第14話
それから、勇樹が退院するまで数ヶ月を要した。
腹部への刺傷は、実のところ一ヶ月もあれば治りきっていたのだけれど、伴うリハビリと外との調整に時間が必要であった。
「あの傷だったら、結構な確率で運ばれたその日に亡くなってた可能性、高かったんですよ」
カタカタと忙しなくパソコンのキーボードを叩く医師が、一度目覚めた時と同じ口調で、勇樹にそう説明した。
ヒーロー専属病院にある一般にはまだ下りてない技術がどうたらと詳しくまでは説明しない医師の話に、はぁ、と勇樹はただ相槌を打つだけだった。
「あ、これ機密なんで、外で公言しないでくださいね。一応サインして貰った書類にも注意事項として載ってますので、目を通しておいてください」
治療が終わった後に機密保持契約が結ばれたのだが、後出しジャンケンみたいで卑怯だな、と勇樹は思った。
だからといって、言いふらしてやろうと考えていたわけでもない。
厄介になりそうな話なので、素直に従っておくのが吉だ。
もちろん、助けて貰った、という恩義もちゃんとある。
続けて退院後などについての説明を受けた後、晴れて勇樹は退院となった。
無事に退院した後も、なかなかに忙しかった。
バイト先など各所への連絡、政府絡みの組織へ呼び出されて今回の諸々の処置についての説明などを受け、久々の自宅、安い家賃のアパートでゆっくり出来たのは退院後からまた数日後の事だった。
数ヶ月離れていただけなのに、勇樹は自分の部屋がやけに狭く感じた。
事件の隠匿にと政府はお金を惜しみなく使ってくれたようで――もちろん国家プロジェクトであるヒーローというものに掛けてる資金からすれば小額なのだろうけども――勇樹はかなり待遇のいい入院生活を堪能させて貰っていた。
自分が普段眠ってる場所が病室より大分と狭いのだという発見は、案外胸に残る哀しみだった。
久々に着た私服にも、たかが数ヶ月なのに懐かしさすら感じていた。
何だか、別世界に行ってた気分だな。
勇樹がそう考えながら冷蔵庫の中身に入ってる食品達の賞味期限チェックをしていたところ、ふと気づいたことがあった。
ああ、俺、入院させてもらってたんじゃなくて、隔離されてたんだ。
何度も説明された機密事情。
その怖さをようやく実感していく。
機密を保持する為なら、事件の中心人物となる勇樹の事を、存在しない人物として世の中から離してしまうことも容易なのだろう。
のほほんと退院出来るまでを過ごしていた日々が、本当は消されていた時間だったのだと気づき、勇樹は身震いした。
ついでに、冷蔵庫の中に入っていた牛乳が日付も見なくても危ない臭いがして、身震いした。
入院中の自宅の掃除については、母親の進言があったのだが、勇樹は丁重にそれを断っていた。
不在時に母親に部屋に入られるというのが、何だか学生時代の頃のようで小っ恥ずかしい感じがしたからだ。
特に綺麗好きというわけでもないので、少しの期間なら旅行に行っていた感覚で済ませられるだろう。
そんな風に勇樹は、最初は、思っていた。
というのも事件から三日後に目が覚めたものなので、当人としてはせいぜいひと月程度入院生活が続くのだろうと甘く見ていたので、その判断に至ったわけである。
けれどひと月経とうがふた月に経とうが、なかなか退院の許しは出ず、一度断った手前、意見返しで頼むのも気まずいと勇樹は母親への依頼を断念していた。
それに、本当のところは、風美に頼みたかったというのもある。
元彼女だからと甘えるつもりはなかったが、事件のことで妙な距離を感じていた。
掃除を頼むことをキッカケに、また距離を元に戻したいと勇樹は考えていたのである。
ただ、勇樹が入院してる間、風美が見舞いに来ることは無かった。
来てくれたら頼もう、という心構えだったのでわざわざ連絡してまで頼むのは違うなと勇樹は風美への依頼も諦めた。
結果、冷蔵庫の中身を選別して廃棄していくというただ虚しい時間が流れていくのであった。
幼い頃、教育の一環として脅されていた“もったいないお化け”が本当にいるのなら、すぐさま出てきて襲われるのだろうか?
などと、勇樹自身もくだらないと思う考えを巡らしながら作業は続いていった。




