カルナと過去 2
対アンチ部隊に所属した私を見る隊員達の反応は、主に2種類に別れた。
「おい、見てみろよあの女。結構美人じゃねぇか?」
「あぁ、しかも良い体してやがる。うちの隊に来ないかな」
1つ目は、私が部隊に滅多にいない女だということで、嫌な目で見てくる人。
「ち、ここは女なんかが来る所じゃねぇっての」
「弱え女はさっさと田舎に帰んな!」
2つ目はそもそも、受け入れてくれない人だった。
勿論、普通に接してくれる人や、応援してくれる人もいた。しかし、女だからと変な目で見られるのが嫌だった私は、生活環境をガラリと変えた。
まず、その頃は軽量級の装備だった私だったが、体を覆い隠せる程の鎧を好んで身に付けるようになった。口調も少し荒くして、男のような口調になるようにした。ただ、力や体力は、周りの男達に負けていた。元々負けず嫌いの私は、そんな現状をどうにかしたくてある人に相談しようとしたのだ。
「え?イマリアさん、辞めてしまわれたんですか?隊長、それは本当なんですか?」
「あぁ、2ヶ月ぐらい前にな。なんでも、夫の住む町に引っ越して、その手伝いをして過ごすとかなんとか」
私は唖然とした。結婚していたのか__と。しかし、私はどうしても彼女に会いたかった。だから、その後に部隊長の言った一言で心底安心した。
「まぁ、あいつも30半ばだからな。でも、この町にはまだいるぞ。辞める時に、あと1年ぐらいはいるって言ってたからな。訪ねるってんなら住所を教えるがどうする?」
「ぜ、是非お願いします!!」
私は間髪入れずに答えた。急に大声を出した為、隊長は、「お、おう」と少し驚いたような顔をして言った。
イマリアの家は都市の郊外部にあった。周りに家は数える程しか無く。その代わりに広い草原が広がっている。そこでは、各々の家で、作物を育てていたり、家畜を育ていた。部隊の隊員が使う為の馬を育てている所もあった。
その草原の一角、ポツンと建つ2階建てのこじんまりとした家、家の前には庭があり、木製の丸机と椅子が3つ並んでいる。
その家の持ち主は、その並んだ椅子に腰掛けて、ゆったりとコーヒーを飲みながら、本を読んでいた。
何年ぶりの再会だろうか、ドクンドクンと緊張で脈打つ心臓を抑え、その家に向かって歩き出す。最後に会ったのは、それこそ7、8年前だった。向こうもこちらに気付いたのか、目を見開いた後、コーヒーを置いて、走って来る。少し、目が潤んでいるように見えた。彼女は、私の所まで走って来ると、私を優しく抱きしめた。
「あぁ、あの時、助けに行けなくてごめんね。カルナ。……会いたかった」
「……はい。私も会いたかったです。イマリアさん」
イマリアさんの言ったあの時とは、十中八九ハイルの事故の時だろう。私は、少し泣きそうな声で返した。
「本当は、あの後、時間を見つけて、行こうと思ってたんだけど……怖かったんだよ。『なんで、助けてくれなかったんだ』って、言われるのが、あんた達に拒絶させるのが、怖くて、行けなかった。弱いアタシを許しておくれ」
イマリアさんは、泣きながら私を抱きしめる力を強めた。優しい、大地のような匂いがした。私は、涙を流しながら何度も頷く。
「イマリアさんは、何も悪くないですよ。私が一番近くにいたのに何も出来なかった。悪いとしたら、私と、あとは運です」
それから暫く私達は抱き合ったままだった。
「部隊に入ったんだね。上手くやれそう?」
落ち着きを取り戻したイマリアさんがコーヒーを片手に言う。私は、彼女が淹れてくれたコーヒーを飲み、答えた。
「まぁ、なんとか。でも、みんな私が女だからってまともな目で見てくれないんです」
「……あー。まぁ、確かにね。アタシの時もそうだったよ。それこそ、結婚する前まではね。そうさねぇ、男でも作ったら?そしたら、周りの男どもも少しは大人しくなるんじゃない?」
カルナは顔を赤くして否定する。
「こんな、男勝りの女を好きな人なんて中々いないですよ!」
「……ふーん、そうなんだ……。で、故郷に、その中々いない男を置いて来た感じかい?」
ブー、とコーヒーを勢いよく吹き出す。私は、恥ずかしくて顔から火が出そうだった。彼女はニヤニヤと笑っていたが。
「それはそうと、結婚……してたんですね」
私は、無理矢理、話題を変えた。
「えぇ、結婚したのは3年前だけどね。それまではここで戦っていたのだけれど、そろそろ彼の所で一緒に暮らそうって2人で決めたんだ。今は北の小さな町で薬屋をやってる人なんだけど、少し前まで、ここで医者をやってたんだ。ちょっと年はいってるけど良い人で、アタシも診てもらったりとかしてたんだよ」
そう言った彼女の顔は、とても優しく、朗らかな顔だった。7、8年前の顔とはまた違う。まるで母親のような顔をしていた。
「で、どうしたんだい。今日は、まさかただ会いに来た訳じゃないだろう?」
イマリアさんは、そう言って笑った。が、さっきの顔とは少し違う。戦場を潜り抜けてきた騎士の顔だった。
「イマリアさん、今日は、お願いしたい事があって来たんです」
私は、ガタリと音を立てて椅子から立ち上がり、イマリアさんの顔を見る。
