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山を走って登る俺 2

 『山のヤツらなんてぶち殺せばいいんだ』大男が言う。何人かがそのセリフでニヤつく。町の中で血の気の多い若いヤツばかりを連れてきた。

 『これだけ居りゃ十分だろう』12、3人を引き連れた大男が言う。岩付近の集落に住んでるのはせいぜ2、30人だろう。そのうちで我らが攻めて即対応できるヤツが何人居る?しかもこちらは屈強な男ばかりだ。

 『岩の集落だけじゃなく、山の全てを制圧できそうだな』軽口を叩く者も居る。

 『まあ、今日は岩の集落の何人かをとっちめて、ヤツらの食料をガッポリいただくぞ』

 今日はこの間の復讐と、反抗すると痛い目に会うという見せしめだ。それでも抵抗するというなら、山全体の制圧にかかる。

『まあ、山の連中も馬鹿じゃない。勝てない喧嘩はせんだろう』

 ここ最近、平地では争い事が絶えない。必然的に兵士達も戦い慣れをしてくる。今まで戦をしたことがない、平和ボケした山の連中など相手にならんだろう。

 『平和ボケしてる証拠に物見もおらん。この間はやられたらしいが、拍子抜けじゃ』また何人かが笑う。


 一方その頃、山では‥

 『平地からの情報通り、登山口から入って来ました。間もなく池に着きます。こちらに警戒している節はありません』


 『愚かなヤツらだ。崖沿いの道に入ったところで岩を落としてやろうか?それだけで何人か死ぬだろうし、残りのヤツらも物見からの矢でハリネズミにできるぞ』ナカジが言った。

 『でもまあ、これが最終警告じゃ。生け捕りにして、また平地に返してやろう』

 長老はできれば平和的解決を望んでいる。歴史を考えると可能なことだろうか?これが大和朝廷成立以後で朝廷の勢力圏内だった場合、これだけまとまった集落で独立を続けるのは困難なように思う。大和朝廷成立以前だったとしても、統一の過程で山もその波に飲み込まれていくのを避けることは、きっとできない。それは何百年後なのか、何十年後なのか、それとも‥

 その日はすぐに訪れるのかもしれない。そうなる時は多くの血が流れるだろう。そう考えると、山に加担するのは山のためにならないのかもしれない。でも‥

 迷っても仕方ない。歴史を変えることはできない。でも山を守るため、プライドを守るための戦いに協力したい思いが今は強い。


 『まずはヤツらを分断しょう』そう言ってリュウが動いた。

 『先頭の人間が橋を渡り切ったら橋を落とすぞ』

 橋と言っても丸太を渡しているだけだ。まあ、この時代ならこんなもんだろう。

 橋を落とす原理は簡単だ。橋を固定しているのは橋から遠く離れた樹木だ。橋を渡ってる人間からは見えないだろう。

 『合図をしたらヒモを切れ!』リュウが指示をする。

 『橋に近づいてきたぞ』

 橋を渡り始めるのが見えた。周囲をキョロキョロ見ているが、こちらに気づいている気配はない。

 先頭の人間が橋を渡り切ったのを確認してリュウが合図を出す。指示を受けたヤツがヒモを切る。

 橋が少しグラグラしだす。慌てて渡る者。引き返す者。落ちてしまう者も居た。数で言えば5、6人渡り、3人ほど引き返し、残りは落ちた感じか。落ちても下は川なので死にはしないだろう、たぶん。

 渡れた連中が周囲を見渡す。しかし、どこに敵が居るのか分かっていない。引き返した連中も周囲を見渡した後、落ちた連中にも声を掛ける。怪我はしているようだが生きてはいるようだ。

 引き返した3人の方を山の5人で囲む。うち3人は矢を番えている。

 『もう山は諦めて帰るんだ。諦めるなら命だけは助けてやろう』

 『武器を捨てるんだ。落ちた怪我人も助けにゃならんだろう。武器を捨てたらこれ以上の攻撃はせん』

 橋を引き返した連中は戦意を喪失しているが、橋を渡り切った5人は、まだ鼻息が荒い。特に大男は怒り狂ったように『ヤツらをぶち殺してくれる!』と大声で叫んでいる。橋を引き返した3人が武器を捨てたので、そこに2人を残して他の3人は対岸に向かう。

