第37話 生贄たちの想い
さて、1人目の生贄の気持ちは聞いた。
なら、2人目の気持ちはどうだろう?
ちょうど2人目が来たようだ。
さて、彼に会いに行こう。
次は老人、かな? 見た感じ。
老人は貴重なはずだけど。
まあ、行ってみようか。
「ああ、リトルとか言うたな? 主は待っておれ。生贄になるその瞬間まで、想いを胸のうちに積み重ねよ」
マレフィが気づいたように言っておく。
ルシフェレスの興味はもはや彼にはない。
愚者の翼が彼を保護する。
「やあ、こんにちわ。私が『最強』ルシフェレス・ファフニル・イラだ。名前を聞かせてもらえないかな?」
今度は先ほどの反省をいかして、前の方で立ち止まってから声をかけた。
この年になると、心臓麻痺で死ぬ可能性も無視できない。
人間は心臓が止まったら死んでしまう。
「イサク・マーソンと申す者です。あなたが『最強』ですか。私では勇士となるのに不足ですかな?」
「そんなことはない。必要なのは意思だ。君は十分に資格がある」
若さやレベルは考慮しない。
元々この世界の法則に従った儀式をしようとしていたわけではない。
その儀式とは、ここではない世界の呪文を使った呪い。
「失礼ですが、あなたには勝算がおありで?」
「生物ですらないアレに勝つも何もないのだがな。まあ、この世から消し去ることはできる」
アレはコンピュータウイルスに性質は似ているが、自意識を持たないという点で非生物として捉えてかまわないだろう。
増殖はするが、アレは親と子が全くの同一だ。
進化する必要はないだろうが、生命の円環による進化がなくては生命とは呼べない。
「そうですか。ならば、この老いぼれの身を捧げる事に迷いはありません」
「ほう、殊勝なことだ。守りたいものでも居るのか?」
この理由だと少し弱いか?
要するに、どうせ死ぬのなら皆の役に立って死にたいということ。
悟りきった表情をしているようだが、悟りの意思では灯火たりえない。
老いていようと関係ないが、強い意志がない分には生贄として不適格。
少し煽ってみるか。
「ええ。妻はこの世を去っておりますが、孫が」
「自分の大切なものを奪おうとするアレが憎いか?」
これではまだ弱い。
家族を守ろうとする絶対の意思が見えない。
生かしてみせる! ではなく生きていた方が良いなぁ、では話にならん。
さっきはそう言ったが、老人ともなれば強い意志は期待できんか?
すでに燃え尽きたものは燃やせない。
「いいえ。不思議とそう言った気持ちは沸いてきませんな。ただ、犠牲になるのは老いぼれだけで十分です」
「は。老い先短いから自棄になったか? そんな泣き言を言う人間は要らない。いや、お前は獣人だったな。思慮が浅く、マヌケな獣もどきめ」
この文句は獣人への罵りとして普通に言われることだ。
いや、獣人は獣人以外とほとんど交流なんてできないが。
交流には世界移動という壁がある。
それはおいといて、一般に獣人はあまり頭の良い方ではない。
直情思考をする者が多く、教育制度も全く整っていない。
......頭が悪いのは後者の理由が強いのかもしれない。
「獣もどき、ですと? 私に対してはともかく、我が種族を悪く言うことは例えあなたでも許せはしません」
「なら、どうすると言うのだ? アレも始末できない弱者の分際で」
乗ってきたな。
どんどん煽ろうか。
彼が燃え尽きていないのなら、燃えるだろう。
「それは関係のないことでしょう? そこまで言うのならあなたには頼りませぬ」
「へぇ? それで?」
自暴自棄になってもらっても困る。
それでは老人を苛めただけになってしまう。
私は彼の熱い意志を引き出すために悪に徹しているのだから。
「ぐぐぐ」
「おっと、どうしたのかな? そんなに唸って。獣なら理性もなく、ぐるぐる唸るのが普通かな?」
これはだめか。
次の候補者が来るのを待つか。
やれやれ、私が弱いものいじめをしてしまうとは。
少し自己嫌悪、だな。
「何故あなたにそこまで馬鹿にされなければならないのです!?」
「君が弱虫だからさ。こうやって煽らなければ悟りきったような顔を崩しもしなかっただろう」
む? 少し乗ってきたか。
「悟りとは悪いものなのですか?」
「悟りは諦めに過ぎない。悪いに決まっている」
今更何を――?
悟りなぞ諦めをつけるだけのことだ。
全てを諦めれば何も怖くなくなる。
「悟りは諦めではありません」
「何?」
悟りなぞ、所詮死を恐れる弱者の戯言と思っていたが―
―違うと言うのか?
