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加護ナシな無能令嬢は回帰したので弁が立つ 〜再会した愛しの従者が何故か前世よりも重い愛で囲ってきます〜  作者: 黒糖あずき
第一部

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05 『一度目』の選択。

「お嬢様、とっても素敵です!」

「ほんとに! 天使が舞い降りたかと思いました!」

「いいえ、ミア! 天使が舞い降りたのよ!」

「そうね! そうよね、リア!」


 レティシアは姿見の中の自分を眺める。

 幼さ故の可愛さを全面に押し出した装いが良く映えている。

 結局あの後少し熱を出し、侯爵家お抱えの医師には知恵熱と診断された。が、翌日の今日を迎えた時にはもうピンピンとしていたので、今は過保護な父の反対を押し切り無事に支度を終えたところだ。

 ハーフアップに結い上げられたウェーブの柔らかい海棠色の髪には自分の金の瞳に寄せた黄色の薔薇の花弁とシトリンが輝き、首から肩まで薔薇の刺繍レースで覆われた淡い黄色のシフォンドレスはこの日の為に父が用意したオートクチュール。


「かわいい」


 レティシアは両親の美貌をしっかり受け継いでいた。

 父と同じ均等な二重にくりんとカールしたまつ毛、母に似た慎ましい鼻と口、そして幼さ特有の少し赤みがある頬が健康的な美しさを放っているのは勿論、父のセンスの良さと侍女らのヘアメイク技術がより一層私を惹き立てている。

 これから迎える闘いに相応しいといえるだろう。


「リアのメイクも、ミアがしてくれたかみがたも、とってもすてき」

「「!!!!!!!!!」」


 双子の姉リアと妹のミアは双子ならではの連携プレーでベテラン顔負けの無駄を極限まで省いた働きを見せ、齢十七と若いながらプリマヴェーラ家唯一の侯女の専属侍女の座を勝ち取った有能な子たちだ。

 興奮が冷めきらない様子の侍女たちに振り返り、とびきりの笑顔を見せる。


「「もったいないお言葉ですっ!!」」


 回帰前も彼女たちはレティシアに献身的に仕えてくれていた。そして、()()()()の犠牲者でもある。

 手を握り合った状態で事切れた二人を見た時の事はまだ記憶に新しい。逃げられない様にする為か足の健を斬られた痕跡があったのも。


「お嬢様どうなされましたか?」


 感傷に浸りたくなる気持ちを抑えて笑顔をつくる。

 話した所で、熱で錯乱してしまったのかと心配されるのがオチだ。


「いいえ、なんでもないわ」


 彼女らの中では起こっていない出来事で、レティシアの記憶の中だけに存在する話である。


「レティ、時間だよ」


 優しくノックされた扉が廊下に控えていた従僕によって開かれる。

 入ってきた父は十割増しで光り輝いていた。

 レティシア同様にウェーブ掛かった深紅の髪は肩より少し下まであり黄色のリボンでひとつ纏められている。赤のジャガード織のコートに金の蔦刺繍と胸ポケットには黄色の薔薇が一輪と、エスコートする娘を立てる美しい装いだ。


「リアとミアが、がんばってくれたんです。どうですか?」

「とても似合っているよ。我が家の姫は元から可愛いが、今日は一段と可愛いなぁ」


 そう言いながら満面の笑みでレティシアを持ち上げるとくるりと一回転する。


「体調が戻って何よりだ。パーティは延期できても、祝福の儀は遅らせることが出来ないからね」


 出来れば目を背けていたかった重要な単語に思わず体を強ばらせてしまう。


 “祝福”


