったかのように大人しくなった。え……。できるなら初めからやってくださいよ姐さん。でもその黒いのは出さないで、お願い。


「……えーと、もうすぐ着くから。ケンカしないでくれ。烏丸も、な?」

「……はい、すみません鬼束くん」


 内心ビクビクしながら俺は烏丸をなだめると、烏丸はハッとして申し訳なさそうに謝る。その抑止力、いつも発揮できるようにしてくれ。そしてその力で俺を守って! さっきと言ってること違うけどね! これ以上めんどくさくなったら俺泣いちゃう。


 この重い空気をうちに持ち込ませたくないのでなるべく明るく振舞って場を鎮める。ほんと、さっさと刀見せて帰ってもらおう。俺の安息のためにも。


 その後も懲りずに何回かバカ二人が言い争っていたが、烏丸も諦めたのか俺との会話に集中することにしたようだ。


「その剣術って何かの流派だったりするんですか?」


 完全に二人を無視して、先ほどの剣術の話に戻る。


「確か、二刀一心流とか言ってたな」

「二刀一心流ですか? つまり二刀流ってことですか?」

「んー。半分正解ってところかな。実際は一刀流と二刀流の両方を扱う流派なんだ」


 そう、二刀流だけということではないのだ。爺ちゃん曰く、一刀流は守りの剣で二刀流は攻めの剣らしい。一刀流で相手の動きを見切り、二刀流で弱点を突くというのがこの流派の特徴になる。


「ということは、つまり二つの型を同時に扱うってことなんですか?」

「そうなるな」

「すごいですね! じゃあ、一心とはどういうことでしょうか?」

「んー、その二つの型が揃ってようやく一つっていう意味だったと思う」

「なるほど! どちらが欠けてもいけない存在なんですね!」


 気に入ったのか烏丸はとても興味深そうに眼をキラキラさせて俺の話に聞き入っていた。そんなに面白いかこの話。烏丸ってこういうのに興味があったんだな。


「鬼束くんはもう扱えるんですか?」

「いや、まだだな。一刀流の方は一応使えるんだけど二刀流の方がなぁ。なぜか爺ちゃんから使うなって言われてるんだよな」

「? 使えないんじゃなくて使うな、なんですか?」

「そうそう」

 

 烏丸の疑問は俺も気になっている。一度だけ爺ちゃんに二刀流を教えてもらったことがあるがその一回きりだった。まぁ俺自身剣術にあまり興味がないから別にいいんだけどな。


 そんなこんなで家の剣術の話をしながら自宅に向かっていると、聞きなれたしわ枯れ声が聞こえてきた。


「なんじゃ、うちの流派に興味があるのか。見上げた嬢ちゃんじゃな。」


 気が付くと目の前には俺の祖父である、錦織(にしきおり)藤一郎(とういちろう)が佇んでいた。長く整った白髭から覗く口がにやけている。しょうもないことを考えているな、このジジイめ。


 紺色の作務衣(さむえ)の上に白色の羽織を着た藤一郎は俺と烏丸を交互に見て、うんうんと頷く。烏丸の髪よりも伸びきった白髪が犬のしっぽのごとく嬉しそうに揺れていた。


「爺ちゃん。変なこと考えてんな? 言っとくけどなんもないからな」


 俺はあらぬ誤解を招かないように釘を刺す。ここで否定しておかないと歯止めが効かなくなる。あと烏丸の前でそういう話をするんじゃない。何をするか分からんぞ。


 うちの家族には女性がいないからかこういった話題が全くでない。故にこのジジイは飢えているのだ。可愛い孫に女の気がありそうなら好物を見つけたかのごとく食らいつく。そしてちょっとでも浮いた話題になりそうなものがあればすぐ勘違いする。


「そうかそうか! そういうことにしておくかの!」


 嬉しそうに顎髭をさするな。ちょんぎるぞ。


「この人が鬼束くんのお爺さま?」

「そ。俺の爺ちゃん。」


 普段からこういった服装を着ている人を見るのが珍しいのか烏丸も藤一郎をまじまじと見つめる。そして立ち直り、少し咳払いをした後自己紹介を始めた。


「初めまして。おに……、紅桔くんのクラスメイトの烏丸紫苑です。いつも紅桔くんにはお世話になっております」


 少し恥ずかしそうに俺の名前を言ったあと、烏丸は手を前に重ねて深々と綺麗なお辞儀をした。その所作はとても美しく、つい目を見張ってしまうが、爺ちゃん相手にそこまで頭下げなくていい。ただのエロジジイだからな。


