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明日、魔王を倒します  作者: 月兎
序章

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1/5

決戦前夜

 

 夜の闇の中、遠くに巨大な城が見えていた。


 山の頂にそびえ立つ、漆黒の城。


 月明かりに照らされたその姿は、まるでこの世界そのものを見下ろしているようだった。


 魔王城。


 この世界を支配する魔王がいる場所。


 僕たちは、その城を見渡せる丘の上で野営をしていた。


「……いよいよね」


 焚き火の向こうで声がした。


「ずいぶん静かですね」


 別の声が答える。


「静かだからいいのよ。騒いだって明日が来るわけじゃないもの」


「それはそうですね」


「アンタはもうちょっと緊張しなさいよ」


「していますよ」


「どこが?」


「明日、城を吹き飛ばすなら、どこから爆破するべきか考えています」


「緊張してないじゃない!」


 僕は思わず吹き出した。


「本当に、そればっかりだよね」


「効率的ですから」


「城を爆破して終わり、なんてできるわけないでしょ」


「なぜです?」


「なんで本気で分からないのよ……」


「でも、あの人なら本当にやりかねないよね」


「あなたまで乗らないでちょうだい!」


「だって、前に砦を半分吹き飛ばしたの、あの人でしょ?」


「あれは必要な爆破でした」


「必要以上だったわよ!」


「結果的に敵の数は減りました」


「味方の壁も減ったけどね!」


「修理すれば済む話です」


「済んでないから言ってるのよ!」


 三人のやり取りを聞きながら、僕は焚き火に薪を一本放り込んだ。


 火の粉が舞い上がる。


「大丈夫?」


 声に、僕は顔を上げた。


「ん?」


「さっきから、ずっと手を見てるけど。痛むの?」


「いや、大丈夫」


「本当に?」


「無理してるなら言ってよ。明日、あそこに入るんだから」


「無理はしてないよ」


「無理してるときほど、そう言うのよねぇ」


 彼女は僕の顔を覗き込んだ。


「顔が近いよ」


「あら、照れてるの?」


「照れてない!」


「はいはい。強がりもほどほどにね」


「ねえ」


「ん?」


「怖い?」


 僕は少し考えた。


「……うん」


「そっか」


「意外?」


「ううん。怖くない人なんて、たぶんいないから」


「あなたは怖くないの?」


「怖いわよ。でも、怖いからって逃げたら、今まで一緒に旅をしてきた意味がなくなるもの」


「まあ、立派になっちゃって……」


「泣いてる?」


「泣いてないわよ。夜風が目に染みただけ」


「風、そっちから吹いてないけど」


「細かいことは気にしないの!」


 僕は笑いながら、遠くへ視線を戻した。


「でも」


 僕は言った。


「行かなきゃ」


「よーし!」


「明日は忙しくなるわよ!」


「まだ寝る時間には早いと思いますが」


「そういう意味じゃないわよ!」


「では、何の意味ですか?」


「攻略するって意味よ!」


「最初からそう言えばいいのでは?」


「アンタは本当に……!」


「ちょっと、ここで喧嘩しないでよ!」


「喧嘩じゃないわ。教育よ!」


「誰が誰を教育するんですか?」


「アンタよ!」


「僕はもう十分な教育を受けています」


「その自信、どこから来るのよ!」


 彼女がため息をつき、僕はまた笑った。


 こんなふうに笑えるのも、あとどれくらいなのだろう。


 そんな考えが、ふと胸をよぎった。


 けれど、今は考えないことにした。


 明日のことは、明日考えればいい。


「もし危険になった場合は、私が最も効率的な退路を確保します」


「逃げ道を考えてるの?」


「当然です。生存率を上げるには必要ですから」


「それなら少し安心かも」


「ただし、退路が確保できない場合は、城ごと破壊します」


「安心できない!」


 僕は笑った。


「……明日だな」


「何が?」


「明日、あそこに入る」


「それ、さっきも言ってなかった?」


「言ってたわね」


「緊張してるんじゃない?」


「してないよ」


「してる人は、だいたいそう言うのよ」


「あなたまで……」


「大丈夫よ。アタシたちがついてるでしょう?」


 僕は答えなかった。


 ただ、遠くにそびえる城を見つめた。


 明日、僕たちはあそこへ入る。


 魔王を倒すために。


 そして、この世界を変えるために。


 ここまで来るのに、三年かかった。


 長かったような、短かったような三年間だった。


 村を出たあの日から、僕の身の回りでは本当に色々なことが起きた。


 たくさんの人に出会った。


 たくさんの場所を見た。


 何度も負けて、何度も立ち上がった。


 それでも、僕は前へ進む。


 僕は夜空を見上げた。


 満天の星が輝いている。


 その中に、ひときわ赤く瞬く星があった。


 昔から、あの星を見ると胸の奥がざわめく。


 理由は分からない。


 ただ、遠い昔から誰かに呼ばれているような気がするのだ。


 僕はその感覚を、ずっと気のせいだと思っていた。


 けれど今は違う。


 遠くにそびえる城の影が、まるで星空にまで届こうとしている。


 赤い星が、ゆっくりと瞬いた。


 その瞬間、胸の奥で何かがかすかに脈打った。


 まるで、向こうにいる誰かが、僕の存在に気づいたかのように。


 僕は剣の柄を強く握った。


 冷たいはずの金属が、ほんの一瞬だけ熱を持つ。


 そして、耳元で誰かの声がした。


 ――******。


 誰の声なのかは分からなかった。


 振り返っても、そこには仲間たちと焚き火しかない。


 彼がいつの間にか、地面に魔法陣のようなものを描いていた。


「それ、何?」


 僕が尋ねると、彼は顔を上げた。


「明日のための準備です」


「爆破?」


「違います。爆破のための準備です」


「結局、爆破なんだ……」


「当然でしょう」


「当然じゃないわよ!」


 僕は何も言わず、再び遠くへ視線を戻した。


 明日、僕たちはあそこへ入る。


 倒すために。

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