◇56 過去の未来 その十二。
※ 流血あり。です _ _))
「――はぁ……」
深く物事を見ずただ突っ込んでくる彼らを伸すのはルキウスにとっては容易いことだった。
感覚的には、そう――初めて木刀を手にした幼子を相手にしている様なもの。
だが――。
(コレを使うと、やっぱり時間感覚が狂うな……)
時空を歪ませるこの特殊な能力をまだルキウスは完璧には使すまでに至っておらず、使い終わった時はそれなりに体の感覚が鈍る。
顔に飛び散った返り血を無造作に拭い取り、とうに事切れた屍を跨いでテラスへ続く硝子戸を開け放つ。
プリマヴェールの園庭は焼け焦げ、その上に転がる死体は敵も味方も綯い交ぜだ。
混沌としたこの場を流そうとするように軽風が起こった。
「オーリ、僕はね」
馬鹿になっていた嗅覚がリセットされるようだった。
「ここを離れるつもりは無いんだ」
無操作に身を翻したその流れのままに腰から抜いたソードを真後ろに感じた気配へ突きつけた。
「少なくともこいつを葬り去るまではね」
「――ッ」
ソードの先はその感じた気配の正体にあと数ミリという距離にまで迫る。
「よく……気が付いたな?」
気配な正体はグレイ・ブルスクロその人。
グレイは喉に突き付けられた刃先に冷や汗を浮かべながら、敵意がないと示すためか両手を上げていた。それなりに言葉も慎重に選んでいるつもりのようだが、その意思表示はルキウスにとってなんの意味も成さないもの同然である。
「主人を守る為にはこの能力が優れていないと話にならない」
「まあそれもそうか」
一歩でも踏み込めば、息の根を止める事が可能である。
「ぐッ」
グレイに切っ先が沈む。
さてどうしてやろうか。
レティシアは胸を貫かれ、次に喉を掻っ切られた。
(同等か……否、それ以上か)
なれば、まずはレティシアがされた事と同じように腹をソードで先に突くのが正当だろう。
「もう知っているんだな……」
「あぁ?」
痛みから来るものではないのだろうグレイの表情に、怒りが沸点を超えた。
(なぜ――なぜお前が、そんな表情をする)
血が垂れる喉元を鷲掴む。
「ゔッ――」
「その顔をレティシアにもしたのか」
「その顔、って、な、んだ、よッ」
エストレラが視たあの日のグレイについての情報は服装だけではなかった。
中には、表情や仕草だって含まれていた。
『彼――泣きそうな顔をしていたわ』
そして、今――目の前の男はみっともなく顔を歪めていた。
「『俺って、可哀想』――ってか」
本来ならレティシアが泣きたい場面だったはずだ。
(それをこの男は……)
一体何様なのか。
「は、はぁ!?」
「レティに赦しを乞うなんて馬鹿な事してないよな?」
「ち、違うッ! 俺はただ――」
グレイは『していない』と言わなかった。
言葉を詰まらせる男に嫌悪感を抱く。
(これだから)
ルキウスは嘘の付き方を知らない脳筋が心底嫌いだった。
「『ただ』……だって? 『ただ』、何だって言うんだよ!」
グレイが良き友人だった頃、貴族にしては珍しい裏表のない彼の性格は自分の置かれた状況に辟易としていたレティシアの心を軽くしていた。
嘘も誠も取り繕えない、良くも悪くも正直もの。
そんなグレイにレティシアは確かに救われていたのだ。
「被害者面するなよ。――反吐が出る!」
信頼していた相手にトドメを刺されたレティシアが感じた絶望は自分には計り知れない。
「ああするしか、ああするしか道はなかったんだ!」
力のままにグレイを硝子戸へ叩きつける。
何度も。
何度も。
何度も。
硝子は衝撃で粉々に砕け落ちた。
「親父、が、チャールズを……みとめ、ないって……」
床にへたり込んだグレイがぽつりぽつりと話し始めた。
「チャールズは、いい奴、なんだ。短気な……ところも、少し横暴な面も、あるけど、学園で護衛をしていたから……分かるんだ。俺には、わかるんだ」