「これはこれはご丁寧に。紅桔の祖父、錦織藤一郎と申します。」


 爺ちゃんも軽く頭を下げて挨拶を返す。お互い何かを感じ取っているのか、ニコニコと顔を向き合わせていた。……これじゃ本当に俺が連れてきたみたいに見えてしまう。実際のところは付いてきたってのが正しいのだが、弁明しようとするとかえってやましく見えてしまう。か、勘違いしないでよねっ!


「綺麗な()じゃのう。なぁ紅桔よ? こういう娘が彼女じゃったらわしも安心できるというもんなんじゃが? ん?」


 烏丸の挨拶に満足したのか藤一郎はニヨニヨと俺の脇腹を肘で小突いてくる。このジジイ……。俺の事情も知らないで……。


「やめんか。鬱陶しい。はっ倒すぞ」

「ハハハ! こやつ照れておるわ! 初々しいのぉ!」


 藤一郎が声高々に笑う中、烏丸はほんのり赤く染まった頬を隠すように手を添えて「鬼束くんの彼女……ふふっ♪」っともじもじと身を捩らせていた。うん、聞かなかったことに、見なかったことにしよう。俺は何も見てない。俺は恥ずかしそうにニヤけている烏丸の反応なんか見てないです。紅桔、嘘つかない。


「ところでそこの男の子たちは?」


今更気づいたかのように藤一郎は剛力と臼見の方を見る。そういやいたなそんなヤツら。


 完全に忘れかけていた男ども二人を横目に見ると、先ほどの言い争いはどうしたのかパリッとブラウスとブレザーを伸ばして咳ばらいをし、ネクタイを締めなおしていた。通りで静かなわけだ。てかおい、切り替わり早くないか。


「ども、剛力拳人っす。」

「初めまして、臼見透と申します。」


 剛力と臼見は普段の粗忽さを感じさせないようなごく普通の自己紹介をする。無駄に顔をキラキラさせて笑ってるのが鼻につくな、この野郎ども。人の家族を前にした途端急に態度を変えるなよ。猫かぶりやがって……。いつもの君のままでいて。

 

「どうもどうも。初めまして」


 藤一郎は二人の方に向き直り先ほどと同様にお辞儀をすると、それにつられて二人も軽く会釈を返した。


「紅桔くんとは仲良くさせてもらっています」

「そうそう! こいつにはよくしてもらってます!」


 剛力は俺の肩に腕を回して仲良しアピールをする。ゴツゴツした太い腕が俺の首を回って固めてくる。心なしかちょっと首、絞めてません? 


 いつ仲良くしたよ、と突っ込んでしまいそうになるのをグッと抑えて剛力の腕を引き剥がす。いや、全然取れない。つか力強くね? まるで人質になった気分だ。いやぁ! 離してぇ! 乱暴しないでぇ!

 

 必死に剛力の腕と格闘しているがビクともしない。普通に堕としにかかってるだろ! やめれぇ!


 烏丸と目が合い、俺は目で烏丸に助けてくれと訴えかける。姐さん、何とかしてくだせぇ! おらぁこんなとこで死にたくねぇだ!


 俺の意図に気づいたのか烏丸は剛力の腕をぽんぽんと叩く。すると剛力はとても残念そうに「っとわりわり」と笑いながら腕を離してくれた。こいつ確信犯だろ。ごほごほとむせる俺に烏丸は「大丈夫?」と心配そうに顔を覗く。大丈夫、と俺は手で返事をした。


「なかなか愉快な友達じゃな! よかったのぅ紅桔!」


 カッカッカ! と口を大きく開けて笑い、藤一郎は(きびす)を返した。俺、さっき剛力に堕とされかけたんだけど。このジジイ節穴か? 目の前でかわいい孫が首をキめられていたんだぞ。学校でのこいつらの本性を見せてやりたい。


