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加護ナシな無能令嬢は回帰したので弁が立つ 〜再会した愛しの従者が何故か前世よりも重い愛で囲ってきます〜  作者: 黒糖あずき
第一部

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03 遅かった。

 レティシアの嫌な予感は的中していた。

 目的地に近づくにつれて漂う焦げ臭い空気と夜空に遠くからでも目立つ赤赤しい光に目を眇める。


「いい子ね、チョコチップ。もう少し頑張ってちょうだい!」


 全速力で馬で駆けた。


「どうどうッ」


 開け放たれた柵門を抜け、整えられた草木を抜け、たどり着いた屋敷は炎に飲み込まれた後だった。

 王都を巡回していたであろう憲兵らが既に駆けつけており、絶えず水が撒かれている。しかしそんな必死の消火活動も虚しく、火の手は大きくなる一方だった。

 火の粉がチリチリと舞い行く手を阻む。


(消火活動が追いついていないわ……)


 レティシアは息を飲んだ。


「ちょっと、君! 近づいてはいけない! 水の使い手たちが対応しているから――」


 憲兵の一人が驚いた表情でレティシアを引き止める。


「この屋敷の者たちは? 前侯爵夫人が滞在していたはずだ。使用人一人でもいい。避難した者はどこに?」

「えっ、えぇ??」


 矢次に出される質問に憲兵は目を回した。


「も、もしや、プリマヴェール侯爵令嬢であらせられますか?」

「質問に答えなさい」


 体躯の良い駿馬の背に乗る私の口調と服装――見るからに高位貴族の出で立ちから正体に思い至った憲兵の言葉には答えず、返答を急かす。こんなにも火の手が上がっているのに、避難した者の姿が一人も見えない。

 明らかにおかしい――が、彼ら全員の姿が見えない理由に見当がついていた。

 そして、あえて聞く。


「そ、それが……」


 案の定、憲兵は口吃った。

 まだ、中にいる、か。


 ――レティ……シア


 女性の声がした。それは母エストレラの声だった。

 意識をその方向に向ければ、燃え盛る屋敷――そのうちのエストレラの部屋に()()()人影が見えた。

 エストレラが逃げ遅れたようだ。


「お母様っ」


 体高のある立派な馬の背から危なげなく降りる。

 下馬したレティシアは迷うことなくこの日の為に作られた一点物のブリオーを腿まで破り、玄関前にある美しい大きな噴水に迷うことなく飛び込んだ。

 急場凌ぎで全身を濡らして、火への対策を施す。

 人目なんて気にしていられない。


「ご令嬢、な、何をなさって!? ちょっ! お待ちをっ」


 制止を振り切りハンカチーフで口と鼻を覆い、燃え上がる我が家の玄関を跨いだ。玄関は私が(くぐ)った瞬間崩れ落ち退路を塞ぐ。

 出口は絶たれた。

 脱出は別の場所をあたらねばならなくなった。

 塞がれていなければ良いが。


「あぁ、なんてこと……」


 壁に床に血が飛び散る屋敷は事の大きさと悲惨さを物語っていた。

 事切れた使用人や騎士が行く先々に倒れている。

 この業火の中、彼らを運び出す時間はないだろう。


「ごめんなさい……」


 レティシアは小さく謝罪を口にしてその場を過ぎる。

 エストレラの部屋までの道がレティシアはとても長く感じた。広い我が家をこれ程忌々しく思うなんて、後にも先にもこの日だけだろう。


「お願い、どうか無事でいて」


 やっとの思いで辿り着いた部屋の扉は閉ざされていた。

 ドアノブは熱されており、とても握れそうにない。

 蹴破るしか道は無さそうだった。


「だから逃げ遅れたのね……」


 全体重を片足に込め、レティシアが出せる最大限の威力を扉めがけて振りかぶる。

 女性の力でも壊せるほどに脆くなっていたらしいそれは、立て付けが悪い音と共に難なく内側へ倒れた。


「お母様!」


 しかし、エストレラの部屋はもぬけの殻だった。


「いない……」


 あるのは、無惨にも燃えてしまった家具だけ。


「そうよ。人影がひとつなわけないもの。ルカが私の命令を無視して、母のそばを離れるはずがないわ……」


 ルキウスなら火事にいち早く気がついて、真っ先にエストレラの安全を確保したことだろう。

 彼は騎士では無いが、侯爵家のお抱えの騎士団にも引けを取らない実力を兼ね備えた有能従者。我が家に来た当初から君主至上主義の騎士たちの訓練に交じり揉まれた彼が、主であるレティシアの命令を背くはずも、ましてや死ぬはずもない。


