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第七話(8)

 翌朝も、りこは部屋から降りてこなかった。昨夜寝る前も、布団をかぶって顔が見られなかった。

 朝も寝ているんだか寝たふりなんだか、布団をかぶって返事がない。

 仕方なく、俺と莉緒で朝食をとっている。母さんも弁当の準備を終えて席に着いたところだ。

「りこも、いっぱしに女の子なんだから、そういう日もあるわよ」

「わかってるよ」

 母さんの言に応じる。文字通り、わかってる。

 それにしてもだ。心配じゃないといったらうそになる。むしろ……自分のせいだって、わかっているから、なおさらだ。

「僕、みたよ。兄さんが、一ノ瀬会長と手をつないでたとこ」

 トーストを黙々とかじる莉緒が告発するように言った。

「あら、あらあら。彼女さん、できちゃったの?」

 浮かれる母さん、息子二人を黙らす。俺も黙々とトーストをかじった。

 母さんに状況を話すのは躊躇われた。莉緒も俺も無言でやり過ごす。

「ちょっと、息子に彼女ができてはしゃぐ母親っていうのをやらせてほしいもんだわ」

「そういうのは、ちょっと早いよ……ほら、あっさり振られるかもしれないしさ」

 反抗期を拗らせる暇がなかった俺は、母のお守りもしっかりする。

「りこも、お兄ちゃんばなれかしらね。普通、あの年ごろなら、好きな男子の一人くらいいてもいいでしょう?」

 俺は、勇吾くんとりこの姿が目に浮かんで、胸が痛んだ。

「ごちそうさま」

「妹ばなれも、必要かしらね」

 母の声を、聞こえぬふりして二階に上がる。

 未だりこの眠る部屋に行き、カバンをひっつかんで玄関へと踵を返す。

「りこ、いってくるよ。しっかり、やすんでな」

 俺は、障子の向こうで少しの間だけ返事を待ったけど、りこの明るい返事がないと、やっぱりさみしい。

 玄関をさっさと出て、バスに乗る。莉緒より一本速いバスに乗って、ひとり。

 いつもは惰眠をむさぼる俺が、朝起きれてしまったのだ。二度寝すらできないほど目が冴えて、時間が有り余るくらい早起きした俺は、逃げるようにバスに乗った。

 午前の授業をふたつ終えたころ、母さんからメッセージが送られてきた。

 “りこ。朝ごはん食べて、家で勉強してるわよ。ちょっと相談にも乗っちゃった。ハルみたいね”

 ふっ、と笑って、ちょっと元気が出た。俺の元気は、りこが源なのかな。




 テスト期間が終わった翌月曜日。

 五月らしい晴れ間。差し込む日が熱くて、教室はエアコンを入れて良いとのお達しが出た。

 陽光の自然な明るさの中、返却された答案用紙を見るや、そそくさとそれらをまとめて鞄にしまい込む。

 ああ、こんなお目汚しの物体は、なるべく早くに処分しなければ。

 そんな思いもつかの間。昼休みの生徒会室で、真白の逆らい難い笑顔に、試験の結果を披露する羽目に陥った。

「春詩くん、こういうことなら、もう少し切羽詰まっていても良かったのではないかしら」

 真白の第一声はともかくも、俺は真白と昼食を食べにきたのだから、まずは弁当を広げる。

 それから、まずは落ち着いておかずを一つ、選ぶ。母さんの作った卵焼きからいこう。

 そいつを箸に運んでゆっくりと味わう。

 そこからだ。

「まあ、俺なりに頑張ったよ」

「まったく。動じない点だけは認めます」

 真白も弁当に箸をつけ始めて、厳しい砲火を浴びるのは避けられそうだ。

 期末テストはしっかりみますから。真白はツンとしてそういうと手早く昼食を済ませて、整理された書類を机に並べた。

「それ、体育祭関係?」

 中間テストのあとは、体育祭が控えている。まあ、基本はお祭りだ。授業のないその一日を、みんな楽しみにしている。種目への参加をかったるい、とカッコつけている奴もいるが、なんだかんだとみんな楽しみにしているはずだ。

「ええ。今日は放課後から、忙しくなるので」

「いま、やっちゃってもいいんだぞ?」

「今は、あなたと会話する時間ですから」

 背後で少し咳ばらいをする音が聞こえたが、それは無視。

「そういう気づかいは、うれしいな」

「ですから、スマホばかり見てはだめですよ?」

 それもそうだ。

「反省してる」

 俺は言い訳しなかった。知人(とみちゃん)を言い訳のダシにするのは嫌いだしな。

「すっかり、お付き合いが板についてますね、会長。席を外しましょうか?」

 そこに、第三者の声が差しはさまれた。

 ショートボブの整った髪型に、丸眼鏡をかけた秘書という感じの女の子。書記の三橋優香(みつはしゆうか)先輩が、眼鏡をくい、と上げる。

「いやだわ、三橋さん。むしろ、プライベートの食事でお邪魔しているのは私たちでしょう?」

 真白が詫びる。

「気にはなりませんが……少し、いたたまれませんね」

「それは、あと少し、昼休みが終わるまでガマンしてください」

 にこりと生徒会長が書記を丸め込んだ。

 カタイようでいて、三橋先輩は一ノ瀬兄と付き合う仲だ。そうと知った時は驚いたものだ。そんな噂は一ミリたりとも耳にしたことがない。

 将来、真白が義姉と呼ぶ間柄になったりするのだろうか、と、ふと考えたりした。

「それで春詩くん。勉強が手につかないような、悩みでもあるのですか?」

 おっと、話題が一周してしまった。

「そんなのないよ」

「弟さんのことも、何か困ったことがあったら言って下さい」

 そりゃ、莉緒のことはいつも気にかけてるけど……真白の言葉に引っかかりを覚えて口を突いて出た。

「なんで莉緒?」

 俺の切り返しに、真白はかすかに失態を感じさせる顔色を見せたが、それが気のせいかもしれないというほどに、その表情は速やかに取り繕われた。

「莉緒さんは、目立ちます。目立ちすぎていて……そして私と違い繊細です。あなたが自分のことをおろそかにしてでも、心を砕いているのは、痛いほどわかります」

 その評価はうれしかったが、俺にとっては当たり前のことでもあった。

「ごめんなさい。いま莉緒さんのことを出したのは失言でした」

 そのまま黙っていれば、きっと俺を誤魔化しきれたろうに、真白は正直だった。

 真白は、莉緒のことを、何かしら知っているのだ、と俺は悟った。





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