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加護ナシな無能令嬢は回帰したので弁が立つ 〜再会した愛しの従者が何故か前世よりも重い愛で囲ってきます〜  作者: 黒糖あずき
第一部

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43 審判。

「レティシア、本当に一緒に来るの?」


 母が使用人から受け取ったケープを手に、心配そうにレティシアの頬を撫でた。


「自分の目で見とどけなければいけないと思うのです」

「もう……頑固なのだから」


 困ったようにそう言いながらも反対はしない。

 手に持ったケープをそっとレティシアにかけた。


「旦那様、奥様。準備が整いました」


 父が腕を差し出し、母がそれに応える。

 外出時のいつもと変わらぬ両親の様子であるがひとつ違う所をあげるならば、母が父の腕を大層頼りにしていることだろう。

 あの事件の日――(もとい)、祝賀パーティーの日から母の目は着々と悪くなっていた。

 回帰前と同様に視力低下の進行は緩やかであるが。


「エストレラ、お前こそ行けそうか?」


 明確な日付を覚えていないのが悔やまれるが、確かなのはこのまま行けば五年後には完全に失明するということ。


「私も含めの通達でしたでしょう」

「しかし……」

「貴方がいますから、大丈夫でしょう? もし通達が無くとも、私はこの子の母。“行かない” なんて選択肢は傍から存在致しませんわ」

「そうだな、わかった」


 準備が整ったエントランスはいつになく緊張感に包まれていた。この場にいるみなが神妙な面持ちをする理由は外出の目的にある。


「行こうか」


 向かうは中央神殿敷地内に在る神明裁判所だ。

 本日、ルイーズへ神判が降される。



 ーーーーーーー


「お待ちしておりました」


 深々と頭を下げるのは神殿で待ち構えていた神官数名。

 祝福の儀で訪れた時と同じ顔ぶれではあるものの、人数は減らされて仰々しさも抑えられており、一人勝手にホッとする。

 彼らに前後を挟まれ通された先は――わざとなのか、何なのか、控えの間だった。


「……ふざけているのか?」


 案の定、父は憤怒する。

 父の中の神殿のイメージを悪くした最大の要因と言っても過言では無い場所なのだから当たり前だが。


「い、いいえ! め、め、めめ滅相もございません!」

「君はあの場に居合わせた神官だろう。私が抗議の意を示す理由が分からないでもあるまい」

「しかし――高位貴族の皆さまのために設えた部屋はこの一室のみでして……」


 どうにか弁明しようとする神官の言葉に母が口元を押える。


「ここなのね」

「あぁ、レラ」


 この場所が何処か合点がついた母に父が短く肯定する。

 

「この部屋に案内されるくらいなら、一般待合場へ行く」

「そ、それだけはご勘弁くださいませっ!!!!」


 涙目になってしまった神官とその後ろで顔を青くするその他神官が流石に哀れに思えてきて、助け舟を出すことにする。


「お父さま」


 こちらに顔を向けた父へ静かにレティシアは首を振った。


「だが、レティシア」


 父が怒る理由は娘の自分が一番よくわかっている。


「私なら大丈夫です」


 静かにそう告げると、父は困ったように眉を下げる。


「しんかんの方、ここでのこうそくじかんは、さほど長くはないのでしょう?」

「は、はい! プリマヴェール侯爵家御一行様がお越しになられたタイミングで伝令を――」


――コンコン。


「プリマヴェール侯爵家の皆さま。法廷の準備が整いましたのでご案内致します」


 外から掛けられた言葉に涙目だった神官は息を吹き返したように顔を輝かせ最敬礼をとる。


「大っ変、お待たせいたしましたっ!」

「……案内しろ」


 父がテーブルをひっくり返す前で何よりだ。




ーーーーーーー


 ガベルの音が響き、王が宣言する。


「これより神明裁判を始める」


 回帰前、神明裁判が開かれる場面に遭遇したことがなかったので、まさか自分が経験することになるとはと掌が汗でびっしょりだ。

 この稀な機会に傍聴希望者は後を絶たず、傍聴席は満席。

 抽選に外れた者らが神殿外に待機する始末だ。


「ルイーズ・ファルメリア、前へ」


 証言台へ進み出たルイーズは生気を失っていた。

 あの日から数ヶ月の間に何があったのか、かつての美貌は見る影もなく目を疑う程に窶れていた。

 西の塔は貴族の楽園と聞くが、あの様子を見るに彼女にとってはそうでなかったことが伺える。


「罪状は『プリマヴェール侯爵夫人への名誉毀損及び、それに伴うプリマヴェール侯爵令嬢に対する障害未遂』」


 王と大神官が座る裁判官席の後ろには高さ十メートルは下らないクリスタルがある。そして、そのまた後ろを占めるステンドグラスから漏れる光により、クリスタルは神々しい輝きを放っていた。


「ルイーズ・ファルメリア。女神ガルテアへの弁明はあるか」

「わた、私は私の信念に従ったのです――慈悲深き、思慮深き、め、女神様なら、分かってくださると……信じております」


 言葉に詰まりながら訴えるその姿は、詳細を知らぬ傍聴席に座る者らの心を惹きつけた。

 

《大地の女神・ガルテアよ。応え給え》


 大神官が言葉を紡ぐとクリスタルがより一層輝きを放った。レティシアたちは勿論、背後――傍聴席に座る貴族や記者らも目を眩ませるほどだ。


《貴女の愛し子に何を申すか》


 大神官の言葉に何故か、手首が熱を持った。鏡越しでしか目視出来ない七芒星が刻まれた、例のあそこだ。

 まるで、呼応したようだった。


《何を以て、制裁と致すか》


 大神官の言葉に続いて、頭の中で誰かの声が木霊する。



――何を望む?



