◇50 過去の未来 その六。
基本的にスクロールは使い切り。
そして、保管されているスクロールの数はたったの五つと希少を極めていた。
なら製作者を連れてこればいいんじゃないかと思いついた自分は天才だと思う。と、ルキウスは胸を張ってみせた。
「「は?」」
アシェルとクライスの声がハモった。
「あ、一応。脅してはいませんよ」
恐喝や誘拐はレティシアがとても嫌がる行為だった。
ルキウスの主は本人が死しても今も昔もただ一人。その彼女が嫌がることだ。絶対にしない。
だから、丁寧に口説いて一緒に “自分の意思” で来てもらった。
「そこじゃなくて……え? いや、はぁ!?」
「これで、作り放題です」
またもアシェルとクライスが揃って目を見開いた。
「ルキウス、その製作者殿はどこに」
「侍女長に談話室へ案内してもらっていますよ」
「クライス! 至急、談話室に向かえ!」
これから大事な切り札となるだろう客人の存在に「なぜ早く言わないっ」と焦るアシェルに、ルキウスはしれっと「だって悪い報告からって――」ととぼけて見せる。
「ちなみにスクロールはなぜ必要だったんですか」
スクロールに関して詳細を明言されず急遽任されたため、使用目的も何も知らない。
「母上と領民を隣国へ逃がすためだ」
理由はすぐにピンと来た。
(亡命か)
アシェルが亡命先に考えている国名にも覚えがある。
「オルデニアというと――」
「母上の故郷だ。連絡が取れてな。援助を申し出てくれた」
プリマヴェールが他領地に囲まれ且つ現在進行形で包囲されているのはもちろん、忘れてはならないのがこの国自体が “嘆きの森” と呼ばれる樹海に囲まれている事だ。
囲まれまくっているこの状況を踏まえると、他国へ亡命となるとスクロールは確かに必須だった。
「しかし本人が来てくれたとなると、やれることの幅が広がるな。イルヴェントへの接触も容易に――」
「アシェル様」
声は抑えているものの慌てた様子が隠し切れていない執事長ヘンドリックスが入ってきた。作法に厳しい執事長がノックもなしに執務室へ足を踏み入れるなど、かなり緊急を要する事態だと見た。
「ヘンドリックス? どうした」
「大奥様が――」
「すぐ行く。ルキウス報告ご苦労疲れただろうしっかり休め」
返事も待たず立ち上がったアシェルは、早口に言い終えるとルキウスを残して部屋を後にした。
「…………」
報告でもう少し拘束されると思っていたところ幸にもフリーになったため、明日に改めようと思っていた予定を今日に早めることにする。
「よし、会いに行くか」
手持ち無沙汰になったので、忙しく時が流れる屋敷を出て迷わず向かう。
愛しい人の元へ。
ーーーーーーー
『ロニー、どういうことだ』
墓参りから戻ったルキウスが私室へ戻ろうと横切った部屋から、数刻前に聞いたばかりの男の声が聞こえてきた。
声色からしてかなり苛立っているらしいことが窺える。
「なんの騒ぎ?」
「あぁ、ルークじゃん」
部屋から出てきたのは、レティシアの亡き後エストレラの護衛騎士へ再配属されたノーランだった。
「いやさ、ちょっと――」
『なぜ突然症状の進行が早まったんだ!!!』
「ちょーっとまずいかな」
その声に、たった今出てきたばかりの部屋へノーランが引き返す。
この部屋は前侯爵アルフレドとエストレラの寝室に続く繋ぎの間である。
「アシェル様、落ち着いて下さい!」
「そーですよ! ロニーさんだって最善を尽くし――」
「尽くしてこれならいる意味など無いに等しい」
「も、申し訳ございませんッ」
ノーランに便乗して乗り込んだ部屋では男たちによるカオスが繰り広げられていた。
闇を背負ったアシェルをオーリトーリの兄弟が必死に宥め、数刻前アシェルを呼びに来た執事長が顔を青くし、医師のロニーは頻りに額をハンカチーフで拭っている。
「もうっアシェル坊ちゃん!!!!!! お声のボリュームを落としてくださいまし!」
ダァアアアアアアアンッ! ともげるのではないかと思う勢いで開かれた寝室に続く扉から、それはもう怒り心頭な侍女長ロージーが現れた。
「貴方様のお母上が苦しんでおられるのですよ!? もっと他にするべきことがございますでしょうに!」
家のルールであるアシェルだが、ロージーにそれは通用しない。
怯むこともなければ、容赦もない。
先々代の頃からプリマヴェールに勤める彼女は先代侯爵の時に侍女長へ昇進し、以降女主人を支えるなくてはならない存在だ。
「ロージー……」
そんな身内のように近いロージーにアシェルは弱かった。
「先生に怒る時間かおありなら、その時間をエストレラ様にお使いなさいっ」
ロージーの怒涛のお叱りに狐につままれた様子のアシェルは彼女の後に大人しく寝室へ消える。
「ロージーさんいて良かった……」
「それなァ」
オーリとトーリが兄弟息ぴったりに一件落着だと一息つく。
アシェルが激おこな理由は結局なんだったのかは分からず終いだが、事が済んだのならもうどうでもいいこと。
ルキウスは早々に興味を失った。
そうして、部屋に戻ろうとした時だ。
『――レティシア』
聞き捨てならぬ名前が聞こえた。
気がついたら、足はエストレラの寝室へ向いていた。




