第35話 幼さゆえの選択
「...というわけだ。あの巨大兵器はもう動かんから安心しろ」
あれから転移前の場所に行き、そこにいたエルフたちに事情を話した。
根拠の話は以前にしたから2度目は必要ないだろう。
これで、緑の世界にとりあえずの平和がもたらされたというわけだ。
しかし、悲しいかな。
私はエルフたちに非情なる宣告をしなければならない。
これが仲間を簡単に切り捨てられる人間だったら良かったのか、それとも堅過ぎるほどに義理堅いエルフで良かったのか。
どちらにせよ、私は実行する。
可哀想だから、やれないでは済ませられない。
私は覚悟している。
「さて、後ろの小さいエルフ。出て来い」
まずは相手を引きずり出さなければ話にならない。
先程まで話していたエルフの影からおどおどと出てくる。
その臆病な姿は本性か?
「な!? イラ様、それはどういうことですか? リトルが何か――?」
「君には聞いていない」
しゃしゃり出てきたエルフを弾き飛ばす。
殺さぬように手加減するのは骨だな。
だが、脅しにはなる。
剣を数本使って服を縫いとめ、小さなエルフに注意を集中する。
串刺しにできればよかったのだが、それだと殺してしまう。
「ひ!」
残された小さいエルフはおびえている。
しりもちをついて、ガタガタと子犬のように震えている。
大きいエルフは気を失っている。
「君の名前を聞こうか?」
「ああ...あああ......ああああああああ」
震えて言葉を出せない様子。
そうさせたのは私とはいえ、それでは困る。
元々私は悪の側の人間だ。なら、少々手荒な真似をしてみようじゃないか。
剣を数本抜いて飛ばす。もちろん当てない。
木々を貫通してなぎ倒す凄まじい音が響く。
「応えろ」
「ひぃ! ぼ、ボクの名前はク・リトル・リトルです」
ふむ、異名はなしか。
この年では仕方ない。
「お待ちください! リトルに何をしようというのですか!? 殺すのなら私を! 生贄を求めるのであれば、リトルでなくても良いのでは!? リトルは幼いのです。どうか、どうか御慈悲を」
先程吹き飛ばされて瀕死になっていたというのに元気なことだ。それでも、起き上がれはしない。
血を吐くかのような懇願。
エルフは仲間意識が強い種族だ。
もしくは人間のそれが薄すぎるだけかもしれないが。
とにかく、幼いエルフを殺させまいと必死だ。
それでも自分が身代わりに成るのならともかく、約束を破ることは矜持が許さない。
「ああ、君の気持ちもわかる。死ぬのは大人の役目であり、自分が犠牲になってもリトルを守る、と――。すばらしい信念だ。尊敬に値するよ」
「では――」
瞳に希望がともる。
残念かな、その期待は裏切らざるを得ない。
私とて遊びでやっているのではない。
「しかし、貴様では代わりにならない。いや、そもそも代わりと言うのがおかしい。その子供は生きていてはならないから殺すのだ。今は幼くとも、リトルは近い将来に世界を滅ぼせるだけの力を手に入れるだろう。正確には手に入れられてしまうのだが、君に説明する必要はない」
「そ、そんな――」
大人エルフは絶望に沈む。
私の本気を感じたのだろう。
それにしてもご苦労なことだ。
何でもすると言った手前、私が譲らなければその子を助けることはできないのだろう。
呆れた義理堅さだ。
「さて、死んでもらう」
鎌を構える。
「ボクが死ねばいいんですか?」
震えは収まっていないが決意の光を宿した目で私を見るリトル。
恐怖を克服できてはいないが、それでも私に何か言うことができるとは。
これも同胞を想えばこそ、かな?
