第3話
「いや、だから、職業とか見た目とか気にしない女なんだよ、風美は」
「ああわかった、わかったって。そうムキになるなよ、勇樹」
どちらかと言えば職業や見た目を気にしている、コンプレックスを抱いているのは勇樹の方なのかもしれないと太輝は思った。
酒に酔っているのもあるが勇樹の声がだんだんと大きくなっていく。
もう少し時間が経つ頃には他の客がちらほらと増えてくるはずなので、悪酔いした勇樹は店側にいい迷惑である。
太輝は勇樹をなだめながら、どうにか話題をそらす方法を考えていた。
そんな思案する太輝を察してか、マスターは店内の角に置かれているTVの電源をリモコンで入れた。
スポーツの国際大会などがある際に用意されているTVで、普段は深夜などに無音で通販番組が映されている。
もちろん、まだ深夜ではないが通販番組専用チャンネルにセットされているTVは、そのまま通販番組を映した。
マスターが何故TVを点けたかというと、酔っぱらった勇樹は何故か通販番組に釘付けになるという習性があるからだ。
酔い加減ではその習性も意味をなさないが、どうやら今日はうまくいったようで、買う予定もない健康器具の無音の説明に釘付けになっていた。
通販番組は健康器具の紹介を終えて、次の商品の紹介へと続く。
紹介されているのは、色とりどりのマフラーだった。
今年は寒さが長々と続きなかなかなかなか冬の終わりも春の訪れも感じられないが、冬物は流石に時期はずれだろうと太輝は思った。
無音で流れる番組では司会者とゲストがそれぞれ何かしらを語っている。
収録時期はわからないが、それでも冬物の時期からはずれてるだろうにタレントってのも大変だと太輝は思った。
「あ、これだ……これだよ、太輝!」
勇樹は勢いよく立ち上がるとTVを左手で指差して声をあげた。
ただでさえ酔いが回っているのに勢いよく立ち上がったので、足元がおぼつかない。
「これって、マフラーがどうかしたのかよ?」
太輝は勇樹が転けない様に右手を掴んでやった。
「赤いマフラーだよ、赤いマフラー! 赤い~マフラ~正義のしる~し~」
昔懐かしの特撮ヒーロー番組の主題歌を勇樹は口ずさむ。
リアルタイムで観ていた世代ではないが、勇樹も太輝もそらで歌うことができる。
「歌はいいからさ、それがどうしたって訊いてるんだよ」
「俺、思い出したんだよ。ヤバい、取りにいかなきゃ」
勇樹はそう言うとそわそわと慌ただしく財布を取りだし、中から五千円札を取り出すとカウンターの上に置いた。
「お釣りは、次の会計に回して」
マスターの返事を待たずして、勇樹は慌てて店から出ていった。
太輝は一応呼び止めてみたが、案の定勇樹は振り返りもしなかった。
「勇くん、酔っ払うといつも五千円置いてくのよね」
オールバックに口髭と喫茶店店主の見本みたいな渋めな姿をしたマスターは、喋るとオネェ口調であった。
本人曰く、オカマではないらしい。
「それって、余分に支払ってるんじゃないの?」
「まぁ酔ってない時に結構食べるから、トントンってとこね」
勇樹の飲み干したジョッキを小指を上げながらマスターは持っていた。
最初の頃はその口調や仕草に太輝は慣れなかったが、しばらくすると、それも個性ってやつだ、と納得する事にした。
「勇くんとかざみぃって何で別れたのかしら?」
「さぁ。毎回訊かれるけど俺も知らないんだよ、アイツらの別れた理由」
「訊いた事、無いんだっけ?」
「そ、訊いた事も無いし両方言っても来ないし」
幼馴染みだからこその腹を割れる部分と踏み入ってはいけない部分とがあると、太輝は思う。
だからわざわざ訊きはしないし、言ってこないのであればそれでいいと思う。
あの二人が別れたのは三年前のことで、一時期は気まずい雰囲気ではあったが、それもすぐに解消されて恋人という関係以外は元に戻った。
「タッキーはさ、かざみぃに気持ちとか無いの?」
オカマではないと言うものの、マスターはくねくねと動くのでそういうものを意識してるように見えてしまう。
手のひら、くねくね。
手首もくねくね。
肩から首にかけて、くねくねくね。
カウンター越しで見えないが、足腰もくねくねと動いているに違いない。
「……気持ちって?」
くねくねに構っていると頭が痛くなりそうなので、太輝は頭を振ってそれを無視する事にした。
「タッキーも勇くん、かざみぃと同じ幼馴染みなわけじゃない。あの二人がくっついてたみたいにタッキーもかざみぃのこと、好きだったんじゃないの?」
他人の恋路に興味を抱き、ズカズカと踏み込んでくるあたり恋ばな好きな乙女心ってやつなんじゃないかと、太輝はくねくね動くマスターを睨んでいた。
まぁ、常連の事情に少し触れてみたいという、店主としては不謹慎な好奇心の現れかもしれない。
「……好きだったよ、風美ちゃんの事。勇樹より先に俺の方が風美ちゃんを好きになってたよ。アイツは、風美ちゃんに告白されてから意識しだしたらしいし」
恥ずかしがって誤魔化す程の話でもないと太輝は思った。
昔の恋を恥ずかしがるような年齢でもない。
もう、それは過去の話であり、過去の想いだ。
「む、なかなか嫌なとこ踏み込んじゃった?」
「気遣い遅いよ。それに、もう過去の話だから。アイツら付き合って結構経つしさ、俺にも彼女はいるわけだし」
色々とね、と少し小さな声で太輝は付け足した。
太輝の恋愛は誉められたもんではないと言えるくらい、長続きはしてなかった。
コロコロ相手が変わる様をモテると言えば聞こえはいいが、実のところ恋愛する上で何かしらの問題があるんじゃないかと太輝本人も悩んでいるところだ。




