第12話:青春協奏曲~法王の正義~03
僕の頭の中は真っ白になった。
渡辺さんの言葉の意味はわかっている。
僕に大会に出るなと言っている。自分から下りろと言っている。
でも、どうして、そんなことを…。
大会に出れるなら出たい。
みんなで優勝を目指して頑張りたい。
だけど、目の前の渡辺さんが恐くて何も言えない。
僕の口からは、「あ」とか「え」とかいう音が漏れてくるばかりだった。
「お前を格ゲー部につれてきたのは屋良だ。だから、お前が部に来たことはしょうがない」
小声でも届くような距離なのに、渡辺さんは大きな声で話し始めた。
「でもな、お前もわかっているだろ?ここにいるのはお前と違う人種だ」
そんな話は聞きたくないのに、目と耳が完全に引き付けられてしまっている。
「みんなに強い強いともてはやされるのはさぞ気持ちがよかっただろうが、みんなはお前みたいになりたいわけじゃない」
もう、あの部活に行けなくなると思うと、足が震えてきて感情が爆発しそうだった。
「お前に触発されている奴が何人かいるが、正直、お前にダメ出しされてまで強くなりたいわけじゃない、みんな楽しく格ゲーやりたいだけなんだよ」
人によって練度に差があった。だから、僕のアドバイスをちゃんと聞いてくれていない人がいるのは感じていた。
「しかも、三年は最後の大会だっていうのに、突然入ってきたお前がその一枠を脅かしている」
出たいとは思っていた。でも、誰かを押しのけてまで出たいとまでは思っていない。
「これからお前がどうするかはもうどうでもいい、俺たちはすぐ引退だ、二年生に任せる。けどな、夏の大会だけはどうしても譲れない」
僕は………。
「お前、邪魔なんだわ」
その一言で、僕の二か月が崩れ落ちる音がした。
僕が頑張ってきたことは、意味がなかったのか?
僕のやり方は、間違っていたのか?
部活のように楽しくやりたい。
チームのように強くなりたい。
両方を望むことは愚かなことだったのか?
中途半端なことだったのか?
…。
……。
いや、中途半端だったんだ。
だってそうだろ?僕はなんでこの間まで一人ぼっちだったんだ?
ゲームがただのコミュニケーションツールになってしまった同級生達じゃ物足りなくて。
でもゲーセンにいるガチ勢の中へ入っていくには根性が足りなくて。
だから行き場が無くなって。
この世界ではゲームを大勢がやっている。
でもそれだけ。元の世界との違いはたったそれだけ。
同級生達からしたら強すぎる。
本気でやっている人達からしたら意思が弱すぎる。
結局僕は、どっちつかずだったんだ。
渡辺さんの言う通り、もてはやされて、自分のことを勘違いしていた。
変わったのは世界の方で、僕は僕のままなのだから。
……。
…。
気が沈む。
体の中もなんだか鈍い。まるで内臓まで沈み始めているようだった。
視線もいつの間にか落ちていて、渡辺さんの足元すら見えていない。
ただ、無意識に泣いてしまいそうなのを、ただただ我慢しているだけの自分がいる。
「わかってくれたか?」
今までと違い、渡辺さんは静かにそう言った。
わかりたくなんてなかった。
でも、抗う気力が無い。
こんなことを言われてまで、部活に顔出せる気がしない。
僕は…。
ぼくは……。
………………。
逃げ道を考え始めたその時、大きな音を立てて倉庫の扉が開いた。
驚いて体をビクつかせた僕は、溜まっているかもしれない涙を拭いて、顔を上げる。
そこにいたのは、扉を開けた花尾間さんと、その横で隠れるように立っていた関泉さんだった。
彼女達だとわかった瞬間、今の僕の顔を見られたくなかったので手で覆い隠そうとしたが、花尾間さんの表情が目に飛び込んでくると、そんなことなどすぐに忘れてしまった。
花尾間さんの…怒った顔を初めて僕は見た。
その顔は、真っ直ぐ渡辺さんの方を向いている。
「花尾間…お前、まさか聞いていたのか?」
この事態に、さすがに渡辺さんも動揺している。
わざわざ僕を指名してここへ来たんだ。二人だけで話しを終わらせるつもりだったはず。
渡辺さんの問いに、花尾間さんは微動だにしなかった。
「…くそ」
渡辺さんは悔やんでいた。
それは、花尾間さんに聞かれたことなのか、扉が薄いことへの考慮が足りなかったことなのか、はてまた迂闊にこんなことをしたことなのかはわからない。
ただ、やってしまったことはしょうがないと、腹をくくった様子でもあった。
「お前らは現内と仲が良いからわからなかっただろうが、現内の存在に慣れていないは俺だけじゃない。屋良には言わないように言われたが、大会出場者の会議が長引いたのは現内が原因だ。だから、しかたなく俺が損な役をやっただけだ。こいつは秋から大会に出れる、それでいいだろ」
「違います!」
渡辺さんの言い分に、花尾間さんがすぐ反論した。
その強い物言いを引き止めるように、関泉さんは花尾間さんの腕を掴み、心配そうな顔をしている。
「違う?」
「わ、わたしが…私が納得いかないのはそういうことじゃないです」
「な、なんだよ…」
いつもの花尾間さんからは想像できない勢いに、渡辺さんが押される。
花尾間さんも、感情が高ぶり過ぎているのか、目が赤くなって潤みはじめている。
「夏の大会が…三年生最後の大会だから……三年生に譲れって言いたいのは…わかります」
花尾間さんは、泣きそうなのをぐっと堪えながら、自分の思いを告げていく。
「でも、でも…でも!こんなやり方、そんな言い方ひどいじゃないですか!」
あの控えめな花尾間さんが、勇気を振り絞って、僕のために戦ってくれている。
それがわかった時、僕は涙が零れるのを止められなかった。




