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〝体の力を抜いて、全身に流れる「魔力」を感じ取ってみて〟
『魔力と言われたって、そんなものがない世界から来たんだからわからないよ』
〝ううん、レイになら絶対にわかるはず。だって、レイの魂は世界と世界の境を越えてやってきたのよ。そんなことができるのは、あなたに魔力がある証拠。それも、とても多くの〟
光魔法を使えるティアには、他人の魂の色が見える。そして、その相手がどんな魔法の属性を持つのかも把握することができる。ひとつの体を共有しているいまは、レイの魂の色や属性こそ見えないが、彼がどれほどの魔力量なのかは伝わってくる。ティアに匹敵するほどに、ひょっとしたらもっとレイの魔力量は多い。
『でも、おれは魔法なんて使えないよ』
〝大丈夫、きっと使えるわ。それに、魔法使いのわたしのなかに魂が入ってきたってことは、わたしたちの魂の波長が合ったってこと。相性がいいのよ。だから、絶対に魔法を使えるはず!〟
ティアは口先だけでレイを励ましているわけではない。本当に、レイの魂から、自分のものとは異なる魔力を感じているのだと伝える。
『わかったよ……』
信じられないといった感じでレイは答えたが、魔力と真剣に向き合っているのか、その後、しばらくは黙ったままだった。
レイが魔法を使えるようにならないかぎり、自分たちは棺のなかにいるしかない。ここから出られなければ、体の拘束が解けたいま、いずれは飢えや渇きで命を落とすだろう。だから、できるかぎり、レイを手助けしたいが──。
そのとき、ティアははっとした。レイの魔力を感じ取れたのは、それはティアの魔力があってこそできたことだ。ということは、いまのティアにも少しは魔法が扱えるのではないだろうか。ティアは自分の体に流れる魔力にアクセスしようと試みる。
物心がついたときにはすでに魔力を感じ、遊び感覚で魔法を使えるようになったティアには、いままで魔法を使ったことがない相手にどう教えればいいのかよくわからなかった。魔法協会でともに学んでいたひとたちは、みなある程度の下地ができていたから、教えるのも簡単だった。
ただひとり、アナイリスを除いては、だったが。
アナイリスが魔法協会に連れてこられたのは十六歳のときと、ほかのひとたちよりもかなり年齢を重ねてからだった。たいていの者が十歳以下で協会に連れてこられることを考えると、異例の遅さだった。
魔力量も少なく使える魔法も少なかった彼女は、ティアと同じように両親から魔法協会へと売られたのだ。それも、貴族の親からだ。たいていの貴族の子女が魔法学園に通うことを考えると、あまりにも奇異なことだった。
アナイリスは魔法の覚えも遅く、周りはどう彼女に教えていこうかと頭を悩ませたのを覚えている。そのときの経験を、レイにも生かしたい。
ティアは自分のなかの魔力にアクセスできたが、それを術に変換して棺の蓋を開けることは叶わなかった。きっと、アナイリスに魔力を奪われつづけているうえに、この体の主導権はレイにあるからだ。でも、自分の魔力を感じ取れるのは幸いだった。ティアは、アクセスした魔力を枝のように伸ばし、レイの魔力を探る。
『え……? なに?』
ティアの魔力を感じたのだろう。レイの驚きが伝わってきた。
〝変な感じがするでしょう?〟
『うん。なんか内臓のあたりがむずむずする感じ』
〝それはね、わたしの魔力がレイの魔力をつかんだからよ〟
『おれの魔力を?』
〝まだレイには自力で自分の魔力を探すことは難しいと思ったから、わたしが手伝うことにしたの。そのむずむずする感じを覚えて。それがレイの魔力の源だから〟
『これが──おれの魔力?』
〝そう。いまはお腹のあたりしかむずむずしていないかもしれないけど、魔力は体全体に張り巡らされているの。だから、いま感じる部分を、少しずつ全身へと広げていって〟
『わかった。やってみる』
*
怜にとって、魔力とはよくわからない漠然としたものでしかなかった。けれど、ティアに誘導されていくうちに、体内に流れる『なにか』を少しずつ感じ取れるようになっていった。それは未知の感覚で、その感覚こそが魔力なのだと言われれば、なにも知らない怜はうなずくしかなかった。
しばらくその未知の感覚を探っていくうちに、いままで熱さや寒さなどの感覚がなかった体が、ぽかぽかと暖かくなってきた気がする。
いちど体感を覚えると、もう駄目だった。いきなり喉が渇いてしまったのだ。ティアが言っていたとおりだ。そのうち、空腹や尿意も覚えるようになるはずだ。ティアは女の子だから、こんな場所で粗相させるようなことがあってはならない。