 周りの時間が止まったような感覚に陥った。

 あたたかく、しかし無機質な冷たさを含んだ不思議な声がレティシアの返答を待っていた。


『……私のような者を生まないために、どうか相応の【見せしめ】を願います』


――叶えよう。


 時計台の鐘に似た重低音が脳裏に響き、目に見える形でそれは実行された。


 証言台を照らすために設置されていた天窓から一筋の稲光が走る。一秒にも満たない、まさに一瞬の出来事。


「ひっ――なにこれっ」


 自身の手に釘漬けになったルイーズが叫んだ。

 頭のてっぺんからつま先――ルイーズの体には、隅の隅まで呪文のようなものが巡っていた。


聖痕(タトゥー)だ……」


 誰かが言った。


「ぇ……ぁ、ゔ、ぅそ! こえがっ」


 皆が聞き惚れた先程の艶声は綺麗さっぱり消え去り、代わりに発せられたそれはまるで老婆ように嗄れていた。


「ねぇ、声が……」

「――何、あれ」

「おい、顔に蠢いているのは何だ?」


 傍聴席からは戦慄き声が次々と上がる。


「いや、嫌よ! 気持ち悪いっ」


 蛇のように身体を這いまわるタトゥーにルイーズが悲鳴を上げて引っ掻く。みるみるうちに増えていく擦過傷からはダラダラと鮮血が流れた。

 体に傷が残る事も厭わない彼女の様子に誰もが言葉を失った。


「お前は見なくて良い」

「お父さま?」


 レティシアの視界は父によって閉ざされ、ルイーズの声と彼女の手足に付けられた枷の奏でる不協和音が異様に大きく耳に届いた。しかし、その金属音も程なくして収まりレティシアの視界に自由が戻る。


 ――カン。


 研磨された石を棒で弾くような音にレティシアは顔を上げる。その先には席を立った大神官が杖を床に突いている姿があった。その纏う異様な雰囲気に、背筋が凍るような感覚に落とされる。

 無性に胸がざわめいた。


(怖い……)


 大神官は祝福(鑑定眼)とはまた別に、神意を直接受け取ることや、必要さえあればその身に神を降ろす力を保持する特別な人だ。

 そんな人が、何かを発言しようとしている。


「い、や……離、して……離してよぉ」


 証言台足元に崩れ落ちたルイーズが両腕を看守によって拘束されているところだった。彼女の啜り泣く声が耳に届く。


「審神者が告ぐ」


 大神官は審神者(サニワ)と呼ばれる神の代弁者だ。


「我らが母――大地の女神・ガルテアは神判を下した」


 即ち、大神官の言葉は神の言葉である。


「女神は《有形の罪咎(ざいきゅう)》を印すこととした。身体を流れるのは犯した罪に関する文面だ。未来永劫消えることは無いだろう」

「うそ、ウソ、よ」


 大神官が裁判員席に腰掛けると、静観していた王が言葉を引き継いだ。


「ルイーズ・ファルメリア。そなたへリアパウンド伯爵家からの除籍、及びトルメンタ修道院への無期限懲役義務を課す」

「ト、ル、メン――はぁっ!? そ、そんなッ! あんまりです国王陛下ッ」

「これにて、閉廷とする」

「国王陛下ッ!!!!」


 ルイーズの言葉が容れられることはなく、無情にもガベルが閉廷を告げる。


「嫌よ! 私は悪くないわッ! 全ては、仕組まれたことよ! 離して! 離してってばぁぁああぁあ――」


 そうして、引き摺られるように退出を余儀なくされたルイーズ。それが、レティシアが見た彼女の最後の姿だった。


――まさか陛下が私刑を行うとは


 神明裁判では女神が降した罰が絶対。

 それ以上も以下もないため、その他の刑罰は原則私刑だ。

 王が刑を更に課すことはこの国が始まって以来初の事だった。


――しかしまぁ、みっともないな

――ほんと、自分で招いたことですのに

――いい気味よ、私は彼女があまり好きではなかったの。清々したわ~

――肌を埋め尽くすほどの罪だろ。まさか、そんな女性(ひと)だとはなァ

――人は見かけによらずとは、まさにこの事ですわね


 見物は終わったと席を立つ傍聴者たちの無情な言葉がハッキリと聞こえてくる。


「プリマヴェール侯爵家御一行様、お疲れ様でした。帰りの馬車の準備が整いましたので、ご案内致します」

「――レラ、レティ。我々も行こうか」

「えぇ、そうね」

「レティシア、お疲れ様」

「はい、お父さま」


 人間は非情だ。

 味方がいつ敵になるかなんて、誰にも分かりはしない。




ーーーーーーー


 それから程なくしてレティシアは知ることになる。

 伯爵家が家財を没収された上でお家取り潰しとなった事を。

 褫爵(ちしゃく)二日後、元伯爵令嬢は国の最北にあるトルメンタ修道院へ身柄が移送された。


 それなりに歴史のある伯爵家が無くなってしまった事は、今の貴族社会に大きな衝撃を走らせた。



 歴史が変わった。


 誰かにとっては良い方向へ、また誰かにとっては悪い方向へ。

神の裁きと法の裁き。

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