決意
「(――さん、凌哉さん?)」
霧さんの声が聞こえて俺は視線を上へ向けた。ずっと走りっぱなしだったためか霧さんの呼吸が早い。
「(顔色が優れません……大丈夫ですか?)」
「……確かに気分は悪いけど、まあ平気平気」
「(そう、ですか。えっと、廃病院まであと少しだから、そこで休みましょう)」
そう言って体の向きを変えた霧さんの服のポケットから何かが落ちた。霧さんはそれに気付かないまま走り出したので、俺はその何かを拾った。金色のロケットだった。
蓋が開いてしまったその中に、半分以上が欠損した丸い写真があった。写真の中に全身が写っているのは二人だけ。金色の髪がよく似合う十代後半くらいの若い女性と、同じ髪の色をした幼い少女――。二人の背後には数人の存在が確認できる。
(……家族、か)
俺はロケットの蓋を閉じると離れてしまった霧さんを追いかけた。
いつのまにか雲が出てきて、夜空には星が一つも見えなくなっていた。
ぎい、と重たい音を立てて廃病院の屋上のドアが開く。思えばこの廃病院、いろいろあるな。俺だけの現実逃避場所だと思っていたが気が付けば極夜達の集合場所になったりしている。
「廃」の字がつく割にあんまり壊れてないし、幽霊も出ないからな。個人的には過ごしやすい場所だと思う。
「……誰もいないな」
廃病院の屋上は相変わらず閑散と――
「いないことない! ちゃんと見て!」
「……全方不注意、危険」
背後から声。後方にある倉庫の上には人影が、そして軽い跳躍でそこから飛び降り、綺麗に着地する二人の少女。
俺は少女らが双子であることが分かった。理由は簡単。同じ顔をしているからだ。区別のためか長い栗色の髪を一人は右に、もう一人は左に結んでいる。二人の服装は日本では見ない物だった。雰囲気的には、そう、中国。
二人の姿を見た霧さんが口を開く。
「(論、漣、GutenAbend.いつここに?)」
「晩上好! キリ姉。来たのはつい先程よ」
「……晩上好」
えーと。快活で右に髪を結んでいる方が漣ちゃんで、対照的に物静かなのが左に髪を結んでいる論ちゃん……でいいのか。
「それで、この人が極夜兄の言ってた風見さん? 私、双百合漣、こっちの論は漣のお姉の双百合論」
「……双百合論」
論ちゃんは今ので名乗ったつもりなのだろうか。そしてどういうわけかこの子俺の顔をガン見しているんですが。
俺がどこかの不良だったら喧嘩になってるかもよ。まあ小学生の喧嘩は買いませんけどね!
「あー! 今チビって思った! ふっ飛ばすぞ!」
身を乗り出す漣ちゃんの服についている大きな鈴がリン、と鳴る。
「そんな事よりも、論、風見さんに言わないといけないことある」
蓮ちゃんを押しのけて論ちゃんが俺の前に立った。大きな瞳で俺を見据える。
「――貴方から群青の香り、する。それにとても不安定、私達の力にはきっとなれない。このままでは使い物にならない、そう、無用の長物」
なんかすっごいバカにされた気がする。それも年下の女の子に。
「……うるさいな。お前に何か分かるのかよ」
いつもなら、適当にヘラヘラ笑って流してしまうような毒にも、極夜に指摘された目のことで精神的に参っていた俺はついカッとなってイラついた調子で言ってしまった。
子ども相手の喧嘩なんて大人気無い。分かってはいても、制御できなかった。
「貴方のこと、ほとんど何も知らない。ただ家族がいない寂しさは十分理解している。……論に漣以外に本当の家族、いない」
最後の部分はほとんど消えそうな声だった。その痛みに耐えるかのような顔をする論ちゃんに何も言い返せなかった。
「だから貴方に、自分が踏み込もうとしている世界をもう一回考えて欲しい。……多分、思ってる程綺麗な世界とは、違うから」
「……少し時間をくれるか」
俺は何とかそれだけ言った。なんだか神経が焼かれているかのように頭の奥が熱くて、痛い。
「構わない。逃げだしても、平気。……逃避が趣味みたいなので」
俺は短く返事をして来た道を戻る。広がったままの視界の隅で、霧さんが心配そうに俺を見ていた。漣ちゃんの方は俺に何かを言おうとして論ちゃんに黙殺されていた。
ぎい、と音を出して重たい扉を開く。
廃病院を出て感じた冬の風は、当たり前だけど冷たくて、痛かった。
ぶらぶらと街を彷徨っていた。廃病院を出てから随分経った気がする。体内時計的には三時間。現実時間で約三十分。……まあ多少のズレは気にしない。
俺の視界はわずかな収縮と大幅な拡大を繰り返し、今は街一つが視界に入ってる――ように見える。実際に『見えている』のとは少し違う気がするけど、目を閉じた時にはっきりと街の様子が浮かんでくる。
そう、例えるなら頭の中で精密な街をCGで構成している感じ。
俺は電灯が青く光る街灯に背中を預けて寄り掛かった。
……思えば極夜が俺にきついこと(というか悪口)ばかり言っていたのは遠ざけようとしていたのか。
極夜の、生きる世界から――決して綺麗ではないという世界から。
でも俺は逃げなかった。逃避してばっかりの俺が、何故か逃げなかった。どうしてかは自分でも分からない。
結局、今はまた逃げ出しかけているのだが。
いっそ極夜がストレートに事情を言ってくれていれば俺は一目散に逃げ出していたのかもしれない。 今はその機すら逃したような感じか。
――ぶぉん、と遠くから車のエンジン音が聞こえた。
俺は視線をその方向に移した。……真っ黒な車が一台こちらへ向かっている。構わない、無視――することはできなかった。加速し加速し加速し続ける車はまっすぐ俺をめがけて――
「ってなんでだよ!」
突っ込みつつ狭い路地に隠れる。轟音と共に目の前を走り去った車を目で追う。するとコンビニの外で極夜を待っていた時に来たトラックと同じく、方向転換し戻ってくる。
……いや、ホント、俺が何したって言うんだ。
とにかく逃げようと路地の奥へ足を進めようとした時、ズボンのポケットから霧さんのロケットが転がり落ちて道路に出てしまった。そういえばこれを返すの忘れていた。道路へ身を出し、手を伸ばしてそれを拾った瞬間、視界の端にはあの車。
「危ねっ――」
紙一重の間隔で車は目の前をかすめていく。どうせまた戻ってくるんだろうけど。
霧さんのロケットをポケットの奥にしまって息を吐く。
「狙っている、狙われているのは俺も同じ、ってわけか。まあ、極夜達と一緒にいたからな。……逃げてるわけにはいかない、いや、逃げ場がないのか」
ずっと逃げてきたこの現実に、最初から逃げ場なんてなかったのかもしれない。
だったら決めた。することは一つだ。
「……やれやれ、そのためにもまずはあの車をどうにかしようか」
俺は一つの道を選んだ。それが正しい道かどうかは分からない。
結構遅れた。最近、大分忙しい。
次の話は1週間以内に投稿できるように頑張りますー^^;
追記 最初の部分を修正しました




