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第二の人生も喧嘩三昧



「…ここか…」


 空中で止まると、ゴーグルはそのままに、鼻先まで持ち上げていたマントの首元の布を下ろす。


 眼下では戦争が繰り広げられていた。


 黒の軍団がアッカルド軍。対する緑と白の軍団は南に国境を境とするローラル国の軍。


 歩兵が進み、騎兵が馬で駆ける、真っ当な戦争だ。


 だが、それも程なくして終わりを告げる。



 アッカルド軍の上空に突如現れた赤と黒の軍服の男。


 磨き上げられたナイフのように煌く、銀に近いアッシュブロンドの髪、唯一残った右目は燃えるような赤。



 間違いない。アドルファスだ。


 そう確信すると、重力に引きずり下ろされて落下するように、急降下する。



 落下した勢いのままに、腕を上げ、魔法を行使しようとしたアドルファスの顔面に拳を叩き込む。


「やめんか馬鹿野郎!!」


 いきなり流星の如く飛んで来た、あやしい物体に警戒していたようだが、オレの拳は綺麗にアドルファスの頬に入った。


 アドルファスは殴られた頬を押さえて呆気に取られているし、アドルファスの登場に、無慈悲な鉄槌が下されると戦々恐々としていた敵軍の兵士もポカンとしている。


「わかりやすいいじけ方してんじゃねぇ!!


 それも、お前の事情とは関係の無い奴相手に!!」



 オレが腹が立ってんのはそこだ。



 家族との不仲も、家族にされた仕打ちも、残酷で、同情できる。


 決定的に裏切られたと、その裏切りで関係の無い部下まで巻き込まれたと、復讐に燃えた。


 家族全員追い出して玉座に座り、まずは先帝の祖父さんが顧みなかったせいでガタガタになり、不正の温床となっていた政をスッパリと立て直した。



 ここまでは良くやった、とこれ以上ない意趣返しだと、言うことも出来る。

 実際、この時の世論はそういう意見が多数だった。


 問題はここからだ。


 こいつはぶつけ所のないやるせなさを戦場にぶつけた。




 混乱する周囲に押し通すように、場を混乱させたままビシリ!とアドルファスに指を突き付ける。


「古の騎士のように一騎打ちを望む!!


 それとも、皇帝は無力な者は相手にできても、自らと同等な相手とは戦えないのか!!」


「なにぃ!!」


 アドルファスは気色ばむ。


 …こいつ煽り耐性ねぇなぁ…。その地位と扱いと、尋常じゃない魔力に、まともに相手できる相手がいなかったせいか?


 オレはドイツ語圏で、アドルファスは英語圏だが、意思疎通には何ら問題は無い。

 時代は国際化!じゃなくて、単に〝翻訳魔法〟のおかげだ。


 それに、オレ達の間に言葉はいらん。

 これから互いに交わすは肉体言語だ。



 わざわざ一方的な宣戦布告を大声で言うのにはわけがある。


 あのまま放っておいたら、今日も目を覆うような殺戮が行われていただろう。


 だからそれを阻止するのが一つ。


 もう一つはアドルファスに敵対者(オレ)を認識させること。


 これまで見えない悪意と必死に取っ組み合ってきたこいつに、今も見えない敵と戦っているつもりのこいつに、ちゃんと向き合う。



 お前のそれは喧嘩じゃない。ただの八つ当たりだ。

 だから、オレが喧嘩のやり方を教えてやる。


 そう、思いを込めて。



 オレの挑発に乗ってか、アドルファスは魔力を高め始めた。


 焚き付けておいてなんだが、七歳児相手に本気になる十四歳ってどうなんだ?

 オレが自分と同じだけの魔力を内蔵しているからか、それとも単に頭に血が上っているのか。


 どちらにせよオレの採る行動は変わらない。


 息を大きく吸うと、〝拡声魔法〟を使って戦場全体に触れ回る。


「命が惜しけりゃ撤退しろぉ!!」


 そう触れ回ると両軍は慌てて引き返してく。


 これから始まる魔法大戦を予期してか、アドルファスの出現に敵味方共に戦意を挫かれたのか。


 オレ等はその中睨み合うと、示し合わせたように同時に跳びかかる。


 宙を足場に飛び交い、攻撃を繰り広げる。

 怪我した端から治癒魔法で治し、接近すると魔法で強化した拳で殴り続ける。


 前世の武闘派神官(せんとうみんぞく)の血が騒いで、痛さなんか感じない。


 何で武闘派かって言うと、ウチの神様が戦となると、その時々の為政者に祀り上げられて利用されていたからだ。


 それが神の役目と言われたらそれまでだが、神様は人間のせせこましい争いに自分が担ぎ上げられるのが、あまり好きじゃなかった。


 神様が肩入れしたくなるのは名も無い武士のひたむきな願いだ。

 自分の野望に燃える為政者にじゃない。


 だから神様が無理強いされても対抗できるよう、ウチの家系はこれでもかって鍛えることが義務となっている。




 夢中になって応戦し合っていたが、何となく懐かしい気配がして探ると、少し離れた所に、数年ぶりに神様の姿があった。


 前世のオレの一族が祀っていたのは軍神。

 時空を渡り、異世界に生きるオレを見守ることは難しくなった神様だが、戦場ならば顕現することが出来るようだ。


 もしかしたらいくらか無理をしているのかもしれないが、それを押してでもこうして駆けつけてくれたんだろう。


 その優しさと親愛からの甘さに、くすぐったくなって口元で軽く笑む。



 …前世でもオレが喧嘩してると、どっかから見守ってたよなぁ…


 でも、今日は手助けはいらないよ。こいつとはオレの全力でぶつからないといけない。


 それが、オレが世界で唯一の〝同類〟に出来ることだから。



 そうした思いがわかってか、神様は心配そうな顔をしながら、黙って見守っている。



 子供にべったりで、やたら構いたがる母上様と、子供を、孫を信じて黙って見守る祖父さんとを見比べてわかったことがある。


 ただ見守っているだけってのは、きつい。


 自分なら何か出来るのに、支えられるのに何もせず、手をこまねくのは、どうしようもなく歯痒い。


 だからこそ、神様はオレ達一族を何かと助けてくれたんだろう。

 本当に大切に思っていたから、守りたいと思っていたから。



 それなのに、そんな相手が死に向かっていく手助けをするのは、一体どんな気持ちだったんだろう。




 筆舌し難い苦痛と、回復を繰り返して意識が混濁し、そのくせ異様な昂揚感が身を満たして、無意識に応戦し続ける。




 そのせいか、オレは前世での自分の死に際を思い出した。


 いくら悔やんでも悔やみきれない、神様を傷つけ、嘆かせたオレの最後の行動を。




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