 大男は怒り狂っているが他のヤツらはそうでもなさそうだ。でも大男が怖いので合わす他ない。あの大男の心を折ってしまえば諦めるだろう。橋を渡った5人で岩に向かって歩いて行くが、流石に警戒して周囲をキョロキョロ見ている。

 大男達が岩の近くに来た時、草むらから矢を番えた山の娘達が現れたのと同時に岩の陰から5人の男達が出てきた。ショウ、リュウ、ナカジにキマと長老である。それに後ろから対岸に居た3人も現れた。

 『もう観念せい!』長老が一喝する。しかし、大男は戦う気満々だ。

 『やめておけ。お主以外は戦意がなくなっとる』

 『こしゃくなー、このまま帰ったら大恥だ。野郎ども、やっちまうぞ!』と大男。

 『やめておけ。無駄に死人を増やすだけだ』とリュウ。

 『一つだけ機会を与えてやろう。今からおまえと俺で一騎討ちだ。俺が負けたら倉庫の食料をくれてやろう。その代わり、お前が負けたら2度と来ないと約束しろ』

 『なんでお前と約束なんぞしなきゃならない?』大男が吠える。

 『武器も戦意もこちらの方が上だぞ』とリュウが言った時、さらに山から3人の男が現れた。

 『もちろん、人数も』と言われた大男は周りを見渡す。味方も目を逸らし戦意は無くなっているようだ‥

 『くっそー、どいつもこいつも』と言って隣の男をぶん殴る。

 『よし、やってやろうじゃねえか』

 『ここは俺にやらせてくれ』ショウがリュウに言う。

 『大丈夫か?力は強そうだぞ』

 『大丈夫。力でも負けないし、頭を使ったらもっと負けない』

 『よし。一騎討ちの約束を言っておく。武器は使わない。どちらかが『まいりました』と言うか、どちらかが失神したら勝負ありだ』リュウの言葉に

 『分かった』とショウが答え、『望むところだ』と大男が言う。


 少し離れて構える両者。体格は二回りほどの違いがある。大男が声で威嚇する。ショウは全く動じない。

 雄叫びを上げながら突進してくる大男。大きなモーションで殴ってくる。相手の前進に合わせて前蹴りを放つ。お腹の中央に突き刺さり大男の前身が止まる。

 少し効いたようだが怯まず両手を振り上げて掛かってくる大男。そこにショウの右の拳が顔面にヒットする。鼻血を流しながら掴みかかり投げようとしてくる。ショウは脇をさし、姿勢を屈め相手の両足をすくって大男を倒し、横に回って抑え込む。大男は立ち上がろうとするが押さえ込まれているので動けない。ショウは大男に馬乗りに移行する。

 馬乗りの状態から顔面に拳を叩き込む。大男も拳を返そうとするが、下からだと体重も乗らないし届かない。

 ショウが殴り続ける。初めは殴り返そうとしていたが、諦めたのか両手で顔面を守ろうとする。そうなったら一発一発狙いを定めて、強く拳を振り落とす事ができる。しまいには片手で相手の手を押さえ、もう一つの手で殴る。だんだん、『ゴボッ』という声のような呻きのような音を発するようになる。

 『かすけてくれー』掠れたような声が聞こえる。

 『えっ?なんて言った?』と聞いてもう1発殴る。

 『かんふぇんしてくれー』

 『は?約束を覚えていないのか?』

 『はいった、はいった』と言ったあと、もう1発拳をお見舞いしたら

 『ふぁいりました‥』と力なく言った。


 『町の者達、聞いただろう?お前達の負けだ。負けたらもう来ないと約束しただろう。だからもう2度と来るな』リュウが言う。

 『怪我人は連れて帰れ。みんな死んではいないだろう。もしまた山のモノを奪いに来るようなことがあったら‥』一呼吸おいて、大男を指差し

 『この程度では済まんから承知しておけ』と低い声で言った。


 大男や橋から落ちた連中を担いで引き揚げる。果たして再び攻めて来ることはあるだろうか?たぶん、また来るだろが直ぐには来ないだろう。こちらとしては警戒をしながらも、次の攻撃に対する備えも必要だ。見張りだけでなく侵入を防ぐ柵、堀、そしてもちろん人を鍛えることも必要だろう。


