実行の、復讐
気付いた時、私は見慣れない場所に居た。
「気付いたか!巫女よ、そなたを歓迎する」
「は?」
何を言っているのか、意味が分からなかった。巫女って何。と言うより、此処は何処。ゲームとかに出てきそうなキラキラした王子様みたいな人だとは思うけど、そんなコスプレイヤーなんかと知り合いではない。ましてや、巫女って何。
周りを見渡したら、もう一人見慣れた格好の女の人が倒れていた。でも、そんな事よりも、一生懸命怪我は無いかとか、痛い所は無いかとか、確認をしてくる目の前のキラキラコスプレイヤーが煩くて、状況把握はこのキラキラコスプレイヤーに聞いた方が早いと理解した。我ながら中々冷静な頭だな、と思う。
「巫女、何か…」
「煩いコスプレ男。此処は何処、アンタは誰」
「こす…?」
「質問に答えて。そうじゃ無かったら、別の人間に聞く。誰でもいいから、答えて」
キラキラコスプレイヤーが長いからキラコス男って言ってやろうかと思ったけど、周りにはもっとたくさんのコスプレイヤー達が居る。だから総称にしたんだけど、それが通じなかった様で首を傾げている。でもそれどころじゃない。私はいち早く、この状況を確認したいんだ。パニックになる前に。
「え…あ、あぁ!すまぬ、混乱しておるのだな?それも無理のない話であろう。良い、説明してやろう」
随分偉そうだな、この男。でも、漸く話してくれそうだから黙っていよう。
「我の名はクロヴィス。クロヴィス・レアード。この国、レアード王国の第一王子だ」
「…は?」
「そなたはこの国を救う為、召喚された巫女だ。其処に居る魔法使い、ワーステアの元な」
召喚?救う…魔法使い…ますます痛い人かと周りを見渡すと、魔法使いが居て、頭を下げられた。後ろの人が身じろぎした気がしたが、最早そっちに気を取られている暇はなっかた。私の頭がとうとうパニックを起こしたからだ。
何を言っている?私は人だ。人間だ。魔法なんて使えない、極々普通の日本の高校生だ。現に制服を着てる。確かにちょっと夜遊びはするけど、そんなの、学生なら普通だと思う。親に多少反抗したり、一応塾にも行ってたし…それが何?召喚とかってゲームとか漫画の世界の話でしょ?私に起こるはずが無い。きっとコスプレイヤー達のイベントに巻き込まれ、誘拐されたのだ。そうだ、ここに居るコイツ等は、誘拐犯だ!!
「あぁ…泣くな、巫女。すまぬ、やはり落ち着いてからの方が良かったな。それとも何処か痛むのか…?」
「…殿下、巫女様を部屋へお連れした方が良いかと存じます。此処は冷えますし…」
「そうだな、うむ。巫女、立てるか?取り敢えず場所を移動しよう。安心してくれ、我等はそなたを傷付けるつもりは無い」
「……」
傷付けるつもりは無い?誘拐しておいて今更何を言っているのやら。パニックになった頭は、ただ涙を流す事だけを指示している様で、言葉を話す事すらも出来ずにいる。
「もし立てぬなら、抱えて行くが…辛い所は無いか?」
「…立てる」
「そうか、ならばせめて支える事を許せ。触れるからな」
誰が許すか!って言ってやりたかったけど、下手に逆らって余計な事になったら大変だから止めておいた。ぶっ飛んだ事を言ってくるお陰か、少しだけ頭が働きだす。大丈夫だ、取り敢えず今は命は取られそうにない。だったらついて行って、目的を見付けてやる。
こうして私はその日、コスプレイヤー達の目的を知った。そして、冗談じゃなく、ファンタジーの世界へ来てしまった事を知った。害するつもりは全く無い。巫女として私が務めれば、元の世界へ帰してくれるとも言われた。だから、取り敢えず安心はした。帰れる。そして、もう一人の女の人にとっても、安全を保障すると言った事で一旦肩の力を抜くことが出来た。お城のバルコニーでホッと一息つく。思わず笑みが浮かんだ。その時、クロヴィスに愛らしいと言われ、思わず顔が熱くなってしまったのは内緒だ。ただ照れただけだから。
