第16話 復興計画書——わたくし達の未来設計図
領主館の大広間に、手書きの地図と数字の羅列が並んだ。
俺は前世の癖で、つい報告書のような体裁にまとめてしまう。ホワイトボードがないのでテーブルの上に羊皮紙を広げ、木炭ペンで図表を描いた。
パワーポイントもエクセルもない世界だが、伝えるべきことは同じだ。現状分析、課題の特定、対策の立案。経営企画の基本は異世界でも変わらない。
「復興計画を三段階に分けます」
五人がテーブルを囲む中、俺は立ち上がって説明を始めた。
前世のプレゼンと違うのは、聴衆が五人しかいないことと、全員が真剣に聞いてくれていることだ。前世の会議では半分の人間がスマホを弄っていたが。
「第一段階。生存基盤の確立です。具体的には、食料の確保と飲料水の整備。汚染された農地を浄化して、最低限の作物が育つ環境を取り戻します」
「それにはどのくらいかかりますか?」
リディア嬢が手を挙げた。会議での質問の仕方が板についている。
「アンネリーゼ様の浄化魔法と魔核の力を併用すれば、一区画あたり数日で浄化できるはずです。全農地を一度にやるのは無理なので、優先順位をつけて段階的に——」
「まず領都周辺の農地から始めて、収穫が見込めるものを優先する。麦よりも根菜類の方が早く育ちますわね」
リディア嬢が即座に補足した。公爵家で帝王学を受けた知識が、こういうところで光る。
前世の上司に聞かせてやりたい。「現場を知らない企画は絵に描いた餅だ」と散々言われたが、この子は現場感覚と知識を両方持っている。
「第二段階。経済基盤の構築。ミスリル鉱山の再開と、産業の育成です」
「鉱山の再開には、鉱夫を集めないといけねぇな」
ギルバートが腕を組んで言った。
「この辺りの元住民で鉱山の経験がある奴は何人か心当たりがある。だが、ミスリルの採掘となると、特殊な技術がいるんじゃねぇか?」
「そこは調査が必要です。ですが、まずは試掘から始めて、実際の品質と採掘の難易度を確認するのが先決ですね」
「あの、ルーク様」
フィーネが遠慮がちに手を挙げた。
「鉱山のことなんですが、わたしの父は——亡くなる前は鉱山の管理をしていました。坑道の地図がどこかに残っているかもしれません」
「それは助かります。フィーネさん、探してもらえますか?」
「はい!」
フィーネの銀髪が揺れる。この子は任されるとすぐに目が輝く。忠実で勤勉なタイプだ。前世の職場にこういう後輩がいたら、俺はもう少し楽ができただろう。
「第三段階。成長戦略です。商業都市アンカードとの交易ルートを確立し、ミスリルの販路を確保する。同時に、領地への人材誘致を行います」
「人材誘致には条件が必要ですわ」
リディア嬢がペンを手に取り、俺の地図の余白に書き込み始めた。
「三年間の税の半減。入植者への土地の無償提供。子供がいる家庭には優先的に住居を割り当て——あと、学校の建設も必要ですわね」
「学校?」
ギルバートが意外そうな顔をした。
「飯を食うのがやっとの土地で、学校なんか建てて意味があるのか?」
「あります」
リディア嬢が断言した。
「教育は投資です。子供を教育できる環境があれば、子供の将来を考える親が移住してきます。短期的には負担ですが、十年後にはこの領地を支える人材が育つ。それに——」
リディア嬢がちらりと俺を見た。
「ルーク様のお知恵を書き留めておかないと、もったいないですもの」
それは教科書を作れということだろうか。前世で散々書いた業務マニュアルの経験が、まさかこんな形で役立つとは。
「なるほど。教育か——」
ギルバートが顎を撫でた。
「ガキの頃、この土地には学校なんかなかった。読み書きは親父に叩き込まれたが、計算は冒険者になってから覚えた。報酬の分配で騙されてからな」
「ギルバートさんの計算力は、実戦で鍛えられたわけですね」
「痛い授業料だったぜ」
五人で笑いが起きた。こういう瞬間が、チームの空気を作る。
「アンネリーゼ様、浄化のスケジュールについてご相談したいのですが——」
振り返ると、聖女様が目を閉じていた。
座ったまま、こくりこくりと船を漕いでいる。
「……寝てる」
「二日連続で負傷者の治療を続けていましたからね。無理もありませんわ」
リディア嬢が苦笑して、自分のショールをアンネリーゼ様の肩にかけた。
聖女様は「んん……ルーク様……下僕です……」と寝言を呟いている。寝ても使徒認定をやめないのか。
「浄化のスケジュールは明日決めましょう。今日はここまでにしますか」
「そうですわね。皆さんお疲れでしょうし」
ギルバートは「先に寝る」と言って自分の部屋に引き上げた。フィーネは寝ているアンネリーゼ様をそっと起こして、客間に案内していった。気が利く子だ。
大広間に俺とリディア嬢だけが残った。
テーブルの上には羊皮紙が散乱している。復興計画の叩き台。まだ数字が足りないところが多い。
「もう少し詰めておきましょうか」
リディア嬢が言った。疲れているはずだが、目に力がある。
「いいんですか? リディア様も休んだ方が——」
「ルーク様が起きているなら、わたくしも起きています」
何だその理屈は。
だが、反論する気にはならなかった。正直、二人で計画を練るのは楽しい。前世の仕事で「楽しい」と思ったことは一度もなかったが。
「では、税制の詳細から——」
それから二時間ほど、俺たちは数字と格闘した。
リディア嬢は貴族社会の慣習や法制度に詳しく、俺の立てた計画の中で「これは貴族の反感を買う」「これは帝国法に抵触する可能性がある」と次々に指摘してくれた。
逆に俺は、前世の経営知識をベースにした収支計画や人材配置の最適化を提案する。
二人の知識が噛み合うと、計画の精度が格段に上がっていく。
前世でこんなパートナーがいたら——もうこの感想は何度目だろう。いい加減、数えるのはやめよう。
「ルーク様、ここの数字なのですが——」
返事がない。
顔を上げると、リディア嬢はテーブルに突っ伏していた。
寝ている。
金色の髪がテーブルの上に扇状に広がり、規則正しい寝息が聞こえる。ペンを握ったままの右手が、羊皮紙の上で力なく横たわっている。
疲労の限界だったのだろう。起きていると宣言してから二時間、よく持った方だ。
起こすのは忍びない。
俺は自分の上着を脱いで、リディア嬢の肩にそっとかけた。
……近い。
身を屈めた瞬間、金色の髪から花の香りがした。この匂いは最初に会った時から変わらない。謁見の間で、あの少女が俺に顔を近づけて「何をニヤニヤしてるのですか」と言った時と、同じ香り。
あれから——まだ一週間も経っていない。
たった数日で、この子は俺にとってかけがえのない存在になった。
前世の三十二年間より、この数日間の方がずっと濃い。
リディア嬢が寝言を呟いた。
「……ルーク様……撤回は……許しません……わよ……」
一生お願いします——あの夕暮れの発言を、寝ている時まで覚えているのか。
律儀な人だ。
「……はい。撤回しませんよ」
誰にも聞こえない声で答えて、俺はペンを手に取った。
リディア嬢が寝ている間に、もう少し計画を詰めておこう。
彼女が目を覚ました時、「わたくし達の未来設計図」が少しでも形になっていれば——きっと、あの綺麗な笑顔が見られるはずだ。
窓の外では、月が荒廃した大地を静かに照らしていた。
この土地に、いつか温かい光が灯る日を夢見ながら——俺は計画書を書き続けた。
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