 『大勢で不意打ちを仕掛けてきやがった!』大男が言う。

 『何とか蹴散らしたが、怪我人も多いし、仕方なく引き揚げてきた』

 町の長も他の人間も苦い表情だ。きっと嘘をついているのだという事はみんな分かっている。しかし、それを指摘したところでどうなるものでもない。しばらく沈黙が続く。

 『ヤツらを仕留めるには入念な準備が必要だ』ヒラクが沈黙を破る。

 『もっと大人数で攻める必要がある。その上で斥候を出し、背後はもちろん、四周を警戒を警戒する必要がある』淡々とした口調で語る。

 『山はヤツらの場所だ。舐めてかかれば死ぬことになる‥』

 顔を歪めてそう語る口調は、何故か笑っているようにも見えた。


 『町からの情報だと、しばらくは攻めてこないようだ』リュウが仕入れた情報を語る。

 『ヤツらも少し懲りたろう』

 『偽の情報を流して油断させようとしている、とは思わないが物見は怠るな』


 各集落から兵を合計50名集めた。

 『集めた』と言っても本当に一箇所に集めると有事の対応ができないので5つの集落に10名ずつ分散している。兵を指揮するのはリュウとショウ、軍師はムロ、それにナカジが指導に当たることになった。

 まず岩の10名に武器と食料の携行を支持して、リュウの集落まで走る。山の屈強な男を集めているだけあって脱落者はいないが、息はあがっている。そこで岩山の10人と合流し、まずは素手で格闘する訓練に入る。

 『武器で戦うから素手の訓練は必要ないと思ってるかもしれんが、最終的には素手になることも多い。武器で戦うにしても素手での訓練が活きるんだ。素手に関してはショウが専門だ。ショウ、教えてやってくれ』

 急に言われて少し驚くが、謙遜している場合ではないので教える。

 まずは構えから。いろんな流派や考え方はあるが今は自分の思うように教えることとする。

 『まずは足を肩幅に開いて片方の脚を一歩前に出す。重心は左右半々で良い。手は目の位置に上げる。突きも蹴りも真っ直ぐ最短距離で打つ。これを何度もやって身体に染み込ませろ!』

 みんなは戸惑いながらも言われたとおりやっていく。最初はぎこちなかったが、山の精鋭なので飲み込みが早い。ショウも自分に打たせたり、実際に打ったりして手本を見せる。

 『よし、上出来だ。次は投げ技だ。最初の構えは同じ。まず、真下にしゃがむ。目線は相手のヘソの辺り。背筋は伸ばしたまま、顔も下げない。そこから相手に真っ直ぐ当たりに行く。顔は逃げずに相手の腰骨、手は相手の膝の裏を掴む』

 『重要なのは最初にその場でしゃがむってことだ。前に進みながらしゃがんだって倒せない。2人1組になって相手を持ち上げてみろ』

 初めは上手くバランスを取ることが難しいが、繰り返し何度もやっているウチにみんな上手くなってくる。

 よし、次は武器を使った訓練だ。武器の訓練はリュウが担当だ。剣や槍、弓矢の使い方を指導する。みんな疲労困憊だが、歯を食いしばって続ける。剣や槍の握り方や攻撃や防御の仕方、集団で戦う時の陣形等も訓練する。弓矢は普段から狩で使用しているのでみんな上手い。

 一連の訓練が終わったのは日が沈んだ後だった。

 みんなぐったりしているが、やりきったという充実感も表情に出ている。晩御飯は

 集落の人がご馳走を用意してくれた。弓矢の訓練で仕留めた鳥も出されていた。少しだが酒も用意されている。岩塩の効いた料理も酒も疲れた身体にしみわたる。

 しかし、ここで悪いお知らせが‥

 岩の山の人間は夜の間に岩の集落に帰る必要があるとのこと。山の入り口を長時間手薄にする訳には行かない。リュウの集落の人間は明日の朝、次のボウジの集落まで走っていく。そこでまた合同で訓練を実施し、元に帰る班と次に行く班に分かれる。それを繰り返すことによって、みんなが技術を習得でき、交流もできるということだ。最後のイクマのところまでたどり着くと、また帰って来る。その途中で各集落の収穫や治水、利水の工事や建物の建築等の力仕事はみんなで手伝う。もちろん、柵や環濠等も必要な箇所に作る。それも良い鍛錬になるし、山全体の団結にも繋がっていった。