 それは、王太子妃候補に収まってしまった直接的な原因である。


「……しゅくふく」


 ここヴァルディアでは七歳になると神殿で女神ガルテアより祝福を授けてもらう儀式を行う。

 この国で信仰するガルテアが初めて祝福を与えた人間が当時七歳だったという記録が遺されており、とても重要な節目の時とされているからだ。

 儀式を行う神殿は全部で五つ存在する。王都の中央神殿、東西南北に位置する二つの侯爵領地と二つの辺境伯領地それぞれに設けられた四季神殿である。

 高位貴族は中央神殿、地方貴族や平民は基本的に自身が住まう領地に近い四季神殿を利用する。


「プリマヴェーラのしんでんではダメなのですか?」

「んー、侯爵家は中央で行う決まりだからなぁ」


 自領に神殿があるのに、わざわざ王都まで出向かないと行けないとは何とも面倒くさい決まりである。


「さぁ、行こうか」


 貧富、身分は問わず、儀式を受ける者は例外はなく、必ず全員がその場で何かしらの力を得る事になる。

 平民に多いのは火や水、土、風etc――を操るといった、生活を少し豊かにするようなささやかな能力。

 貴族には平民の能力の強化版に加え、動物と対話や人や物を浮遊させたり、身体強化や動物への変身など変則的な能力も多く見受けられる。大抵は先祖の祝福に関連したものを授かることになる。


「「旦那様、お嬢様、行ってらっしゃいませ」」


 プリマヴェール侯爵家については、代々 “先見の識” を授かって来た。

 一度見たものを即座に記憶し決して忘れない。そこから予測できる数千のパターンの未来を頭に映像化できるという祝福は、目に見えて現れる祝福に比べ地味に思えるが、頭脳系では最高峰の祝福なため、王の最側近として重宝された時代もあったとか。

