21 月桂冠受領式。
月桂冠受領式の日取りが通達されてからの一ヶ月は怱々と過ぎて行った。
「とーーーーーーっても! 美しいです!」
「まるで、御伽のニンフのようです!」
迎えた月桂冠受領式当日。
「「もはや小さな女神!!!!!」」
興奮気味にハモるのはもちろんリアとミアだ。
「こう、くるりと一回転してもらっても!?」
テンションが高い侍女二人に感化されたメイドから要望が飛ぶ。場合によっては、不敬と受け取られかねない言葉回しではあるが、プリマヴェールの人間にはそんな事で腹を立てる偏狭な心を持つ者はいない。
「どう?」
くるりと回れば黄色い歓声が上がり、化粧道具その他諸々の片付けに取り掛かっていたメイドたちは作業を中断して話に花を咲かせる。
「私、今死んでも悔いはないわ……」
「ちょっとまだ生きるのよ!」
「私たちはこれから一段とお美しくご成長なさるお嬢様をお傍で見届けることが出来る特権を持っているのよ!」
「そうよ! 勿体ない!」
月桂冠受領式には必ずドレスコードとして『白、金』と色の指定がされている。
姿見に映るシルクサテン生地の純白のドレスは肩部分がドロップにカットアウトされたデザインが特徴的だ。首元から鎖骨にかけてバラを主軸に意匠を凝らせたレースがあしらわれ、ありとあらゆる裾の部分には金蔦の細工が光輝く。
祝福の儀での装いを森に住まう妖精に例えるならば、今回のスタイルは彼女らが表すように神に遣える精霊と言った所か。
「すてきだわ、みんなの力あってこそね」
髪に関しては、後に王から月桂冠が贈呈されることを踏まえて敢えて重力に逆らわず自然な状態。
一ヶ月もの間、念入りにケアされまくった髪はつやんつやんのふわんふわんな最高のコンディションとなっている。
「ありがとうございますぅぅぅぅぅ!!」
目を輝かせた一同から歓呼の声が上がる。
「リア。そのかわのふくろ、とってくれる?」
「こちらですね」
最後の仕上げとしてリアに取ってもらったのは、あの夜の日にルキウスから受け取った革袋。
「軽いですね。中には何が?」
「私もまだ知らないのよ。ルキウスがくれたのだけど――あ、お父さまにはナイショよ」
藁の紐が通された革袋は中身を確かめることなく今日まで首に下げられていたため、実はまだ日の目を見ていない。
彼は肌身離さず身につけてと言っていたので、中身はアクセサリーの類だという予想だ。
「いつの間に!」
「小さな騎士からとうとう贈り物ですか!!!」
侍女二人の言葉に続いて、本日二度目の若い娘らの黄色い声が部屋に響く。
「あ! 受領式ですもんね!」
「つけるんですね!」
「えぇ」
藁の紐に手をかけたレティシアを外野は固唾を呑んで見守る。
「わぁ……」
メイドのひとりが思わずと言ったふうにほうと息を吐いた。
革袋には立方体にカットされた小ぶりの光り輝くペンダントトップが付いたネックレスが入っていた。
立方体の一角の頂点に六枚の葉を模した細工付きのヒートンが差され、銀のスネークチェーンに繋げられている――という仕様のようだ。
「ネックレスですね」
「石? ですかね。かなり磨いた」
「石って……ミア、宝石って言いなさいよ」
革袋からレティシアの掌に移されたそれを侍女二人がまじまじと見つめる。
「まだ分からないわよ。ただの石かも」
「ルキウスくんよ? レティシア様のプレゼントで妥協はしないでしょ」
「街に繰り出す時間もないあの子がどうやって宝石なんか手に入れるのよー」
「それはそうだけど」
首を捻る周りを余所にレティシアはネックレスの表面に目を凝らした。どの面にも精密な幾何学模様が彫り込まれてる。
そして、中でも一番気になったのはペンダントトップの色。
「くろい……」
「黒ですね」
「真っ黒ですね」
ルキウスがくれたそれは漆黒だった。
つけていくつもりだったが、今回の装いに黒のアクセは些か浮く……ような気もする。
否、気がするじゃない。ほぼ確で浮く。
(白に金だからなぁ……)
「それにしても、並々ならぬ想いを感じますね。コレ」
「これぞ正しく、独占欲」
侍女たちが言いたのは多分、石の色がルキウスの髪の色だという事だろう。
好いた相手に自分の持つ色を贈るのは、好意の示し方として定番中の定番だ。
やっぱりそういうことなのか。
侍女の考察を聞きながら、取り敢えず姿見の前に立って首元にそれを首元へ当ててみる。
「レティシア様」
呼ばれたので振り返れば、リアとミアがダメだこりゃとでも言うように首を横に震る。
「やっぱりダメ?」
「浮きますね」
「堕天使になっちゃいますね」
斜め上のミアの回答はさて置き。
「――あ、いいこと思いついた」
「レティシア様!?」
「わぁ、豪快っ」
レティシアの突如なる奇行に侍女からは悲鳴が上がる。
が、主人の意思を汲み取り精一杯応えてくれる彼女たちに仕えてもらっている自分はとても幸せものなのだろう。
ーーーーーーー
受領式の舞台となるのは、祝福の儀式を行った地下が存在するあの神殿。
「辛くなったら直ぐに父様に言うんだよ」
「はい、お父さま」
父の表情はここにいる誰よりも険しかった。
仕方あるまい。神殿での直近の記憶があまりというかかなり良くないため、父の警戒度は最骨頂に達している。
此度通されたのは地下の祈りの間ではなく、地上にある聖壇の間。開放感のある広いホールの穹窿天井は国民なら誰でも知っている建国への軌跡を描いた天井画で埋め尽くされており、圧巻の景色だ。
「レティシア。名を呼ばれたら、聖壇前中央に行くんだよ」
式の開始を待っていると少し腰を屈めた父にそう耳打ちされる。
「聖壇の前に今年の受領者が集まったら、大神官からそれぞれの祝福が公表される。その後、王から月桂冠を頂戴する」
父の視線の先は、光が最小限に制限された神殿内の一際輝きを放つ場所だ。光を一身に受ける聖壇の神々しい様は、この世のものとは思えないほど美しい。
その神秘的な空間を実現させた天窓は、聖壇へ太陽の光が降り注ぐように緻密な計算により設計されていた。
「――いいね?」
「はい、お父さま」
「よし」
聖壇奥に繋がる通路から衣擦れの音が、静まり返ったその場所で一際大きく木霊する。
通常礼装とは違い軽装だが、荘厳な装いで現れた国王が壇上へ登った。
それを合図に一斉に頭を垂れる。
「大地の女神ガルテアより新たに恩恵を受けし子らに告ぐ。――前へ」
凛と響く王の声。
「行っておいで」
王の呼び掛けに御年の受領者たちが聖壇の前へ歩み出た。




