終章 それから
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今日も今日とて、〝東京国際空港〟は賑わいを見せていた。本日が日曜日であることも、要因だろう。
リーガルはイオータとともに、三階の出発ロビーを歩み行く。ちなみに、ルナはいない。彼女は、琥珀のネクロマンサーだから、この国で役目を果たすそうだ。生真面目な彼女らしい。耳を澄ませば〝それがワタシの使命ですから〟と聞こえるようだ。
ロビーを歩きながら、リーガルは思った。四日前は、こんなにもスペクタクルな展開が待っているとは予測不可能だったと。
デルタの所在を探る。それが、当初の目的だった。
まさか、そのデルタと戦闘に至り、被害者を出した上、被害者たる彼が、黒幕である三十一番目の想像神格に対して切り札になるなどとは、想像だにできなかったのだ。
結果的に彼、道化宮琥珀が、事態を収拾させるヒーローとして大活躍したのだから、人生と言うのは複雑だ。
回想し、しみじみと思う。全く以て慌ただしく、混乱極める五日間だったと。
「それにしても、弾丸スケジュールデースネー。解決したら即帰国とは、分かっていたつもりデーシタガ……」
「同意見だね。休む暇のない四泊五日だったよ」
「うう……、イオータ様との思い出作りもしたかったデスノニー……」
自分たちが、急遽日本を去ることになったのは、デルタ救出が一因でもある。
スペルレスに操られていたデルタは、イオータと違って現時点では、再プログラミングを務めるネクロマンサーが不在なのだ。
負傷に負傷を重ねた彼のために、新たなネクロマンサーを任命する。それが、自分たちに与えられた、新しい任務。
幸い母国に、〝神降ろし〟を習得したネクロマンサー候補がいるゆえ、それを頼りに帰国する次第だ。
よくよく考えれば、最も被害者な人物はデルタなのだから、同情半分、責任感半分で文句は言えない。
だが、そのデルタの扱いは……、
「しかし、人間を貨物として密輸すると言うのは、流石に失礼だと思いマスネー。罰が当たらないと良いのデースガ……」
仕方ないとは思う。現在、デルタは活動を停止し、端から見たら完全なる死体だ。
いくら何でも、座席にて同乗という訳には行かないだろう。完全なる犯罪だから。
と言う訳で、いろいろと偽装して仏像に仕立て上げ、貨物扱いで本国まで搬送となったのだが……、
「どちらかと言ったら、そっちの方が大問題になりそうデスヨー。検査とか大丈夫デショーカー? それ以上に、人として良いのでショーカ?」
「問題ないよ。中身を覗かれなければバレないし、活動停止中でほぼ物体だし、それに、貨物扱いの方が運送が楽だろう?」
――イオータ様、時々大概デスネ――っ!!
戦慄を覚えた自分の隣で、長く息を吐きながらイオータが呟いた。
「それにしても、彼には助けられたね」
「デスネー。まさか、本当に解決してくれるとは、思いもしませんデーシタ」
――役目を果たす。
思い返せば、確かに彼は言っていた。事実として、琥珀は役目を果たしたのだ。いや、それ以上の働きをした。
デルタを止めるだけでなく、イオータをも止め、挙げ句、スペルレスとアドルフの説得まで成し遂げてくれたのだから、三面六臂の大活躍とはこのことだろう。
琥珀は、まだ意識を失っているだろうか? 心配であるが、イオータの言い分では、彼の人格が消えることはないそうだ。
琥珀は、ギリギリ死んでなかった。
常人ならば一〇〇の確率で助からないだろう。腹部から背中に掛けてを、串刺しにされたのだから。
しかし、即死でない以上。そして、彼がゾンビと言う珍種な体質であったため、瀕死状態でも修復は可能だった。
ルナの鬼気迫る迅速な対処によって、生命活動を停止することなく彼の傷は塞がり、つまり、生体電流が途絶えることがなかったのだ。
だとしたら、彼の人格は保たれると判断して、良いだろう。
その琥珀は、再プログラミングによって復活したイオータが、携帯を覗……、確かめて、家まで運んだ。
途中、着替えを調達したし、ルナも随伴していることだし、あとのことは大丈夫だろう。
寧ろ、危惧するべきは、
「スペルレスの所存は、アレで良いのデショーカ?」
三十一番目の想像神格。全ての想像神格に司令を強制できる存在。彼女は、最凶の想像神格と言って違いない。
アドルフは降伏したが、法で裁ける事情ではないし、肝心の彼女は自由だ。その気になれば、再び大問題が発生する。
彼女の気紛れで、想像神格の暴走が起こると考えて良いだろう。
「それこそ、問題はないだろう」
それでも、一抹の不安も見せないで、イオータが微笑んだ。
