第7話 俺と私の境界線
爆炎がすべてを飲み込んだ後、そこには何もなかった。
爆発の威力が高すぎて一切合財が根こそぎ吹っ飛んでいたのだ。
そこはもはや焦土と言うよりも”空白”と表現したほうが正しい。
「がはっ。ぐ。おのれ」
爆炎により剥ぎ取られた地表から、ぼろぼろな人影が起き上がった。
装備はもはや見る影もないが、唯一つ必死に守ったアイテム袋”次元の鍵”だけは無事だ。
爆発の瞬間、腕を相手に突き刺したまま腕ごと上に掲げて自分は地面に伏せた。
おかげで片腕は焼失した。
さらに爆圧で地面にめり込んだ。
しかし一見すると黒こげだが、よく見ると中の人物はしっかりと生きているのがわかる。
今にも倒れそうなふらふらとした手つきで”次元の鍵”をまさぐる。
ポーションを見つけ、一気にあおる。
「ふう、生き返った。が、最上級ポーションを使った代償でここ2日ほどは戦場には出れるかすら怪しいな。頭がガンガンして、動きも鈍い。さて、どうするか」
生えた来た腕の調子を確認する。
問題ない。
が、ポーションは劇薬だ。
しばらくは動けない。
何のリスクもなく体を完全に修復できるほど、この世界は甘くはない。
それにしても、まさか自爆をするとは思わなかった。
起爆符なんぞそう簡単に手に入るものでもないが、国の力があれば別か。
一体いくら使ったのだろうな?
さらに、敵が来た方角ならともかく味方の方角に罠が仕掛けてあるとも普通は思わんな。
それも罠の一環か。
引っかかった俺が馬鹿だと言うことで話は十分だった、が。
俺になる前の私だったら、あの程度は当然のように見抜けていた。
強い敵と戦い逃亡するのなら、事前に罠くらい仕掛けて置くのは当然だ。
もし追いかけたとしても、罠くらい見ればわかるはずだった。
私の眼は、人間ではなく「龍の眼」という魔眼なのだから。
それも神の視点を術者に提供する視る事に関しては最上級の代物だ。
神の視点でわからなければ第三者視点でもいい。
とにかくゲームで使われるような視点だ。
自分の背中が見えるのに、不自然にも思わなかった。
精神操作の一環だな。
「それにしても、みっともない。ふがいない。格好のつかない。調子に乗った有様がこの戦闘不能の状態か。最強などと浮かれ、警戒を怠り、自分に酔う。なるほど、所詮俺は俺か」
俺は調子に乗っていた。
何も特別なところのない俺が、異世界トリップして特別な力と権力を得て有頂天になっていた。
けど、普通な俺は特別な私にはなれなかった。
別に俺は2重人格と言うわけじゃない。
ただ単に、昔の俺はそのまま俺で、今の特別な俺は私と呼んでいたのに過ぎない。
いや、俺は以前の俺とは違うと言う意味で私と言う一人称を使っていたのかも。
単なる痛いやつだな、俺は。
中学校に入り、特別な人になった気がして一人称を変える阿呆と同じだ。
「ならば、俺は私になるために、特別な私になるために、最強な私になるために彼女に会いに行こう。簡単な話だ。俺は私になりきれなかったら殺される。それくらいでなければ普通なる俺は特別なる私にはなれはしない」
決意を固める。
あの女のところへ、このゲームの真のラスボスとの殺し合いの中で昔の私を取り戻す。
普通のラスボスは魔王だ。
しかし、ある条件を満たすことで魔王を倒した後、彼女に1対1の決闘を挑まれる。
彼女は魔王を倒すほどの使い手との死合を望んだのだ。
