第19話 あなたを守る剣——鉱山防衛戦
鉱山への道を全速力で走りながら、俺は状況を整理した。
不審者が複数。鉱山の近く。タイミングからして、ミスリル鉱脈の存在を嗅ぎつけた何者かだろう。
シャリエ伯爵家は取り潰されたが、旧伯爵の家臣や手下が全員捕まったわけではない。鉱脈の情報を握っている人間がいてもおかしくない。
鉱山の入り口に着くと、ギルバートが既に大剣を抜いて立っていた。
その周囲には、黒い外套を纏った男たちが十人ほど。松明の明かりに照らされた顔は、いずれも傭兵崩れの荒くれ者といった風体だ。
「遅かったな、坊主」
「すみません。状況は?」
「見ての通りだ。こいつらが坑道に押し入ろうとしていた。目的は一つだろうな」
ミスリルだ。
やはり鉱脈の情報は漏れていたか。マリエッタが来たのと同じ日に襲撃者が現れるとは、情報の出所が同じ可能性もある。
いや、今はそれを考えている場合じゃない。
「おいおい、守りが傭兵一人とガキ一人かよ。楽な仕事だぜ」
黒外套のリーダー格が下卑た笑いを浮かべた。
抜いた剣は安物だが、構えは素人ではない。裏社会で生きてきた人間特有の、汚い殺し方を知っている目つきだ。
「ギルバートさん、ぼくは魔法で——」
「待て、坊主。ここは俺に任せろ」
ギルバートが大剣を肩から下ろし、正眼に構えた。
先ほどまでの飄々とした雰囲気が消え、全身から殺気が立ち昇る。
「お前さんの魔法は温存しとけ。この程度の雑魚に天使を呼ぶのは勿体ねぇ」
「この程度だと? なめるなよ、傭兵風情が——」
リーダー格が剣を振り上げた瞬間、ギルバートが踏み込んだ。
速い。
大剣という重い武器を、まるで木の枝のように振るう。一閃で二人の剣を弾き飛ばし、返す刃でもう一人の足を薙いだ。
峰打ち——殺してはいない。だが、立ち上がれないほどの衝撃を正確に与えている。
元Aランク冒険者。レベル100の実力は伊達ではなかった。
前世の格闘技の試合を見たことがあるが、あれとは次元が違う。人間の動きの限界を超えている。
残りの襲撃者たちが怯んで後退する。
「次は峰打ちじゃ済まねぇぞ。武器を捨てて投降しろ」
ギルバートの声に、数人が剣を落とした。だが——リーダー格ともう三人は、逆に距離を取って散開した。逃げるのではない。包囲しようとしている。
「ちっ、肝の据わった奴らだ」
その時、鉱山の脇の茂みから影が飛び出した。
フィーネだった。
銀色の髪をなびかせ、どこから持ち出したのか両手に短剣を握っている。その身のこなしは——素人ではなかった。
フィーネは包囲しようとしていた一人の背後に回り込み、短剣の柄で首筋を一撃した。男が白目を剥いて崩れ落ちる。
「フィーネ! 危ないだろう!」
「ルーク様をお守りするのがわたしの仕事です!」
フィーネの褐色の瞳が、松明の光を受けて燃えるように輝いていた。
この子、戦えるのか。メイド長の娘だと聞いていたが——
残った三人のうち一人がフィーネに斬りかかる。だが、フィーネは身を低くして剣の下を潜り抜け、すれ違いざまに短剣で相手の手首を打った。剣が地面に落ちる。
ギルバートがリーダー格に肉薄し、大剣の一撃で相手の剣ごと吹き飛ばした。
最後の一人が俺に向かってきた。
「氷槍」
一本の氷の槍が男の足元に突き刺さる。わざと外した。
「動くな。次は外しません」
男は顔を真っ青にして、剣を落とした。
前世では虫も殺せなかった男が、この世界では脅しまで使うようになった。人間の適応力は恐ろしい。
全員を拘束し終えた頃、リーダー格がギルバートに押さえつけられながら喚いた。
「クソ、離せ! ダリウス様に言いつけてやるからな!」
ダリウス。
その名前に、ギルバートの目が鋭くなった。
