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第5章:貧困ビジネスの闇

1.闇をかすめる噂

 ホームレス支援団体との夜回りを重ね、山谷のドヤ街での過酷な現状を取材していた真由は、しばしば「危ない話」を耳にするようになっていた。通称“貧困ビジネス”——その正体は一体何なのか。


 NPO職員の柴田陽太が、ある夜回りの帰り道でこう切り出した。


「実は最近、行政が生活保護受給者に紹介している物件の中に“脱法ハウス”が混ざってるって噂があるんです。建築基準法や消防法をすり抜けて、狭い空間に人を押し込む場所で、不当に高い家賃を取るんですよ。

…そればかりか、表向きは“支援施設”を名乗りながら、利用者の保護費を実質的に搾取する——そういう囲い込み型施設の話もちらほら聞くんです。正直、ちょっと怖いんですよね」


 柴田はその手の悪徳業者と“対面”になったことがないため深くは知らないが、支援窓口に来る当事者から断片的な証言を得ていた。真由の心は騒ぐ。今まさに追っている山谷の貧困問題の“闇”が、すぐ手の届くところに垂れ込めているのを感じた。


2.“脱法ハウス”への接近

 翌日、真由は柴田に紹介され、かつて脱法ハウスに住んでいたという人物と会うことになった。夜のファミレス、照明が落ち気味の片隅。中年男性・有田(仮名)はコーヒーカップを手に、俯きがちに語り出す。


「派遣切りに遭って、もう行くとこがなかった。ネットカフェ住まいが何日も続いたんで、疲れ果ててたら“月2万で住める部屋あるよ”って声をかけられたんですよ。

実際には、狭っ苦しいスペースをベニヤ板で仕切ってあるだけ。それどころか天井も一部穴あき、火災報知器なんて見当たらない。エアコンどころか窓もない部屋でした」


 しかも家賃以外に“共益費”や“管理費”の名目で差し引かれ、結局5万以上取られることも珍しくなかったという。あまりに割に合わない——しかし、行く当てもない人には選択肢がないのだ。


「何か不満を言ったら“じゃあ出てけ”って脅されるんです。出て行ったら路上しかない。こっちは何も言えないまま我慢するしかなくて……」


 真由はメモを取りながら、「弱い立場につけこむビジネスなのね」と唇を噛んだ。違法スレスレ、あるいはグレーゾーンのまま成立している。建築基準法は本来こうした事態を防ぐためにあるのに、抜け道が多く、誰も実態を深追いしないまま放置されている。


3.囲い込み型施設との接触

 さらに柴田から“囲い込み型施設”と呼ばれる場所の情報を得る。そこは高齢者や障害者、行き場のないホームレス経験者を一括で受け入れるが、入居すると外出が制限され、実質的に閉じ込められるという。表向きは「自立支援施設」として行政からの信頼を得ているらしい。


 真由は、過去にその施設に数ヶ月滞在したことがあるという山本(仮名)に取材を申し込んだ。彼は人目を気にしながら言葉を選ぶように話す。


「あそこはね、最初は優しく迎えてくれる。でも実際は、生活保護費の振込先を施設に設定させて、職員が管理する形。それで『光熱費』『管理費』『食費』って名目で月に5万以上、天引きされちゃうんです。

食事は賞味期限切れ寸前の弁当、外出は病院行くときだけとか制限される。職員はヤンキー上がりみたいなのが多くて、いうこと聞かないと『ここ出てったら野宿だぞ?』って脅す。電話も許されないから、家族や友人とも連絡取れない。まるで監禁ですよ」


 まるで監獄だ——真由は思った。入居者が不満を抱いても、逃げ場がない。下手に出ようにも家族との関係が断たれた人や障害を持つ人が多く、“出ていったら路上に逆戻り”という恐怖から声を上げられない。


「俺も『やめてくれ』って言いたかったけど、金は全部施設に握られてるし、外に助けを求める方法がなかった。結局逃げ出す形で出てきたんだよ」


 山本の表情は暗い。真由は取材ノートを握り締めながら、「こうした施設が公然とまかり通っているのか……」と胸の奥が熱くなった。


4.リスクと葛藤――取材の壁

 真由は現地で直接取材しようと試みる。が、施設の所在地を聞いて実際に訪れてみると、門前払いどころか威圧的な態度で追い返される。

 建物の窓からちらりと人影が見え、誰かがこちらを覗いている気配があるが、声は届かない。施設の玄関には「緊急入居可! 福祉対応! 見学大歓迎!」と掲示されているのに、記者が来たとわかると態度が急変する。


「帰れや。うちは報道なんかに協力しねぇよ。おとなしくしてろ」


 低い声で吐き捨てられ、真由は仕方なく退散するしかなかった。取材メモの余白には「ここまで露骨に拒絶されるとは……。だが、無理に突っ込めば当事者の安全を脅かしかねない」と、葛藤の言葉が走る。

 また、施設の元入居者に話を聞く際にも気をつけなければならない。「メディアに出たせいで報復を受けたり、行き場を失うかもしれない」という恐れは、当事者の心を縛っている。

 あくまでも事実を暴き、制度を改善するための取材。しかし、下手をすればさらに追い込む結果になりかねない——真由は記者としての責任を強く感じた。


5.生活保護費搾取と行政の“暗黙の了解”