「彼女の隣にいるのは、誰だと思っているんだい? リーガル?」
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目が覚めると、見慣れた天井が映った。
カーテンと合わせたベージュの壁紙。ここが道化宮家の自室だと気付くまでに、時間は掛からなかった。
腹部に意識を移すが、痛みも違和感もない。感じないと言うことは、何もないと言うことだ。つまり、
――ルナ、約束守ってくれたんだな――。
疑っていたことはないが、不安がなかったとは言い切れない。だが、杞憂だったのだろう。ちゃんと、ルナは治療を施してくれたし、自分も約束を守ることができた。自分ブランドは、保たれたらしい。
「――ありがとな、ルナ」
全身から力を抜いて、誰に告げるでもなく呟いた。
そのとき、右手に感覚を得る。温かく、柔らかな、何かに包まれている感覚だ。
また、ルナが見守ってくれていたのか? 視線を送ると、とても予想外の人物がいた。
小柄で華奢な体躯。真っ白い髪に、緋色の双眸。異邦人染みた、だが、ルナとは異なる、童顔の少女の名前は、
「……スペルレス?」
三十一番目の想像神格〝名無しのスペルレス〟が、両の手でこちらの右手を握っている。
何故だ? と思慮する沈黙の中、ノックもなく扉が開け放たれた。
「兄ぃ! 起きたか!?」
入ってきたのは、実弟の虎徹だ。かなりしっかり者の弟は、左手にサンドイッチが山と積まれた大皿を携えている。
だんだんと思考がカオスになってくる。自分が気を失っている間に、状況はどうなったんだ?
虎徹が、勉強デスクの上を整頓しながら大皿を置いて、こちらに向き直る。心底呆れた、と言った半眼の顔つきで。
「全く。情けねえなぁ。空腹でぶっ倒れるシチュエーションなんざ、マンガかアニメでしか見たことねえぞ? だから、朝食はしっかり食べろっつったんだ! 昼飯も抜いたのか? 兄ぃ、健康に気ぃつけろよ若くてもさぁ!」
――なるほど。そう言う体か――。
上体を起こしながら琥珀は察する。恐らくはイオータ辺りが、自分を自宅まで運んでくれたのだろう。
しかしながら、事情が事情だ。ぶっ倒れたことに対する説明がいる。かと言って素直に、腹部を刃渡り約二十五センチで貫かれて……、などと説明できない。それ以前に信じてくれないだろう。
そんな経緯で、どうやら間抜けな理由を捏造したようだ。
確かに、朝食は抜いたし、昼食を思い切り貪り食ったことを、虎徹は知らない。ゾンビの特性を利用したのは賢いが、正直、もうちょっとマシな言い訳はなかったのか?
文句は多いが、とにもかくにも助かった。
「それ、ルナ姉からの差し入れな。キッチン使って貰ったけど、良いだろ?」
で、虎徹を言いくるめたのは、多分、随伴してくれたルナだ。
サンドイッチは得意料理なのか、それしか作れないのかは置いとくとして、修復用のエネルギーを補給してくださいとの配慮だろう。
「ナナシ姉もありがとうな? ダメ兄の面倒見てくれて」
「……ナナシ?」
「おう。〝ナナシ・スペルレス〟ってんだろ? この姉ちゃん。兄ぃの側にずっといたんだ。感謝してあげろよ?」
「あー……、なるほど」
未だに、彼女がここにいる理由は分からないが、〝名無しのスペルレス〟の自己紹介が失敗に終わったことだけは分かる。
小声だし、話し方独特だし。
「ただ、少しだけ見直したぞ? 兄ぃ。両手に花でご帰還ってのは、なかなかできることじゃねえからな。意外に肉食じゃねえか。昨日はマジどうしようかと思ったけど、安心したぞ!」
「まだ疑ってたのか。ってか、両手?」
「おう。ナナシ姉とルナ姉に支えられてな。ただ、どっちが本命かは決めとけよ? じゃないと、女心に対して失礼だからな。じゃあ、ルナ姉呼んでくっから!」
「……何だ本命って……。新しい誤解が生まれてるだろ」
どことなく、虎徹のモテる理由が分かった気がする。
勘違い気味の弟の足音が遠ざかってから、琥珀は改めて彼女に尋ねた。
「……で、何故ここにいるんだ? スペルレス」
スペルレスは、未だにこちらの手を握ったまま、
「ワタクシの、意見です」
答える。
「琥珀は、ワタクシに、意見を求めました。そして、アドルフにこう言いました。どう生きたいか、自分で選んでも良い、と」
「うん」
「さらに、こうも言いました。キミも同じだ、と」
「……うん」
「と言うことは、ワタクシが、どう生きるか。どう生きたいかを、主張しても、実行しても、許される、と言うことですね?」
「……うん?」
……待て待て。世間一般では、それ、言質を取るって言うんだぞ――!
