カルナと過去
人一倍負けず嫌いで男の子のような子だった。周りの人は、そんな私を見ては、祖母にそっくりだと言っていた記憶がある。
「こら、カルナ!聞いたよ!?また、隣のハイル君とアンチを見に行ったってね!あんたは、あんだけ危ないって言ってるのになんでそんなとこばっか行くんだい!」
「うぅ……。ごめんなさい。お母さん」
お母さんに叱られてばかりで、泣いてばかりだった事を覚えている。それでも、それで行かなくなったとなると、何か負けた気がして、何度も何度もアンチを見に行った。この頃が丁度10歳ぐらいだった。
「ねぇねぇ、イマリアさん。アンチと戦うのってやっぱり怖いの?」
「ばっか、カルナ!イマリアさんが怖がる訳ねぇじゃんか!」
うちの家は、小さな町で小さな宿屋を経営してて、時折泊まりに来る対アンチ部隊のイマリアさんという人に幼馴染のハイルと一緒に部屋に押し入っては、部隊での話を聞かせてくれとせがんでいた。
イマリアさんは、とても綺麗な人で、町の男どもからの人気も絶大だった。
「うーん、なんだかんだ言ってアタシも怖いものは怖いさ。死ぬのだって怖いし、戦うのだって怖い」
「怖いの?じゃあなんで戦ってるの?」
私は間髪いれずに聞いた。イマリアさんは、悲しい顔をした。
「アタシには、これしか無いからね」
ポンと自分の腕に手を置いて言う。私もハイルもそれ以降、そういう話は出さなかった。いや、イマリアさんにそんな顔をさせてしまったのが嫌で、出せなかったのかもしれない。
それから5年が経った__。私とハイルの関係は、そのまま続いていた。しかし__。
「なんだよ、カルナ!ボサッとしてっと置いてくぞー?この先の池でアンチ目撃情報があったのは、昨日なんだ!早くしないといなくなっちゃうぞ!」
「ちょっ、ちょっと待ってぇ」
ひょい、ひょいと10m程の崖を軽々と登っていくハイルの後ろで私は息を切らしながら登っていた。
「はっはっは、お前も女だな!俺は男だからもうここまで来たぜ!」
ハイルは崖の1番上で高笑いをしてみせた。私は悔しくなって彼を睨んだ。その時、気付いてしまったのだ。
彼の後ろに、アンチがいる事に__。
「ハイル!危ない!!」
ハイルは「え?」と後ろを振り向くが、もう遅かった。アンチはハイルを思い切り殴った。ハイルは崖をゴロゴロと転がって、1番下まで落ちた。転がっている最中に足を強くぶつけたのか、足を抑え、のたうちまわっている。
幸い、その後すぐに対アンチ部隊の隊員が来て、アンチは無事に倒され、ハイルも町の病院に送られた。
「あはは、それでよぉ!うちの母ちゃんも、怒っちゃってさ!『ホントにパパと一緒でバカなんだから!!』てよぉ!」
それから2日後、ハイルは目を覚ました。いつまでたっても起きないからこのまま起きなかったらどうしようと思っていた。しかし、それからまた2日経つと、いつもの調子に戻り、笑顔で自分が怒られた話をしていた。
「ハイル……。足、大丈夫なの?」
私は心配になって聞いた。
「……心配ねぇよ!ほら、俺、男だからさ!女と違ってやわじゃないんだよ!痛みとかもねぇし、あと、もう少しすれば動けるはずさ!」
ハイルは笑顔で言った。男だからとか、そういう所は少し、ムッとするが、彼が笑っているのを見ると、やけに安心した。
「うん。そうだよね!」
その日の帰り道の事だった。病院と家の間のいつもの通り道を歩いていると、近所のおばさん達の声が聞こえてきた。
「……ローベルトさんの所の……」
「あら、でもそれ………」
ローベルト……ハイルの所の家の名前だ。それが気になってしまった私は、物陰に隠れながら近くまで行って、その会話を盗み聞こうとした。
「ハイル君の足、もう治らないそうよ。なんでも右足の細胞が壊死して使い物にならないんだって」
「可哀想ねぇ、あの子、走るのとか、木を登ったりするのとか大好きだったものねぇ」
「もしかしたら、歩くのも出来なくなるかもしれないとか」
「歩く事が出来ないとなると、これからどう生活していくのかしら」
衝撃だった。あの笑顔も、あの安心させる声も、言っている事も、全て嘘だったのだ。私は、ギリと歯を鳴らして、顔を真っ赤にしながら、元来た道を戻った。
病院まで戻った私は、乱暴に引き戸を開ける。そこには、窓から見える夕陽をただ眺めるハイルの姿があった。ハイルはこちらを見ると、少し驚いたような顔をした。
「なんだぁ?カルナ、なんか忘れ物でも__」
「なんで嘘なんかついたの!!」
ハイルの言葉など気にもせずに私は怒鳴った。私が突然大声を出すから、ハイルも、そこに1人いた医者も驚いたような表情をみせた。
