プロローグ 前編
あけましておめでとうございます。
初投稿です。駄文ですがよろしくお願い致します。
空は青く透きとおり、風が周囲の木々を撫でるように揺らして森林独特の音がやさしく響く。そんな森の喧騒が心に安らぎを与えてくれたのか、だんだんと冷静さを俺は取り戻してきていた。
道のど真ん中で俺は正座をしていた。地面は小石や砂利でゴツゴツしていて足が痛い。目の前の地べたにはうちの家宝である二本の刀がお互いを離さないかのように重なり合っていた。
お前たち俺を一人にしないように付いてきてくれたのか……。なんてやさしい刀たちなんだ! 主人として僕は誇らしいぞ! まぁ持ち主は俺じゃなくて爺ちゃんなんだけどね。ほろり。
首を回して辺りを見渡し、自身の状況を確認する。まず俺は一人で森の中にいて、そばには爺ちゃんの刀たちがある。ざっと見た感じ俺以外に人はいなく、道の先はどこに続いているのか全く分からない。どこを見ても木!木!木!たまに茂み!木!ウッキッキ! ほんとここどこなのん……。
ふざけている場合じゃないな。一通りパニックになったらもっと落ち着いてきた。本当に木しか見えない。なんの木だろうか。一介の高校生でもスギやらクヌギやら大まかな木の分類は知っていても細かい部分までは見分けがつかない。このぉ木、なんの木、知らないきん。
おかしいな。さっきまでは家の道場でクラスメイトたちと一緒にいたはずなのに。これはどういうことだろうか。もしかして瞬間移動でもしたのか? 自分にそんな力があったなんて。頭の片隅で中学生の頃の俺が漆黒のなんちゃらかんちゃら言いながらクックックとキモい笑みを浮かべて右手を抑えている。やだ、昔の俺ってこんなキモかったの。自己嫌悪になっちゃう!
中坊の頃の俺を心の箪笥に押し込み、俺は空を仰いで目を閉じる。こんな訳の分からない状況になった原因を、ここに至るまでの経緯を振り返る。
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最後のチャイムが終わりの時間を告げる。ホームルームを終えた生徒たちの話し声で教室は一気に騒がしくなり、みんなこのあと遊ぶかどうかを決めていた。カラオケやらゲームセンターなど学生たちが好みそうな場所の話ばかりが教室を飛び交う。俺こと鬼束紅桔はその会話をただ静かに耳を澄ませているだけだった。
別に友達がいないとかそういうことじゃないぞ! みんなこの後の予定を決める相手がいるだけであって、俺はそういう話をする相手がごく限られているだけなんだ。そう。俺はぼっちじゃない。ぐすん。
自身を慰めていると俺の席にゆっくりと近づいてくる人影があった。たった一言、その人の声は教室の騒音に混ざらずはっきりと聞こえた。
「鬼束くん」
さらさらの長くしなやかな黒髪を左右に靡かせた女子が俺の席の前に止まり、俺の目先には膝上まで上げたプリーツスカートが彼女の腰の細さを強調していた。
見上げると垂れ下がった髪を耳にかき上げてこちらを覗き込むように烏丸紫苑は俺を見つめていた。そんな見られると思春期真っ只中の男子高校生は気恥ずかしくなっちゃうでしょ!
「か、烏丸さん。なにか御用で……?」
彼女の端正な顔立ちをまっすぐ見つめることができず、目線を逸らしてしまう。ほんと美人さんだ……。
「この後、どこか遊びに行きませんか?」
俺の恥ずかしさをよそに、烏丸さんは何気ない風を装い、はにかみながらごく普通のお誘いを申し込んできた。……これは困ったことになった。
彼女、烏丸紫苑はその美貌と人望から学校でも有名な人物で、一言でも話しかけられた男子は勘違いをして告白するが興味がないと玉砕するまでがテンプレコースとなっている。男子生徒からすればとてつもなく厄介な人物だ。え? そんなことない? 俺だけ?