 もっと深く探るため、真由は自治体の福祉窓口にも足を運ぶ。ある程度の情報は得られるかと思いきや、役所の担当者は当たり障りのない説明を繰り返すだけで、実質的な追及をいっさい回避する。「施設の詳細は個別ケースなのでお話しできません」とだけ。


 しかし、定年退職した元ケースワーカーの男性(仮に田島とする)が、ボランティアの立場で取材に応じてくれた。

 田島は古い喫茶店で、静かに昔の書類をめくりながら言う。


「生活保護って本来は“最低限の生活を保障する”制度で、受給者に直接支給するのが原則なんですよ。でも実際は、施設入居者の場合、代理受領してしまう例が多いんです。介護施設や支援施設を名乗るところが“自分たちで管理する”と言って預かる。問題は、その詳細を行政があまり把握していないことです。

それでも、そこに人を押し込んでくれれば路上生活者を減らせるし、福祉事務所としても“厄介なケース”を一気に片付けられる。施設は入居者の保護費で儲かり、行政も路上ホームレスを減らせて一石二鳥……暗黙のうちに成り立ってるんですね」


 要は“共依存”だ。行政は数字上はホームレスを減らせるし、施設側は保護費をがっぽり得る。「いわば氷山の一角です。これが日本各地で起きている」と田島は苦い顔を見せた。


6.取材を続ける真由――新たな協力者

 一筋縄でいかない取材の中、真由は“貧困ビジネスを告発してきた弁護士”がいるという噂をつかむ。名前は大塚(仮名)と言い、過去に脱法ハウスの住人や囲い込み型施設の被害者を代理して訴訟を起こしたこともあるらしい。


 大塚弁護士の事務所を訪ねると、想像以上に忙しそうに書類が散乱していた。大塚は「さほど時間はないが、少しだけなら」と頭を下げつつ応じてくれた。


「私が扱ったケースでは、火災報知器が未設置のまま、利用者を押し込めていた脱法ハウスの実態を裁判で争いました。だけど裁判って時間もお金もかかるんです。被害者側はもう生活だけで手一杯。訴訟に踏み切るのは並大抵じゃない。

結局、業者がうまく書面上は整合性をとってたり、入居者に“ここを出たら行き場がないだろう”と圧力をかけたりして、和解や取り下げに持ち込む例が多いんですよ」


 大塚はため息混じりに続ける。


「大手メディアも積極的に報道しないことが多い。スポンサーや行政との兼ね合いがあるし、特に地元自治体が絡むと追いにくいんでしょうね。

あなたみたいな記者が粘り強く書いてくれれば、状況は少しずつ変わるかもしれない。どうか諦めずに追ってほしい」


 真由の胸に、熱いものがこみ上げる。自分は“社会のため”に報道しようと奮闘している。でも、当事者の置かれた境遇はあまりにも過酷だ。取材を通して暴露することが、結果的に誰かをさらなる苦境に追いやらないか——その不安も拭えない。とはいえ、知らないまま黙っていれば、いつまでも同じ構造が続くだけだ。


7.貧困が“商品”になる現実

 夜も遅い新聞社の執務室。真由はデスクの小山に原稿の進捗を伝える。彼は軽く煙草の煙を吐き出しながら、書かれた内容に目を走らせる。


「あーあ、まさに“貧困ビジネス”そのものだな。記事にすれば派手に反響があるだろう。だが、お上や大手スポンサーに喧嘩売るのも同然だな。……井川、覚悟はいいのか?」


 小山の問いかけに真由は静かにうなずく。もう後戻りはできない。今まで取材してきた人々の顔が脳裏をよぎる。“脱法ハウス”で過酷な日々を送り、怒りや悲しみを必死に押し殺していた有田たち。“囲い込み型施設”で保護費を搾り取られていた山本のような弱者。そして、制度の不備を逆手にとって肥え太る業者や、それを黙認する行政。


「わかってます。けど、伝えなくちゃ……。貧困そのものを『商品』として売り買いしている社会って、絶対おかしいでしょう」


 紙面のインパクトや世間の反応を気にする小山は、困ったように頭をかいた後、「徹底的に書くなら全面協力する」とだけ答えた。


8.報道は光か、それとも影か

 取材の最終盤、真由は冒頭に会った脱法ハウスの元住人・有田に再度コンタクトを取り、「記事として公表しても大丈夫か」と確認した。彼は少し戸惑いながらも、


「正直、ビビッてるけど……同じ目に遭う人を減らしたい。俺も弁護士さんに相談してるから、いざとなったら法的に守ってもらう。頼むよ、これを機に何か変わればいいんだけど」


 真由は固く頷いた。掲載後に業者や関係者から圧力がかかるかもしれない。施設の入居者が“ウチを悪く書いたな”と責められるかもしれない。それでも、社会に広く伝えなければ、永遠に闇の中で踏みにじられる弱者が出続ける。


 帰り道の深夜、車道の街灯がまばらに照らすアスファルトを歩きながら、真由は心の中で誓う。

 「私は記者として、光を当てることしかできないかもしれない。だけど、今ここで書かなきゃ、彼らは一生“見えない存在”のままだ」

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