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加護ナシな無能令嬢は回帰したので弁が立つ 〜再会した愛しの従者が何故か前世よりも重い愛で囲ってきます〜  作者: 黒糖あずき
第一部

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08 『二度目』の選択。

 時刻は昼下がり。

 薔薇が咲きほこる園庭でグラスを叩く音が柔らかく響いた。

 賑やかだった会場に静寂が訪れ、その場にいた貴族ら皆の視線がひとつに集まる。


「先立ちまして、本日は皆様の貴重な時間を我が娘レティシアの七歳の節目を祝う場に割いていただき、ありがとうございます。命よりも大事な娘が無事にこの日を迎えることが出来、とても感慨深く思います――さぁ、レティシア。こちらにおいで」


 この時を本人よりも楽しみにしていたアルフレドが自身の派閥の貴族、中立を貫く貴族らを中心に片っ端から招待した事と、王の側近の孫娘であるレティシアが王族主催の公式の場でさえ一切現れることがなかった深窓の令嬢だった事が重なり、一人の少女のためのパーティーには王族主催パーティー顔負けの人数が押しかけていた。


――まぁっ!

――まるで春のニンフようねぇ

――これは侯爵が頑なに隠すのも納得だな……


 可憐な容姿をした少女が会場に現れると、エスコート役の兄に劣らないその美しさから園庭に一種の波紋が広がる。

 父に連れられ頻繁に王都へ訪れる兄アシェルの容姿端麗さはとてつもなく有名だが、今日が終われば社交界でレティシアについての話が駆け巡るのも時間の問題だろう。


「プリマヴェールこうしゃくがむすめ、レティシア・ロザートにございます。このたびは、わたくしのたんじょう会におあつまりいただき、まことにありがとうございます」


 まだまだ拙い言葉遣いだが、きっちり挨拶をこなし七歳にして完璧なカーテシーを披露した彼女にまだ子を持たない夫人たちが、まだ見ぬ自身の子があんな風に育てば……と、うっとりとする。


(正直、キツいっ)


 中身は二十歳の王太子妃候補なのだからカーテシーなど朝飯前と言いたいところだが、実際のドレスの中の足はプルプルプルプルしているのが正しい。

 謎の悔しさがある。


「レティシアの祝福については、後日行われる月桂冠受領式にて正式にご報告致します故、この場での発表は控えさせて頂く所存です。――では最後に、この場に赴いていただいた皆様に幸多からんことを」


 手にしていたグラスを高く上げた父がパーティーの始まりを告げた。




ーーーーーーー


「レティシア様、本日におかれましては――」


 何組目か分からない挨拶を両親と共に受け、長蛇の列を捌き七歳の表情筋がもうそろそろ死にそうになっている今この頃。三十組を超えたあたりから数えることを辞めた。


「アルフレド様――」

「そうか」


 静かに現れたクライスが父に耳打ちする。

 まもなく、深みのある低い声が園庭の入口から響いた。


「遅くなった」


 その声は参加者へ緊張感をもたらし、誰もが即座に頭を垂れた。

 声の主からレティシアたちまでの道が(ひら)ける。

 堂々たる闊歩で現れたのは、肩まで伸ばされた獅子を彷彿とさせる見事な金髪に燃えるような赤い瞳を持ち合わせた甘いマスクの美丈夫――この国の最も尊き人である。


「ヴァルディアの太陽にご挨拶申し上げます」

「皆、面をあげよ。ここは王城ではない。無礼講とは行かぬが……私への礼儀は最低限で良いぞ」


 王の言葉で場の張り詰めた空気が幾許か解け和やかさが戻ってきた。


「この度はお越しくださり、幸甚に存じます」

「堅苦しいのはよせ、アルフレド。国王としてではなく、今日は友人としてお前の娘を祝いに来たのだからな」


 国王は屈んで小さな主役に目線を合わせると、その小さな手の甲に唇を落とす。レティシアの後ろではグラスにヒビが入る音がした。

 使用人たちが慌てる気配を感じるが、目の前の人物の手前、振り返ることは出来ない。


「初めましてレディ。七歳おめでとう」

「いわいのおことば、かんしゃもうしあげます」


 七歳の少女を一人のレディとして扱う王に参加者の夫人らから黄色い声が上がる。今のレティシアは七歳の少女だが、弱冠二十の人格が共存しているので、夫人たちには共感を覚える。


「やはり――」


 王の瞳を見ていると、吸い込まれるような感覚に陥ってしまいそうだった。


「欲しいな」


 ヒュッと喉が締まる。

 王の小さな『欲しい』という呟きが何を指しているのかなんて、レティシアには明々白々だった。


(回避しなくちゃ……!)