かくいう俺もその魔の手に引っ掛かりかけた純粋な高校男児。だが俺をそんじょそこらの男子と一緒にしてもらっては困る。かの暗黒中学時代を乗り切った精鋭だ。
俺はいろいろと勘違いを繰り返して己の心を生傷だらけにしてきた過去を背負っている。面構えが違うし、一味も二味も違う。一度は首元までかかった魔の手を振り払うことに成功した生還者なのが俺である。……でも昔、女子グループにいたずらで告白されたときは流石に枕を濡らしましたけどね!
この学校では烏丸さんと交際するのはとてつもなく不可能に近い。彼女は言うなれば、才色兼備で品行方正、文武両道の八方美人というありえないほどの人間性と社会性を兼ね備えた生けるチートなのだ。こういう人を立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花っていうんだろうな。
しかも噂がちょっとでも立とうものならどこからともなく烏丸親衛隊なるファンが噂の収束ために動く。噂の当事者に背後から迫り、耳元でボソッと何かしら言われるらしい。そうするとその次の日には何も無かったかのように噂が消えている。情報統制凄すぎないか? 政府でも動いてんのかよ。
そんな彼女と比べて俺は成績が中の下、得意科目である国語と社会は良くてもその他はてんでダメという典型的な勉強が苦手のタイプ。さらには他の男子生徒と比べても容姿が良いとは言えない。だって髪ぼさぼさだし、目は死んだ魚と一緒だしね。
身長だって男子平均の一七〇センチくらいで烏丸さんと比べても七センチくらいしか変わらない。えっ、烏丸さん一六三センチあるの? 女子の中では中々高い方だな。
でも容姿がひどいと言ってもそれは身なりの話であって、自分の顔はまだ整っている方だと自負している。そう、磨けば光るタイプなのだ。もし俺にすごいコーディネーターがついていたら、きっと街でスカウトされるほどだと思っている。……いやちょっと盛り過ぎた。ちゃんとしていればマシな顔つきはしていると思う。そう信じたい。
そして俺は別にクラスで浮いている訳では無い。話しかけられれば普通に対応できるし、それなりに話もできる。他の男子や女子とはなんの蟠りもない。もし何が原因があるとするなら大抵は烏丸さん絡みだ。
そういった問題から俺は彼女が苦手だ。俺とは違う世界の人間でただでさえスクールカーストではトップをも凌ぐ地位にある。そんな彼女が頻繁に他の男子高校生となんら変わりのない俺とコンタクトを取ろうとしている。俺からすれば嫌がらせかと思ってしまうのだ。俺、彼女になんかしたかな?
何かと中学から同じではあるが、一緒のクラスになったことなんて無かったのに、同じクラスになってから何かと話しかけてきて困る。彼女なりのクラスメイトと仲良くしようという心がけなのかも知れない。おかげさまで俺は胃痛薬の愛飲家だ。
さて、長々と話が脱線してしまった。話を戻すが、烏丸からの誘いは一歩取り扱いを間違えたらじわじわと周囲からの圧で毒死する劇物だ。ちょっとでも用法用量を違えば劇薬にも毒薬にもなる。あれ? これ詰んでね?
ならばここから回避する策はひとつしかない。断るでも受け入れるでもない第三の策。それを今ここで行使するッ!! 食らえッ!! スーパーチート女子!! 烏丸紫苑!! 逃れることは不可能だッ!!
「えっ、あっあっ。こ、この後遊びにですか。……家にある刀の手入れがあるんだけど……」
……どうよ!!! このちょっと微妙な用事ありますよ感を出すことで相手の遠慮を誘う高等テクニック! それっぽい用事を提示し、受けるでも断るでもなくそのまま濁して相手に判断を促す! これを食らった相手は「あ、そうなんだ」と少し残念そうな顔をさせて別の誰かに目標を逸らすことが可能なのだ! そしてキョドっているのはいつもの事だから大丈夫なのだ! ヘケッ!