頭から血を流して意識が朦朧としている様子からして、とうとう気でも狂ったか。
この話がどうレティシアへ刃を向けた話と繋がると言うのだ。
「親父が、プリマヴェールと手を……組んで王政をひっくり返すって……聞いたんだ」
「聞いたって何? それ、何処からの情報?」
「俺は将来、王を支える……夏の守護者だ。王に仇なす存在の排除を――」
「春の柱は排除すべき、と?」
「だって、エルダーが春はもう駄目だ、って」
アドリアムと繋がっているとは思っていたが、エルダー・マローネ直々の入れ知恵とは。
ルキウスの中で、インクが滲んだ不明瞭な相関図がじわじわと形を帯びたようだった。
「道から逸れれば、今までの国の歴史が、壊れてしまう。永く、王政で繁栄してきたのに、なぜわざわざ壊そうとするんだ? 同じやり方が一番最善だろ?」
「救いようのない馬鹿だな」
「ぇ……」
自分で考えることもせず、他人の言葉を鵜呑みにして真に受けて。腐っても大貴族の後継者である男のはずなのに。
こんな脳足りんに想い人は手をかけられたのかと思うと、遣る瀬無い気持ちになる。
「この国を作った人間と代々それを受け継いできた人間たち。性格や生い立ちは必ず違うものになる。その時代の背景だって刻一刻と変化するのに、今まで繁栄してきたのは一切やり方を変えずにしっかり引かれた道に沿って歩んできたからだって? 有り得ないだろう」
王が、周りを支える人間が、生活を営む国民が、代々不変なき完全一致の人格を持ち合わせて生まれてくるならば、それはグレイが吹き込まれたエルダーの戯れ言が現実のものでも可笑しくない。
「お前は、排除すべきだという言葉のままに、プリマヴェールに手を出して、終いには自分の父親を殺して不正に家督を手に入れた」
「ぁ……あれは。あれ、は、俺は殺すつもりなんて……無かったんだ。殺すつもりなんて……。標的は、レティじゃなく夫人だった」
僕はプリマヴェールとしか言っていないのに勝手にレティシアの事だと認識したグレイが、涙と鼻水、血液で顔を濡らしながら弁解しようとする。
「他国の人間は、排除すべきだから。チャールズの邪魔をするプリマヴェールの人間だから、尚更だ。エストレラはオルデニアの人間だから……。でも、俺は、レティシアを殺すつもりなんて。彼女は、俺は逃が、生かすつもりで……。レティは舞踏会に、参加しているはずだった。あそこにいるなんて、思わないじゃないかっ」
支離滅裂なグレイの話からは、エルダーに植え付けられた根深い洗脳があることが窺えた。
ルキウスの言葉は一切響いていないようだった。
「気が付いた時には、あいつがレティを刺していて……自分の手で友人を殺すなんて、考えられなかった。でも既に虫の息だった。だから、俺は、せめて俺の手で、早く解放してあげようと……親父だって、素直に隠居してくれれば、それで済んだのに。――な、なぁ、ルキウス。俺、悪くないだろう……?」
理由になっていない理由を『正当』だと主張するグレイに、開いた口が塞がらなかった。あまりにも、身勝手で、理不尽で、傲慢な保身。
「もう――」
「ルキ、ウス?」
「もういい」
わかってくれると信じてやまないグレイの態度に心は一切動かなかった。
(間に合ったかもしれないのに)
動くわけがなかった。
「もういいや、聞きたくない」
あるのは、膨れ上がった憎悪だけ。
「ゔ、ぁッ」
まずは腹を。
(死ななかったかもしれないのに)
背に突き抜けたソードを確認して、一気に引き抜く。
「なんで、だ」
ヴァイオリンでも弾くかのように、喉へソードを沿わす。
(お前が喉を斬らなければ)
勢いよく血飛沫が四方八方へ飛び散る。
「『なんで』か」
ヌメリのある生温かい液体を全身に浴びる。
血の海に倒れた仇はもう動かなかった。
「お前には、分かりっこないよ」
そうして、ルキウスの復讐は幕を閉じた。




