8
8
かなり水や風を自由に操れるようになった怜は、そろそろ攻撃魔法を覚える頃合いだろうと考えた。以前、森や街道で魔獣や追い剥ぎ、奴隷商人に遭遇する場合もあると、ティアに脅されていたからだ。
〝攻撃魔法もイメージが大事だからね〟
「ティアは何をイメージして攻撃魔法を使ってるの?」
〝わたしは以前、見たことのある他人の攻撃魔法を思い出して真似したりするんだけど、ほとんど攻撃魔法を使ったことはないの。だって、いままで攻撃が必要になったことなんてないから。そういうわけで、具体的な自分のイメージはないの。だから、レイがもっともイメージしやすいものがいいと思う〟
「わかった」
そう返しはしても、前の世界では誰かに攻撃しようと思ったことなどない。なにをイメージすればいいのだろう。怜はもといた世界にあるもので、イメージしやすいものはないかと考えをめぐらせる。
「あ、水鉄砲……」
子どものころ、友達と遊んだ水鉄砲。互いに撃ち合った記憶を思い浮かべながら、青いプラスチック製の水鉄砲の引き金に指をかけるように、人差し指を壁に向かって構えた。
シュッという音とともに、指先から勢いよく水が迸った。とはいっても、壁にあたっても傷ひとつできない程度で、まさに水鉄砲レベルのものだったが。
〝うん、初めてにしてはいいと思う!〟
「ええー、ぜんぜん駄目だよ」
ティアの励ましに、怜は首を左右に振る。
〝お世辞でもなんでもなく、本当にいいと思う。だって、初めての挑戦だったのよ。魔法協会にだって、これほど覚えのいい人はいなかった。やっぱり、怜には魔法の才能がある! 練習あるのみよ!〟
「そうだね、練習あるのみだ」
たった一度の挑戦でくじけてはいけない。今度は安物のプラスチック製ではなく、刑事ドラマに出てくるような本格的な形状をした拳銃を思い描く。そして、シリンダーに水をかためて作った弾を込めるようイメージしてから、怜は引き金を引いた。
さっきよりもずっと勢いよく水が指先から出て、壁が小さく抉れたのが見えた。
「やった!」
〝術に名前をつけて、名前とイメージが直結するように訓練すれば、もっと早く術を発動できるようになるとルキアさまの魔法書に書かれていたから、ほとんどの魔法使いがそれを実践してるわ〟
言われてみれば、そのほうが便利そうだ。魔獣といきなり遭遇したとき、ゆっくりイメージしている時間があるとは思えない。それにしても、ティアの言う『ルキアさま』とはいったい誰のことだろう?
「ねえ、その『ルキアさま』って誰?」
〝ルキアさまは、わたしの憧れの大魔法使いなの〟
「大魔法使い?」
〝わたしたち魔法使いの頂点とも言えるお方で、すべての魔法属性を持ち、魔法研究の大家でもあって、ルキアさまの書いた魔法書には多くの魔法使いが助けられているのよ〟
「そんなにすごい魔法書なの?」
怜は興味がわいてきた。この世界に来て、イメージで魔法を使えるようにはなったが、専門書に書かれているほど、もっと多くの魔法があるのだ。気にならないわけがない。
〝ルキアさまは、火、風、水、土、光、闇とすべての属性の魔法を使えて、それぞれの属性ではどんな魔法を使うことができるのかを解き明かしたの。たとえば、治癒魔法は光属性と一般的に思われているけど、使い方によっては闇属性でも治癒魔法を発動できるのだと、ルキアさまが発見したのよ。すごいでしょう?〟
まるで自分のことのようにティアは誇らしげだ。
〝それに、属性に含まれない、新たな生活魔法を生み出したのもルキアさまなのよ〟
「新たな生活魔法?」
〝そう! いろいろな属性の魔法を組み合わせることで、生活に便利な魔法を創造したの。それらは、魔力のない人でも使えるのよ! たとえば、消えない炎が詰まったガラス玉をランプに込めて夜間に利用するとか、バッグのなかと空間をつなげて収納力を増やした上に重さを感じさせないとか、溶けない氷を使って食べ物を腐らせないとか、それ以外にも便利な魔法をいろいろと生み出したの〟
電気のないこの世界で消えない炎というのは、かなり重宝されるだろう。夜になると天窓から入るわずかな明かりのみの暗い霊廟にいると、電気の偉大さを感じずにはいられない。それに、収納力を増やして重さを感じさせないバッグ? そのルキアさまとやらは、かなりすごい人みたいだ。
〝だからわたしは、将来ルキアさまも属していた真理の塔で働きたいと思っているの〟
「真理の塔って、おれたちがここを出たら目指す場所だよね。会ってみたいな、そのルキアさまって人に。それだけすごい魔法使いなら、彼女が真理の塔の塔主ってこと? きっとおれたちを助けてくれそうだね」
〝それは――〟
いままで明るかったティアが、ふいに声を落とした。