刀の手入れは爺ちゃんに言われている日課なので本当のことですよ? ほんとほんと。
そして肝心の烏丸の返答はというと。
「あ、じゃあ鬼束くんちの刀を見に行ってもいいですか?」
あれ、すっごい満面の笑み。やべ、かわいい。好きになっちゃう。
ちょうどいいと言わんばかりに彼女は手を合わせて体を上下に揺らし喜々を表現している。その動きに合わせて髪は跳ねるしスカートはひらひらするし、ふくよかな双丘がふよふよと揺れる。さらにはスカートの裾とニーソの間にある彼女の透きとおった程よい肉付きの絶対領域が机のへりからちらちら覗いてしまう。俺は釘付けになった眼球を引き剥がすように逸らす。なんか、えっちだなこの人!
……って全然あかんやん! なんやこの切り返し! さすがに想定外だ。これっぽっちもかすってないし、全く通用していない。んん? おかしいな。普通ならこれでみんな手を引いてくれるんだけど。俺の苦肉の策が効かない?! どうなってんだこの女子はっ!! 内心じゃ冷や汗がドバドバ出て止まらない。
「え、刀を見に行きたいって。それ意味分かって言ってる?」
俺は笑顔かつひくひくと口を引き攣らせて聞き返す。眉もぴくぴく動いて仕方ない。それは、あの烏丸紫苑が平凡な男子高校生の家にお邪魔したいと言っているようなもんですよ。俺の築いてきた凡人の地位と命を危険に晒していることと同義だ。ほら、周囲を見てごらん。皆びっくりした顔で俺のこと見てるよ。そして一部の人は尋常じゃない殺気を送り付けてくる。お前ら絶対親衛隊だろ。こら、そこ。夜中に丑の刻参りとかしないでね!
しかし俺の危惧など全く意に介さないのか彼女の顔は「うーん?」と空を見上げるように考えていた。
「……?。そのままの意味だけど?」
何かおかしいことでも言いましたか? と言わんばかりのおどけた顔で烏丸は俺を見返してくる。
ふぁ? う、嘘だろ……? あんた俺より賢いだろ! 学年トップじゃん! なんでそういうことだって分からないんだ! いつもの薄っぺらいアイドル営業で俺と接してよ! あとその口に指先当ててちょっと首をかしげる仕草やめなさい! あざといでしょ!
でもここで断ってしまうと「あいつ烏丸さんのお願いを断ったぞ?馬鹿なの?校庭に埋めるぞ?」みたいに後ろ指をさされる。なんならさしてくるブツすら変わってきちゃう。押しても引いてもダメってどうすりゃいいんだよ! 紅桔、大ピンチ! あとそこ! スコップを準備しない! どこから持ってきたの!
これはもう仕方ないな。流れに身を任せるしかない。天命に賭けるとしよう。そう、神様たちゅけて!!
「まぁ別に構わないけど……。お茶くらいしか出せないし、来ても何も楽しくないぞ?」
「うん。鬼束くんと居れるならどこだって良いよ」
へぁッ?! そんなまっすぐ目を見て言わないで! 惚れちゃうから!
恥ずかしさで沸騰する頭を何とか冷やして、冷静さを装うとする。傍から見たらきっと女子の前でもじもじしてるキモい男子に映ってるんだろうな。ハハッ。キモ。
そんなこんなで自己嫌悪に浸っていると落ち着いてくる。俺の心の鎮静剤、特殊すぎやしませんかね。ちょっと舞い上がって話が逸れてしまった。改めて烏丸の言葉を振り返る。
……あちゃー。そのセリフはいただけませんね。それ周りの人が思いっきり勘違いの嵐を起こしてしまう爆弾ですよ。俺対生徒の学園戦争が始まっちゃう。そして一方的な陵辱がおこなわれてしまう。
なんであいつなんだ、って周囲から鋭く突き刺さる視線が全身を貫いていく。ほらほら、また周りの目線がイタイイタイ。いやほんと痛過ぎて胃に穴があいちゃう。
「二人きりではまずいのでは―-「え?」
「あ。いや、なんでもないです。はい」
ボソッと烏丸だけに聞こえるように放った言葉は食い気味にかき消された。俺に対してここまで明らかな態度を見せつけられたら流石にスルーは難しくなってくる。というかちょっとこの人ぐいぐい来すぎじゃありませんかね。だれか―! 助け舟だしてけれー!
