プロローグ
薄明りに、唇の触れ合う感触が胸を熱くした。
互いの唇を甘噛みして、心が溶け合う。
やさしさの心がつうじていると、願っていた。
それは唐突な記憶の再生だった。分からない。何が起きているのか。
ドン! という衝撃があったのだけは覚えている。
甘い記憶が暗転した。
真っ暗で、苦しくて、痛くて、誰かの叫び声が聞こえていた。
「キミ! 大丈夫か!」
それって、だれのこと?
ガードレールに、自転車が立てかけてある。なんだか、フレームとホイールが変形してるみたいに見えた。
買ったばかりなんだけどなあ。
ふと横を見ると、目線の高さにアスファルトがあって、赤黒い水たまりがその上を侵食するように広がっていた。
音が遠い。次第に声が他人事のように聞こえてきた。
——大丈夫ですか! 聞こえますか! お名前、言えますか!
青い空を見上げる俺を、覗き込むように、白いヘルメットをかぶった救急隊員が叫んでる。
なんで名前なんて聞いてるんだろう?
はづき……はるし……俺の名前だよ。なんども答えてるんだけど、この人、聞こえてないのかな……。
なんで、なまえ、なんのことか、わからない。
暗く、暗く、俺は沈んでいく。
そして、俺は夢の中にいた。
それは、夢の中の光景だった。
その子はいた。薄暗闇に、その眼は輝いて、とても綺麗なのに、傷めつけられた心を投げ出したような瞳をしていた。
なんど涙を流したのだろう、眦から落ちた涙のあとが、心の痛みを訴えていた。
俺の胸も痛んだ。とても強く、何とかしてやりたいと、そう思うのに……。
もう、どうしてやることもできなくて、白いほほを両手で挟むと、その唇に口づけをしていた。
ぼんやりと、それがいつのことだったのか思い出そうして、俺は記憶の闇をもがいた。
それから俺は……どうしたんだっけ……?
記憶を手繰る。
そう、今いる家に引っ越したのは小学校六年生のとき。
帰らなきゃ……家に、帰らないと……。
どこに、帰ればいいんだ……?