「どれ。ご友人を連れて上がったらどうじゃ。」


 藤一郎は玄関口の門の前に立ち、鍵を開けて中に入っていった。あ、いつの間にかもう家の前まで来てたのか。


 俺の家はなんの変哲もない黒い屋根の一軒家とちょっとした小庭があり、二階建てで大きくもなく小さくもない。


 ただ普通と違うのは、その玄関口の隣に木材で作られた重厚で大きな門があってその左右を大きな塀が囲んでいるところだ。そして門の右縁には「二刀一心流剣術道場」と木の板にでかでかと墨汁で書かれていた。


「あ、爺ちゃん。刀を見せに来ただけだから別にいいよ。道場開けるけど良い?」


 家の玄関へ促す藤一郎を止めて、俺は烏丸たちを連れてきた要件を告げて道場の門へ移動しようとする。


「そうなのか? じゃが、何も出さぬわけにはいかんだろう。あと門は鍵かかっとるからこっちから入って先に道場の中で待っておれ。茶菓子でも持っていくわい」

「いいよ、爺ちゃん気を遣わなくて。それに道場から直接入った方が手間かからないから。それに爺ちゃん自慢の庭も近くで見せてやりたいからさ。鍵貸してくれ、頼むよ」

「むむむ、そうか? なら仕方ないのぅ。ほれ」


 そういうと藤一郎は道場の鍵と思われるものを軽く投げてきた。鍵についている竹刀のキーホルダーが放物線を描いて俺のもとに飛んでくる。こら! 鍵を投げるな! 失くしたら大変でしょ!


「うおっとと、さんきゅー」


 鍵を受け取り、道場の門の取っ手にある鍵穴に鍵を差し込んでぐるっと回す。すると門からカチャっという音が聞こえてきたので、門を押し開けて家の前で待っていた三人を呼んだ。


「三人とも、こっちだ。入ってくれ」


 呼ばれた三人は烏丸を先頭に開いた門をくぐっていく。藤一郎の言った通り家の敷地と道場は中で繋がっているのだが、家の中に入らせたくないだけなので敢えて門の方から入ってもらう。


 すると一行は「ほぅ……」と息をもらした。


「……へぇ、立派じゃないか鬼束のくせに」


 そう零したのは臼見だった。周りを見渡し、道場や石畳、縁側、そして庭園に感嘆しているようだ。へへっ! 見たか! これがうち自慢の日本庭園よ! でも手入れしてるのは爺ちゃんです! てへっ!


 うちの道場の庭園は藤一郎の気分次第で枯山水だったり池泉庭園だったりと季節ごとにころころ変わる。爺ちゃんこういうの好きなんだよな。盆栽もいじったりするし。なんなら石灯籠まで用意してそれに苔を生やそうとするから完全に趣味の領域を超えてる。職人さんじゃけぇ!


「うおぅ。なんかよく分かんねえけどすげぇな」


 一方、剛力は興味無さげに体裁だけ取り繕ったような感想を淡々と述べる。本当によくわかっていないようだった。お前、侘び寂びを知らんのか。ふっ、君にはまだ早かったようだな。出直してきたまえ。なんなら二度と来るな。


 そんな二人よりもリアクションが凄いのが彼女だった。


「わぁ! すごい! 凄く素敵なお庭ですね! 鬼束くん! 」


 烏丸は目を輝かせこれでも足りないと言わんばかりに首を振って人一倍庭園に感動していた。あちこちを見て周って、池の中を覗いたり、盆栽を眺めていた。烏丸さん結構爺臭い趣味なのかしらん?