例えその瞬間まで肩を並べて戦っていた仲間相手でも、強い者との殺しあうことへの欲求が全てに勝る。
それほどの戦闘狂なのだ。
だから私が会いに行ったら、間違いなく殺し合いになる。
そして、今の俺では彼女には勝てない。
彼女もまたレベル200だ。
しかも彼女は最強ではなく最狂だ。
異名は『狂い独楽』または『賽の河原』。
装備やドーピングで何とかできるレベルではない。
彼女は純然たる人間であるが、あの狂気は化け物としか呼び様はない。
彼女は退くことを知らないから、仲間であったとき俺も苦労させられた。
恐ろしすぎるほどに恐ろしくて、正直気後れする。
それでも、殺される羽目になろうとも私は彼女と戦う。
そうすることでこの世界で生き抜く覚悟と力を手に入れる。
ぼろぼろになった装備を新品のものに変えて、一度本家に帰ろう。
『転移』
転移符で帰った。
「何だ?これは」
地獄が、瘴気が固まって沼と化したものが、首都の門に現出していた。
ぼこぼこと沸き立つ臭気が鼻を焼く。
元に戻すのにどれだけの時間が必要になるか。
それ以前に門が破壊されているので首都の防御が手薄になる。
「イラ様。ご報告いたします」
「何だ?」
作業をしていた一人が私に呼びかけてきた。
「敵との戦闘中、敵が転移符を使用。我々はその隙に敵陣営に多大な損害を与えましたが、転移の阻止は失敗。転移してきた敵が化け物となり、襲撃。門は破壊されましたが、アヴァリティア様、並びにラクスリア様により撃退されました。すでに敵残党の掃討は完了。敵化け物の遺骸を撤去作業中です」
アヴァリティアとラクスリアが?
補助担当と情報担当が前線に出てくるなど何を考えている。
罪名を名乗れるのは当主のみ、別人の可能性はない。
わざわざ当主が出てくるほどの用件か?
まあ、いい。
考えるのは後だ。
副作用で頭が痛い。
この毒沼を何とかすれば早急に後始末は片付く。
門の修理など、魔物の侵攻で手馴れたものだ。
私がやっているわけではないが。
「全員、退け」
作業している者達を睨み付けて退かす。
起爆符でなくとも属性の付与された宝玉ならある。
使うには大きな魔力が必要だが、その攻撃範囲は大きい。
それでも半径10m程だが。
さあ、派手に吹き飛ばしてしまおう。
10個ほどの玉を両手で握る。
勢いよく放り投げる。
『開放』
炎が、風が、水が、土が、光が、闇が、滅茶苦茶に暴れまわる。
沼は剥ぎ取られ、純粋な暴虐の痕のみが傷跡を残す。
「さっさと片付けて修理しろ」
私はそう言い残して去る。
派手に魔力を使ったものだから、体が回復に専念しようと眠りを欲する。
魔力の高速回復の必要があるときだけは、私であっても眠る。
体もそろそろ限界が来ている。
頭に霞がかかって来た。
もう考えるのは無理だな。
何か私に呼びかける声が聞こえる気がするが、もういい。
自室に行って寝た。
「く」
起きた。
頭を振って意識を覚醒させる。
今からでも戦闘を行える程度には回復した。
もっとも、戦闘に特化した私の体はそういう機能になっているのだが。
十分回復するまで眠り続けて、戦闘可能なレベルまで回復したら即座に起きる機能だ。
さて、問題なのは。
「アメール。私はどれだけ寝ていた?」
「7日ほどです。お兄様」
7日か、長いな。
こいつはその間ずっとここにいたのか?
