重なる異変と裏切り
「すまない!今すぐに出れるか!」
カルナが慌てて都市から出てくる。その目は、東の空をしっかりと捉えていた。
東の空は、先程まで快晴だったのだが、急に黒い雲がかかり出し、竜巻が発生している。
「もちろん、出られます。急ぎましょう!」
アルフレッドはカルナを抱え、東に向かって走り出した。本来は、持ち場の北に向かうのだが、もし、怪物が現れた場合、カルナしか太刀打ち出来ないのだ。その為、異常気象がどこで起きようとも、カルナだけはその場にいなければならなくなった。
「穴は見えない!だが、発生したばかりだ!まだ油断出来ない!」
カルナは言う。アルフレッドは頷き、更に速度を上げた。
今回の異常気象の発生場所は、アイール平原の東部、シュラウ川の中腹だった。都市アイールの東には、ハイファンと呼ばれる山があり、そこからアイール平原のシュラウ湖に向けて、川が流れている。その川が、最も都市と近づく場所__。そこで異常気象が起きているのだ。
アルフレッド達は、猛スピードで駆け抜ける。シュラウ川に着くと、もう既にアンチと隊員達の戦いが始まっていた。近くには、隊員達が野営をしたテントがある。仮拠点の目と鼻の先で異常気象が起こっているようだった。その為、テントのいくつかは、竜巻に巻き込まれ、残骸となってその辺りに散らばっている。隊員達も何人か巻き込まれたのか、残骸となったテントの近くに横たわっている。その隊員を別の隊員が、一箇所に運んでいた。運ばれない隊員も中にはいたが、そういう事なのだろう。無事なテントの近くには、鍋と、中に入っていたであろうスープが散らばっており、まだ、黄昏時まで時間があるから大丈夫だろうと油断していた時に異常気象が起こったのだろうと容易に想像出来た。
「アルフレッド!私達も加勢する!」
アルフレッドがカルナを下ろして直ぐに彼女は走り出そうとする。それをアルフレッドは片手を彼女の眼前に出して止めた。
「待ってください。あなたは、怪物が出て来た時の、最後の切札です。ここは、俺が行きます」
カルナはギリッと歯を鳴らす。そこには、助けられない苛立ちが込められていた。しかし、彼女はアルフレッドの言い分に同意すると、一言「分かった」と呟き、アルフレッドを向かわせた。
アルフレッドは、戦場を駆け抜ける。簡易的な皮の鎧を付けている彼だったが、アンチがその鎧に触れる前に次々と倒していく。しかし、異常気象は止まらない。竜巻は止まったものの、豪雨が降り注いでいる。アンチも次々と出現し、アルフレッドは、焦りと苛立ちを覚えた。
「があ!」
アルフレッドは平手でアンチの頭を吹き飛ばす。その隙を狙ったのか、背後から別のアンチが飛びかかってくるが、それを必要最低限の動きで避け、腰に蹴りを食らわせた。上半身と下半身に別れたアンチは、スゥと消えていく。
「くそ!切りが無い!」
アルフレッドが悪態を吐く。実際に倒した数と同じぐらいのアンチが直ぐ様出現し、隊員達に襲いかかってくる。そして、丁度、20体目のアンチを倒した時だった。
「そ、そんな」
アルフレッドには、声がはっきりと聞こえた。オーファンの声だ。その声は震えていて、今にも消えてしまいそうだった。しかし、彼女は力を振り絞り、叫んだ。
「あ、新たな異常気象です!アイール平原の北部から強大な力を感じます!」
アルフレッドは驚愕した。黄昏時前に異常気象が発生したのも驚きだったのだが、まさか、異常気象が2箇所同時に起こるとは、思っていなかったからだ。
既に隊員達も何人か気付き始め、落胆する者、絶叫する者、絶望する者が溢れかえっている。そこをアンチの軍勢に攻められ、対アンチ部隊は、圧倒的に不利な状況に貶められた。
「グガアアアアァア!!!」
北から、雄叫びが聞こえた。怪物だ__。北の空には穴が開き、中にいる怪物が叫んでいた。カルナは、唖然とした表情で北の空を見上げ、小さく舌打ちをした。
「も、もうダメだ」
「俺たち、ここで死ぬんだ」
隊員達から、諦めの言葉が聞こえてくる。アンチがこの隙を逃すはずが無く、隊員の1人に襲いかかる。
「生きる事を諦めるな!!」
その時、カルナの怒号が響き渡った。それと同時に、カルナが宙に向かってEマグナムを撃つ。放たれたビームは宙でピタリと止まる。その後、そのビームは無数の小さな光線となって何体ものアンチの頭を撃ち抜いた。
隊員全員がカルナを見上げる。
「対アンチ部隊、特攻部隊の、誇り高き隊員なら!地に堕ちようとも!泥を啜ろうとも!腕が無くなろうとも!生きる事に命を賭けてみせろ!」
再びカルナが引き金を引く。そしてまた、十数体ものアンチを消し去った。
カルナの激昂で、隊員達の士気は再び上がった。隊員達は、それぞれ生きようと戦った。それを見たカルナは、真剣な表情で北の空を見る。
「カルナ隊長、すいませんでした」
1人の男が駆けてくる。西部隊の隊長であった。
