後日談200話、炎を抱きしめて
ソウヤは場をコントロールしはじめている。
斬鉄を増やして見せたのは、その前兆であった。彼は手の中に魔力を集め、それを形にした。
大地竜の力。魔力の制御に長けるその力は、アースドラゴンの死と共に引き継がれている。
そして彼は、名のある魔法を新たに習得するなど、魔術師めいたことはしなかったが、名のなき魔法ともいうべきものについては、その手を伸ばしていた。
ソウヤは、砂粒の世界への理解を深めようとした。深遠の底、いやさらなる拡大される世界に触れようとした。
精神を集中すれば、そうした意識に耳を傾けること自体はできていた。だが今のソウヤは、戦闘の最中にそれをやれていた。
炎の守護者サラの攻撃。繰り出される槍。その穂先から揺らめく炎、大気を燃やし、しかしその存在を固定できない火の欠片を感じ取り、ソウヤは両の斬鉄を振るった。
炎の槍が折れる。
それは果たして金属だったのか。金属だ。間違いない。しかしそれを構成するもの、その繋ぎ目を切り離してやれば、紙を切るより容易く切断できた。
「……」
無言になるのは、意識の集中。だがソウヤの中では、果たして言葉は必要なのかという思いさえあった。
今、この場に、果たして相手に語りかける言葉は必要だろうか?
背中で揺らぎを感じた。
――あぁ、サラが魔力を流している。
四方八方に、彼女は見えない手を伸ばしている。暖かく、時に熱く、炎は槍を錬成する。周囲の存在を感知できるソウヤには、目に見えないそれが手に取るようにわかった。
――これで、どうだ……?
彼女の魔力の手を握るように。ソウヤは背後に現れる槍を魔力の手でそっと握り込んだ。槍をすっぽりと覆うほどの大きな手が、まるで火を消すように包み込む。
具現化しつつあった槍が、吹き消すように消滅した。もはやソウヤに全方位からの奇襲は通用しなかった。
全周囲、どこから触れようとしても事前に掴まれる。
正面では、ソウヤとサラが武器を打ち当てて、金属音を響かせた。
二つの槍、二つの大剣。刺す、斬る、それぞれの攻撃は本体に届かず、しかし激しいステップと共に、目まぐるしく動く。
攻撃の挙動は見えている。これは躱せる。ソウヤはサラの攻撃を目と、これまでの戦いの経験、反応で捌いている。
一方で、周囲の空間制御により意識を集める。こちらはまだまだ未成熟。炎の守護者の環境支配に対する抵抗に、より注力しなければ対抗できない。
「心ここにあらず、か……?」
サラがそんなことを言った。
「お前はどこを見ている? 何をしている」
――あんたを見ているよ。
ソウヤは、サラの炎のゆらぎの先を斬った。わずかに彼女の長いストレートの銀髪の先を切った。
「……不快だな」
炎の守護者は、はじめて表情を曇らせた。
「お前は私を掴もうとしている。まったくもって不快だ」
――何を言っているんだ?
ソウヤの左手に槍が絡み、その手から大剣が弾かれた。だがまだ右手の斬鉄がある。
サラの槍が折れる。だが次の槍が彼女の手から生えるように現れたところで、その手は宙で固まった。
「言わんこっちゃない……」
キッとサラはソウヤを睨んだ。
「私とお手々繋げて満足か?」
彼女の手をソウヤの魔力が覆った。それはさながら、アルコールランプの火をキャップで包んで消すように。
「私は男と手を繋いだことがないんだ」
――何の話だ……?
ソウヤは、サラの手を魔力で固定しつつ、右手の斬鉄で首を狙った。斬首を狙った一撃だったが、サラは膝を折ってその場にしゃがみ込むことでその一撃を避けた。
「目の前を刃がすり抜けた」
死のリンボーダンス。もとい膝が地面につき、さらに右手が自由でない彼女に、瞬間的な動きはもはや取れなかった。
「大気もお前に押さえられたな。認めよう、お前は私より上位の存在だ」
「……それは降参と受け取っていいか?」
「ああ、癪ではあるが、認めよう。私の負けだ」
サラはふっと力を抜いた。
「男に抱きしめられるとはこういう感覚なのだな」
「さっきから何を言っているんだ?」
ソウヤは戸惑う。サラは鼻をならす。
「無自覚なのか? お前は私との周りの大気の取り合いを制したのだ。私の魔力を押さえ込み、こちらの手を封じた」
目に見えない魔力の動きを封じて、攻撃させないように集中はしたソウヤである。そのことを彼女は言っているのだろう。
自分の有利な環境を作り、気温も含めて思いのまま。サラのそんな攻撃の芽を潰して、ソウヤは彼女の抵抗力を奪った。周りはソウヤが制した環境になり、それをサラは『抱きしめられる』と表現したのだ。
「まったく、私を抱きしめられる奴がいるとはな。私の初めてを奪った気分はどうだ?」
「意味がわからない」
彼女の独特の言い回しについていけないソウヤである。ふふ、とサラは笑った。
「そういう割には、まだ私を熱烈に抱いているではないか」
「魔力のことなら……失礼」
ソウヤは、周りの魔力を解いた。サラは立ち上がった。
「理性があってよかった。このまま魔力で押し倒されてしまうかと思ったよ。男というのは野獣なのだろう? そのまま蹂躙されてしまうかと思った」
「だいぶ誤解されているような……」
「すまんな。私はこう見えて初心なんだ。二度と会うことはないだろうが、覚えておくとしよう。私の初めてに接した男としてな」
凄まじい業火が噴き上がり、そして彼女は消えた。
熱っ――ソウヤは肌が焦げたかと思った。最後、滅茶苦茶怒っていなかっただろうか。よくわからない。ソウヤは振り返り、ミストとジンを見た。
「終わった、みたいだ」
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