 だから、レティシアは油断した。


 じゃ外から見えた人影は誰だったのだろうと、いつもならすぐに疑問に思うはずのそんな事にも気が回らなかった。

 良かった、と一息ついた所で背中から胸にかけて一直線に熱を感じた。


「な、に……?」


 胸下に目を落とせば血に濡れた細い鉄が見える。

 ズルりと嫌な感覚がした後、視界にあったそれが消えてレティシアは崩れるようにしてその場に倒れた。

 遠のく意識の中、聞き覚えのある下品な笑いが耳に届く。


「おい、やったぞ! やっぱり戻って正解だった。夫人がいたぞ!」


 レティシアを刺したその男は「夫人」と言った。

 母と娘を間違えたようだった。


「声がしたと思ったんだよなぁ!」


 続いて、こちらに近づく足音が聴こえる。

 遅れて来た誰かがレティシアの傍に膝を折った。


「なんでここに……だって、お前は今日――」


 信じられないとばかりの震える声からは動揺した様子が伺い取れる。そして、その声にはどこか聞き覚えがあった。


「おい! なんで刺したっ!」

「はぁ??」


 レティシアは落ちそうな瞼を必死に開け、口論を始めた二人を視界に納める。ボヤけた先に何とか捉えたのは――。


「コイツは夫人じゃない!!」

「えッ!?」


 自分が狙っていた『夫人』とは明らかに装いの違う女の姿に、言われてから気がついたのだろう。


「う、嘘だろッ!? なんでこの女がここに居るんだよ!? 今頃、牢屋に――」


 私を指した男は慌てた様子で胸の前で両手を振る。


「い、いや、さっきまでコイツじゃなかったんだよ!! 信じてくれ!」

「最悪だ……」

「お、おい。悪かったよ。でも、どうせさ? 遅かれ早かれ、レティシアも始末するって――」


 明らかに我が騎士団の制服では無い物を身に纏った若い男二人。

 一人は、私も見知ったチャールズの近衛の者。

 このヘラヘラと、終始巫山戯た態度が、普段から苦手だった。

 そして、もう一人。


「な、ぜ……?」


 レティシアは目を疑った。

 もう一人はアウトリアン侯爵家の騎士服姿のグレイだった。

 エスターティア辺境伯家の跡取り息子のグレイは、現辺境伯で父のヴァルツの命で、次期当主の教養の一環として自領の騎士団で副団長を任されていたはず。それがなぜ、アウトリアンの制服に身を包むことになっているのだ。


「ぐれ……い」


 絞り出されたレティシアの声にハッと振り返り、目が合ったグレイの相好は絶望の色に染っていた。友に裏切られたレティシアがしたい表情を、なぜその張本人がするのだ。


「ど、して……」

「違う、違うんだ。これは、これには……ワケ、が」


 確かに訳があったのだろう。

 もうずっと、王家を支える四つの守護家の絆は崩壊寸前だったのだから。

 アウトリアンに関しては、プリマヴェールへの敵意は日を追う事にあからさまになってきていた。


 修復するには時が経ちすぎていたのだろう。

 腐った貴族界に、良識なんて邪魔なだけ。


 王家、そしてアウトリアン。

 エスターティアはなぜ加担したか分からぬが――。


 今宵王座に就いた一人の王族と国の要である二柱は、それぞれの利害が一致した結果、均衡を壊し新たなる革命の道を選んだ。

 

 よって。


 私たちプリマヴェール侯爵家は消される。


 ()()()はこの世から消される。


「――すまない」


 首の後ろを支えられる感覚の後にグレイの今にも消えそうな声が辛うじて聞こえる。


「すまない……ゆるしてくれ」


 ボヤける視界にキラリと何かが光った。瞬間、喉が熱を持つ。


「かハッ」


 腹と喉からどくどくと絶え間なく血が流れる。

 こうなってしまえば、死はすぐそこだ。


 痛みは無い。さすれば、襲いかかるのは眠気だった。


 ――ダメだ、眠い。寝てはダメなのに。


 ふわふわする意識の中、何故こうなったのか考える。

 アルフレドの落馬も雨が起こした不慮の事故だとレティシアは考えていたが、確信した。

 奴らが一枚噛んだものだったのだろう。

 今は昔、祖父が毒殺された事だってそうだ。ろくな捜査が行われず迷宮入りを余儀なくされた経緯は、あまりにも不自然だった。

 その後侯爵家独自で調べても時が経ち過ぎていたのか、犯人は終ぞ分からなかったが、きっとそうだ。

 だが、今更疑問に思っても、こと既に遅し。父だって、祖父だって、この世にはもう居ないのだから。

 そして、自分もそうなってしまうのか。

 意識は掻き集めても直ぐに散漫するように、レティシアの思考はまともに纏まらなくなってきている。


 この世に生を受けて(おおよ)そ二十年。

 レティシアの人生計画では、このまま上手い具合に王太子妃候補からフェードアウトして人生の軌道修正を行う予定だった。


 後悔の多い人生だった。

 二十年しか時間が流れていない、心残りが多すぎる人生の終幕はすぐそこだ。


 だったら、せめて、彼に――。


「レティ!!!!!」


 悲痛な声で名前が呼ばれ、レティシアの途切れる寸前の意識が辛うじてつなぎ止められた。

 事切れる寸前のレティシアを哀れに思った神が最後に慈悲を施そうとしたのだろうか。


「ああ、そんな……。ダメだ、ダメだよ。レティ、目を開けて」


 今度は身体が浮遊した。

 愛しい人の声が聞こえる。


「エストレラ様は外に逃がしたよ」


 夜会に置いていかれ拗ねていたルキウスは主人の言いつけ通り、主人の母の傍を離れなかった。

 エストレラは無事に魔の手から逃れたらしい。


「アシェルとも合流した。無事だ。だから、ねぇ――レティ……レティシア」


 兄も無事でよかった。向かわせた騎士たちは間に合ったらしい。


「なんで中に入ったんだ……いや違う、僕が遅かったから……あぁ」


 自分を過剰に責めるルキウスに「違う」と言いたいのに、「大丈夫」と返事をしたいのに、レティシアにはもう声を出す力は残っていない。

 安心してと微笑みたいのに顔の筋肉も働かない。

 目に彼を映したいのに瞼ももう開かない。

 黒い柔らかい髪に手を通したいのに腕は言うことを聞かない。


「レティ。どうしよう。血が……血が止まらない」


 せっかく会えたのに、これでは会えたとはいえない気がする。


「レティ。レティ。レティ……」


 失ったものもそれなりにあり、残った数少ない幸せを手に平和に生きたかっただけだった。

 五感とは別の感覚を手首に感じながら、気持ちと反した意識は深く深く沈んでいく。


(貴方と共にただ生きたかった)


 ただそれだけだった――。

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