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「……ぬっ!」


 だだっ広い道場にて。


「……海斗、貴様……今気を抜きおったな……?」


 俺は今死にかけた。いや、正確には死に損なった。八極拳における槍の取り組み……まぁ組手で、事故を装って死のうとしたが、目の前の達人は文字通り紙一重でその槍を止めて俺を睨みつける。


「刃は潰してあるが、これは危険なものじゃと言っておるだろうが!」

「あ~……すみません。」


 完全に止められないタイミングを狙ってのことだったのだが、止められて空恐ろしい気分になる。

 今日の演目は全部説教に変わり、途中で合流した陽菜が老師と一緒に怒ることで本日の稽古は終わってしまった。


「海斗さん! 最近様子がおかしいですよ!? 何を考えてるのですか!」

「色々。……まぁ、夢、かな……」


 帰りも陽菜に怒られるのを聞き流しながらトラックとその前に何かが飛んでいないかを目で追っていると陽菜はますます怒っているようだった。


(……自殺か……でもなぁ……自殺は転生し辛いしな…………猫が!)


 乗用車の前で身を竦ませて動きを止める猫を助けに車道に飛び出そうとすると強く手を引かれた。


「また!」

「猫が! ……いや、助かったか……」

「分かっておられませんね!」


 乗用車は止まってクラクションを鳴らした。猫は無事のようだ。そして今日も遺書が役に立つことはないみたいだ。


「海斗さん? 私は本当に心配してるんですよ!? こっちを見て話を聞いてください!」


 あーはいはい。陸斗と結婚した時に湿っぽい話はしたくないでしょうからね。結婚式の時とかに本当はここに……みたいな話が合ったら最悪でしょうね。


 でも、この想いは止められない。まぁ、嫌な気分にはなるかもしれんが、対して君たちは俺に興味ないだろうから大丈夫だよ。所詮、出涸らしのことなんてすぐ忘れる。


「何か悩みがあるなら相談に乗りますから……! どうしたんですか?」

「悩みねぇ……いや、何でもない。気にしなくていい。」

「なら、どうして最近……」

「いや、反省してるよ。俺はどうしようもない屑だ……」


 ふと我に返ってみるとちょっとやり過ぎだったな。あまりに異世界に行けなさ過ぎて他人に迷惑をかけるところだった。特に、老師……過去に結構殺してた話を聞いて今日の行為に踏み切ったけど、現代社会じゃ駄目じゃん。