 そんな時に町にいる間者から、近いウチに山に攻めて来るという情報が入った。人数は2、300人ぐらい。二手に別れて攻めて来るのではないか?という情報だった。

 『う〜ん。どういう人員配置で攻めて来るのか?どちらが本隊でどちらが別働隊と考えれば良いのか?』

 長老が頭を悩ませている。

 『2つの入り口に10人ずつ、配置し中間地点の3つの集落にも10人ずつを配置している今の配置で問題ない』軍師のハタが口を開く。

 『恐らくイクマの大山の入り口から大人数では入れん。本隊は岩の方から来るだろう。まあ、どちらから来るにせよ、戦場はムロの池の集落かボウジの集落だ。食料や鉄等は俺のところに預けておけ』

 『どちらの入り口にもワナを仕掛けている。山に潜んで矢でも何人かは倒せるだろう。いいか、もう本当の戦いが始まっている。隙があれば殺せ。殺さなければ自分や自分の仲間が殺されると心得ておけ』

 岩の近くの小屋で最後の食事を取る。ハルがいろいろと世話をしてくれる。

 酒を注ぎながら『武運を祈っています』と寂しそうに言う。

 『ありがとう。何故だか負ける気はしていないんだ。俺自身は死ぬのも不思議と怖くない。ここに来てから感覚がずっとフワフワしてるんだ』ハルを見つめて

 『俺が言っていることの意味は分からないかもしれないが、この国もいずれ統一される。それが何年後か何十年後か、それとも何百年後か分からない。でもその日は必ず来る。俺の言っている意味は分からないか?』

 『それは戦いによって統一されるの?』

 『必ずしもそうとは限らない。話し合いによって一緒になることもあるかのしれない。でも歴史を見れば、ほとんどの場合、戦いによって統一されるだろう』

 『歴史?』ハルが少し不思議そうな顔をする。いや、なんとなく分かってそうにも見える。

 『ハルにだけは言っておく。意味が分からないだろうが、とりあえず聞いてくれ。俺はおそらく未来から来たんだ。恐らく2000年以上未来から。その理由は分からないから置いといて、今はおそらく弥生時代。集落が統一されて行って、いくつかの小さなくに国?町?村?名称はさておき、いくつかの集団に統一されつつある時期のように思う』

 ハルは黙って聞いている。質問を挟んだりはしないようだ。

 『俺の見立てでは全国の統一まではまだまだ時間がかかりそうだ。しかし、この辺の平地だけでも統一がなされれば、山だけ独立し続けるのは難しいのかもしれない。山には資源もあるし、狙われるだろう』話がまとまらない。俺は何が言いたいんだろう?

 『まず、俺たちにできることは、まず一つ目が、次の攻撃を跳ね返す。二つ目が、これはできるか分からないが、平地を今以上に大きな組織にさせない。三つ目が山の人を増やす。この三つが重要だろう』

 一つ目に関しては自信がある。それはこれから分かるだろう。

 二つ目は平地の集落同士の力の差を大きくしてはならない。差があると大が小を取り込んでしまう。良好な関係で連合を組まれても駄目だ。ほどよく牽制し合う関係でなければならない。そう仕向ける工作は可能なのだろうか?