 そんな三人を先導し、俺は道場の引き戸を開けて中へ誘導する。道場の大きさは、学校の教室を二つ繋げたくらいので、ワックスがかかった木目の床が広がっていた。入って真正面には「色即是空」の書が垂れ下がっており、その下には目当ての刀が二本飾られていた。


 俺は道場の入り口にある土間で靴を脱いで中へ入っていく。


「靴はそこで脱いでくれ。」 


 三人は言われた通り土間で靴を脱いで道場にあがっていく。烏丸と臼見は律儀に靴を揃えていたが、剛力は乱雑に脱ぎっぱなしていた。なるほど。よく性格が表れている。


 俺は道場の脇に積まれている座布団を引っ張り出す。「あ、私も手伝います」と烏丸も座布団を取り出してくれた。それを見た臼見と剛力は烏丸に良いところを見せたいからか、俺から座布団をひったくり、烏丸から座布団を取って運びだす。


 座布団を取り上げられた俺と烏丸は無を持っていかのようになっていた。


「取り上げるくらいなら最初から動いてくれよ……」

「あはは……そうですね……」


 俺はため息をついて刀の方に移動し、烏丸は二人が運んで敷き始めた座布団へ移動する。


 黒くしなやかに伸びる鞘に収まっている二本の刀を台座から持ち上げて、俺は三人のもとへ戻る。座布団を持つくらいなら刀の方を持って欲しかった。これほんと重いんだよ。


 座布団に腰掛ける三人の前に刀たちを置いて俺も座る。俺が持ってきた刀には名前があり、黒色の柄の刀が「月詠(つくよみ)」で白色の柄の方が「天照(あまてらす)」だ。


 二本とも爺ちゃんの家系が代々受け継いでいて、もう数百年になるらしい。うちの先祖様方は物持ちがいいな。


「ほら、これがうちの刀の月詠と天照」

「ふーん、これ模造刀じゃないよな?」


 臼見は目の前の刀が信じられないのか刀を舐めるように見る。モノホンじゃい! 失礼な!


「本物だよ、ほら」


 目の前の刀が真剣であると証明するために、俺は(つば)と鞘にかかっている留め紐を解いて二本とも抜いてみせる。外気に晒された刀身は道場の外から漏れる光に照らされ、鋭い輝きを放っていた。


 三人は「おぉ……」と刀身に魅入っていた。


「お前んちの刀にしては上出来じゃねぇか。もっと錆びてるのかと思ってたぜ」


 剛力は「はんっ」と不満気に鼻を鳴らす。お前ほんとに失礼だな、ご期待に添えずすみませんね。俺んちをなんだと思ってんだよ。これでたたっ斬るぞ?


「俺がちゃんと手入れしてるんだよ。爺ちゃんに言われた日課なんだ」


 俺は刀を三人によく見えるよう持ち替えたりしてみせる。


「綺麗な刀身……。鬼束くんは仕事が丁寧なんですね」


 ほぅ……と烏丸は見つめていた。俺を。いやそこは刀みてよ。


「とりあえず、目的は達成した。ということで帰りなさい」


 俺は刀たちを鞘に収めて留め紐を結び直す。そして三人にシッシッと手で虫を払うように退席を促した。


「えー! せっかく来たので鬼束くんの部屋も見てみたいです!」


 烏丸は納得がいかないのか、手を着いて前のめりに俺へ抗議する。その時、垂れ下がっためろん様がぷるんと揺れて、俺の思考も揺れ動く。ハニトラはいけません! 大人になってからにしなさい!


「俺は別に興味ねぇからよ、さっさと引きあげてメシでも行こうぜ」


 剛力はもう飽きてしまっているのかさっきから首をさすって暇を持て余していた。おうおう。帰れ帰れ。俺の安住の地から去りたまへ。


「このあと俺と紫苑はデートの約束があるから邪魔をしないでくれよ。剛力、お前は帰れ」


 臼見はパーマの髪をかきあげたり、セットし直したりしていた。まるで本当にこの後予定があるみたいに身だしなみに気を使っていた。いや、絶対に嘘だろ。今決めたろに。


 その発言にいち早く反応したのは剛力だった。


「んだコラァ!? 約束なんざしてねぇだろ! 嘘こいてんじゃねぇぞ! ヒョロガリィ!!」


 続いて烏丸も真顔で言い放った。


「私もそんな予定は身に覚えがありません。行くなら一人で行ってください」


 お前ら、本当は仲良しだろ。ここまで来ると犬猿の仲を通り越して二人はニコイチ! と肩を組んで言いそうなレベル。


 ご飯のお誘いに関しては、俺は当然お呼ばれではない。まぁ別に? お誘いなんて期待してませんけど? 行くならもっと落ち着きのある人と行きたいから気にしませんけど? ホントだよ?