あの時、敢えて触れなかった。あの人が起きる前に、私がある程度状況を把握しなければと思っていたから。話を聞いて把握するにつれ、あの人はただ巻き込まれただけだったと分かったから。私だって巻き込まれたに過ぎないけど、あの人には私以上に関係の無い事だった。巫女は私だけ。あの人は本当に巻き込まれただけ。私が元の世界に帰る時、必ず一緒に帰る。その前にちゃんと事情を説明して、待っててもらわなければいけない。
そう、思っていたのに。
その時にはもう、遅かった。目に映るのは、話したことも無い日本人の女性の、変わり果てた姿だった。ワーステアも驚いた様子だった。何故、アンタが驚いているの?此処はアンタの家の敷地内でしょうが。
一週間前、彼女の安全を保障したクロヴィスの言葉を信じ、ワーステアの家で保護していると聞いていたから安心していたのに。お互いに落ち着いたと思って、この日会いに来た筈だった。ワーステアによれば、彼女はこの世界の言葉を話せず、聞く事も出来なかったらしい。私は巫女だから、その辺の不自由は無いのだろうと言われていた。その言葉が通じない不自由をもっと理解して、落ち着いたら、とか、結局自分の事だけを優先していた自分に吐き気がする。確かに私は、家族や友人に会えない悲しさや辛さもあるけど、自分の置かれた状況を理解出来たし、余裕も出てきた。けれど彼女は…?
腹の底からの吐き気に、思わず手で口を押え、しゃがみ込む。それをどう勘違いしたのか、ワーステアは私を彼女の亡骸を見せない様、庇う様に抱き締めた。
違う!触るな!と心が叫ぶ。彼女がどんな思いで此処に居たのか、どんな境遇で居たのか。一週間も知ろうとも思ってなかった自分に、こんな境遇にしたこの男に、この世界に吐きそうなんだ!と。
許すものか。誰が何と言おうと、許すものか。彼女が何をした。私が何をした。全てを滅茶苦茶にしたのは、他でもないこの世界であり、何の躊躇いもなく実行した悪魔達だ。そう、この世界は悪魔の世界だ。そもそも何で他人に頼らなければ自分の国が立ち行かない?勝手に困り、勝手に攫って、どうにかしてくれたら帰すって何様だ。
この時、私は本当の意味で冷静になったのだ。
「…私、本当に元の世界に帰れるの?」
城に戻って、クロヴィスに問うた。彼は初め、神殿で祈りを捧げ、私の力で不浄の発生源を絶てば、帰すと約束した。だが、本当に?冷静になった私に、気休めは通用しない。
「どうした、今日は保護したかの者と会うのではなかったのか?」
「答えて、クロヴィス。本当に私は帰れるの?」
「…勿論だ。言ったであろう?」
「本当に?それっていつ?」
「…どうした、何があったのだ?何がそなたをそんな顔にする?」
「答えて!!」
大声を張り上げる。此処は王子の執務室。勿論、二人きりではない。悪魔の証人なんて使えるかどうか分からないけど、居ないよりマシだ。
「…不浄の発生源を絶った後、いつでも構わぬ」
「だから、それっていつ。過去の巫女達は力を使い果たしたって言ったよね」
「そうだ、巫女の力は不浄を浄化させれば消える。私も実際に見た事は無いが、そう言い伝えられている。そう、説明したな」
「今思えば、それって死んだって事じゃないの」
「なっ!?」
「それに、要するに力を使い果たしたら用済みって事でしょ。その過去の巫女さん達がどうなったのか、ちゃんと聞いてなかったと思って。でも言ってない、じゃなくて言えない、だったら?」
そう、例えば死んだ、とか。ファンタジーでお決まりの力と命がイコールの時、それが今だったら?用済みはとっとと処分、悪魔達ならやり兼ねないよね。自分達の世界で賄うと、下手をすれば争いになる。ならば、違う世界から連れてきて、一時我慢して尽くし、そして捨てる方が何倍も手軽だとすれば。