 三つ目に関してはどうだろうか?山は豊なので少しずつは人数は増えるだろう。町と反対側の里とも協力関係を築けば、増やすことは可能だろう。里にとっても豊な山と協力することは悪くない話だ。

 『わたし、なんだか分かる気がするの』急にハルが口を開く。

 『あなたが何処から来たのか』

 『岩があなたを求めたのよ。あなたが言うように、いずれは山も平地も関係なく一つになるのかもしれない。でもそれは、もっと先であるべきだと思う。そのために岩があなたを呼んだんだわ』

 『今はあなたと一緒にいたい‥』

 ハルが寄り添ってくる。

 『俺はいったい何なん‥』と言いかけた時、

 『本隊はこっちに向かっているようだ。約200人が池に到着したようだ』

 『よし、配置についてくれ。計画通りだ』

 狼煙で山全体に攻撃を知らせる。イクマの大山からも狼煙が上がった。やはり同時に攻めてくるようだ。

 敵は池で水分補給をした後に50人ずつぐらいの4つに分かれて行軍している。崖付近の人が1人ギリギリ通れるぐらいの道を1つ目の軍が通過し、2つ目の軍の先頭が峠に差し掛かる直前に大きな石を何個も落とす。何人かが避けきれず当たって怪我をするが斜面に倒れ込んで難を逃れた者も多い。3つ目の軍が斜面に倒れ込んだ人間を助けながら進んできた。そこに対岸の藪に潜んでいた山の兵が矢を射かける。高い位置からの矢なので威力があり反撃もされづらい。しかし、ある程度射止めたら退避する。その後も落とし穴や大木を転がす等の罠、その後の矢等で損害を与えるが深追いはしない。

 同じような光景はイクマの大山でも繰り広げられていた。巨岩に辿り着いた頃には200人居た兵の3分の1は倒れ、3分の1は怪我をして戦える状態ではなかった。イクマの大山の方も同じようなものだろう。これで敵は合わせて100人、補給もままならぬ中で戦いを続ける気だろうか?恐らくこの時代は兵法や兵站といった発想はないだろう。地の利はこちらにある。相手は倍の数で地の利はないが形の上では挟撃だ。

 示し合わせていたように、入り口の集落はもぬけの殻にしてリュウのボウジの集落で落ち合う。一段高い丘になっているボウジの家に半分が陣を張る。残りの半分は少し離れた小高い家だ。そこも堀や柵が張り巡らされている。

 山を進む兵士たちの中にヒラクの姿もあった。(策では勝てない)

 なんとか罠を回避して相手を包囲しなければならないので慎重に行軍する。岩の集落はもぬけの殻だった。人はおろか、栗の一つも残っていない。

 (ヤツらの思い通りにことが進んでいる‥しかし、正々堂々、正面から戦えれば‥と思うが仕方がない。罪のない人間を攻めておいて、卑怯だなんだと言う資格はない)

 その後は落とし穴や藪からの矢を何とか回避してボウジの集落に辿り着いた。

 『ヤツらは2箇所に分散している。火矢を射かけることも出来る。そうすればヤツらは出てきて戦う他なくなる。俺たちもただでは済まんかもしれないが、そうなれば山野女子供も無事では済まないだろう。俺が話をしに行こう』

 ヒラクがリュウの陣に近づいていく。

 『おーい。話がある!』

 在らん限りの大きな声で呼びかける。陣の方でも様子を見ている感じだ。

 『話を聞いてくれ!』再びヒラクが呼びかける。

 リュウとショウが陣から出てくる。

 『話をきいてやろう』とリュウ。

 『なかなかやりますなぁ。というか今回は山の勝ちだ。俺達は多くの仲間を亡くした。怪我人も多い。だが、兵士の数ではまだ倍もいる。集落を焼き払うことも可能だ。そりゃあ、そんなことをすればこちらも攻撃にさらされて、下手すりゃあ全滅するかもしれん。しかし』

 『俺達もただでは済まんと言うことだな』とリュウ。

 『そういうことです。半分は道連れになるでしょう』

 『で、何が望みだ』

 『ここは俺とリュウ殿の一騎打ちで勝負を付けませんか?』

 『一騎打ち?それはいいかもしれんな』とリュウが言ったところで

 『一騎打ちで町のヤツら全員が納得するのか?』とショウが言う。

 『俺が納得させてみせます』

 『どうだか。で、こちらが勝ったらどうする?』

 『山から手を引かせる。少なくとも俺が生きている間は。対等な関係で交易をすることになるでしょうそのかわり‥』とヒラクが言いかけた時

 『もしこちらが負けたら町の人間に従う‥か』

 『そのとおり。定められた分のモノを収めてもらうことになるでしょう』

 『よし、その約束を皆の前で宣言してから戦いを開始するか。戦いは一刻後でいか?』

 『俺はいつでもいい』

 『よし、それなら今すぐ始めよう。そこの広場にみんなを集めてくれ‥と言いたいところだが、それをすると変な跳ねっ返りが約束を破るかもしれん。観戦する物は双方共、将の10名。万が一の事がないように人質を1人ずつ出そう。こちらは俺が行く』とリュウが人質を買って出た。