自分が反論するより先に、スペルレスはこちらを見詰めて、主張した。
「ワタクシは、琥珀の側にいたい。それが、ワタクシの意見です」
一本だ。宛ら、こちらの力を利用したような、見事な揚げ足取りだ。これでは、拒否しようにも拒否できない。これからは、迂闊に他人を説得するのは止めようか。
しかし、彼女の決断は、完全にこちらに感化されたもので、ほぼ絶対スペルレスに邪な気持ちはないだろう。
何しろ、
「……迷惑、ですか?」
と瞳を潤ませているのだから。
琥珀は鼻腔から嘆息して、後頭部を左手で掻きながら、諦めるように苦笑した。
「オレがそう言うの断れない性分だって、分かってるだろ?」
スペルレスが微笑む。花がほころぶよう、との表現はこんなときに使うのだろう。初見だが愛らしい表情だ。
などと頭の片隅で思っていると、足音が近付いてくる。階段を駆け上る音は、明らかに急いでいて、確実に大きさを得ていって、
「琥珀っ!!」
ルナが部屋に飛び込んできた。
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ルナの表情には、明らかに不安の色が滲んでいる。
眉は歪み、目尻に涙を湛え、息も弾んでいた。
琥珀は、彼女が見せる怯えを包み込み、溶かすような、柔らかな顔つきを浮かべて、
「ルナ、ありがとう。約束果たしてくれて」
〝約束〟。二人が誓い合ったときのキーワード。その単語を耳にして、ルナの表情と涙の意味合いが、姿を変えた。
「こは……く」
今にも泣き出しそうな点は変わらない。だが、きっと嬉し泣きの方だ。
彼女は、苦笑する琥珀の前で、祈りを捧げる聖女に似た、幸せそうな表情を見せる。
しかし、その表情は長続きしなかった。彼女の虹彩は、琥珀の右手を包むスペルレスを捕らえ、彼女の行為を切っ掛けにしてか、徐々に徐々に何時ものジト目へと帰結していって、
「……何故、スペルレスの手を握っているんですか?」
宛ら、理科室で見せたような冷ややかなものに変わる。
動揺したのは琥珀だ。
「え? いや、どっちかと言えば、握られている、の方が正確じゃ……」
「琥珀?」
「ごめんなさい」
無理矢理に近い形で謝罪した琥珀だが、彼の見解は正しいもので、これは冤罪に似付かわしい。ハッキリ言って、理不尽だ。
それでも、ルナの瞳には有無を言わさぬ力があった。鋭くもなく熱くもないが、凍て付く大地のクレバスに似た、深い闇と冷たさを持つ、本能的に畏怖せざるを得ないものだ。
「全く。その子は、数時間前までは敵だったんですよ?」
「い、いや、スペルレスも反省してるようだし……。側にいたいって言うくらいだから、心を許したんじゃないかと……」
「心を許した? それは良かったですね」
「ル、ルナ? あの、台詞と目つきの乖離が……! そ、そんな目で見ないでくれって言うか、本当にごめんなさい!!」
満面の笑みが逆に怖い。目だけが笑っていないのが心の底から恐ろしい。小首を傾げたルナらしからぬ表情は、戦慄するには十分過ぎる迫力だ。
ルナは、琥珀の怯え具合に深く息を吐く。
「これは、虎徹くんにお願いして良かったですね」
「お願い?」
暗に、まだ何かあるのか? と聞こえる、危機感を募らせる声色だ。
ルナは、多分、今度は本音の微笑みで、
「はい。本日より、ワタシは道化宮家に同居させていただきます」
「……は? いやいやいや、待ってくれルナ! 流石に、未成年の男女が一つ屋根の下って言うのは、倫理的に問題が……」
「ずっと一緒って、言ったじゃないですか」
頬を膨らませ、拗ねるようなルナの表情に、琥珀が顔を真っ赤にさせて固まった。
彼の脳内では、昨日〝無国籍村〟で不本意ながら想像してしまった、あの妄想が鮮明に蘇っていることだろう。
「ルナ? 琥珀が、困ってる」
そんな彼の意思を無視するように、二人の少女の間でゴングが鳴り響いた。
「スペルレス? ワタシは、琥珀の所有物ですから、ネクロマンサーですから、琥珀はワタシのご主人様ですから、四六時中仕えますよ?」
「ワタクシも、ずっと一緒」
「ええ、もちろん。アドルフから体調管理をお願いされていますから、拒むつもりはありません。ですが、琥珀と二人きりにはさせませんからね? 今後とも、宜しくお願いします」
ああ、これが女性同士の対決なのか。そう言いたげな表情で、ドロドロした火花の散りあいを傍観しつつ、琥珀は呟いた。
「これが俗に言う、女難の相か……」
どこまでも、弱々しく。