〝それは無理なの。ルキアさまは偉大な魔法使いだけど、塔主になられたことはないわ。それに、もしなる予定があったとしても、わたしが捕まったときから十八年くらい前に行方不明になってしまったの〟
「行方不明?」
〝そう。わたしが生まれる前のことだけど、ルキアさまはいきなり姿を消したと魔法協会の長であるオーランさまが言っていたわ。オーランさまはルキアさまと親しくしていらして、周囲に何も告げずにルキアさまがいなくなったのはおかしいって周囲に訴えたんですって。それに、ルキアさまの一番弟子でいまの真理の塔の塔主であるシルさまも、おかしいと訴えたそうよ。でも、ルキアさまは気ままな人で、誰にも言わずにふらっと旅に出るときがあるからと、ほかの人たちは気にしなかった。だけど、一年経っても帰ってこなかったから、ようやくみんなもおかしいと思いはじめたの。そんなことはいままでなかったからって。いまはわからないけど、わたしが囚われたときもルキアさまは見つかっていなかった〟
「いったいどうしてしまったんだろう?」
全属性の魔法が使えるほど優秀な人なら、失踪に第三者の関与は考えられず、自ら姿を消したとしか思えない。怜がそう指摘すると、ティアも同意した。
〝きっと姿を隠さなければならない理由があったと、みんなは考えているわ。もしくは、《ポータル》を通ってしまい、帰ってこられなくなってしまったとか言う人もいる。わたしがここに囚われてどれくらい経ったかはわからないけれど、いまごろルキアさまは人前に姿を現しているかしら……〟
「ここを出たら、そのルキアさまについても調べてみよう。もし戻っていれば、おれたちの助けになってくれるかもしれないし」
〝そうよね! ルキアさまの魔法があれば、わたしにかけられた術も解けるだろうし、レイの魂をもとの体に戻す方法も見つけてくれるはずよ!〟
たとえルキアが見つかっていなくても、現状をなんとかする魔法を探さなくてはならない。そのためにも、体力作りと、旅の間に使う魔法の訓練に励もう。そう新たに決意した怜は、どんな状況にもすぐ対応するため、魔法に名前をつけることにした。
「まずは、水の攻撃魔法から名前を決めよう」
そうは思っても、発動時にイメージした「水鉄砲」ではあまり威力が出なさそうだ。
「ウォーターガン……とか?」
水鉄砲を言い換えただけだけど、言い方ひとつでちょっとかっこよく感じられる。
怜は「ウォーターガン」と言いながら、水攻撃の練習をした。はじめのうちは頭のなかに水鉄砲を発射するイメージを浮かべなくてはならなかったが、何度か練習していくうちに、名前を口にするだけで指先から勢いよく水が迸るようになった。
ちなみに、怜が「ウォーターガン」や「水鉄砲」と言っても、ティアにはなんのことかわからなかったらしい。ということは、この世界に水鉄砲は存在しないのだ。ティアの耳にどう変換されて聞こえているのかわからないが、存在しない言葉なら、怜の世界の言葉そのままに聞こえているに違いない。
その後もくり返し水魔法を使ったあと、今度は風魔法で攻撃するためにはどうすればいいだろうと考える。
「風……かぁ」
怜はぽつりとつぶやくと、手のひらを上にして体の前に出した。そうしてから、自分はブーメランをつかんでいる――それを相手に投げるところだと考えながら、すっと手首を返した。
シュン、という音とともに空気が動いたのがわかった。とはいっても、空気は目に見えないし、ここには風で動かせるようなものもない。なので、どれくらいの威力を出せているかわからないまま、怜は「ブーメラン」や「ウインドカッター」など、名前を考えながら風魔法を使った。
魔法の練習のあとは、ふたたび筋トレの時間だ。かなり体力もついてきて、以前よりも楽に動けるようになってきた。
〝ねえ、レイ。そろそろ探検してみない?〟
「探検?」
〝そう。ほかの棺を開けて、旅に必要なものを探すの〟
遺体の入った棺を開けるというのはぞっとするが、この霊廟には遺体を腐敗させないための聖域結界が張られていると聞いた。なので、そこまで遺体に直面することを恐れなくてもいいのかもしれない。
それに、少しだけわくわくする。なにしろここは異世界で、どんな容姿の人間がいて、どんな服装を着ているかに興味があるからだ。ティアの体のなかに魂が入ってしまったせいで、この世界でゆいいつの知り合いであるティアの容姿がまったくわからない。長い銀色の髪、妹の凛と同じ年とは思えないほど痩せて小さな体、粗末な灰色のワンピース。それに、手首の内側にある小さな印――ティアが友人から禁術をかけられたときに現れたもの。それらだけが、ティアについて知るすべてだ。
次第に高揚する気持ちのまま、怜は「うん、そうしよう」と返した。




