敬大(けいた)視点 ―オレと悪友の最後のやんちゃ 上―
敬大と悪友二人が樹海に足を踏み入れた経緯です。
学校の夏期講習が終わって、明日から本格的に夏休みに入る、って時だった。
昼休みに悪友二人と昼飯を食べていると、爽介がまたどっかから仕入れて来た、曰く付きの心霊スポットの話をしてくる。
オレがそうしたものとお遊び感覚で無闇に関わりたくない、と知っている佑也はともかく、お調子者で楽観主義の爽介は、しょっちゅうこうした話を持ち出す。
…昔からどんな危ない目に遭おうと、神様がオレを守るついでに自分も助かっているから、味を占めちまったんだろうな。
正直、こうして生きているのが不思議なくらいな経験をしているんだが、爽介はそれがわかっていない。
言っても仕方がないとは十年近い付き合いでわかってるんで、佑也と目配せして、話の最後に言って来るだろう提案に反対して、食い止めることにする。
「…で、その樹海には今も彷徨っている幽霊が多い、とな」
「…へぇ~」
パックのジュースのストローを咥えたまま気の無い返事をすると、爽介はガックリとする。
「…おいおい。元気がないなぁ。夏バテか?」
「生憎身体は鍛えているんでな。風邪一つひかないぜ」
「そらただの…」
『馬鹿』と言いかける爽介に、先んじて釘を刺しておく。
「言っとくが、オレの方がお前よか成績いいぜ?」
丁度今日返された模試の結果もあってか、爽介はガクリと肩を落とす。
…うん。傍から見てる分にも、こうして付き合う分にも面白いんだよ。
爽介はどんな事をしても、どれだけこっちを巻き込んで振り回そうと、どうしてか憎めない、不思議な奴だ。
…これで娯楽感覚で心霊関係の話に首を突っ込まなきゃなぁ…
そう思っていると、立ち直ったのかズイ、とこっちに顔を突き出して来る。
「だからさ、今度の…」
「「却下」」
皆まで言わせるか。
一致した内心からオレと佑也で即座に否を唱えると、爽介は途端、ションボリする。
「…話は最後まで聞こうぜ…」
「どうせ『供養しようぜ~』とかだろ?そういうのは徳の高い坊さんに任せとけ」
神官見習いに何を期待している。
そもそも、余所の幽霊を供養する前に、自分の家の墓参りにでも行け、先祖不孝子孫。
「だってさ。こういう心霊話って、こんなに知られてる位なんだから、足を踏み入れた奴は死にはしていないんだろう?」
成程。生きて帰った誰かが広めるわけだから、有名所は却って危険性が無いと。
確かにそういう見方も出来るさ。
だが、こういう見方も出来る。
明らかにそこで行方をくらませた、死んだとわかる位、ヤバイ所って事だ。
その辺りの曖昧さは、昔話や昔からの言い伝えの中の教訓の解釈の多さと似ている。
何はともあれ、その判断がつかない限り、ピクニック感覚で行く気にならないな。
心霊スポットとして、じゃなくて、山登りとか、山の散策として、なら行くのは構わないんだが。
ヤバイ所かどうか云々抜きにしても、素人が気ままに樹海を歩き回るとか自殺行為だ。
もし行くとしても決められたルートを行くか、その場所に詳しい人をガイドにして行きたいよ。
念のために頭の中で神様にお伺いを立てると、黙って首を左右に振られた。
あ。これ、本気でマズイ時だ。
何だかんだで過保護でオレに甘い神様は、ある程度ならこの不謹慎なお遊びにも目を瞑ってくれ、危ない目に遭っても助けてくれる。
しかし、本当に死にそうになると、事が終わってから神様の居住空間で膝を突き合わせて懇懇と説教する。
それから親父と祖父ちゃんからオレ達三人共拳骨を叩き込まれ、正座して説教コース。
それがオレ達が出会い、様々なやんちゃをし続ける内に出来た〝お約束〟だ。
…これで何で懲りないんだろうかこいつは…
その後に佑也と二人で『今回ばかりは本気でマズイから、何としてもあいつを止めよう』、と話し合って決めたんだが、
………何でオレらが毎回、爽介の心霊スポット巡りに付き合わされてきたかを失念していた。
それから数日後。
ベッドで惰眠(親父との朝の勤めを終えてからの二度寝)を貪っていると、枕元の携帯電話に叩き起された。
眠くてぼんやりした頭で手を彷徨わせて電話を取り上げると、佑也からの着信だった。
うつ伏せに寝そべったまま電話に出る。
「どうした?」
『あの馬鹿やりやがった!!』
起きて早々怒鳴られて眉をひそめたが、佑也の次の言葉に一気に目が覚めた。
『あいつ、朝早くにこっそり家を抜け出してやがった!!