「イマリアさん!私を、一から鍛え直して下さい!!」
「……一応、理由を聞いとこうか」
イマリアさんは、私の顔をジッと見つめると言った。心の中までも見透かすような瞳に私は冷や汗を垂らす。
「最強の騎士になる為です。ハイルと約束しましたから」
「そうかい、最強……ね。…………ふふ、あはははははは!!!」
「どうしてそこで笑うんですか……」
イマリアさんは、私の理由を聞いて、大声で笑った。何故笑うのか分からなかった私は、少し嫌な顔をして尋ねる。
「いや、ごめんね。面白かったからさ。それにしても、最強の騎士__大きく出たねぇ。……理由は分かった。修行はやっても良いけどあんたは、アタシで大丈夫なのかい?言っとくけどアタシの修行は、部隊の訓練なんかとは比べ物にならないよ?」
「大丈夫です!!副隊長からもイマリアさんの事は聞きました。とても厳しい人だと」
アタシは即答で言った。元々イマリアさんの元で修行するつもりだったから、今更断るなんて道は無かった。
「分かったよ。とりあえず今日は帰りな。アタシも準備とか色々あるからね。カルナ、明日は部隊の訓練とかあるのかい?」
「明日は朝7時から訓練です。午後から都市周辺の警備の仕事が入っています」
イマリアさんからの質問に答える。イマリアさんは、顎に手を当てて考えると私の顔を見て言った。
「朝4時、ここに集合」
「……え?」
イマリアさんの言った事に私は思わず聞き返してしまった。4時となると部隊寮を3時半には出ないと間に合わない。まさかそんな早い時間から始めると思わなかった。
「朝4時、ここに集合」
「ちょっ__」
「朝4時、ここに集合」
「……分かりました」
1つの言葉しか言わなくなったイマリアさんに私は渋々答えた。
「よろしい。じゃあ、明日ね」
イマリアさんはニコリと笑って私を見る。私は「はい」と短く返事をして、その場を後にした。
「よし、これで良いかな」
訓練用の剣と盾。動きやすい皮の鎧に靴。肩まで伸びた赤髪をゴムで後ろで縛る。なるべく音を立てないようにゆっくりと寮を出ると、空にはまだ、綺麗な星空が見えていた。
道は3メートル先も見えない。月明かりが多少は道を照らしてくれているが、それでも全く見えないに等しかった。
持ってきたランタンに火を付けて、イマリアさんの家に向かって歩き出す。歩き始めて20分程、私はイマリアさんの家に着いた。
「よしよし、ちゃんと遅れずに来たね。偉い偉い」
「茶化さないでください」
イマリアさんが私の頭を撫でる。私は撫でられながらも彼女に言った。
「じゃあ、始めるよ。付いて来な」
イマリアさんはそう言うと歩き出した。私も彼女に続いて歩き出す。
着いた先は都市の外壁の周りだった。外壁には、一定の間隔で壁に明かりが下がっており、外周ぐるりと余すところ無く照らされていた。
「うーん、あと2時間って所かな。じゃあカルナ、それまでここ、走り続けよう」
カルナは、呆然とした。剣術の稽古などをすると思ってたからだ。
「あの、私、剣と盾を持って来たのですが」
「お?流石だねぇ、じゃあそれ持って走ろう。実践と同じ状態で走った方が良いからね。あぁそうだ。あと、仕事が終わった夜の8時からも修行やるから、忘れずに来てね」
私は、何も言い返せず、ただ「はい」と呟くしか無かった。
そこから先は本当に地獄だった。朝3時に起きて走り、訓練と仕事が終わった後に剣の稽古、そして、それが終わってからもう一度2時間走って、その後家に戻って泥のように眠る。その繰り返しを修行が終わるまでの8ヶ月程、毎日欠かさず続けた。仕事が休みの時は、ほぼ一日中修行に時間を費やした。何度も挫けそうになったが、その分確実に実力は付いていった。
「ほら、足がふらついてるよ!」
イマリアさんが私の足を思い切り蹴る。グワッと体が浮いた感覚を覚えた私はそのままドサリと地面に倒れる。そして、気が付いた時には首筋に剣が添えられていた。
「重心が安定してないからふらつくんだよ!疲れたのかい?敵は疲れたと言っても待っちゃくれないんだよ!」
「ぐあ……!」
彼女は剣を引っ込めると仰向けに倒れている私の背中に足を入れ、思い切り蹴り上げた。私は、呻き声を上げて、飛ばされる。何度か地面を転がった後、よろよろと立ち上がった。
「ぐ、まだまだぁ!!」
夜にランタンで周りを灯し、剣の稽古をやった。剣の稽古と言っても型を教えるとかではなく、ただひたすらにイマリアさんと剣を打ち合った。
そして修行が始まって8ヶ月後__。
「はぁ……!はぁ……!」
「ぜぇ……ぜぇ……」
私は倒れたイマリアさんの上に乗っかり、剣を突き付けていた。彼女は、ニヤリと笑って両手を上げる。
「はは、ようやくここまで来たね。参ったよ。降参だ。……強くなったね、カルナ」
剣で彼女を初めて負かす事が私は、張り詰めた緊張の糸が切れたのか、そのままふらりとイマリアさんの胸に倒れる。
「良く、最後まで付いて来たね。偉いよカルナ」
薄れていく意識の中で感じたのは、柔らかい温もりと、頭を撫でられる感触だった。




