表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

邂逅

 今にも外れてしまいそうな、廃病院の屋上に続く錆びた重い扉を押した。ビュッと、冬の風が容赦なく吹き付けてくる。俺は『北風と太陽』の旅人のように、コートをしっかりと押さえる。風なんかに服を奪われてたまるか。

 立入禁止であるこの廃病院。侵入するのは初めてではない。先月、偶然この場所を見つけた。いや、引き寄せられたのかもしれない。見えない磁力によって。それが必然であったかのように。

辺りはとても静かだし、屋上からの景色がよかった。だからたまに現実逃避したくなったらここの屋上で時間を過ごすことにした。

「……寒い」

 当たり前なことを呟き、俺は足を進めた。冷たくなった手摺をつかみ、下を見る。いつだったか忘れたが、とにかく小さい頃に展望台から世界を見渡したことがある。あの景色に敵う筈は無い、狭くて、暗い世界だった。何も見えない。だけどそうでなくてはいけない気がする。だってここは、そういう場所だから。

「……今夜は星が、よく見える」

 俺は俺の世界から目を逸らし、背もたれの壊れたベンチに座ろうと体の向きを変えると、俺が通った扉の横に人がいた。

俺と同じくらいか、少し低いくらいの背丈で、上から下まで黒一色の服を着たその人は腕を組み、静かにこちらを睨んでいる。……ものすごく睨んでるぞ。俺、何かしたっけ?

 突然背後に人がいると誰でも驚くだろう。俺だってそうだ。それも夜の廃病院だぞ。幽霊かと思っても仕方ないじゃないか。

その人は腕を解くとこちらへ近付いてきた。足音をたてず、無言、無表情――怖っ!

その人――肩に届くくらいの黒髪に、黒い瞳。中性的な顔立ちのためはっきりと性別は分からないけど多分男――は俺の目の前で足を止めた。比喩ではなく本当に目の前だったので衝突されるかと思った。

「えっと、こんばんは?」

若干後ずさりながらも一応人として挨拶をしてみる。歩み寄るにはまず挨拶から……って背中が手摺に当たって俺は動きを止める。おいおい、ここで「ツン」とか指で押されでもしたら屋上から落っこちちゃうんじゃないか、俺?

「……」

 しかしその男は俺の挨拶など完全無視し、まっすぐに俺の目を睨んでいる。真っ黒なその瞳は俺の姿をとらえて離さない。

「何のために」

 ぽつり、とその男は言った。俺と同い年くらいの男としては、か細くて高めの声だった。

「此処に歩を運んだ」

「え、ホを運ぶ……ああ、ここに来た理由を聞いるのか?」

「尋問を浅はかな愚問で返すな」

 無表情かつ冷徹に言わなくたっていいじゃないか……。

「別にいいだろ。俺がどこで何をしたって。お前には関係ないじゃないか」

 そこで目の前の男は溜息を一つこぼす。

「此方の言葉を理解できていないようだな。児戯に類する、という言葉は貴様のような奴の発言のためにあるのか」

「現実逃避だよ! 悪いか!」

堂々と言うのが恥ずかしいから言わなかったのに! ズバッとものを言うな、コイツ!

「現実からの逃避、か」

その男は急に体の向きを変えた。夜風に少し長めの黒髪がたなびく。俺も手摺から体を離した。何だ、 その突然興味が失せたかのような態度は。いや、別に男相手に俺に興味を持てとは言わないが。

「如何やら貴様の発言というより貴様自体が児戯に類していたようだな。昔から盾の両面を見よ、と言われてきたが半面を見ただけでも貴様の全てが計り知れる」

 ……言っている意味はよく分からないが俺を馬鹿にしていることは間違いないだろう。ちくしょう、俺が何をしたというんだ。

 そのまま無言で倉庫に上る口の悪い黒服の男。俺は慌てて追いかけた。馬鹿にされたままでは俺の気がすまん。

「おいお前! 初対面なのに失礼だぞ! 名を名乗れ!」

 俺はいつから下っ端侍みたいなことを言うような高校男子になったのだろうか。そもそもテレビの中でしか聞いたことのない台詞を自分で口にするとは思わなかった。

「貴様のような下賤な輩に名乗る名など無い」

「くっ、まさかそう切り返されるとは……。というかはっきりと下賤な輩とか言わないでくれ」

 というかコイツ、変わった喋り方をするな。芝居の練習かっての。

「兵糧補給の邪魔をするな。貴様は一人で愚者の行為に勤しんでいろ。絶対零度の眼差しで貴様を突き刺してやる」

 何でだろう。目頭が熱くなってきた。

 彼は倉庫の上に置いてあったのだろう奇妙な形の入れ物に箸を差し込んでご飯を口に運び出した。……その入れ物、飯盒に見えるのは俺の目の錯覚か? 錯覚だな。炊飯器があるこの御時世、飯盒なんか誰も使わないよな。ここ、屋外だけど使ってないよな。