「殊勝だな。貴様はこれから世界を滅ぼす力を手にするというのに。その圧倒的な能力が覚醒しないままに死んでもいいのか?」
「ボクが死んで、皆が助かるのなら。それなら、いいです」
笑っている。顔は青白く、体は震えている。
明らかに恐怖で倒れてしまってもおかしくない状況。
これから直ぐに死ぬというのに、仲間が守れればそれで満足か。
それもいい。
けれど、初めから私にリトル以外を殺す意思などないと言うのに。
何時でも何処でも私は悪者扱いだ。
悪を成す者と悪者の間には深い断絶があるというのは、自分が正義と勘違いしている奴らは判ろうともしない。
どころか、意図的に混同する人間は数多い。意図的とはいっても、無意識ではあろうが。
私は、そのような無責任とは違う。
覚悟を持って悪をなす。
子供だろうが、世界を守るためなら殺してやる。
「世界の危険因子は消す。しかし、エルフたちには――いや、お前以外のエルフにはその素質がない。というよりも、お前がエルフではない。安心しろ、君の言う皆を私は殺さない」
「そうですか。なら、良かった」
儚く微笑んでいる彼に、鎌を振り下して――
―止められた。
「これが...」
「...『停滞』?」
リトルは不思議そうな顔をしている。
...覚醒したか。
鎌は手を離しても、空中に静止している。
能力が私本体にまで及んでいなくて良かった。
能力に彼が馴染む前に叩く。
「君が世界を壊す前に、私が君を終わらせよう」
『神より堕ちし聖刻の杭』
破滅の力を載せた攻撃。
これなら停滞の力ごと彼を打ち砕ける。
その攻撃を―
―途中で止める。
「何のつもりだ? もはや貴様が関わることのできる次元ではない」
「それでも、リトルは私の家族です」
大きいほうのエルフが盾になった。
動くだけでも死にかけている。
触れれば壊れる。いや、横を通り抜けても、後ろからリトルを横に蹴り飛ばしても、死んでしまう。
なんということだ。
こんなにも脆い壁が、私を、『最強』を通さない。
ぐぐぐ。
「貴様が盾になろうが私の攻撃は止まらん。無駄死にだぞ」
負け惜しみだ。
たかが子供を殺すのに、エルフまで殺す必要はない。
少しどかしてやるだけでいいのだ。
無駄な死体を一体増やさないためには。
「それでも、やらずにはいられないのです。あなたがどうしてもと言うのなら、リトルを渡しましょう。しかし、リトルを殺すなら私を殺してからにしてもらいたい!」
ふ。
そうか、それが貴様の覚悟というわけか――!
同胞を思う気持ちのなんと美しいことか。
よかろう。
貴様の覚悟受け取った。
ならば!!
「いいだろう、君の意思は了解した、なら、2人仲良く冥界へ逝け! 死への旅路も、2人ならば寂しくなかろう!?」
2本の剣を投げる。
同時に刺さるように。
二つの魂が同時に旅立てるように。
奇跡は二度も起こらん!
死ね! リトル。
「リトル...」
「うああああああああああああああああああ!!」
止められた。
相手の未熟さゆえに止まったのはたったの1本。
覚醒したばかりでは片方しか止められなかったらしい。
しかし、まさか――
まさか、リトルがエルフをかばうとは――!?
いや、リトルもやはりエルフであったということか。
しかし、こうなってくると...
「な...ぜ――? なぜ私をかばったのですか!? リトル!」
「......」
剣が刺さっていてはしゃべれるはずもない。
根を歪に伸びる大地の上に倒れこむ。
もう片方の空中に静止した剣は停滞を失い地に堕ちる。
「リトル? リトル? 目を開けてください! リトル!?」
助けられた大人は崩れ落ちた子供の元にかけよる。
その悲哀は見るものの心を引き裂く。
だが、勘違いだ。
「あ、あ――?」
死んだかに見えたリトルが息を吹き返す。
剣は確かに彼を貫いているが、どこからも出血していない。
肉体的な傷はない。
もともと、”神炎刀レーヴァテイン”程の世界を壊せる武器でなければ、能力者を殺し得るはずがない。
だからこそこれで動きを止め、私の最大の技で止めを刺す気だった。
「先程投げたのは”霊滅の十字架―スピリチュアルクロス―”。悪魔のみを滅する剣だ。お前は自らの死を厭わず仲間を助けた。お前が世界を滅ぼすことはないと信じよう、『眠れる力』ク・リトル・リトル」
これでいい。
一度でも力を操ることができた以上、無尽蔵に力を汲み出す源泉となることはないだろう。
暴走が起こればリトルの意思関係なしに世界は滅ぶ。
だが、それさえなければ世界の命運は彼次第。
同胞を守る意思がある限り、その力を世界に向けることはするまい。
もしその事態が起きれば、そのときは私が責任を取ろう。
今ここで彼を見逃した責任を。
神ですら、そんなものが取れるはずがなかろうと。
「なら、リトルは死ななくともいいのですね?」
「きゅうう」
さすがに幼いリトルの精神は限界だったようだ。
ガクリと気絶してしまった。
大人のほうはそうは行かないようだが。
説明が必要か。
リトルへの説明は彼に任せることにしよう。
「違うな。リトルは死ななくてはならない。ソレは幼い姿をしているが、君たちを脅かしていた巨大兵器を圧倒できるだけの力を秘めている。それをゆめゆめ忘るるな」
「な!? リトルがそんな力を? 信じられません」
「信じる必要はない。貴様に、いやエルフに何とかできる次元の話ではない。重要なのはリトルの心境だけだ」
「私たちに何をしろと?」
「特別なことをする必要はない」
「は?」
「貴様らはいつもと変わらずにそいつに接してやれ。そうである限り、そいつは世界の敵には成らないだろう」
「そう、ですか」
「ああ、1つ『眠れる力』ク・リトル・リトルに伝えておけ。世界の敵に成るのはお前の勝手だ。だが、世界を滅ぼそうとするならこの『最強』ルシフェレス・ファフニル・イラが相手になる。と」
「は、はい」
言い残して去っていく。
さて、ドワーフたちにも会っておかなければならないな。
...相変わらず華のない場所だ。
目に付くものは土塊と壊れた道具ばかり。
石の民であるドワーフの住居ではそれも仕方ないのかもしれないが。
「酷い有様だな。どこかに逃げたとでも言うのか」
「ああ、ドワーフの連中のことはマレフィは知らんが、片付けすらしてないとはの。よっぽど慌てておったんじゃろ」
しかし、気配が少ない。
以前まで此処を根城にしていたはずだが。
この様子を見るに、どこかに逃げ出して行ったか?