違うな。
こいつなら私の目覚める時間くらいはわかる。
その間は後始末をしていたのだろう、抜け目のないことだ。
「現在の状況は?」
「戦闘は完全に終了。残党はおそらく魔物の腹の中です。門の応急修理は終了しました。今現在、御前会議が行われております。お兄様も出席が要請されていますがどうしますか?」
ふむ。
会議には出ておくか。
ちょっとした疑惑もあることだしな。
その前にこいつに聞いて置かなければならない事もあるな。
「怪物の件について知っていることを話せ」
「はい。怪物は転移によって現れました。人影を目撃した人物もいますが、転移完了後にいたのは人間大の醜い怪物でその後、門と同じサイズまで肥大化を続けました。怪物は毒の効果を持つ霧を発し、毒の沼を作り上げました。その後アヴァリティア様、ラクスリア様が怪物を倒されました。流石に当主クラスの使い手でも沼を消し去ることはできなかったようですが、お兄様が消し去りました。以上です」
そうか。
怪物については心当たりがある。
ま、やつ等にも原因を教えてやるか。
「御前会議に行くぞ」
「はい。お兄様」
ぎゃあぎゃあと、うるさい声が聞こえる。
会議は白熱しているようだな。
ガン!
扉を蹴り開ける。
一瞬で会議が静まった。
いきなり扉を蹴り開けもすれば当然か。
「貴様。いきなり乱入するとは何事だ!」
「増長もいい加減にしろ!」
と思ったら、いろいろな野次が飛んでくる。
飛んできたのは、下級貴族の席からか。
当然な気もするが、吼えるのは相手を見てからにしたほうがいいぞ。
「黙れ」
おっと、上級貴族のとりなしだ。
流石に威厳が違う。
下級のやつらもそれほど格が低い人間ではないのだがな。
まあ、礼儀を欠く位で私に意見できる人間はそういない。
この場の人間も含めて。
「さて、聞きたいことがあるのではないかな?」
私は上級貴族に挑戦的な言葉を投げつける。
上級貴族の5人も老いたとはいえ、いい目をしている。
中でも最も権力を持つ一人の眼力は、凄すぎて震えてしまいそうになるね。
ああ、こんな威厳のある人間に睨まれるとは―――笑みが浮かぶのを止められない。
「では、聞かせてもらおうか。貴様が犯した失態と怪物について、な」
重厚な響きはそれだけで人に謝らせてしまう様な力がある。
しかし、私はそれで萎縮するほど甘くはない。
けど、失態、か。
なかなかにいい言葉を使う。
まるで私が役目をしくじったかのようだ。
確かに私は失態を犯したが、役目をしくじった覚えはない。
「さて、失態の方は覚えがないね。怪物については知っている。あれは漆黒の領域と同じところから来たものだ」
「何!?どういうことだ?それは」
流石に驚くか。
それも当然。
自分達が相手にしていたのが、人知を超えたものだと知らされてはな。
「アレは漆黒の領域の眷属と化した人間の成れの果てだ。分を超えた魔道書を使えばああなる。人間でも容易に対処可能なほど化け物としての格は低いが。それでも、強引に影響を消し去らねば数百年は汚染されたままになる。今回は私が居て良かったな」
「そんなことが」
なんとも形容しがたい顔をしている。
よくわかっていないようだな。
漆黒の領域は概念であり、言葉で理解できるようなものではない。
それどころか下手に探ろうものなら、漆黒の領域に引き釣り込まれる。
深遠を覗くならば、お前もまた深遠に覗かれている
――とは誰の言葉だったか。
「あまり考えるな。災厄が呼び寄せられるぞ」
「む。貴方がそう言うのなら、そうなのでしょうな。それで失態についてはなんと申し開きますかな?」
くく。
切り替えが早いな。
なんとも現実的なことで。
それにしても、苦しい所を突いてくる。
「何のことだ?攻めて来た二人は殺したぞ。逃げた一人については知らん。管轄外だ」
「管轄外ですと?よく言えたものですな、敵を逃がすなど失態以外の何事でもありませんぞ」
知っているさ。
ただ、逃げる者を殺すのはとてつもなく難しいことで、通常は責められることではない。
ここでは私は通常などではないのがネックだな。
それに、逃がそうとする仲間がいればいれば難易度はとてつもなく跳ね上がる。
威力が低くてもいいから、機関銃が欲しいところだな。
ま、ここは失態と認めず強引に押し通すしかないな。
私には交渉なんてスキルないから。
「私は戦う意思のあるものしか相手にしない。そもそも本来は、お前らだけで相手にするはずだったのだ。二人殺してやっただけでも感謝しろ。言いたい事がそれだけなら私は鋼の世界に行く」
「ほう。さすがにイラの当主様は言うことが違いますな。好き勝手やっておいて、後のことは知りませんか。門の破壊もしておいて」
ふん。
流石にごまかされないか。
しかし、門の破壊の責任まで押し付けようとはな。
壊したのは俺だが、壊さざるを得ないようになるまで怪物を放置していたのは誰だ?