「……町のおばさん達から聞いたんだ。もう、足、治らないって!ねぇ、なんで言ってくれなかったの?」
「__ッ!…………そうか」
ハイルは顔に影を落とす。そして、もごもごと小さく声を出した。私はそれにすごく腹が立って、ハイルにドタドタと音を立てて歩いて行き、胸ぐらを掴んだ。
「私には!嘘をついて良いの!?また、男だから嘘をついて良いとか言うの!?」
「__ッ!!お前に!余計な心配させたく無かったからだ!!!」
私はそこで、自分がとんでもなく、酷い事をしているんだと察した。ハイルの目から涙が溢れ落ちていたのを見て、そして、自分が泣いているのを知って、スッと心が静かになっていくのを感じた。
「ごめんなさい。私は、あなたの気持ち、全く考えてなかった」
「……あぁ、俺も考えてなかった。どちらにせよ後々分かる事なのにな、見栄……張っちまった。悪かったな」
互いに謝る。少しの無言の時間の後、話始めたのは、私だった。
「……もっと一緒に走り回りたかった」
「……ああ」
私が言うと、彼が小さく呟くように返す。
「……一緒に部隊に入って、アンチと戦いたかった」
「俺もだ」
「なんで怪我なんかしちゃったのさ」
「あー、あれだな。運が悪かった」
「ホントだよ」
「……私は悲しいよ」
「…………俺もだ」
また、沈黙が続いた。
「なぁ、カルナ。俺、新しい夢、出来たんだよ」
ハイルが突然、夢を語り出したから私は「えっ?」と動揺した後に少し笑ってしまった。「何笑ってんだよ」と怒られたのを覚えている。
「俺、鍛冶屋になろうかなって思うんだよ。ほら、武器とか防具とか作る仕事、あれ、凄いカッコ良くないか?」
「うーん、そうかなぁ」
当時の私は、そういう事にあまり詳しく無かったから首を傾げた。それを見たハイルは、ニヤリと笑った。
「分かってねぇなぁ。想像してみろよ。お前が将来、部隊に入ってな、どんどん有名になっていくんだ。挙げ句の果てには、隊長とか任されたりしてな。そして、その超有名人のお前は俺が作った最強の武器や防具を使うんだ。お前は、その腕と足で、俺は俺の鍛冶職人の腕前で、2人で有名になんだよ。……どうだ?カッコ良くないか?」
ハイルの語る夢物語に私は目をキラキラさせて頷いた。「なんかカッコ良い!」とハイルに向かって親指を立てた。ハイルも同じように親指を立て、「だろ!?」と大きな声で言う。
「じゃあ、約束だ。俺は世界一の鍛治職人になって最強の武器や防具を作る」
「私は部隊の隊長になって、その武器と防具で世界一の騎士になる!」
そう言って、その日、私達2人は別れた。
そこから月日は流れ__3年後。
「じゃあ、行ってきます」
「おう、頑張ってこい!」
「たまには、帰ってくるのよ」
父さん、母さんの言葉を背に、私は、首都アイールに旅立った。朝日は、私の顔を燦々と照らし、まるで私の旅立ちを祝福しているかのようだった。そして、少し歩いたぐらいだったか。
「おーい!カルナー!!」
ガッシャガッシャと音を鳴らしながら走って来たのはハイルだった。彼は、あの後、足を切断したが、今は、重そうな金属の足を付けており、少し走る事も出来るようだ。
「ハイル。相変わらず、凄い音だな。それは」
「おうよ!凄い音は鳴るが、凄え便利だぜ!流石親方って感じだ!」
ハイルは、2年前に漸く通常の生活が送れるようになった。そこから町の鍛冶屋で、そこのおじさんの弟子として働いている。まだ、その時は掃除やら材料の準備だけだったのだが。
「で、どうしたんだ?随分、慌てていたが」
「おお!そうだったそうだった!俺な!この前、漸く鍛造の許可が出たんだ!!それで、初めて作ったもんだが、お前にあげたいと思ってな」
ハイルはそう言うとゴソゴソと手提げの袋の中を手探りで探す。
「これだこれ。一応、軽い武器も持ってた方が良いと思ってよ。ナイフだ」
それは綺麗な鞘に収まったナイフだった。私はそれを笑顔で受け取る。
「あぁ、ありがとう」
「おう、気にすんな!そんじゃあ、俺、これから親方と特訓だからよ。そろそろ行くわ。じゃあ!頑張れよ!!」
ハイルはドタドタと大急ぎで戻って行った。私はそれを見送った後、ナイフの鞘を取る。
「あはは、何だこれは?」
それはやけに横に反ったナイフだった。おまけに刃はガタガタ。おそらく、槌で叩く際に真っ直ぐに叩けなかったのだろう。ただ、あいつが、どれだけ頑張って作ったのかは、良く分かった。
「ふふ、これは、私は使えないな」
私はそのナイフを大切に背嚢にしまった。