 いや、俺アホだな……視野が狭隘だね本当に……


「ごめん。どうかしてたな……後で老師にも謝らないと……」

「本当に止めてくださいよ?」

「あぁ、うん。」


 人に迷惑が掛からないように逝かねば……あ~どれもこれも俺の足下に召喚陣が来ないことが悪いよ。いや、それにしても俺は自己中だった。反省せねば。


 焦っていてもダメだ。異世界に行くには30になるまでが勝負なんだから、30になったら最終手段で自殺するが……とにかく、それまでは無茶な飛び込み……


世取山よとりやま流古武術の弟子だな? 故あって、その命貰い受ける! 覚悟!」


 あ、ちょうどいい所に凶刃が。これは……


「海斗さん!? また変なことを考えてるんじゃ……」


 いつもであれば名乗っている間にぶちのめしている俺が動かないことを受けて陽菜が構える。だが、それより疾く俺は動いた。


「きぇいっ!」

「ぅぐっ……」


 ……普通にそこそこ強かった。……まぁ、それでも……フフ……


った!」

「いやぁっ!」


 陽菜の金切り声が聞こえる。一先ず、俺は目の前の敵の短刀を胸の筋肉で締め上げて……これ痛いんだよね。滅茶苦茶な違和感あるし……


「ぬ、抜けん……」

「仲良く死のうぜ……」


 一緒に死んだ。











 気が付くと、白い世界としか形容できない空間に居た。この時点で俺は勝ちを確信し、ニヤニヤが止まらない。

 周囲には不潔そうな人間や気弱そうな人間がわらわらしているがその一部はこの状況を知っているのだろう。隠しきれない笑みを浮かべていた。


 しばらくすると、2人程追加されて空間の一部が光り出す。


「……いよいよ、か……」


 先程止められた胸のドキドキが止まらない。そうこうしていると空間が裂けてそこから生涯でお目にかかることがない程の神々しさを放つ美女が現れた。

 うちの家族や、陽菜などで美女を見てもなんとも思わなくなってしまった俺から見てもなぜか涙が出そうになるほど美しい存在だ。


「……ようこそ、社会不適合者の皆さん。ここから、転生をするか、消滅するかを選んでください。」

「な、何だお前は!」


 不潔な男が叫んだ。しかし、その口の端には隠し切れていない笑みが浮かんでおり、これからの流れを知っていることが窺える。


「私は、女神です。……今回は無知として赦しますが、次にそんな無礼を働いたものは消去させていただきますので。」

「ふざけんな! 女神だか何だか知らな……」


 その男が続けて文句を言おうとした瞬間、女神から圧倒的なオーラが放たれてその男は突然苦しみ始めた。


「黙りなさい。赦さないと言いました。よって、あなたは消去させていただきます。」

「ひっ!」


 男は正中線に沿って捻じ曲がり、丹田を中心に圧縮され、最後には潰れてなくなった。不思議と血などは出ておらず、まるで今の出来事は幻想であったかのような印象を受ける。


「……あなた方は私の信者ではありませんので、敬虔な心を持てとまでは言いませんが、節度は持ちなさい。そこの男。」


 女神はそう言ってガラの悪そうな男をその美しい指でさした。彼は無言で女神に近付いていたが指さされて動きを止めてメンチを切る。


「あぁん?」

「私に攻撃をしようとしても無駄です。……しかし、初対面の相手に対してそのような行動を謀るという人間性、非常に下劣で見苦しい。消滅なさい。」

「ま、ち……畜生がっ!」


 思考を読まれたらしい男が消される前に、と女神に襲い掛かるがその前に彼は一瞬で無に帰された。


 そして静まり返った空間の中で女神は宣言する。


「さて、大まかなゴミ掃除が終わったところで説明に入りましょう。これから転生される皆さんには異世界に行ってもらいます。目的は、この世界の個性の発揮です。」


 そう言いきった後に女神は少し黙ってから口を開いた。


「魔王退治や、世界の危機、私の信仰の普及などではありません。そのような大事であれば私の信者を送ります。あなたたちを送り出すのは大体がリサイクルのつもりです。尤も、少々紛れ込んでいる物もありますが……」


 女神が俺の方を見た気がする。その目には何の感情もなかった。路傍の石を見ている程度の感情すら窺えない。


「そして、渡界にあたっての能力付与についてですが……向こうの世界はここにいる殆どの物が浮かべているような、魔素がふんだんにある文明的にはここに遅れているような世界です。そのため、身体能力が弱い皆さんであればすぐに死ぬことが予想されます。」


(チートか。チート選択の時間か。使いこなす自信はある。選べるなら魔法系がいいな……まぁ、なくても生きていく自信はあるが……)


 そんなことを考えていると女神は言った。


「あなた方が考えている様な都合のいい能力はありません。しかし、ここに能力の種と言うものがあります。皆さんが全力で努力すれば何かしらの能力には目覚めることが可能かもしれません。」


 全員が微妙な顔をした。だが、俺はわくわくして仕方がない。俺はこれまで10年近く努力を重ねたんだ。


 漫画の影響を受けて体を鍛えに鍛えた。だが、現実には銃火器を相手にすると簡単に体を貫かれる。ある程度は軌道や視線を読んで避けられても、多人数を相手にすると普通に殺される。


 そんな攻撃力過多の世界から……俺は今!


「……それではこの後は全員を個室で区切り、皆さんが強く望まれた時まで何もありません。必死の努力は必ず何かしらの実を結びます。しかし、他方で努力は平気で私たちを裏切ることもあります。思考を止めず、騙されないようにご健闘を。」


 そう言って女神が消えた後、俺らは個室に区切られて種を芽吹かせるために頑張り始めた。




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