第七話(9)
朝。さわやかな日が続く。今日も良い天気だ。いや、今日はもうむしろ暑いくらいで、日々ぐんぐん気温が上がっている気がする。
俺と莉緒は、今日は並んでバス停からの道のりを歩いていた。莉緒は楽器ケースを肩に下げていたが、肩ひもが食い込んで重そうだ。えーと、なんて言ったっけ、この楽器。前にも聞いた気がするんだけど。
暑さに負けて記憶を探るのをあきらめる。夏の用意ができていない体に、この日差しは堪えた。
月末の体育祭が思いやられるな。
「莉緒くーん、おはよう♪」
校門坂で、莉緒を見つけた女子が声を掛けてきた。莉緒に聞くと、見知らぬ女子だが、よくあることらしい。みんな挨拶してくれるんだ、と莉緒は説明した。女子だけかと思ったら、どうも男子にもそんな風に声を掛けられるらしい。
莉緒が手を振って応えると、きゃあっ、ていう黄色い声が沸き立って、女の子たちは恥ずかしさで昇降口へと駆けていく。
中学の時は、物珍しさが攻撃に変わったけど、いまは容姿の良さが、好意に変換されていると思う。
『ね、莉緒くん、かわいい!』 『でしょでしょ!』 『友達になりたいな~』 『彼氏でもいいよね、ちょっと倒錯的で!』 『きゃ~!』
と、好き勝手に妄想を膨らませているようだ。ま、身近なアイドルみたいなものか。
それにしたって、男子であるはずの莉緒を彼氏にするのが、倒錯的なのか? いや、愛らしさのある美少女な顔立ち(莉緒には言わないけど)であれば、そうなるのか。
「おはよう」
そこへ、同じく登校してきた小倉美帆が声を掛けてきた。彼女は五月に入って、晴れて学級委員となり、なおかつその流れで体育祭実行委員となっていた。
「よーっす」
続いて竹内が肩をたたいてきた。
「お揃いだな」
「今日は、朝から軽く体育祭委員の仕事でな」
竹内がたりぃなー、というが、口ほどには思っていないはずだ。
小倉さんが学級委員長で、なおかつ女子の体育祭委員に指名された際、男子委員の成り手がいないところに、やむなくボランティア精神を発揮させた風を装って、手を挙げたのが竹内だった。
「そんなに面倒なら、ほかにやる気のある人を探しますから、言ってくださいね」
小倉さんが申し訳なさそうに言った。
「小倉さん、こいつ、口ほどめんどくさがってないから、安心してこき使ってやってよ」
仕方ない。俺はフォローを入れてやった。
「そうですか?」
「そうそう! ほんと何でもやるから、どんどん言ってよ!」
竹内が焦って弁解する。
小倉さんの目線の外で、竹内は俺を拝む仕草をした。恩に着ろよ。
なんてことはない。竹内は小倉さんに一目惚れしたのだ。それも、クラスが一緒になってひと月も経ってから、突然。それは一目というのだろうか。
「な? 春詩? お前も手伝ってくれていいんだからな!」
「それは遠慮したい」
目立たないポジションで、俺はゆるりと過ごしたいのだ。
が、みんなが生徒会室に行くというので、ひとまず俺も行くことにした。真白の陣中見舞いといったところだ。
生徒会はただいま体育祭実行委員会が組織され、授業以外はいつ行っても、普段見慣れない顔があり、その顔も毎回違う。様々な事案に応対しつつ、業務を行う常駐の面々もなかなかに忙しそうだ。
真白とも、先日一緒に弁当を食べて以来、会話していない。それも生徒会室に行こうと思った理由の一つだ。
なのだけれど、今朝の生徒会室はそれどころではなかった。各クラスの体育祭委員が生徒会室にすし詰めで、それぞれに自分たちの業務に関して熱を帯びた会話を交わしている。部外者の俺が入り込むすきはなさそうだ。背伸びをして覗き込むが、真白の顔は見えなかった。
「兄さん……」
「ん、いこう。わるいな、付き合ってくれて」
生徒会室は一年の教室と同じ四階だから、莉緒も付き合ってくれたけど、まあ仕方ないよな。
真白に会えないのが寂しい、と言ったらうそになる。きっと俺たちはまだそれほど親密な関係じゃない。そうなんだけど、ほんの少しだけ先日の会話は後味が悪かった。
その時、俺の横顔を見ていた莉緒が何を思っていたかなんて、気が回る男では俺は無かった。
ただ、莉緒が指先で、俺の制服の袖を握っていたのは分かっていた。
その日の朝のホームルームは、どこのクラスも似たようなことが繰り広げられただろう。
体育祭実行委員と学級委員の仕切りで、プリントが配られる。
プリント一枚目、まずは組み分けの希望。赤、白、青、黄、四つの色組に分かれる。もう団長は決まっていて、抱負が語られていた。我に集えやら、打倒黄組など、若干私怨のこもったコメントまじりで募集の言葉が書いてあった。一年から三年までの混成チームが希望をもとに編成される。
次、二枚目は、体育祭のスケジュールと、種目一覧に合わせて希望種目の記入欄。
各色組で、出場種目に選手をそろえられるように、希望種目と交えて所属の色が定まる。こういうのも体育祭実行委員の仕事らしい。
俺は、さささっと、楽そうなのを書いて素早く提出。周囲は何に出る? なんて仲のいいもの同士で相談している。
「春詩、種目なんにした?」
待ち時間をくつろぐ俺に、ひと仕事終えた竹内がやってきた。
「えー、借り物競争と、玉入れ」
「あー、本気で走らなくていいチョイスね」
竹内は俺の意図を素早く察した。
「競争率たかいぜー?」
そうなのだ、外した時は、外れ種目の穴埋めに回される危険性もある。一か八かだ。
「実行委員サマの配慮を頼む」
「不正は良くないぜ、不正は」




