◇54 過去の未来 その十。
「ルキウス君!?」
久しく耳にしなかった友人の声に、ルキウスは座標を誤ったことを悟った。
「お久しぶりです。イルヴェントの姫」
目の前に突如現れたルキウスに困惑を隠せない様子を見せたのは、イルヴェント辺境伯家の令嬢リリー・アルジェンタである。
「え、えぇ……久しぶり?」
その反応も無理はない。
本来なら、ルキウスはイルヴェント辺境伯家の本邸の門前へ着地するはずであった。
「というか、どこから入ってきたの」
「これには深い訳があるから、叫ばないでくれたら有難いんだけど」
「叫ぶならとっくのとうに叫んでるわよ」
「だよね」
「で、よ。私の部屋よ、ここ」
リリーは訝しげに自分の部屋を指さした。
「僕も知りたい」
「はぁ……?」
合っているが、合っていない。
どういう訳かルキウスはリリーの部屋にテレポートしていた。
アシェルからイルヴェントへコンタクトを取る計画を打ち明けられたのは、エストレラに過去視をしてもらったすぐの後ことだった。
『――ですが、アシェル様。イルヴェントは他の貴族と連絡を絶って籠城状態です』
『そうですよ。どうしたって、イルヴェントの領地は跨げない』
クライスの最もな指摘にオーリもこればかりは無茶だと賛同する。アシェルの絶対服従な騎士が指示に否定的なのには、ヴァルディアの貴族籍を持つ者たちへ通達されたイルヴェントからの警告にある。
《領地の不可侵を要求する》
国の戦力の要であるイルヴェントが自領を封鎖して告たこの言葉は即ち――来れば誰であろうと討つ、と友好断絶宣告にも等しい。
『跨げる』
そう言い切るアシェルの視線の先には、ルキウスが拉致してきた青年がいた。
『え、私……ですか?』
転送魔術陣巻物の第一人者、名をジェリー・ルー。
『他に誰がいる』
『えっと、はい……頑張り、ます……』
アシェルの冷たい視線に捕らえられたジェリーは尻すぼみに頷くしかなかった。
そうして、ジェリーが文字通り死にものぐるいで作り上げたスクロールはものの三日で完成した。
「つまり……王家お抱えの学者を拉致って作り上げた国宝級魔法具でお父さまを拉致ろうとしてる、と――」
静かにこうなった経緯を聞いていたリリーが頭が痛いと唸る。
「人聞きが悪いな、あくまで連行だよ」
「そっちもどうかと思うわよ」
年中雪が降り続けているイルヴェントの土地は今日も今日とて猛吹雪である。そんな中、ルキウスはリリーの部屋でお茶を嗜んでいた。
「本当なら、こんな不法侵入するはずじゃなかったんだよ。あくまでも、この邸の門前に降り立つ予定だった。まさか、君とはいえレディの部屋に飛ぶなんて」
「封鎖されている領地に、緊急時以外使用禁止の魔法具で、侵入しようとしてる時点で駄目よ」
リリーは仕方がないものを見る目をするが、ルキウスはそこに勝算を見た。
「とはいえ……これでイルヴェントの本邸を跨ぐ事ができたわけだけど、これからどうするの」
ルキウスはただ目の前の友人を見つめた。
レティシアの良き友であった彼女は、ルキウスにとっても良き友だった。
ルキウスが無茶をする理由の根本に必ずレティシアの存在があることをリリーはよく理解していた。
「私に手伝えって?」
「話が早くて助かる」
「貸し一つよ」
リリーはレティシアを実の姉のように慕っていた。
レティシアとルキウスが想い合っていることに気がついてからは一切しなくなったが、どうにか自身の兄とくっつけようと画策していたこともある。
「必ず返すよ」
「そうねぇ。じゃあ、私も『私だけの素敵な王子さま』が欲しいわ」
「それは君の兄さんが許さないんじゃないか?」
「それをどうにかするのが貴方よ」
「……わかった。善処するよ」
「ふふ。決まりね!」
力強い握手が交わされて、リーヴァイは娘にプリマヴェールへ売られた。
ーーーーーーー
「本日は急な招待に応じて頂き感謝致します、イルヴェント辺境伯」
「招待というか、ありゃ拉致に近い気がするがな?」
人払いが済んだ応接室で、まあ良いと余裕の表情で飄々と返すのは、今の今まで音信不通だったイルヴェント辺境伯家当主リーヴァイ・イルヴェルその人。
最優先で進めていた魔術転送陣巻物の製作が僅か三日で完了したため、プリマヴェールの屋敷へ予定よりも大幅に早くリーヴァイを拉致することに成功した。
イルヴェント辺境伯家の敷地内に突如現れたルキウスを最初に目撃したのが、辺境伯の娘リリー・アルジェンタでなかったら今頃大騒ぎだったろう。
「現王政に取り込まれてしまう前にと気が急ってしまいました」
「おいおい、よしてくれ。俺が忠誠を誓ったのは今は亡き賢王マキシミリアンだ。あんな傀儡人間の忠臣になるつもりは無い」
心外だと苦虫を噛み潰したような表情を見せたリーヴァイはあの悲劇のイルヴェントの真相を告げる。
「何の為に戴冠式を欠席したと思っている」
イルヴェントの人間があの日に舞踏会は愚か新王即位の戴冠式にさえ参列をしていなかった理由が判明した。
やはり、故意だったようだ。
「だが同時に深い後悔の念も抱いたよ。プリマヴェールがこんなことになってしまうのなら、あの日欠席などするべきでは無かったと。――今となってはたらればでしかないがな」
「あれはイルヴェントが欠席するからこそ実行に移されたことだったのでしょう。ですが、もし参加なさっていたとして……。その時は良くとも、いずれ事は必ず起こっていた」
重い沈黙が当主ふたりの間に流れる。
「これからは先達者として力となろう」
「その言葉を聞けて安心しました。アウトリアンとエスターティアが組んだ今、そこへイルヴェントにまで加われてしまえば打つ手がありませんから」
「私の目が黒いうちは、そんな未来は来ないと断言する」
春と冬の同盟が結ばれた瞬間だった。