「おっ。ならその話、俺も乗せてもらおうじゃねぇか?」
俺が声にならない悲鳴をあげていると、これまた如何にもな高身長スポーツマンの男子生徒が寄ってきた。彼は俺の席に近づくとあからさまに俺を見下して嗤う。おうなんだてめ。やんのかこら。ババ抜きだったら負けねぇぞ。
「……剛力くん」
烏丸はいつもよりトーンを下げた声でスポーツマンの名をこぼし、気付かれない程度にほんの少し睨む。
今話しかけてきた男子生徒は剛力拳人だ。ツンツンした短髪を生やし、身長が一九五センチもあるバスケ部主将。制服の上からでもわかるほど筋肉が発達していて今にも制服のボタンが弾け飛びそうな程に張っている。お前ほんとにバスケ部か? ボディビルダーかなんかの間違いだろ?
「別についてったって構いやしねぇだろ? な?」
剛力は近寄って烏丸の肩に腕をまわして俺に言う。烏丸は目を剛力の居る方とは逆の方向に伏せていた。その目に光が宿っていなくて少し怖い。
あたかも俺にお願いしているように見えるがその実はほぼ強制だ。こいつは俺という一般男子が逆らうことを許さず、己の地位と力で他を屈服させるすごくわかりやすい性格をしている。
そして見てわかるように剛力は烏丸のことを狙っていて、こうして何かにつけては烏丸と関係を持とうとしている。ただ、烏丸から剛力に話しかけることがほとんど無い。そのためか烏丸の方から話しかけられる俺が嫌いなんだろう。
「鬼束くん、どうですか?」
烏丸はこちらの様子を伺うように質問をなげかけてくる。その声は少し困っていたように聞こえ、彼女の目は暗に断りを勧めていた。
だがしかし。俺は問題を起こされるのが一番嫌だし、自分の保身で精一杯だ。烏丸には悪いがここは剛力の提案を渋々飲んでやろう。そうしないと本当にあとが怖い。腕の一本で済まないかも。
「いいよ。剛力も来たらいいさ」
「おっ、サンキューな!」
剛力はここ一番の笑顔で俺の背中をバシバシ叩き礼を言う。痛い。こいつ、遠慮なく叩きやがって。絶対嫉妬の恨みを込めて叩いてるだろ。
背中がひりひりと痛む。帰ったら湿布か何か貼らないと……。
背中を悼みながらちらっと彼女の方を流し見る。烏丸さんはと言うと、目を据えて俺の顔をじっと見つめていた。ふっ……。まじ怖い。ハイライト消えてませんか?
まぁ烏丸が俺を睨む気持ちもわからないでもない。なんせ彼女からすれば剛力は自分に付きまとう鬱陶しい男子だ。しかも粗忽で乱暴。脳みそは筋肉でできているんじゃないかと思えるくらいな人物だ。
顔は悪くないくせに性格がダメダメだ。もし剛力が普通に気遣いのできる優しい奴だったらワンチャンあったかもしれないのにな。まぁ、こいつバカだし、人のこと考えてる余裕なんてないんだろうな。
家に着いたらとびっきり安いお茶でも出してやろうかとそんなことを考えているとまたしてもこの輪に入ろうとする人がいた。
「なかなか楽しそうな話をしているね。僕も混ぜてくれないかい?」
その声を聴いた途端、烏丸はあからさまに嫌そうな顔をした。美人さんの嫌そうな顔ってなんか興奮するよね!
