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加護ナシな無能令嬢は回帰したので弁が立つ 〜再会した愛しの従者が何故か前世よりも重い愛で囲ってきます〜  作者: 黒糖あずき
第一部

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10 心の支え。

「ゔぅ……」


 回帰してからというもの、レティシアには繰り返し見る夢があった。

 そして、今宵もまた――。




◇◇◆◇◇


『あの王子はなんでああなのかしら』


 馬車の中でレティシアはひとり不貞腐れていた。

 チャールズとその側近候補たち、そして妃候補たちが集められた定期開催のお茶会からの帰りである。


『妃こうほたちを残して帰るとか、あのバカ王子は何を考えてるのかしら?』


 チャールズの中ではレティシアが自分の妃だと決まっているようだった。


《俺の妃はそいつだから、こんなの意味ねーし、解散だ!》


 と、開始早々退場してくれやがったのだ。


『あれじゃ、私は針のむしろよ』


 開催当初はチャールズとレティシアとバネッサの三人のみだったお茶会は、二年ほど経過した今やかなりの人数に拡大されている。

 王子が去ったあとの会場の空気といったらもうない。

 遠慮なく突き刺さる周りの視線に気まずさしかなかった。


『三時間もよくたえたわ、私』


 王子が解散と言おうとも主催者の本丸は国王なので、帰るわけにもいかない。


『もはや、あんただけのための、お茶会じゃなくなってるのよ。なんのために、自分の側近こうほも参加しているか、考えなさいよ』


 チャールズと妃候補の仲を深めるのが目的なら、王子と二人の高位令嬢に絞った茶会でいいわけだ。

 わざわざ妃の候補を他に複数人増やし、且つ、側近候補まで呼んだのだ。

 国の将来の中核を担うことになるであろう少年少女を引き合せるのが真の目的だと、レティシアは国王の狙いを読んでいた。

 大人たちの目論見、もとい、次代の王政のコマの選別はもう始まっているのだ。


『あれは……』


 ゆったりと進む景色で目に止まったものがあった。レティシアは自分が座る席から向かい側に移り、御者の後方に位置する連絡窓を開ける。


『ハンスのおじさま。 馬車を止めてもらえる?』


 突然話しかけた私に驚くことも無く御者のハンスは静かに馬車を停車させた。


『レティシア様、どうしましっだハッ! 痛……ってぇ!?』

『お、お嬢様! 何方(どちら)へ?!』


 勢い良く開けた扉が、主人の様子を窺うために馬車へ近づいた騎士の顔面を強打した。だが、痛みに悶える護衛騎士も今度こそ驚いて声を上げる御者も気にする間もなく、レティシアは馬車から飛び降りる。

 貴族令嬢らしからぬ行動ではあるが、形振り構ってなどいられなかった。


『そこの者、何をしているのです』


 ガルテアが創った泉の跡地に建てた巨大な噴水広場はコインを投げる人々で賑わう名所。それに接する道なので人通りが普段多いのだが、今日はみながその場を不自然にも避けていた。

 立派な噴水がある見晴らしの良い広場へ続く大通りでレティシアの声が良く通った。


『はい?』


 手に火の祝福を纏わせた商人であろう宝石を身体中にジャラジャラとつけた男が、顔だけをこちらに振り返る。


『何をしているのか、と訊いているのだけど』

『……貴族のご令嬢とお見受けしますが、護衛はどちらに?』


 質問に質問で返す男は笑顔を崩さないが暗にさっさと去れと言っているのは明白である。しかし、レティシアとしては「はいそうですね」と言える状況じゃなかった。

 男の足元ではお腹を抱え冷や汗を垂らす自分より少し歳上に見えるくらいの子どもがいたのだ。


『答えなさい』

『はぁ……なんですかもう』


 しかし、親も護衛も連れていない身なりの良いだけの幼女が声を掛けたって、男が怯む様子はない。代わりに、面倒臭そうに頭を搔き、面倒臭そうに足元に蹲る子どもに視線を移した。


『――教育ですよ、きょ・う・い・く! こいつは私の従僕なんでね? 答えたんだから、もういいでしょう? これは見世物じゃないんでね』


 王都周辺で()()人通りが多いと言えるこの場で、祝福を笠に着て体罰を与えていたのに見世物じゃないだ?


(ふざけるのも大概にしなさいよ)


 蹲るその子どもは “無能者” だった。

 それが判断できたのは、先程垣間見えた子どもの瞳が黒かったからだ。

 黒い瞳は無能者の共通点である。


『 “教育” とは、言葉で、行動で、正しい道へ教えみちびくことを指します』


 明らかに故意に作られた場にプツリと来た。


『あ?』


 この時、私は元々気がたっていたのだ。直前まで参加していた不本意なお茶会のせいで。


『初代王と王を支える四柱より、国民の人けんについて定められたことがあります』

『はぁあ?』

『生きるけんり、学ぶけんり、がヴァルディアの国民にはあります。初代王が国のはんえいを願い、もうけられた法律です。あなたのそれは、そのけんりをうばう、ただのぼう力です。わが国がかかげる人財の育成の、最初の文字にさえ、たどりついていませんわ』

『おいおい、お嬢ちゃんや。年端もいかねぇ小娘に “教育” の何がわかんだよ?』


 取り繕うことをやめ小馬鹿にしたように鼻を鳴らす男だが、次の言葉で顔色が変わった。

 レティシアはあえて逆上しそうな言葉を選んだ。


『少なくとも、あなたより、分かっているわ。お粗末な教育()()()で胸を張る貴方よりは』

『な――ッ!?』


 意識を子どもから自分へ移ことが目的だったので、それは成功したと言える。ただ誤算だったのは、男が自分に向かって火を放ったことだった。


(これは予想外かも)


 見るからにいい所のお嬢様な出で立ちの自覚がレティシアにはあった。

 一介の商人である男が貴族の娘に手を挙げられることはないとタカをくくっていた。


『おい、俺の主に何しやがる』


 レティシアめがけて一直線に放たれた渦巻く炎を、私と炎の間に割り込んだ誰かが拳で受け止めた。

 炎は拳から発生した風圧に分散され、レティシアに届くことは無かった。

 間一髪だ。


『レティシア様。お願いだから、護衛を置いていかないでくださいね』


 その誰かは、やっと追いついたトーリだった。


『心臓が持たないから』


 トーリの眼力に腰を抜かしている男が視界の隅に入るが、もうレティシアの関心は男には向いていない。


『次から気をつけるわ』

『そうしてください……。で、これどうするんです』

『連れて帰るわ』

『ですよね。分かっていました。分かっていましたとも。――アルフレド様がなんと言うか……はぁ』


 難しい顔をするトーリに背を向けて、呆然とこちらを見上げる子どもに声をかける。

 ボロボロの服から覗く腕や足は、明らかに栄養が足りていないのが見て取れるほど細いし、伸びっぱなしの髪には艶がない。

 帰ったら、まずは湯浴みと食事だ。


『おいで。私とともに来なさい』


 子どもの瞳は、レティシアを捉えると光を取り込んだオキニスのような輝きを放った。


 これが、(のち)に従者となるルキウスとの出会いである遠い記憶。

 褪せることない鮮やかな記憶。

 鋭い輝きを放ったオニキスがレティシアの心を惹きつけた。




◇◇◆◇◇


「――はぁっ」


 冷や汗が頬を伝う。


「また……。また、この夢……」


 膝に足を(うず)めて、上がった息を整える。


「ルキウス……」


 最愛の彼との再会まで――。


『僕を拾ってくれませんか?』


 残り――日。

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