「ご協力、感謝致します。激昂してもらった身で言うのは、恥ずかしいのですが。ここは我々に任せて、隊長は北に向かってください。我々の命に賭けて、ここは守り抜きます」
カルナは無言で西部隊隊長を見つめる。やがてニヤリと笑い、彼の胸を小突いた。
「違うだろ、生きて、尚且つ守り抜く事に命を賭けろ」
西部隊隊長は、小さく笑うと敬礼をして、戦場に駆けていった。
それと、入れ替わりでアルフレッドが走ってくる。そして、カルナからEマグナムを受け取り、彼女を抱えて北へ走り出した。
「まずいな。新しく異常気象が起きている場所。あれはラーノ樹林の向こうだ」
カルナが言う。アルフレッドは苦い顔で頷いた。ラーノ樹林よりも北となると、バリオンの目の前だ。バリオンも異常気象に巻き込まれている可能性が高い。アンチが町に侵入するかどうかは、隊員達に掛かっているが、問題は、今も大きくなり続けている異世界の扉だ。もう既に怪物の頭が出る程の大きさまで広がっており、怪物が完全に出てくるまでの時間はあまり無いかもしれない。それは、アルフレッド達を更に不安にさせた。
「急げ!アルフレッド!」
「分かってます!」
アルフレッドは、不安を紛らわせるようにわざと大きな声で言った。
ラーノ樹林を最速で抜けると、目の前には地獄絵図が広がっていた。町に被害が出ているようには見えなかったが、隊員達がそこら中に倒れている。地面は抉れ、木は何本も薙ぎ倒されている。しかし、アンチは数体しかいない。その数体も3人の隊員達が取り囲んでいる。何も無ければ問題なく倒せるだろう。
その戦場の中央に見知った人が立っていた。カルナは、その人物が誰か直ぐに分かった。何故なら、つい先程、自分が会った人物だったからだ。
黒髪を風に靡かせ、黒い鎧に身を包み、両手を後ろに組んでいる。その目は、穴を真っ直ぐに見つめている。
「ベル……総隊長……!」
アルフレッドはカルナを下ろす。彼女は、ゆっくりとベルの所に歩いて行く。アルフレッドは、呆然としながらベルを見つめていた。
「ベル総隊長。あなたは何故ここにいるのですか?あれ程の距離をどうやって?」
カルナは、ベルに詰め寄る。ベルは、背を向け、空を見上げたまま、一向に喋ろうとも、振り向こうともしなかった。
アルフレッドはベルを見ていた。どのようにここまで、来たのだろうと考えた。アルフレッドは、ここまで40分程で来れたが、それは彼だから出来た事だ。普通は、そんな短時間では移動出来ない。
その時、真横に倒れていた、隊員の腕がピクリと動いた。その後に、顔がゆっくりと動き、朧げな瞳で前を見つめる。それに気付いたアルフレッドはその隊員を見た。
「カ、ル………長…!……逃げ……………!」
耳を澄ませてようやく聞こえる声だったが、アルフレッドは確かに聞こえた。カルナ隊長、逃げて__と。アルフレッドは直ぐ様叫ぶ。
「隊長!逃げて下さい!!」
「は?」
カルナが声を上げたと同時だった。ベルが振り向きざまに右手をカルナの顔目掛けて振り抜く。カルナは、頭を後ろに下げ、ギリギリの所でそれを避ける。その後、後ろに2回飛んで距離をとった。カルナは一呼吸置いてベルの右手を見る。不健康そうな色をした手。そこから少なくとも指の長さ程はある黒い爪が生えていた。
カルナは、全身から血の気が引いていくのを感じた。ゴクリと生唾を飲み、ベルを見据える。
「あーあ、まさか避けられるとはな」
ベルは調子の良さそうな声を上げて右手で頭を掻く。
「まぁ、避けられちゃったものはしょうがない。さて、と、じゃあカルナ君の先程の質問に答えようか」
ニタリとベルが笑みを浮かべる。それは、とても恐ろしく、残酷な笑みだった。
「まず、ここにいる理由は、アンチデーモンが異界の扉をくぐり、この世界に君臨する最終準備の為」
アルフレッドとカルナはゾ、と背筋が凍った。ベルが殺気を振りまいたからだ。真っ赤に染まった目がアルフレッド達を睨みつける。2人は、蛇に睨まれた蛙のようにその場に硬直した。周りの隊員は、その殺気に当てられたのか、1人残らず気絶している。
「そして、都市アイールからこの距離をどうやって来たかだが……」
ベルはそこまで言うと、力を込める。アルフレッド達は、周りの空気が震えるような錯覚を覚えた。
「こうやってだ!!」
ベルは、力を解き放つ。彼を中心に風が巻き起こり、その近くにいたカルナは、アルフレッドの所にまで吹き飛ばされる。アルフレッドはカルナを抱きとめるとベルを見据えた。
そこには、変わり果てたベルの姿があった。
頭には、2本の角が真っ直ぐに伸びている。黒く、太い尻尾が生え、ベルはそれをダンッと地面に打ち付ける。それだけで、その周辺の地面が抉れる。背中からは、鎧を突き抜けてドス黒い翼が生えていた。
「……悪魔」
ベルを見たオーファンは、驚愕の表情を浮かべ、呟いた。




