第12話:青春協奏曲~法王の正義~04
開かれた扉から大量の電子音が流れ込んできて、僕の耳に届いている。
それでも、僕らの間だけ無音になっているような、まるで別空間にいるような感覚になっている。
「たしかに、現内くんが来てから部の雰囲気がちょっと変わってしまいました。でもそれって悪いことですか?現内くんが原因ですか?」
「………」
渡辺さんは、黙って花尾間さんの主張を聞いている。
「現内くんは、二年生だけど新入部員だからちゃんと雑用をしていました。強いからって先輩に無礼な態度だってとっていないはずです。
教える立場になってからだって、ちゃんとその人に合ったアドバイスをしてくれていたじゃないですか」
関泉さんですら初めて見る花尾間さんなのだろう。彼女も黙って見守るだけだった。
「そんな今の部活が不満なんですか?だったら、現内くんじゃなくて屋良さんに言うべきじゃないですか。現内くんは屋良さんの頼みを聞いて、それに一生懸命応えていただけですよ」
そして僕も、そんな花尾間さんの言葉を一つ一つすくっていくのに精いっぱいだった。
「現内くんについて私達しか知らないことはあると思います。でもそれは渡辺さんが知ろうとしなかっただけだと思います。それなのにあんな事を言うなんて、本当は部のためなんかじゃなくて、自分のためなんじゃないですか?」
そう最後まで言い切った花尾間さんは、両手で顔を覆って泣き始めてしまった。
それに一早く気づいた関泉さんが、抱き寄せた。
僕は、ゆっくりと渡辺さんの方を向いた。
渡辺さんは、ひどくショックを受けている感じだった。目はどこにも向いておらず、手は強く握られている。
再び花尾間さん達の方を見ると、二三人の生徒がこちらの異変に気が付き始めていた。
花尾間さんのあんな姿を野次馬になんか見せられない。そう思ったけれど、体が言うことを聞かない。
ショックを受けて、動けなくなっているのは僕も同じだった。
僕の視線に気が付いた関泉さんが後ろを振り返り、事態に気づく。
「渡辺さん、私達はもう行きます」
そう言って、花尾間さんを支えながら競技館の出入口へ向かった。
「現内、お前もいけ」
しばらく何もできずにいると、渡辺さんが静かにそう言った。
僕は、渡辺さんの様子を少し伺い、それ以上何も言わなかったのですぐに倉庫から出て行った。
腫らした目を擦りながら競技館を出ると、すぐ近くの女子トイレに二人が入っていくのが見えた。
このままじゃ部活に戻れないし、なにより花尾間さんが気になる。
僕は男子トイレに入り、鏡で自分の状態を確認する。
案の定、完全に泣いた後の顔になっていた。
軽く顔を洗い、廊下で花尾間さん達を待った。
少しして、二人が女子トイレから出てきた。
花尾間さんはハンカチで口元を隠していて、まだ目が少し赤くなっている。
そんな顔を見て、僕は胸がズキリと痛んだ。
「あ、あの…」
なんて言っていいかわからず、弱弱しい声しかでなかった。
「あ、待っていてくれたんだ」
関泉さんが、やさしく僕にそう言った。
「うん…、その…だいじょう…ぶ…ですか?」
あんな情けない姿を晒して、助けてもらって、泣かせて、僕はいったいどうすればいいのだろう?
「う、うん。大丈夫だよ。…現内くんも、大丈夫」
口元を隠したまま、花尾間さんは笑いながら僕を気遣ってくれた。
「僕は…平気だよ。でも、花尾間さんに…あんなことさせてしまって」
何が原因であれ、先輩にたてつかせてしまった。
確執が残ってしまったら、僕だけでなく、花尾間さんまで部に居づらくなってしまう。
「気にしないで、私も自分でびっくりしているくらいだから。私ってあんなこと言えたんだね」
花尾間さんは小さく笑った。
「現内くん、できたらでいいんだけど、先に部室に戻ってくれない?三人で遅れて行くのはちょっと不自然になるかもしれないから」
関泉さんが申し訳なさそうに言った。
「…わかった」
僕はどうしたらいいかわからない。だから、せめて二人が望んでいることをしよう。
僕は小走りで階段へ向かう。
そして、一段目に足をかける直前、僕は大事なことをギリギリ思い出した。
「花尾間さん、関泉さん」
振り返り、二人の名前を呼ぶ。
「えと、ありがとう」
僕の感謝の言葉に、二人は笑顔で応えてくれた。
それを見て、僕は部室へと急いだ。
渡辺さんが言っていたことが、どこまで本当かはわからない。
でも、そのことに一理あることを自分が認めてしまった。
でも、そんな僕を花尾間さんは肯定してくれた。
それが純粋にありがたかった。
僕なんかが、あんな風に庇ってもらえるなんて思っていなかった。
あんな風に、人に認めてもらえていたなんて考えてもみなかった。
それがうれしくて、うれしくて、考えただけでまた泣きそうになってしまう。
僕が崩れ落ちずに済んだのは、花尾間さんのおかげだ。
これから、渡辺さんとどうなるか見当もつかないけれど。
今の僕は、立ち向かう勇気をもらっている。
そう思えた。
第12話 -完-