妹の凛にそんなことをさせてしまおうものなら、絶対に怜は殺される……。だから、ティアにだってさせたくない。トイレに行きたくなる前に、絶対に棺から出なければ。
でも、いちど覚えた渇きは、どれほど焦ろうとも消えることはなかった。むしろ、よりいっそう増したといってもいい。なにも飲めないとなると、なにがなんでも飲みたくなる。
『喉が渇いたんだけど、どうすればいいかな?』
思わずティアに問いかける。
〝いま体の主導権はレイにあるからわたしは感じないけど、困ったわね……〟
なにかを考えているのか、ティアの反応がなくなった。けれど、すぐにふたたび声が頭のなかに響いた。
〝レイはもう、魔力を感じられるようになったでしょ? 人差し指にその魔力を集められるかな?〟
『人差し指に? やってみる』
〝どう?〟
『うん……なんか、指先が熱くなってきた気がする。それに、ちょっとむずむずもするかな』
怜は感じたまま答えた。
〝いいわよ。魔力が集まってきた証拠ね。そうしたら、その魔力の集まったところに、大気中に含まれる水分を引き寄せるの。レイが水魔法を属性に持つなら、きっとできるわ。駄目だったらほかの方法を考えるから、まずは試してみて〟
『えぇ!?』
なんだかいきなり難しくなってしまった。そういえば、大気中には水蒸気として水分が含まれていると、小学校で習った気がする。それを集めれば、水に変わるのだろうか。
『念じるだけでいいの? 魔法陣とか詠唱とか、そういうのは?』
〝魔法陣は、特別な魔法の際に描くものなの。それに詠唱は精霊魔法のときに使うものよ。だから、念じるだけで大丈夫。レイ、水をイメージして。あなたならできるわ!〟
レイは頭のなかに具体的な水のイメージを思い浮かべることにする。できるだけたっぷりの『水』を。
『たとえば、海──』
〝あ、あなた何をイメージしたの? 駄目よ、レイ!!!〟
ティアの叫びが頭のなかで響いた直後、ぶわっと全身が熱くなって、指先に鋭い痛みが走り、まるでその部分が爆ぜたような感覚がした。
そして──。
『──!!!』
狭い棺のなかで、指先から水が放出された。空気穴程度は開いていても、一気に押し寄せる水を外に逃すことはできない。
『マ、マジかよ……!』
棺のなかはすぐに水で満たされ、無意識に開けた口のなかに流れ込んでくる。
『く……苦し──』
〝レイ、落ち着いて!〟
ティアの宥めるような声が頭のなかに響いたが、落ち着けるわけがなかった。大量の水が口のなかに流れ込んできて飲んでしまい、呼吸ができなくなる。
『このままじゃ、死ぬ──』
けれど、もしここで水死でもしたら、それはティアの死を意味するのだと、ふいに怜は気づいた。妹と同じ年なのに、悪い女の策略にはまり、棺のなかに閉じ込められてしまったかわいそうな少女を、自分の失態のせいで死に追いやりたくはなかった。
怜は棺の蓋に両掌をあてる。さっき水を呼ぶことができたのだから、自分には魔法が使える。絶対に大丈夫だ。焦燥に駆られながらも、必死に落ち着こうと試みる。
何をどう念じれば、この蓋が開くのかはわからない。だったら、破壊をイメージすればいい。たとえば、映画で見た爆発シーンを。
怜は手のひらに魔力を集中させた。そして、頭のなかで蓋が内側から破壊されるイメージを思い描く。
『弾け飛べ!』
声なき声で叫びながら、怜はそう念じた。
その次の瞬間──。
『な、なに──……』
ものすごい破裂音とともに棺の蓋が吹っ飛んだ。そして、それと同時に、大量の水が棺の外に流れ出た。呼吸できるようになった怜は、ごほごほと咽せながら、両手で目を覆った。いままで暗闇にいたせいで、あたりがまぶしく感じられたからだ。
〝レイ、大丈夫?〟
ティアの心配そうな声が聞こえた。
『うん、大丈夫だよ』
安心させるように返した怜は、指の間からそっとあたりをうかがいはじめる。
最初に感じたのは、どこもかしこも白いということだった。大理石にも似た白さの壁に、やはり白く高い天井。天井近くにはステンドグラスがあしらわれていて、そこから入ってくる明かりのおかげであたりを見ることができている。最初、まぶしいと思ったけれど、それはずっと暗闇に閉じ込められていたせいで、じょじょに目が慣れてくると、それほど明るい空間にいるわけではないとわかった。
もっとよく見てみたくて、怜は体を起こそうと試みる。しかし、仮死状態から覚めたばかりのティアの体は、たったそれだけの動きもできそうになかった。