「私がこの世界に関係無い人間だから平気で嘘を吐いて、あの人を殺した。そんな世界に、何で私が協力をしなければいけないの?そもそも、私達を誰の許可もなく誘拐した癖に、言う事を聞く方がおかしい。本当に帰してくれるって保障はどこにある?安全を保障しておいて守らなかった大嘘吐きが、他の事で嘘を吐いていないっていう証拠は?」
「ま、待て、今殺した、と…?」
「そう、死んでた。あの人、ワーステアの屋敷の片隅の小さな何もない小屋の中で、一人で床に座ったまま」
「な…そんな…」
「何で驚くの?元々気にもしてなかった癖に、白々しいくてまた反吐が出そうになるから止めてくれる?それに、答えてくれないならいい。ちゃんと答えてくれる人に聞いてくる」
「待て!」
出て行こうとした私の前に、兵士が立ち塞がった。でも気にしない。
「邪魔。あ、何なら私も殺す?もう一回誘拐する方が早いかもね、今度はちゃんと言う事を聞く人をさ」
「馬鹿な事を言うな!私はちゃんと言ったことは守る!」
「それこそ馬鹿を言うなって話でしょ。既に守ってないアンタに何を言われたところで、信じろって言う方が無理」
「それは…彼女の事は…すまなかった。ちゃんとワーステアに責任を取らせる。だが、今ワーステアを酷使すれば、そなたを帰すことが出来なくなるのだ」
「そのワーステアは、メイドに任せっきりだったから、こんな風になっているなんて気付かなかったって言ってた。ちゃんと給料も倍払ってたのに、って。あんな天窓しかない小さな小屋で、衛生面も悪い場所で、給料も上乗せする程嫌な仕事だって思ってたから、面倒だったから、メイドに任せっきりで、死ぬ前に気付かなかった。ろくに気にしない主人を持ったメイドは、気付かれる前に適当に繕っていればいいと思うに決まっている。死ぬとは思ってなかっただろうけど、得体の知れな異世界人を快く思う人間が、この世界に居るのか知らないけど、少なくともあそこには誰一人居なかった。だから高いお金を払ったわけでしょ?」
そう、私だってここ数日、蔑まれた目で見られたりもした。クロヴィスの婚約者だったり、他の貴族だったり。ああ、この今にも私を殺そうとしている騎士もそうか。
「いい子でいようと思った。本当に帰してくれるなら、例え利用されても私も利用するのだから。でも、いい子でいても蔑まれるなら、別にそれでいる必要は無いよね。どの道、捨てられるわけだし」
「何を言っている、捨てるなど…」
「ワーステアも絶対に許さないけど、私はアンタも許さないよクロヴィス。そしてこの世界も、この世界の人間も全て。だから、明日までに決着をつけよう。もし、明日までにちゃんと私が納得出来るモノを提示しなければ、私は何もしないで死ぬ」
「馬鹿な!!」
「あの人と同じでしょ、絶望して死んでやる。巫女がこの世界を怨みながら死んだら、不浄の発生源はどうなるんだろうね?こんな悪魔の世界でも助けてくれる、心の優しい巫女様が、直ぐに現れるといいねぇ」
そう言って笑ってやれば、この場の全員が顔を引きつらせた。いいね、いいねぇ。明日。明日だ、決着がつく。多分、何をどうやっても、私を死なせることはしないだろう。代わりが見つかるまでは。でも、此処へ来て色んな人から教えて貰った話を併せて行けば、絶対に無理だと分かっている。そう簡単に現れるものではないのだそうだ、巫女様っていう存在は。その現巫女様がこの世界に絶望し、怨み、消えようとしている。
さあ、どうなるのかな。私の決死の一撃は。諸刃の剣だけど、決して悪くは無い選択だと思う。本当は死なずに、気付かずに、冷静になる前に、帰りたかった。あの人と一緒に。けどそれが叶わないのなら、せめて。同じ方法で死ぬまでだ。それがこの世界にどう影響を及ぼすのかなんて、知ったこっちゃない。
私とあの人を地獄に落とした悪魔ども、私の復讐は始まったばかりだからな。せいぜい、怯えればいい。どうあがいても、私の心はもう、冷静になっているからね。