おばさんに電話で聞かれてケータイで確認したら、今樹海にいるって』
「はぁ!?」
電話を手にしたまま跳ね起きて、ベッドから抜け出す。片手で着替えを揃えながら、佑也と話を続ける。
そこでわかったのは、爽介は例の樹海探検を諦めていなかった事、それを聞かされる度に、幼馴染で家が隣の佑也が止めていたが、聞く耳持たなかった事。
自分の迂闊さに、苛立ちのままに頭をガシガシと掻き毟る。
ああ、そうだ。爽介はオレ達が反対すると、一人でその場所に行って、『何も無かったぜ』と言ってのける。
ただ、オレ達が気乗りしなかった場所ならそれでも何ら問題はないが、時に今回みたいに洒落にならない所に行くこともあり、そういう時は押取り刀で佑也と駆けつける。
パジャマから動きやすい服に着替え、部屋の片隅に常時置いている非常用のリュックに、机の引き出しに入れていた御札の束を突っ込むと、肩に担ぐ。
ドタドタと慌ただしく階段を駆け下りて、朝飯が出来ていると言うお袋に「いらない」、と断って三和土に腰を落として靴を履く。
そうしていると、お袋からオレが出かけるらしい、と聞かされた妹が不服そうな声を挙げているのが聞こえてきた。
そういや、今日は買い物に付き合ってやる約束だった。
だが、今日はそうはいかない。スマン妹。
そう内心で詫びながら、「お兄ちゃんの馬鹿ぁ!!」という妹の恨みがましい声を背に、玄関を飛び出す。
本殿に向かって手を合わせ、「神様ごめん!」と拝んでから、家を後にする。
佑也と待ち合わせしていた駅に行くと、石像の前で佑也が先に待っていた。
「悪いな、敬大」
「いや。サングラス持ってきたか?」
リュックを肩に担ぎ直しながらのオレの言葉に、佑也はギョッとした顔をする。
「…そんなにヤバイのか…」
サングラスは直視したら発狂するような相手対策の装備だ。
着けていても気休め程度だが、誤って目にしてしまった時に目を伏せるだけの時間は稼げる。
「ああ。今も、『本当に危ない所じゃから、そんな小僧は見捨てろ』って言ってる」
神様の言葉を伝えると、佑也は顔をしかめたが、一方で正論とも思っているのか不服は言わない。
オレだってこれが赤の他人なら放っておくさ。
だが、そうもいかないのが〝腐れ縁〟だ。
二人揃って深くため息をつく。
それから顔を見合わせ苦笑する。
これはもう、爽介が一人で突っ走った時恒例の儀式だ。
割の合わなさと、どこか納得のしかねる思いを腹の奥底に追いやって、改めて肚を括る。
「じゃ、行きますか」
「そうしますか」
そうしてオレ達は件の樹海に向かった。
もしもの話だが、ここで、『もうあいつには付き合いきれん』と放っておけば、オレ達まで死ぬ事はなかったろう。
だが、オレも祐也もあいつを放っておく事なんて、思いもしない。
それであの結果だったわけだが、多分祐也も後悔していないし、あいつを責めたりはしていないと思う。




