◇61 独白 ー鼠の侵入。
プリマヴェール侯爵家の立地は嫌という程頭に入っている。
本邸を中心として、対角線上に離れと演習場が造成され、広い園庭がそれらを囲むように整えられている。
「問題はこのバカ高いフェンスをどう抜けるか」
園庭のそのまた外側を鉄格子の廓がぐるりと一周存在する。
(高さは十五メートル……)
そして、それらの出入口は東西南北ひとつずつ。
因みに、西にある正門はダメだ。プリマヴェールの門番はローザ騎士団には劣るが腕は立つ上、侯爵家の砦なだけあっておつむの方もさほど悪くは無い。
欺くのは骨が折れる。
ルキウスは自分の姿を見下ろした。
「不審者も不審者だなこれじゃあ」
正面突破はこの薄汚れた外見じゃあ避けたいところ。
「となると、演習場側かな……?」
先代侯爵が住まう離れ側の北門の守備はガッチガチのガッチガチだから論外だが、演習場がある東門はローザの騎士たちの寄宿舎があるからか警備が甘い節がある。
しかも。
「回帰前の記憶が確かなら、門付近のどこかのフェンスが老朽化していたはず」
これはまだレティシア以外への警戒心が解けていない頃、何かと世話を焼こうと奮闘していたノーランが教えてくれたこと。
『俺たちローザの騎士って強いからさ。フェンスとか腐ってても放置されがちなんだよなぁ。突破されてもなんとかなるだろって思われてんだろーなってな?』
騎士らが住まう寄宿舎も隣接されているからか、突破されても何とかなるという、どこか楽観視しているところがあるのだろうと、話していたのを覚えている。
東門付近の老朽化はかれこれ二十数年は放置されているはずだ。
そうと決まれば、道無き道を進み目指すは東門。
「――まじかよっ!」
「あぁ、この目で見たからな」
辿り着いた東門では四人の騎士たちが駄弁っていた。門番は若手と中堅またはベテランの二人体制で行うので、どうやら丁度交代時間だったようだ。
記憶より多少若いが見覚えがある顔触れ。
「ヤンデレ初めて見ました。オレ」
「ありゃヤバかったな」
「アシェル様は俺たちと違って顔の造形美がえぐいですからね」
「でも、アレだろ? メイドたちからは好評らしいぞ」
「言えてる、もし俺らだってみ? 白い目で見られて終わりだ」
「「「「…………」」」」
「……つら」
「言うなっ!」
雑談に夢中になる騎士らを横目に気が付かれないうちにと、作業に取り掛かる。数本錆びて緩くなっている鉄棒に力を加えればくすみのある音と共に奥へガコンと抜け落ちる。
騎士たちが気がついた様子はない。そっと潜り抜けて、鉄棒を元の位置へ戻す。
「それにしてもだぞ? アフルレド様がお嬢様を溺愛してるのは周知の事実だった訳だが、アシェル様もとはなぁ」
「確かに、なんか一歩引いて接してる感じしてましたもんね~」
一通り雑談を終えた騎士らのうち二人が演習場へ向かって歩き始めた。
気が付かれない程度の距離を保ちながら、彼らの話に聞き耳を立てて着いていく。
「まぁでも、好きな人がいるなんて言われちゃあ、動揺するわな。俺も娘や妹がもし、んなこたぁ言ったら、発狂する」
「いや、ベンさん、娘も妹もいないじゃないっすか」
「っるせぇぞ!」
「ぁだっ」
「例えばの話だよっ例えばの!」
「うぅ痛ってぇ、そんな怒らないで下さいよ……」
ルキウスは二人の会話に首を捻る。
(――好きな人ってなんだ?)
名前は出さないが、どう考えてもレティシアの話な気がする。だが、『好きな人』とは何か。
「それにしても、レティシア様の想い人って誰なんでしょうね」
「混じりっけのない黒の髪だろー……そうそう見ねぇけどなぁ」
――ガサガザカザザザサッ!!!!
「誰かいるのか!」
男たちからは先程の和やかな雰囲気が失せ、一気に臨戦態勢へと移る。
「………………」
「あ、ベンさん。うさぎですよ、うさぎ」
「――はぁ、全く。おい、うさちゃん。頼むから俺たちを驚かせないでくれよ」
「あはは、ビビってましたね?」
「んなッ! 人のこと言えねーだろ!」
茂みから姿を現した野うさぎに肩の力を抜いた男たちが小競り合いながらまた歩を進めた。
(あ、危なかった……)
レティシアの想い人が黒髪だという情報に思わず動揺してしまい、あろう事か体勢を崩し思い切り音を立ててバレかけた。
近くで木苺を貪っていた野うさぎがいたからどうにかなったが――。
「余計な仕事が増えるところだった……」
ローザの騎士を絞めるのは二人ぐらいなら余裕で出来る。
が、ここは彼らの懐。伸した後の隠蔽がややこしいので、気が付かれないようにするのが吉だ。
「それにしても、暑い」
顔が異常に熱い。
彼らの話に、動揺するほどには恐れ多くも期待が募ってしまう。
偶然にも(?)自分の髪は漆黒だ。
「期待しても良いのかな……」
ルキウスは急いで、彼らのあとを追った。
やがて金属同士が激しくぶつかり合う音が耳に届き始め、演習場の外壁が見えてきた。
「――両者、そこまでッ!」
制止の合図を告げる野太い声が響く。
聞き覚えがある声だ。
木をよじ登り気が付かれないよう演習場へ顔を出した。
「真剣試合か」
ローザ騎士団では半年に一度、真剣を混じえての模擬試合が行われる。騎士団幹部や侯爵家一族の護衛を務める者は己の役職を賭けて、その他の団員は下剋上を出すことが出来る特別な日だ。
場合によっては序列の変動が起こる日でもある。
「今日だったのか」
相手騎士の喉に突き立てていた剣先を鞘に納めたのは、旧知の仲だったオーリだ。回帰した今、その関係はリセットされたも同然だが。
「勝者、オーリ・ワイアット」
下剋上と言っても全ての騎士に与えられるものではない。団長より選ばれた騎士のみが挑戦権を手にして、自身が望む地位を手にしている者へ挑戦状を叩きつけることが出来るのだ。
「くそぉおおおっ! 今度こそ、イケると思ったのに!」
「俺はアシェル様の護衛の任に就くことが確定してんだぞ。んな簡単に負けるかよ」
「だからこそ勝ちたかったのに! 引きずり下ろせれば、俺も――」
「その邪な考えを先ず排除することから始めるんだな。だが、筋は良かったぞ」
オーリは演習場隅に飛ばされた相手の真剣を回収し手渡した。
「だああああああ、悔しいぃっ」
そうして、地面に拳を叩き付ける騎士を見て閃いた。上手く行けばレティシアへ最短ルートで会うことが出来るかもしれない。
「――よし」
一時中断と休憩に入ったローザの騎士たちの輪へ乗り込んだ。
「レティシア・ロザート様へのお目通り願い申す!」
「な、なんだ!?」
「僕は――」
ズタボロな麻の服に、顔は手入れのなされていないボサボサの髪完全に隠れている。
ソードを構えることも忘れたように、一人残らずみな目を丸くしてこちらに注目していた。
ドブネズミ以外の何者でもない子供が現れたのだから当たり前だ。
(そりゃそうだ)
この時のためにあったかのようなお立ち台に登り、ルキウスは大きく息を吸い込んだ。
よく通る声を一段と張り上げてはっきりと宣言する。
「いずれ、レティシアの従者となる者だ」