 王子妃ルートが濃厚になってきてしまった。

 やはり延期にしなくて良かったかもしれない。


(自分が預かり知らぬところで強制的に王子妃になってたりでもしたら目も当てられないわ……)


 延期にしてどんな弊害が出るか、考えただけでも恐ろしい。


「〜〜〜〜ッ」


 背後からは変わらず王に向けられた棘のある視線が痛いほど伝わってくる。その視線を一身に受ける当のお人はニコニコとこちらを見ており、ノーダメージのようだ。


「長い!!! もういいだろ! 外せっ」


 我慢の限界が来たのか王から引き剥がし、そのままレティシアを抱き上げる。


(あ……)


 気安いやり取りをする父と王をよそに、目線が高くなって気がついた一点に縫い付けられていた。


(――ヤツだ)


 王のマントから覗く人物に――。


「そうだ、レティシア。君に私の息子を紹介しよう」


 レティシアが向ける視線の先に気がついた王が後ろに控えていた同じ色を持つ少年の背中を押す形で前へ出す。

 待ち望んでいたと同時に、来て欲しくなかったこの瞬間。


(このクソ王子)


 初めの感想としてはこうだ。


(ぶん殴りたい)


 幸か不幸か、レティシアの瞳に闘志がメラメラと灯っていることに誰も気がついていない。


「名をチャールズ・ジスタリア。小さなレディ、これから顔を合わせる機会も多くなるだろう。その時はよろしく頼むよ」


 ここに来るまでにただを捏ねたのか、チャールズ少年は如何にも不服だという態度を隠そうともしなかった。


(私だって不服だわ!)


 レティシアの頭のてっぺんからつま先迄視線を走らせると、鼻で笑った。


「おい、チビ! 今日からお前は俺の妃候補だ!」


 チャールズの言葉に場の空気がこの地の果てにあるとされる氷山の如く凍った。

 言ってやった! と清々しいほどに胸を張る()()には呆れるしかない。

 自分が何を口走ってしまったかまるでわかっていない。


(阿呆だからなぁ……)


 今回は予備知識有りなため、レティシアには周りを見る余裕があった。

 笑顔で固まる両親と顔色を無くた王、目を見開く兄にザワつく周囲、場は正しくカオスだった。


(前回もこうだったのかしら)


 目で見える範囲内で、平静を保っているのは自分くらいだった。起こることが事前に解っていたから、冷静なのは当たり前だが。

 未来の王の阿呆加減がこの時から片鱗を見せていたと思うと、レティシアは国の将来が心配だった。


(そういえば、私が死んだ後のチャールズ王の治世はどうなったのだろう?)


 国家没落の線もあるんじゃなかろうか、なんて考えてみる。


(いやいやまさか。ねぇ……?)


 雑念を追い払い、チャールズ少年に意識を戻す。


「ありがたく思えよ!」

「おい、マキシミリアン……どういうつもりだ?」

「いやっこれはだな! そうなればいいなぁなんて思っていただけで……チャールズ、まだ確定した話では無いと言っただろう!」

「だって、父上!」


 怒髪天を衝く相好の父とどうにか挽回を図る王に、不満を垂れる王子――あの時とは少し入りは違うが、迎えてしまった前回と同じ展開を当事者でありながら傍観者のように静かに眺める。


(どう切り抜ける?)