 『戦うのはリュウ殿じゃないのか?』

 『こちらの代表はショウだ』

 『えっ!』

 びっくりはしたが、何か抗えないというか予想どおりのような自然な流れの気がした。

 『ではこちらの人質はオヤジに行ってもらいます』

 『よし、武器はなし。自分で負けを認めるか、こちらは俺がそっちは町の長が負けを認めれば決着とする。それでいいか?』

 『うむ』


 広場にヒラクとショウ、それに双方の代表の10人と人質が集まる。

 命を賭けた、山の運命を賭けた戦いが始まる。ヒラクは町一番の猛者だ。その名声は山に居ても聞こえてくる。方やショウは何処から現れたかすら分からない男だ。だがヤツには何かがある。


 『さあ、始めようか』ヒラクが声を出す。

 『よし』とショウが短く返事をする。

 2人が広場の真ん中の方に進んで行く。身長分ぐらい離れた間合いで2人は構える。お互いに隙がないのか、しばらく見合いが続く。

 風が吹く。時より強い風も。その風がヒラクから見て追い風になった瞬間にヒラクが前に出る。右の拳がショウの顔面を襲うが、顔に届く前にショウの左の前蹴りがヒラクのお腹に命中する。ヒラクの前進がそれで止まるが効いた感じではない。再び間合いを取る2人。

 今度はショウが前に出ている左足で相手の前に出ている左足を蹴る。蹴られた勢いでヒラクの身体が崩れる。そこに間合いを詰めて右の拳を打ちつけるショウ。顔面に命中するが、そんなに効いている感じではない。殴られながらもヒラクが打ち返す。何とか避けるがなかなか鋭い。

 次に左足で腹部に回し蹴りを繰り出すショウ。その蹴り足を掴んで軸足を払うヒラク。倒れたショウに乗っかろうとするが下から蹴り上げて怯んだ隙に再び立つショウ。一進一退の攻防だ。

 実はショウはプロの格闘家だった。格闘技と言ってもスポーツなので喧嘩慣れしているヤツには勝てない・って思っている人もいるかもしれないが、それはない。少なくとも不意打ちを喰らわせたり凶器を使ったりしない限り素人が勝てる訳がない。

 この場合のヒラクは素人だろうか?一番強いと言われているらしいが、それは素人の中で一番強いという意味だろうか?いや、兵士なので素人ではあるまい。

 戦いのプロと言っても良いのではないだろうか?まあ、プロとは言っても兼業だろうが・・しかし、恐らく2000年前に現代のプロと戦える男がいるとは思ってもみなかった。そう思うと身体が震えた。

 もちろん、嬉しくて震えたのである。力の限りを尽くしてコイツを倒す。負けるかもしれない、極限の状態ではあったが、プロでの試合より楽しいと感じる。命を賭けた魂の戦いだ。

 ショウが踏み込んで拳で殴ると見せかけて頭突きを喰らわせる。鼻にヒットし顔を背けるヒラク。追撃で殴ると見せかけて両手で足を取りに行く。注意が上半身に行っていたので投げ倒すことに成功する。そのまま馬乗りになり顔面を強打する。

 (勝った)そう思い連打しようとするが海老反りになって暴れるのでバランスが崩れ追撃ができない。それどころかショウの脇を差しひっくり返そうとする。ショウは下になって関節技や絞技に移行しようかと一瞬考えたが、立ち上がって離れた。

 ヒラクは途轍もない体幹の持ち主だ。制限時間のある戦いなら下からの攻めで勝負に出ても良かったが、これは時間無制限だ。時間を掛けてでも負けない戦いをしなければならない。間合いを取って相手の太腿への蹴りを何発か当てる。そして相手が前に出てくると前蹴りで突き離す。こういった攻撃で少しずつでも削って行かなければ‥