「とりあえず、そこのお前。出て来い。いるのは分かっている」
「出てこんと引き釣り出すぞ」
適当に呼びかけてみる。
まあ、マレフィが言うほど強行な手段はとらないが。
「ひ! ご、ごめんなさい」
出てきたのは小さいドワーフ。
子供がいるということは、集落は遠くまで移動できなかったということか。
とりあえず、道案内でもさせよう。
「長老に会わせろ」
「は、はい! わ、分かりました。長老様のところに連れて行きます」
礼儀の良い子供だ。
単に私を恐れているだけかもしれないが。
のろまに歩調を合わせるのは気に入らんが、持つよりはマシだ。
というわけで、石の洞窟を歩いていく。
かなり深い。
巨大兵器の脅威を逃れるために地下にもぐろうと思ったのか?
まあ、いい。
「さて、やっとついたか」
深いといっても、子供の足で2時間ほど。
地上を焼き払われれば此処も崩れる可能性が高い。
せっかくなら地上の影響を受けないところまで潜れば良いのに。
......無理か。
見るからに突貫と分かるボロ住居の中で一番マシな家に長老が居るらしい。
私には違いが分からんが。
というより、中心の宝物庫が威厳を放ちすぎている。
一族の宝を集めた場所だろうが、そこ”だけ”は感心するほど立派なものだ。
「最近どうかな? 長老」
「見れば分かるじゃろう。地上には巨大な魔物が出現して、我々は地下に潜った。大慌てで家々を建設したから、見てのとおりの有様じゃ。みすぼらしくてかなわん」
この程度の深さでは意味がないと言うのは伏せておいたほうがいいか。
とりあえず、アレは機能停止させておいたことを伝えてあげようか。
そうしないと、話ができそうもない。
やつれていて可哀想だ。
おそらくだが、若いやつらが特攻して死んだな。
「それについては安心しろ。アレの動きは私が止めた」
「あなたが...」
驚いた様子だ。
私が兵器ごときに負けるとでも?
「そんなことはどうでもいい。もう終わったことだ。貴様らにやって欲しい事がある」
「何ですかな? アレを倒してくれたならわれわれを助けてくれたも同然。できる事なら何でも協力しましょう」
それは助かる。
人間には助けてやっても賠償を請求してくるから。
「助かる。君たちには最高級の武器を作れるだけ作って欲しい」
「それは――、確かに素材さえあればできますがな。置いて来た施設は無事でしょうし、職人は居ますから。けれど、何故? 今までにこんなことを頼まれたことはありません」
むしろ、巨大兵器を倒したら終わると思っていたのか?
世界はそれほど甘くはない。
「...聞きたいか? なら話してやろう。あの巨大兵器は序章にしか過ぎない。これからはより強大な災厄が降りかかってくるのだよ。それに対抗するためにも武器は必要だ」
「な...!? これで終わりではないのか? どれだけの犠牲が出れば神は満足してくれるのか......」
大罪の国が本格的に戦争を仕掛けられたときのための保険という意味も大きいのだが。
まあ、言っても意味はない。
「さあ、君たちが信じる神など興味はない。私が興味があるのは、君たちが私の要求を飲むかどうかだ。もちろん君たちにも見返りは用意しよう」
「そうか、貴方はそういう方でしたな。要求を呑みましょう。もとより私たちにはそれくらいしかできないのです」
これで緑の世界に来た目的が果たせた。
「ありがとう、長老。契約は成立した。素材は置いておく。私は直ぐにでも発たなければならない。これでお暇するよ」
「はい。やはり、ドワーフはドワーフですな。こんなにも良い素材を見ると武者震いしてくる。そんなことに心を浮かせている場合ではないのに」
次は尾の世界――獣人の集落が点在する世界。
次はどのような災厄が私を待ち受けているのか...楽しみだ。
「ああ、魔法刻印はエルフにやらせろ。私の名前を出せば問題ないはずだ」
言い残しておく。
そして、人には追いつけないスピードで走る。
やはり、人間の足に合わせるのは面倒だ。
視界が白く染まるほど飛ばして走るのは気持ちがいい。