声の持ち主は臼見透。サッカー部のエースだ。こいつがまた典型的な量産型イケメンなんだよな。軽くパーマをかけた金髪を手櫛でかき上げて強調してくる。そして切れ長の目にある長いまつげをパチパチさせて筋の通った高い鼻をふんっと鳴らして存在を俺たちにアピールしていた。
「僕を除け者にして話を進めるなんていただけないなぁ」
そう言って臼見は烏丸の肩に回された剛力の腕を取り払って、彼女の肩を抱き寄せた。剛力は臼見を睨んで舌打ちし、烏丸は心底嫌そうに眼を閉じて眉をひそめている。彼女にここまでの顔をさせるなんてむしろ一種の才能なのではないのだろうか。というか俺は何を見せられているんだ? 修羅場は俺のいないところで勝手にやってくださいませんか?
烏丸が嫌がるのも無理なかった。臼見は一言で表すのならば女好きだ。こいつはいつもそばに女子を侍らせていてこのクラスの中でも烏丸に引けを取らないほどに目立つ。悪い意味で。しかも学校の帰りに女子たちをホテルに連れ込んでるという噂まで上がっている。プレイボーイにもほどがあるだろう。
つい先ほどもグループの女子たちにキャーキャーと囲まれて騒がれていた。女子たちよ、首輪でもつけてうろうろしないようにしっかり躾けておけ。こっちが迷惑するんだよ。
しかも困ったことに臼見は剛力と同じく烏丸から話しかけられたことがないのか、しつこく烏丸に付きまとっているらしい。ここまで下心丸見えの奴を相手にするのは彼女でもきついだろうに。
「……臼見くんまで来るの?」
烏丸は臼見の腕を振り払い、さっと逃げるようにして離れる。さっきの剛力の時と違いものすごく不機嫌そうな声で臼見を牽制していた。そしてそのまま俺の背後に立ち位置を変えた。ちょっと? 烏丸さん? 俺を盾にしようとしていませんか?
「別に減るものではないだろう? なぁ? お、に、つ、か?」
臼見は視線を烏丸から俺へとシフトさせ笑顔で睨みつけていた。つーかその呼び方やめろ。ウザすぎる。
なぜこうも俺は変な奴に目をつけられてしまうのだろうか。もう一度言っておくと、俺は何か特殊な人間というわけじゃない。本当にごく一般の男子生徒だ。本来だったらこの輪の中に俺はいないはずだ。むしろこの修羅場をそこの教室の端っこでコソコソして様子をうかがっている男子と同じなのに。
というかお前さっき俺にとてつもない殺気を送っていたやつだろ! さては烏丸親衛隊だな! 俺じゃなくてこういう面倒な奴を処理するのがお前たちの仕事じゃないのかよ! 明らかに処理する相手選んでいるだろ! 失望しました! 親衛隊のファン辞めます!
さてまた話がずれてしまった。臼見が来るのかどうかは正直俺にとっては至極どうでもいい要素なんだが。ふと烏丸さんの様子を見ると……。臼見をめちゃくちゃ睨んでる。これでもかってくらいに。そこまでなのか。
このまま了承してしまうと流石に烏丸がかわいそうだな。ここはテキトーに何か言い訳をでっちあげて断りを入れるか。そう思って臼見を見据えて口を開きかけた。すると――
「何か問題でもあるのか? 鬼束」
臼見の顔が大きく見えた。いや正しくは臼見が俺に顔を近づけて眼を飛ばし、メンチをきっていた。しかもドスの効いた声を添えて。いやこわっ! イケメンが凄むと無駄に怖いな。こいつの性格上変な断り方をしたら何されるかわからないな。剛力より質が悪い。すまんな烏丸、悪いようにはしないから許しておくれ。
「……いや別に何でもない。好きにしたらいいさ」
「おぉ! そうかそうか! 話が分かるじゃないか! お、に、つ、か、く、ん!」
臼見は先程の形相と打って変わって剛力と同様に満面の笑みを浮かべる。その呼び方やめろってからに。イラついてそのきれいな顔面に痣を作りたくなってくる。……そんなことしないよ? ほんとほんと。