 ヒラクの息が上がってきた‥隙があれば投げて更に削って行けるかもしれない。ヒラクが右の拳を出してきたところでショウも左の拳を当てに行く‥と見せかけて左足を相手の左足に外側から掛けて投げる。倒れたヒラクの腹部をショウは左膝で制しながら右の拳を叩きつける。ヒラクも反撃しようとするが胴体部分を左膝で押されられているので動けない。そのヒラクに何度も右の拳で殴りつける。

 堪らず顔を背けて下を向いてうつ伏せになるヒラク。背後に回って今度は右手で相手の右脇腹を、右足で相手の左脇腹を挟み動けなくして左の拳を叩きつけるショウ。ヒラクは両手で守ろうとするが相手に背を向けて見えていないので上手く防御できない。ショウは冷静に空いている箇所に拳を叩き込む。ヒラクの顔が血で真っ赤に染まる。もう終わりかと思ったところで、ヒラクが雄叫びを上げながら強引に立ち上がる。ショウは一瞬、背後から首を絞めようとするが、体制を崩す危険を避けて再び離れる。

 傷だらけのヒラク。顔は血だらけで歯も何本かは折れている。鼻も曲がっているし、左目は腫れて塞がっておりよく見えていないだろう。

 

 『もう辞めじゃ!』


 大きな声が広場に響く。

 ヒラクの父親である町の長が戦っている2人に近づく。

 『オヤジ、最後までやらせてくれ』息を切らしたヒラクが言う。

 『もう辞めておけ。今回はワシらの負けじゃ。大義、戦術、代表同士の戦い、全てにおいて山の勝ちじゃ』

 『オヤジ‥』

 『今回、ワシらが山を攻めたのは山の人間が憎いからじゃない。町の人間を食わす物が足りなかったからじゃ。そりゃあ、山の人間にとっては泥棒と一緒じゃ。しかし、生きるためには奪わにゃならんこともある』

 納得できる話かどうかはさておき、みんなが話を聞いている。

 『今回の攻撃でウチは多くの犠牲を出してしまった‥それは本当に悲しいことじゃし、長としては痛恨の極みではあるが、人数が減ったことによって山から奪わなくても町の人間が食う分は足りるようになったと思う。負けたら撤退すると言う約束というのもあるが、戦力的に戦うのは厳しいというのと、攻める必要がないという2つの理由でしばらくは攻めることはないじゃろう』

 『しばらくは?』リュウが言うと

 『当分の間は約束どおり攻めん。攻められん。しかし、ワシが死にヒラクも死んで、また新しい世代になったら、どうなるか分からん。ワシらも別の町に滅ぼされるかもしれん。人間は自分や家族、仲間が飢えて死ぬのを耐えることはできん。今は協力した方がお互いのためだと思うが、将来はどうなるか分からん。恐らく食うための、場合によっては贅沢するための戦いはこれからもあるじゃろう』

 『分かったような、分からんような気分だが、まあいい。町に引き揚げろ。死人や怪我人も連れて帰れ。鉄や食料が欲しいなら交換できるものを持って来い。取り敢えず武器は没収だ。代わりに農具はくれてやる。少しは食料、薬も分けてやる。これでおとなしくしておけ』とリュウが言った。


 戦いに勝利したとは言え、疲れ果てたショウは岩の上で横になりながら、町の兵士が引き揚げるのを見ている。約束どおりに武器は預け、食料や薬、農具を持って帰る。怪我人や死人を連れて帰るのに時間はかかるだろうが、それでも帰るだろう。

 これからはどうなるんだろうか?ショウは考えてみたが分かる訳がない。この状態から令和に至るまでに、この山はどうなるのだろうか?何年後か何十年後か、はたまた何百年後か分からないがこの山も何処かの支配下になる時はあるだろう。ひょっとしたら、この山が勢力を拡大して日本を統一するみたいなことになることもあり得るのだろうか?その戦いで俺が大活躍して後にスサノオノミコトや神武天皇と呼ばれたりすることはあるのだろうか?