 三人の思い思いの発言を聞き流し、俺はこいつらに早く帰って貰いたいので場を締めくくる。


「あーもう、うるさい。さっさと帰った帰った。でないと刀で突っつくぞ」


 俺は刀を両手に持ち、立ち上がろうとした時だった。


 瞬間、四人のいる足下から魔法陣のような紋様が現れ、眩い光が急激に襲ってくる。


「うわっ!! なんだ!!」


 俺はあまりの眩しさに反射的に眼を覆ってしまい、ガタン!! と刀を床に落としてしまう。


「きゃあああ!!」

「なんだこれ!! 眩しッ!!!」

「うわあああ!! 目があああ!!」


 真っ白な景色の中から三人の悲鳴だけが聞こえてくる。その声はだんだん遠ざかっていき、やがて台風の中でもいるみたいな強風に包まれて、キーーンと耳鳴りみたいな音が耳を(つんざ)く。俺は自分の顔を腕で覆うも、強烈な風のせいで目も開けられず立っているのがやっとだった。


 紅桔たち四人は突如現れた謎の光に包まれていった。



―――――――――――――――



 藤一郎はご機嫌だった。それはもうご機嫌だった。あの何に対しても無気力な孫が友達を連れてきているではないか。孫曰く、友達はいないことはないと思うと言っていたが、それはいないと言っているようなものではないか。


「しかも、女子(おなご)まで連れとって、さらにべっぴんさんとはのぉ!」


 笑いが止まらない。他の男子も一緒とはいえ初めて女を連れてきたことに興奮を隠せない。しかも一目見る限り、あの娘っ子は紅桔に惚れとるし、紅桔も実は満更でもなさそうじゃい! カァーーー!! たまらんのぉ!!!! うちの孫も隅におけんわぁぁあ!! 赤飯じゃ!!! 今夜は、赤飯じゃぁぁああ!!!


 藤一郎はウッキウキで茶棚から急須やら湯呑みやらをぽいぽいぽーいと手際よく引っ張り出し、棚の奥に隠してあった最高級の玉露が入った茶筒を取り出す。


 茶筒の蓋を開け、急須の中の網に適量の茶葉をさらさら流し込む。沸かしてあった電気ケトルを持ち上げ、湯呑みに注いで温めた。


 温めている間、茶棚にある茶請けの羊羹(ようかん)を取り出して包装紙を開ける。小皿を食器棚から用意して、羊羹を食べやすいサイズにカットし、盛り付ける。


 温まった湯呑みの湯を急須に戻して軽く揺らし茶葉を踊らせた。


 少し大きめの丸盆に羊羹、湯呑み、急須を並べて藤一郎は道場へ続く渡り廊下をるんるんと軽く弾みながら持っていく。


「あの娘を逃がすのはもったいないのぅ……。そうじゃ! わしが娘っ子とメル友になれば紅桔の情報を交換できる! わしとあの娘で外堀を埋めまくって、紅桔を雁字搦(がんじがら)めにすれば紅桔もあの娘と付き合うほかなくなる! わし! 天才!!!」


 ゲェヒャヒャヒャァァア!!!︎⤴︎ ⤴︎ と小五郎のおっちゃんもビックリなくらいにゲス笑いをする藤一郎。


 紅桔にとっての一番の敵は、身内にいたのかもしれない。


 道場の入口にたどり着き、藤一郎は先程の策を頭に巡らせてムフフ♡と笑う。いやぁ〜〜、ひ孫の顔を見るのも近いかもしれんのぉ!! ……にしてもなんか静かじゃな?


 中が妙に静かなことに違和感を覚えつつも、藤一郎は道場の扉をガラリと開ける。


「待たせたのぉ! 茶でもしばかんか! 若人たちよ!!」


 バアァーーン!! と勢いよく入ったは良いものの、誰もおらず、そこはもぬけの殻だった。四人分の座布団が中心を囲うように並んでおり、その傍には彼らのと思しき学生鞄が放置されていた。


「……あんれぇ??」


 お茶セットを乗せた丸盆を片手に、藤一郎は八十四年の生涯で、一番マヌケな声を出して固まっていた。 

次回は1月7日投稿予定です

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