 一先ず言えるのは、回帰前と同じ轍を踏んではならない、という事。あの時は自暴自棄になっていて、ろくな返答をしなかった。


「それは令旨でしょうか、殿下」


 レティシアは慎重に言葉を紡いだ。


「え、りょう……え?」

「でなければ、了承致しかねます」


 あれはきっと、後の生死を決めるひとつの分岐点だったはずだ。

 今世は間違っても妃候補になんぞになるつもりは毛頭ない。

 では何をすべきか。


「王族の婚姻というのは、即ち国の未来を巻き込むものです。貴族間のパワーバランスを王子はご存知で?」

「え、いや……え??」

「例えば、プリマヴェール。私たちの家門は代々王の右腕を務める【春の頭脳】です。現在の宰相はプリマヴェールではありませんが、よほどの事がない限りは【春の頭脳】がその席を承ります」


 饒舌に話し始めた少女にその場にいた全員の刻が止まる。


「実際、兄のアシェルはまだ歳若いですが、既に王宮にて父の補佐の任に就いています。それは何故か、兄が将来宰相有力候補だからです。アカデミーにて発表した論文の功績や能力の高さを買われ齢十三で王宮へ上がっています」


 チャールズに至っては最早目を回している。


「未来国の重役の位を得るであろう家門から、同時期に妃を出すのは些かまずいのではないでしょうか」


 それらしい事をそれらしく並べれば、それらしく見える。


「間違いなく権力の偏りを危惧した貴族からの不満が膨れ上がります。最悪の場合は内乱が発生するでしょう」


 口を挟ませまいと長々と弁舌を振るったが、つまるところ言いたいのは――。


「私はそんなゴタゴタに巻き込まれるつもりは到底ありません」


 王子との婚姻をゴタゴタと言い切った少女に来賓たち一同が凍りつく。誰もまさかレティシアが異を唱えるとは思っていなかったのだ。


「そんなの願い下げです」


 言うつもりのなかったどストレートな【嫌だ】という言葉が口を衝いて出た。

 春の陽気が心地よい良き日なはずが、北にあるイルヴェント領の極寒零度の如く寒さが場を包む。


(あ、違う、間違えた)


 そう思っても口を出てしまったのだから時すでに遅し。

 取り繕うには遅いような気もするが、断る以上は無礼にならないよう王子には回帰前に培った大人顔負けのカーテシーを魅せ、はっきりと意志を伝える。


「ありがたいお申し出ではありますが、つつしんで、じたいさせていただきます」


 こういう時は、動揺したら負けなのだ。

 威風堂々と乗り切る。


「お、おれだって、」


 頬を赤らめてレティシアを見ていたチャールズはその断りの言葉にハッとする。

 ここで突如、チャールズが持つ風の祝福が彼の感情に共鳴し強風を巻き起こした。

 顔の紅潮が耳まで伝染している。


「お前みたいなちんちくりん願いさげええぇぇぇぇええ?!?」


 風はすぐさま止んだ。

 みなまで言い終える前にチャールズは控えていた近衛兵に脇に抱え込まれ強制退場となった。


(あぶなかった)


 我が家のシェフらがこのパーティの為に丹精込めて作ってくれたオードブルやデザートも、参加した女性陣のドレスも、あの風に巻き上げられては一溜りも無い。


「お、おい! ルイス! 離さないか! ちょ、硬っ……は、離せぇぇえええ」


 近衛による捕獲は見事なまでに流れるようで、チャールズのやらかしが初犯じゃない事が窺える。だが、仮にも一国の王子の運び方はいいのかアレで。

 呆然とする会場にパンっと乾いた音が響く。


「小さなレディ、君の誕生日に悪い事をした。愚息の言ったことは気にしなくても良いからな」


 王は家臣に謝ることも、ましてや頭を下げてることなんて――論外だ。してはならない。

 そのため明確な「すまない」という謝罪は避けたものの、王の遠回しのそれに対してのレティシアの返答に注目が集まった。


「はい、うけ――」受け取らないぞ」


 しかし、応えたのはレティシアではなかった。


「その言葉!」


 真後ろに仁王立ちした父が声を被せる。


「絶っっっっっ対に、受け取らない!」


 王が今できる精一杯の謝罪を一蹴りした父に、固唾を呑んで見守っていた招待客らは脳内でズッコケる羽目になった。


 皆こう思っただろう。

 あんたじゃねーよ!

父アルフレドが宰相の座につかなかったのは、学生時代に王マキシミリアンと喧嘩をして売り言葉に買い言葉で辞退したから。

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