「何か用か下衆。兵糧補給の邪魔をするなと言ったはずだ」

「ああ? 別に何もしてないだろ」

 あと人のことをはっきりと下衆とか言うな。

「この入れ物が気になるのか? ならば聞いて驚け。これは米と水を入れて火にかければ飯が炊けるすばらしい入れ物だ。さらに持ち運びまでもが可能。成程、流石は文明の利器と言ったところか」

「まごうことなくそれは飯盒だ! 今は電気で炊ける炊飯器っていうのがあるんだよ!」

文明の利器をなめんな! そして得意げな顔をしているのが腹立つ! 愚か者はどっちだよ。

「はあ、何か疲れたし俺帰るわ。これ以上毒づかれてもたまらねーし」

「下等生命体は己の為すこと全てを僕に申告しないといけないのか? だとすれば非常に不愉快だ。僕と同じ空間に存在するな」

 この毒舌家が……。俺はどこまで馬鹿にされれば許されるんだ。というかここまで言われると次に言われそうな言葉が予測できてしまうな。どうせ底辺とか単細胞とかだろ。

「ところで世界の底辺を這う単細胞」

 言いやがった……。はっきりと、無遠慮に。本当に俺が何をしたって言うんだ! 現実逃避がそこまでいけないことなのか? いや、カッコ悪いとは思いますけども!

 返事をしない俺を睨みながら黒い人は言った。

「……黒百合極夜だ」

「は? 何それ」

「名を聞いたのは貴様の方だろうが、馬鹿め」

「あ、ああ悪かった。俺は風見凌哉だ」

 ……どうして俺は謝っているんだ?

「そうか。では今宵を以って此の場所にくるのはやめろ。忠告ではない。命令だ」

「はあ? なんでだよ」

「……知れば貴様は今までの貴様でいられなくなる、という理由では駄目か?」

「もう少しちゃんとした言葉で説明しろよ。3文字以上60文字以内でな! あと『知るか』じゃあ駄目だから」

 余談だが以前国語のテストでこういう感じの記述問題があった時にそう回答して先生に呼び出しをくらった勇者とは他でもない、この俺だ。あのころの俺は――若かったな。

「……世界には」

その人の声の雰囲気が変わった。諭すような口調で、冷たく刺すように俺を睨んでいる。

「知らぬ方が良い事もある。寧ろ其の方が多い。『触らぬ神に祟りなし』とは上手く言ったものだ。正鵠を射ている」

 極夜は俺に言い聞かせるため、というより何故か自分に言い聞かせるように話していた。

「……よく分からねーけど、訳アリみたいだな」

「そう、ワケアリだ。分かったら帰れ。僕の視界に入るな。ついでに僕の半径6357キロメートルの領域から消えてしまえ」

「ついでに地球から出ていけってか」

「そう言ったが」

「……分かりました帰りますー。帰ればいいんだろ帰れば」

 小学生か、俺は。

「いや地球から出ていけ」

「うるせぇよ! 俺はこの場所が好きなんだ。俺はまた明日も来てやるぜ。えっと、じゃあな極夜」

「……後悔しても知らないからな、風見凌哉」

 皮肉めいた極夜の言葉を無視して俺はそのまま廃病院を後にした。冷えきった体を温めるために走って家まで帰ろう。俺はいつも通りの明日が来ると当たり前のように思っていた。


 空になった飯盒が転がって倉庫から落ちた。極夜は特に気に留めず、上着のポケットから飾りっ気のない携帯電話を取り出した。発信履歴を呼び出そうとして、そこで着信を知らせるメロディが鳴る。表示された名前が、今まさに自分が連絡を取ろうと思っていた人物であると分かるとすぐに通話ボタンを押した。

「言われた通りに場所は確保した。……お前が以前話していた風見凌哉とも接触したが、奴には本当に――」


初投稿作の過去の過去話です。部活ではメインで書いていた物語の最初の部分になります。しばらく続きますがよろしければおつきあいを。更新は一定にはならないと思います^^;直せ次第、ですかね。

追記:ここから少しは修正済みでした。適当な長さに切って投稿します

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