............凶家側の責任だな。
仕方ない。
「ああ。知らん」
「...........」
流石に言葉も失うか。
しかし、実利のみを追求する大罪の国において7日かかって何も決められてないことはありえない。
どうせ、これの結論はすでに出ていて、他の議題に移っていたことだろう。
アメールも何も言わなかったことから察するに、イラ家に大したペナルティはないだろう。
「言いたい事はそれだけか?」
「ええ。あなたは退出してよろしい」
ふ、イラ当主が会議に出るだけでもほとんどありえないようなことだ。
ここら辺で切り上げておかないと、会議の方向性がどうなるかわかったものではない。
治外法権的に扱われている私に楯突いても痛い目を見るだけ出しな。
そもそも、いい加減に私が来るまでしていた議題に戻りたいだろう。
「念のために聞いておこうか。今は何の話をしていたのかな?」
「この国の小さな村々についての保障問題ですが、イラ殿は何かご意見でも?」
あー、やっぱり聞いたのはまずかったか。
そんなことを聞かれても私は何も答えられない。
空気が白けた気がする。
ここは退出するに限るな。
それっぽい事を言って退散しよう。
「そうか。では皆の者、協力してこの国を発展させていこうではないか。私はここら辺でお暇することにしよう」
「お待ちください」
!?
王が私に話しかけてくるとは。
あるいは、これが狙いか?
ラクスリアめ。
何を仕掛けた!?
「何のお話でしょうか?王よ」
私は膝を付き頭を垂れて応える。
王はまるで女神のような美貌を持ち、深遠の底をのぞいたかのような目をした少女だ。
王に性別など関係なく、最後に残った選ばれた一人がそれになる。
だからこそ、国中のあらゆる生命から最大の畏敬を払われ、全てを従える。
私とて例外ではない。
「侵入者をよく対処してくれました。お体を大事に、これからも精進して下さい」
ぐ。
精進しろと言うことはつまり、私の力が足りないと言うこと。
確かに私は罠に引っかかったが、王の一言でそれが共通認識になってしまった。
つまり、未熟者の当主がいるイラ家の発言力は下がる。
ダメージが抜けていなかったことなど、理由にはならない。
変わりに上がるのは、怪物を退治したラクスリア家とアヴァリティア家。
相手の作戦を全て知った上で利用したな、ラクスリア。
嵌められた。
いや、本当は私が未熟なだけだ。
最初に呪術師を殺せていれば、罠に引っかかることさえなければ、こんな状況にはならなかった。
完敗だよ。
ラクスリアにではなく、自分の未熟さに。
「ええ。私も己の未熟さを知り、鍛えなおす所存です。ご安心を。我ら大罪の7家があれば、どのような敵も恐れるに足りません。貴族院もよく民を治めてくれることでしょう」
「ええ。心強い限りです」
今の言葉は本心でもあるが、ラクスリアに釘を刺す意味もある。
家の事情を持ち込んだら許さないという。
今回のは、かなり微妙なところなので何もしないが。
呪術師が使った魔道書の真の危険性など知らなかった公算が高く、罠にいたっては知らせなくても対処できるだろう程度のものだった。
「では本当に、私はここから去りましょう」
『最強』は最強なので爆弾ごときにやられはしない!
そんな第7話。
最強であるが故の傲慢さと、国を思う気持ち。
その両方がかけているかは少し不安。
というわけで、次は最強VS最強を書くぞ!