 ってある訳ないか。まあ、ゼロでもないか。歴史をある程度、学んだ身としてはこれから悲しいことが、この日本に数多く起こることを知っている。知ってはいるが歴史を変えることは出来ない。というか、この手の約束事として変えてはならない。

 でもひょっとしたら歴史を少し変えてしまったかもしれない。本当は山は町の支配下になるべきで、ヒラクこそが神武天皇だったのかもしれない。そうだった場合‥

 な訳ないか‥

 な訳あってもなくても今はどうしようもないし、何も分からない。万が一、元の令和の世界に戻れたら‥神武が居なけりゃ皇紀もなくて令和もないのかもしれない。そうなった場合‥


 ハルが飲み物を運んでくれる。飲み物って、ただの水だ。でもめちゃくちゃ美味い。料理も酒も美味すぎる。これは令和に負けていない。元に戻れる可能性はさておき、この世界で生きていくのも一興な気がする。あとは女が居てくれたら‥

 後ろを振り返るとハルがいる。ハルが一緒になってくれたらとは思うが、ハルはどう思っているのだろうか?

 振り返っって『ハル、俺と一緒になるか?』と聞いてみた。

 返事がない。まあ、突然言われたらびっくりするか、と再び岩から山の麓の方を見る。

 岩から360度パノラマが広がっている。遠くに海も見える。町も見えるが当たり前だが高い建物はない。これからこの日本はどうなって行くんだろう?って歴史で習ってるからある程度は知ってるけど‥

 とはいえ、それは大枠だけであって細部は分からない。天変地異や戦争等の悲しい出来事は習うが、庶民の日々の細々したことを習うことはない。飢えや弾圧、暴力を振られる等、悲しい出来事も多かったろう。

 でも日々の暮らしの中で恋をしたり子供ができたり、友達と遊んだり話したりの楽しいこともあったと思いたい。いや、きっとあったはずだ。

 そう思って後ろを振り返った時、ハルがこっちを見て笑っている。そんで体当たり。


 『うそん』


 


 『大丈夫?』

 誰かが声をかけてくる。

 『大丈夫‥』

 と言いながらもあちこち痛い。

 これは本当に大丈夫なのか?反射的に『大丈夫』と言ったが、本当は大丈夫じゃない気する。でも死んでもいないし、死にそうとも思わない。ただあちこち痛いだけだから、『大丈夫』で大丈夫!

 山を走っていたら怪我をすることもあるし、死ぬこともあり得る。まあ、走ってなくても生きていたら怪我することも病気になることも、そりゃあ死ぬこともあるだろう。

 あっ、一般論は一旦置いといて、今はあちこち痛いけど大丈夫。骨もきっと大丈夫。脳ダメージも‥大丈夫。

 ということで『大丈夫』

 声を掛けてくれた人の方を見る。若い女の人が立っている。

 ん?なんか見覚えがあるような。

 『ハルか?』と尋ねたら

 『答えはOK。一緒になりましょう』

 と答えが返って来た。


 ん?なんだっけか?

 とりあえず立とうをしてみる。

 『立てる』

 歩けそうか?

 恐る恐る歩いてみる。

 『歩ける』

 歩けるということは走れるはずだ。とりあえず一旦、岩に登ってスマホでハルと記念撮影。ハルは令和の人間か?ひょっとしたら、いつも見ていたおばあさんか?

 そんなことはどうでもええか?一緒に走ろう。

 世の中いろいろある。

 火山が噴火することも地殻変動もあるだろう。平地と山が戦うこともあるだろうし、平和な時代もあるだろう。自然災害の時でも幸せを感じることはあるかもしれないし、平和な世の中でも苦悩はあるだろう。そんな嫌なことも楽しいことも含めて誰かと一緒に経験できたら、苦しみが少しマシになったり、喜びが増したりすることはあるだろう。ひょっとしたら逆のこと、苦しみが増したり喜びが減じたりすることもあるかもしれないが‥

 んー、そんなことは置いとこう。無限ループに陥ってしまう。今はハルとの時間を楽しもう。とりあえず一緒に山を走って登ろう。そうすれば、ほわっといい気分になるはずだ。そうしよう。

 なんとなく書き始めていろいろな登場人物も考えたが、一人一人の個性を表すエピソードを書けずじまいだった。

 次はもっと多くの人の個性やエピソードを入れた長編小説を書けたらなと思う。

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