「おい、今なんつった。ダリウスってのは誰だ」
「し、知るか! 言えるわけねぇだろ!」
男は口を閉ざしたが、もう遅い。ジェレミー殿下と同じだ。追い詰められた人間は、隠すべきことを自分から喋ってしまう。
「ダリウス……侯爵か?」
ギルバートが低い声で呟いた。俺を見る目が鋭い。
「知っているんですか?」
「名前だけだ。帝国貴族の中でも大物だと聞いたことがある。シャリエ伯爵の後ろ盾だったって噂もあった」
シャリエ伯爵の後ろ盾。
ジェレミー殿下の事件の裏に、まだ別の黒幕がいる——俺が謁見の間でハッタリ混じりに主張したことが、また現実になりつつある。
「この件は、後でじっくり調べましょう。今は——」
俺は拘束された男たちを見下ろした。
「こいつらを領都の衛兵詰所に引き渡します」
領主館に戻ると、リディア嬢が玄関で待っていた。
アンネリーゼ様とマリエッタもいる。全員が起きていたようだ。
「ルーク様、ご無事で——」
リディア嬢が駆け寄ってきて、俺の顔や腕を確認するように見回した。
「怪我はありません。ギルバートさんとフィーネさんが活躍してくれました」
「フィーネさんが?」
リディア嬢が振り返ると、フィーネが短剣を腰に差したまま立っていた。髪は乱れ、服には返り血がついている。
「フィーネさん、あなた戦えましたの?」
「はい。父に教わりました。鉱山の警備をしていた父は、武術の心得がありましたので」
フィーネは淡々と答えたが、その目は真っ直ぐ俺を見ていた。
「ルーク様の命を守るためなら、わたしは何でもします」
その言葉に、嘘はなかった。鑑定も心眼も必要ない。声の響きと目の光だけで分かる、純粋な忠誠だった。
「フィーネさん、ありがとう。あなたのおかげで助かりました」
俺がそう言うと、フィーネの褐色の頬がほんの僅かに赤くなった。だがすぐに表情を引き締め、敬礼のように頭を下げた。
「勿体ないお言葉です。これからもお傍でお守りいたします」
リディア嬢がその光景を見つめていた。
怒りでも嫉妬でもない。何か別の感情が碧い瞳に浮かんでいた。
全員が館に入った後、リディア嬢が俺に小声で言った。
「フィーネさんは強いですわね」
「ええ。驚きました」
「……わたくしも、あのように強くなりたいですわ」
それは戦闘力の話ではないのだろう。
ルークを守りたいという気持ちの強さ。迷いなく行動できる覚悟の強さ。
リディア嬢は自分に足りないものを、フィーネの中に見たのかもしれない。
「リディア様は十分強いですよ」
「お世辞はいりませんわ」
「お世辞ではありません。今夜、ぼくが安心して鉱山に行けたのは、リディア様が館を守ってくれると信じていたからです」
「……それは」
「戦う力だけが強さではありません。人を動かし、場を守り、判断を下す。それも立派な強さです」
リディア嬢が俺を見上げた。
月明かりが廊下に差し込んで、碧い瞳を照らしている。
「ルーク様は本当に——口がお上手ですわね」
「事実を言っているだけです」
「その事実が、たまに反則なのですわ」
リディア嬢が微笑んで、自分の部屋へ向かった。
振り返り際に、小さく呟いた。
「さっきの続き、忘れていませんからね」
——月夜の告白未遂のことか。
もちろん忘れていない。だが、次に口を開く時は——ちゃんと最後まで言いたい。
この土地を守り、住民の信頼を得て、胸を張って言えるようになったら。
その時に——ちゃんと伝えよう。
夜空を見上げると、星が瞬いていた。
荒廃した大地の上にも、星は平等に光を降らせている。
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