というかこいつら烏丸のこと好きすぎだろ。本当に烏丸がかわいそうに思えてきた。南無南無。
心の中で手を擦り合わせて拝んでいると剛力は臼見の肩を掴み、ぐいっと俺の正面から剥がして向き合わせる。
「なんでてめぇが一緒に来るんだよ! てめぇはあそこの女どもとイチャイチャしとれや!」
「ん? 何だいたのか脳筋ゴリラ君。動物園から脱走してきちゃダメだろ? それにゴリラ君の意見なんて聞いてないんだから黙っておけよ」
「んだとコラァ!! いつも女そばにおいて腰ヘコヘコさせてる股間猿野郎が粋がってんじゃねぇぞ!!」
「なんだと!! お前こそ紫苑にばかりお熱になってんじゃねぇぞ! クソ童貞はしゃしゃり出るな!」
二人はお互いの額をぶつけながらの罵倒合戦をし始めた。臼見も剛力ほどではないけど身長が高いから二人の喧嘩はそれなりに迫力がある。それと俺の席で霊長類の争いをしないでくれ。いつもは俺から離れたところで合戦が起きているのに烏丸が関わったらこういうことになる。勘弁してくれよ。
そんな原因ともいえる当人の顔を拝見する。……めちゃくちゃ怒ってる!! こっち見て怒ってらっしゃる! いや、態度に表れているとか言葉に出ているとかそういうのじゃない。笑顔だ。目の前のアホ二人と比べても遜色のないほどに笑顔だ。だけど、目が笑っていない。瞳の奥に黒い渦が舞っている。……選択肢間違ったかもしれない。もう帰りたくなってきた。
申し訳ないので謝罪の気持ちを含めて、彼女の方に首を向けて困ったように苦笑いを送る。すると烏丸の目はにっこりと微笑みだした。お? 案外簡単に許してくれるんだ。やっさしー!
と思っていたのも束の間、背中に激痛が走り「イィッ?!」と変な悲鳴を上げてしまう。自分の背中を見ると烏丸の手が俺の背中をガッツリと抓っていた。許してくれたと思っていたけど全然そんなことなかった。怒りが増してる。しかも抓っているところがさっき剛力にしばかれたところだからなおさら痛い。いやほんとに痛い!!
「ご、ごめん! ごめん烏丸さん! 許して!」
小さい声で烏丸に懇願するが痛みは増すばかり。これじゃ足りないか!! 俺は痛みから逃れるため、とっさに言葉を取り繕う。
「い! いた! いたたたた! ほんとにごめん! なんでもするから許して!」
その言葉を聞き入れてくれたのか烏丸は抓るのをやめ、その部分を優しくさすり始めてくれた。あえ? 急に態度変わり過ぎじゃないですか? 変なこと言ったかしら……?
すると彼女は両手を俺の肩に添えて、耳に顔を近づけてくる。長い髪が耳にあたってくすぐったい。
「鬼束くん。その言葉、忘れないでくださいね。」
かすれた囁き声が彼女の吐息交じりに俺の耳に入る。その艶やかな声がさらに耳をくすぐる。気のせいかその声は上機嫌に聞こえた。
こそばい耳を覆うように手を当てて烏丸の方をバッと振り返る。彼女の顔はまるで俺の弱みを握ったかのようにいたずらな笑顔をしていた。俺はその顔に若干の危機感を覚える。急いで荷物をまとめて席を立った。
「鬼束くんの刀、楽しみです」
笑顔の彼女を尻目に俺は早くこの教室から一刻も早く出たかった。もうこの環境から脱したい。
「正しくは爺ちゃんのだけどな」
何とか恥ずかしさを隠そうと返事だけしておくことにする。多分、いま耳が真っ赤になってるかも。俺は三人を置いていくつもりで教室の出口へ向かう。
「あぁ! 鬼束くん待ってください!」
彼女は付いてくる二人のことはまったくもって除外しているのか、急いで俺のあとにぴったりついてくる。そのあと、後ろの方から言い争ってたやつらが「待てよ!」とか「無視すんな!」とか聞こえたけど知らんぷりしておこう。
許可は出したけど付いて来いとは言ってないからね。問題ない。
今日の帰り道は全然気の休まるものじゃなく、刀を見せたら早々に帰っていただこうと思った。
次回更新は1月4日を予定しています。