「私は何をするべきか悟りました。それは覚悟であって、諦めではないのです。私の人生において、最後にするべきことを静かに受け入れたのですよ」
確かにその目には力があった。
そして、その静かさは悟りと呼ぶに足る。
「どうやら私は君を甘く見ていたようだ。謝罪しよう。君は私が何か言うまでもなく強い意志を持ってここに来た。君はこの世界を救う勇士だ。共に世界を救おう、イサク・マーソン」
「よろしくお願いしまする」
差し出した手で握手をする。
ふ、最後には熱い意思で応えてくれたか。
「すまないが次の候補者が来たようだ。君は向こうで数が揃うのを待っていてほしい」
愚者の翼がいる方向を指し示して、次に向かう。
次は男性か。
見れば120レベルくらいはありそうだな。
討伐隊の生き残りか?
「こんにちは。まず君たちの名前を教えてもらえないかな?」
「キリスト・スルト。何かの間違いで生き残ってしまった私の命を燃やし尽くしてもらえると聞いて此処まで来た」
強く暗い意思の光。
この世に絶望したかのような陰気な顔と、傷ついた体を覆う紅いフード。
敗北者か。
だが、暗く深い復讐の意思がそこにある。
「その通りだ。君はすでに覚悟を決めている。私との問答は必要ないようだ。共に世界を救おう、キリスト・スルト」
「仲間を失ったこの命はもはや不要。世界を救うために捧げよう」
握手を交わす。
これで3人目。
あと一人、だが――
近づいてくる一団。
アレはまさに、神に生贄を捧げる姿。
私は哀れな子羊が欲しいわけではない!
「帰れ。腐った目をした人間と話すことなど何もない」
警告をした。
「ひぃ!」
「ぎゃあああああああああ。助け...たすけてくれぇ!」
「いやだああああ。死にたくない!」
「来るな! くるなぁぁぁぁぁ!」
悲鳴が上がる。
必死に逃げ惑うさまはまるで地獄の釜を開けたかのよう。
少し威嚇しすぎてしまったようだ。
が、仕方ない。
あと一人というところで目障りな物を見せられた。
この私が生贄を捧げられて喜ぶとでも?
そういうのは神様でも相手にしておけ。
不快だ。とてつもなく不快だ。
私は――悪魔だぞ?
万能ではなく、己の力だけであがくしかない悪魔だ。
私は人と対等でありたい。
見下ろして、ただそれだけの神ではない。
私は人と同じ世界で歩むことを選んだ。
そんな私が遊興で生贄を求めたり人を殺したりするはずがない。
本当に、失礼な奴らだった。
だが、まあいい。
私には馬鹿に関わる暇もなければ、余裕もない。
不快な気持ちは捨ててしまう。
不快さを切り払うかのようにすぐにこの場を去ってしまう。
だから私は置いていかれた彼女に気づけなかった。
我ながら冷たいことだとは思う。
できなかったことを後で後悔することは無駄でしかないが、追悼くらいはできたのかもしれない。
さて、次だ。
女、か。これで最後になるとよいのだが。
「こんにちは。まずは君の名前を聞かせてもらおう」
「クシナダ ・メリュエナ。あなたが『最強』?」
見た目麗しい女性、か。
相手が女だろうが気にすることはないが、失われるのが惜しいほどの美貌だ。
美しすぎるマレフィやリリスに比べられては立つ瀬がないけど。
けれど、比べられる程度には美しい女性だった。
「そうだ。君の覚悟を聞かせてもらおう」
「ええ。いいわ、教えてあげる。私がここにきたのは、誇りがあるから」
再三繰り返すが私は万能ではない。
強い意志が必要といったが、数値化して測れるわけではない。
だから会話して意志の強さを測る必要があった。
誰が見ても異常とわかるほどに強い意志を持ったキリスト・スルトのような人物は別だけれど。
「誇りか。私も大切にしているよ。君の誇りを私に開示してもらえないだろうか?」
「ええ、もちろん。私の家は『ヴァース』と呼ばれる神官の一族。砂漠の神の導きに従い、”エシュヴィルト”の民に祝福を与える。そのためになら何でもしましょう。導きに従い貴方にこの身を捧げましょう」
気高き一族の生まれか。
誇りや気高さを持つには、脈々と受け継がれてきた一族の意思が必要。
代々の祖先を背負って立つ人間には覚悟がある。
文句なしに合格だよ。
「一族の誇りか。君とは気が合いそうだ。私も祖先の志を引き継ぎ、誓いを果たすために全力を尽くしている。君と私の誇りは異なるものだが、この瞬間の目的は同じだ。手を取り合り共に戦おう、同士よ」
「ええ。ありがとう、『最強』。全ての砂漠の民を救うために」
これで4人の羊が揃った。
いや、羊という呼び方は彼らに失礼だ。
彼らには光明になってもらう。
美しすぎるほどに燃え盛る光に。
残念ながら、彼らにはまともな死を用意してあげられないけど。
冥界にて死してもなお、永遠に苦しみ続ける。
こういうときには万能でない我が身が憎い。
いつもなら、そんなことは無駄と切り捨てられるのに。
心が痛い。
しかし、その痛みを魂に刻み私は進もう。
後戻りはしない。
振り返らない。
後悔は全てが終わってからでいい。
今は、前へ!
倒して見せよう!
人の身では触れることすら叶わぬ『アポカリス=デライト』を!!!