 人々は卓越したそれを《瞬間記憶(サイメシア)》と呼んだ。

 父も、祖父も、先祖はみなそうだった。

 五年前、兄も例に漏れずこの能力を授かり、現在は王立アカデミーに籍を置いている。


 それを前提として――回帰前のレティシアは例から漏れてしまった。



ーーーーーーー


『レティシア様からは何も見えません』


 儀式の手順通り、水晶に手を翳しガルテア像を前に膝を折り手を組んだ。

 その時確かに身体を包み込む暖かさを感じたのに神官がレティシアに告げたのはそんな無情な一言だった。


『……定を』

『はい?』

『再鑑定を希望すると言っている』


 同行していた父は茫然とするレティシアを抱きしめ、地を這う様な声で凄んだ。


『祝福がないだと?? この子の目はどう説明する! 黒へ変化などしていないでは無いか!』


 父が指す黒とは瞳の色こと。

 祝福を授からない者は共通して、儀式の際に目の色が黒く変化するのだ。

 レティシアにはその変化が現れず、美しい金の目のままだった。

 しかし、神官は鑑定の眼を授かっており、彼らが見るものは間違いがなく完璧だ。中央神殿のどの神官が確認しても結果は同じだった。

 そして、捲し立てる父と宥める神官たちの声に紛れてそれは聞こえた。


『無能者……』


 誰かがそう言った。

 無能者とは、祝福至上主義国家である我が国で祝福を授からない者の俗称だ。

 レティシア以外はその声に気がついていなかった。

 今思うと幻聴だったのかもしれない。だが、その言葉がさらにレティシアの精神を追い詰めたのは紛れもない事実だった。

 祝福を授からない者をどう呼ぶのかはもちろん知っていたが、自分自身がその立場になるとは思いもしなかったレティシアが、そうなるのは必然だった。



『残念ですが……』


 自領にある西の神殿でも鑑定をしたが結果は変わらなかった。プリマヴェール侯爵家の能力も、貴族や平民が授かる能力も、何も、とうとう受け取ることが無かったのだ。

 人生最高の日になるはずのその日、レティシアは無能者の烙印を押された。

 そうして失意の中迎えた誕生パーティーでさらなる悲劇が起こることになった。




◇◇◆◇◇


『おい、チビ! 今日からお前は俺の妃だ!』


 一通り挨拶をこなし父の膝の上で目に涙を溜めながらケーキを頬張っていたレティシアに金髪碧眼のキラキラした男の子から声がかかった。


『きさき?』

『ありがたく思えよ!』

『……マキシミリアン、どういうつもりだ?』

『いやっこれはだな! そうなればいいなぁなんて思っていただけで……チャールズ、まだ確定した話では無いと言っただろう!』

『だって、父上!』


 一足遅れでやってきた美丈夫に父は般若の形相を向けた。

 慌てた様子で現れた美丈夫は、キラキラした男の子と同じ色を持っていた。ひと目でわかる。この国の最高権力者だった。

 王立アカデミー在学時代から付き合いのある父とは気が知れた仲で、国王はそんな友人の娘であるレティシアをいたく気に入っていた。

 そう、息子の相手にと望むほどに。


『……』


 一つ間違えれば不敬罪確定な父が牙を剥く中、母がレティシアの様子に気がついた。


『レティ?』


 その時のレティシアは自分のガヴァネスを請け負っていたルイーズの話を思い出していた。


《蝋燭のような火、乾き始めた水溜りのような水、貴族には稀に平民のように能がない者が現れますが、そんな彼らはドブと一緒。それよりも更に酷いのは、女神から見放された能力枯れの死に損ない。所謂、無能者。それに当てはまるのが “あの方” ですけれども? わたくしなら、死を選んでしまうと思いますわ。まァ、侯爵家のお嬢様には関係ないことですわね?》


 小さな能力も貰えなかった自分はドブ以下ということ。

 そんな自分に王太子妃という話が舞い込んだ。

 藁にも縋る思いだった。

 自分はまだ求められている。

 価値が無いわけじゃない、要らない子じゃないと。

 証明するチャンスだと思った。


『お父さま、お母さま。私、なります、きさき』

『え』

『まぁ』

『そうかそうか! なってくれるか!』


 父は固まり、母は意外そうに瞬き、王は食い気味で反応しチャールズの背をバシバシ叩いている。

 王と違いかなり線の細いチャールズは視界の隅でよろけていた。

 後日、敵対視している侯爵家の娘が “無能者” だと聞きつけたアウトリアン侯爵家が数ヶ月前に同じく七歳を迎えていた娘バネッサを妃に推した事により、両者を王太子妃候補として扱うとして落ち着いたというのが、王太子妃候補の真相だ。


 パーティはその後和やかに過ぎてゆき、レティシアも時間が経つにつれて落ち着きを取り戻した。

 そして、子供たちの輪の中央でくるくると舞う私を母だけが心配そうに見つめていた。



『ねぇレティ。母様も、貴女とおそろいよ?』


 レティシアは居心地の悪さに俯いた。

 従僕やメイドたちが庭の片付けに勤しむ間、レティシアは母と共にガゼボで小休憩を取っていた。

 母はレティシアの空元気を見抜いていた。


『でもママは、りんごくのごれいじょうだったのでしょう?』


 元々女神ガルテアを信仰しない国からやってきた者が祝福を授からない前例はいくつもあった為、特段珍しいことではない。

 母はこの国出身では無い。数少ない交友国の交換留学生として王立アカデミーに通っていた母を時を同じくして通っていた父が見初めた結果、嫁いできたという経緯がある。

 レティシアは余計に自分が惨めに思えてきた。


(ママと私ではじょうきょうがちがうもん)


 レティシアはそう思った。


『えぇ、そうね。そして貴女もその血を継いでる』


 小さな手が滑らかな温かい手が包み込まれる。


『だから、()()でも不思議じゃないと思わない?』


 他国とこの国の者を両親に持つ子も例外なく祝福を授かっていることは母も知っている筈だ。

 無性に腹が立ってしまった。


『…………』


 レティシアは固く口を噤んだ。


『……ねぇ、レティシア。本当にお妃様になりたい?』


 殻をゆっくり捲るように辛抱強く心を解そうとしたが、レティシアには逆効果だった。

 核心をつく問いかけに喉が詰まってしまった。

 レティシアは繋いでいた手を振り切りその場から走り逃げてしまった。


『レティシア……』


 ぐるぐると頭に浮かぶのは、神殿での『無能者』という言葉と小馬鹿にしたようにこちらを見るガヴァネスの顔。


『私はむのうしゃじゃないっっっ!!!!! むのうじゃ……ないもん――』


 ガヴァネスの言葉が、神殿で聞こえた言葉が、レティシアを盲目にした。

 愛してくれる人々の声を、気持ちを、飲み込んだ。

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